プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2017年10月17日

現代美術家ポートフォリオ

現代美術家・ニシダタクジ
ポートフォリオ
っていうのを書いてみようと。

自分のプロフィールを
芸術家っぽく書いてみるっていうこと。
これは楽しそうなのでやってみようかな。

ニシダタクジ 現代美術家/余白デザイナー 
ジャンル リレーショナル・アート

本名:西田卓司。
1974年千葉県袖ヶ浦市出身。
1994年新潟大学農学部入学。
2000年新潟大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。

作品1 まきどき村(1999~現在)(新潟・巻)
1999年畑のある公園「まきどき村」を企画・立案

「豊かさ」とは何か?という問いを投げかけながら、
自然・地域・他者と
農作業・食を通じたコミュニケーションを生み出す活動。

毎週日曜日には、早朝6時に集合して
農作業の後に参加者で朝食をつくって食べる
「人生最高の朝ごはん」を開催。

2004年からは拠点をかやぶきの家「旧庄屋佐藤家」に移し、
囲炉裏を囲んで釜炊きご飯を食べるスタイルに。
(~2017年現在も継続中)


作品2 ツルハシブックス(2011~2016)(新潟・内野)
2011年「ジブン発掘本屋 ツルハシブックス」を開業。
本を通じた、本と人、人と人とのコミュニケーションを生み出す。
テーマは「偶然」


作品3 地下古本コーナー「HAKKUTSU」(2011~2016)(新潟・内野)
地域の大人が「若者に読んでほしい本」をメッセージと共に寄贈し、
それを29歳以下の若者が懐中電灯で見つけ、購入できる古本屋。
テーマは「手紙」


作品4 天空HAKKUTSU(2015 長野・松本)
ブックカフェ「栞日」の4Fで、メッセージのついたブックカバーを
天井からぶら下げた古本屋。
(主催:ブックカフェ栞日)


作品5 暗やみ本屋ハックツ(2015~ 東京・上石神井)
「10代に贈りたい本」を地域の大人から寄贈してもらい、
ブックスタマ上石神井店内に10代だけが入店できる古本屋
「暗やみ本屋ハックツ」を毎月1度出現させるプロジェクト


作品6 あなたが未来に託す思い展(2016 神奈川・茅ヶ崎)
10代に本を通じて、思いを託す、
そんな1冊を茅ヶ崎在住の職業人56名から集めて
茅ヶ崎市美術館のエントランスホールに展示。
(主催:REVENDEL、NPO法人ツルハシブックス、公益財団法人茅ヶ崎文化・スポーツ振興財団)


作品7 「暗やみ本屋ハックツ」@高校生ウィーク(2016 茨城・水戸)
「10代に贈りたい本」を市民から公募し、
暗やみで発掘するプロジェクト


作品8 カリカリブックス(仮) (2016~ 長野・伊那)
伊那市の商店街に高校生が集まる古本屋をつくるプロジェクト


作品9 19歳本で感じる「これから」(2017 茨城・水戸)
大学生実行委員会が、19歳に贈りたい本をテーマに本を集め、
成人式に合わせて展示するプロジェクト


作品10 こめつぶ本屋(2017~ 大阪・千林)
京かい道商店街の米屋さんのガレージに
10代限定の本屋「暗やみ本屋ハックツ」を含めた
屋台を出現させるプロジェクト


作品11 屋台のある本屋「新城劇場」(2017~ 神奈川・武蔵新城)
JR武蔵新城駅前の空き店舗を屋台のある本屋として
運営するプロジェクト。常設の「暗やみ本屋ハックツ」も設置。


と、こんな感じ。
めっちゃやってるな。
もうちょっと整理して、プロフィールつくります。  

Posted by ニシダタクジ at 09:32Comments(0)足跡

2017年10月04日

「問い」に出会うこと

「問い」に出会うこと。
それは「違和感」から始まるのかもしれない。

僕が最初に出会ったメッセージは
中学校2年生の時の瀬戸大橋開通の際の
大成建設のCM、「地図に残る仕事」だった。

高校3年生のとき。
図書館で鳥取大学遠山正英先生の
「沙漠緑化に生命を賭けて」を読んで、
これこそが僕の「地図に残る仕事」だと思い込んで
鳥取大学農学部を第一希望に。

1年浪人している最中に
GATTウルグアイラウンド交渉があって、
米の輸入のことで大揺れしていたとき。
「俺に任せろ」って受験したけど、
第一志望には受からず、米どころ新潟へ。

生きる意味を無くしてギャンブル依存症になったが
授業だけは皆勤賞。
友達がほとんどいなかったので
食事や飲み会に誘われず、

紀伊国屋書店新潟店に電車で行っては、
本を買って読んでいた。
本の影響で環境問題や微生物応用技術にハマり、
各種勉強会に出るようになった。

そして出会った一言。
「この微生物技術で、自動車の排ガスは環境を汚染しなくなる。」

えっ。
そういう問題?

感じた強烈な違和感。
環境問題ってそういう問題でしたっけ?
そうじゃないって思った。

環境問題をどのようにとらえるか。
これは人によってさまざまだろう。

僕はこの一言のおかげで、
より深く、哲学的に、そしてマクロに環境問題を
考えるようになった。
環境問題がもしチャンスだとしたら。

そんなときに僕は宮沢賢治の
「農民芸術概論綱要」に出会った。

われらは世界のまことの幸福を索ねよう
求道すでに道である

っていうやつ。
誰人もみな芸術家たる感受をなせ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/2386_13825.html
なんだかとっても大きな問いをもらった。

そのときから僕のキーワードのひとつに
芸術、芸術家というのが加わった。

大学院のときには、
自分で書いたエッセイを印刷して、旅先で配っていた。

1998年10月に出したのが、
「I am here 芸術家の時代へ」
だった気がする。

いま思うと恥ずかしくなってしまうタイトルなのだけど、
そのときは大真面目だったなあ。

20年過ぎたいまでも、
その問いは胸に突き刺さる。

いかに生きるか?
そんな問いに出会うこと。

それこそが20代の宿題なのかもしれない。

つづく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:32Comments(0)足跡

2017年09月21日

「本屋」という芸術



9月21日。
宮沢賢治さんの命日。
すでに84年が過ぎた。

いや、84年しか立っていない
と言えばいいのか。

「農民芸術概論綱要」
僕の人生を、価値観を、大きく揺るがせた1冊。
1926年に農民芸術概論を講義・執筆した。

僕がその文に出会ったのは、
たしか1996年の冬だったように思う。
筑波大学の橘先生に出会った。

僕は「感染」してしまった。
学びの最大の動機である「感染動機」。
まさに人は「感染」する。

僕も感染してしまった。
2か月に1度行われる
橘先生の公開ゼミ「つくば有機農業ゼミ」
に新潟から通っていた。

宮沢賢治や宮崎駿を取り上げ、
現役の農家さんたちを含めて議論した。
農業のやり方ではなく、
根っこの部分のあり方、存在を話し合っていた。

僕が昨日気づいたこと。
「就職」という概念を変えるということ。

僕が大学4年生のときに決断したのは、
「就職しない」ってことじゃなかったこと。

宮沢賢治が「農民芸術概論綱要」で言ったような、
芸術を生きる。ということ。
あのとき、僕は
「畑がなければ生きられない」と心底思った。

「農民芸術の総合」より

おお朋だちよ 一緒に正しい力を併せ
われらのすべての田園とわれらのすべての生活を
一つの居きな第四次元の芸術に創りあげようではないか・・・

そうそう。
それです。

農業と芸術。
これがキーワード。
そういう意味で僕は芸術家になりたい。「芸術家の時代」をつくりたい。
心底そう思ったんだ。
いや、芸術家の時代が来るんだと。

もし、人生が芸術であるとするならば。
就職とはいったいなんだろうか。

「就職」を「結婚」と同じく人生の一大イベントであるかのように
みんなが信じ込んでいるのは、そこにビジネスが動くからではないのか。
労働者を生み出すための方便ではないのか。

石の上にも3年。
継続は力なり。

いや、それは嘘じゃない。
たしかに会社に3年いれば、一人前になる。
その会社にとって、ね。

でも、その先に幸せはあるのかい?
って問いかけたくなる。

かつて。
終身雇用制度がしっかりとしていたころ。

石の上にも3年。
ガマンが大切。
というのもある程度意義があっただろう。

それができれば定年まで勤められて、
郊外に小さな家を買えて、ローンを返せて、
年金でのんびりした老後を過ごせる。
そういうことができた。
でもそれってフィクションだよね。もう。

「就職」という概念を変える時が来ているのではないか。

「就職」は少し大きな船に乗る、ということ。
行き先が似ていそうだから、そこに乗ってみるよっていうこと。
この人と一緒に船旅をしてみたいから、乗ってみるよっていうこと。
乗るからには何か、お手伝いできることはありますか、っていうこと。

そんな感じ。

「起業」も同じ、「バンドやろうぜ」って仲間を誘うときみたいに、
「小さな船、つくってみない?」
っていうこと。
小さな船は波を受けやすいし、天候不順に弱い。

でも、こいつらとだったら、
そういうのも楽しそうだなって
思えるから船に乗るんだよね。
だから、いつでも降りていい。

そんな感覚をつくっていくこと。
これが僕のやる本屋の使命なのかもしれない。

世界を広げる。
横ではなく、縦に。
世界は何重にも複層になっているから。
そんな風に世界の断面図の見方を提供する本屋になりたい。

もし、人生が壮大なキャンパスだとしたら、
本を読むのも、旅に出るのも、インターンも、就職も
期間の長さは異なるが、単なる一科目にすぎない。
そんな風に見えたほうが、人生楽しくなる気がする。

僕も、そんな船に乗りたい人たちと、
本屋という芸術を、一緒につくりたい。

宮沢賢治先生、あとは僕に任せてください。
できるかできないかわかんないけど、やってみますわ。  

Posted by ニシダタクジ at 06:46Comments(0)足跡

2017年04月21日

本屋というプロセス・デザイン

今度の日曜日に、武蔵新城で、
「サードプレイスとしての本屋」
というテーマトークをするので、
その前に整理しておこうと思い。

「サードプレイス」が必要だっていう人に、
何人か会ったことがある。

スターバックスコーヒーの「サードプレイス」は、
家庭でも職場(学校)でもない
第3の場所、という意味でのカフェを提供している。

「スターバックスはコーヒーを売っているのではない。」
という言葉に衝撃を受け(岩田松雄著「MISSION(アスコム)」より)、
そこから「ツルハシブックスは何を売っているのだろう?」
という問いが生まれた。

その問いは、歴史をさかのぼり、
どうやって自分が本屋さんにたどり着いたのか?
を考えさせた。

2002年の不登校の中学校3年生との出会い。
あのとき、多様な大人と出会える仕組みが必要だと思ったし、

ツイッターのプロフィールに書いてある
「15歳が自分と住んでいる地域を好きになり、
自分と社会の未来創造へ向けて歩き出している地域社会を実現する。」
というミッションが生まれた。

15歳。
中学校3年生。
これはひとつの象徴ではあるだろうけど。

自分自身を振り返ると、
中学・高校という進路選択の狭間に揺れていた。

僕がやりたかったキーワードは、「環境」だった。
しかし、当時はマイナーなキーワードで
まわりの友人も、先生たちも、あまり関心を持ってくれなかった。

今思えば、
中学高校の時の「とるに足らない」悩みであるのだろうけど、
当時の自分にとっては、「生きる死ぬ」に
値する大きな問題だった。

思えば、
小学校の時に再放送の「スクールウォーズ」
を見て以来、「いかに生きるか?」
という問いは胸の中にあったし、
それが分からないと生きられないと思っていた。

そんな原点がひとつ。

もうひとつは、
2008年にサービスインした地域企業での大学生のインターン事業。
半年間、正社員並みに企業のプロジェクトにコミットするプログラムを提供していた。

そのときに、迷った上で
チャレンジをあきらめる学生や
途中でリタイアしてしまう学生に出会った。

そして、「自分に自信がない」
さらに、「やりたいことがわからない」
ということがなぜ起こるのか?
それはどうやって越えていったらいいのか?
という問いが生まれた。

その問いは、2013年に
「プレイフルラーニング」の上田信行先生に
出会ったことで、光が見えた。

「挑戦するのに自信は要らない」(13.5.10)
http://hero.niiblo.jp/e262963.html

にあるように、

身につけるべきは
やればやるほど自分の能力は開花していくという「成長思考」
(⇔自分の能力は生まれつき決まっていて変化しないという「才能思考」)
であり、
手放すべきは
他者からの評価を得ようとする「他者評価依存」ではないかと結論した。

「本屋」をやるということは、15歳が代表するような、
中学生高校生あるいは大学1,2年生にたいして、
(もしかしたら、20代社会人も含まれるかもしれないが)

「機会提供」を行うプロセス・デザインの
現場なのかもしれないと思った。

本屋をやったことで実感するのは、

1 本屋という空間そのものが「多様性」を表現する場であること
⇒「本」にはさまざまな「価値観」が詰まっているので、
その本に囲まれていると、多様性が許容される気がする。

2 小さな本屋には「偶然」が詰まっているということ
⇒思いがけなかった本や人との出会いがあるので、
運命的なものを感じるということ。

3 「運命」を感じることで、「行動」が起こりやすいということ
⇒「まきこまれる」ことから始まる小さな「行動」
それを振り返ると「挑戦」とよぶ

昨日のブログに書いた、
「感性に自信を持つ」ための3つのステップ

・感性に自信を持つ

・なにかやってみる

・自分の存在を許す

・心を開く

この、「心を開く」「自分の存在を許す」部分を、
「偶然」が補うのだと思う。

本屋の現場では、この4つはぐるぐるしているのだろう。
いや、おそらくは中学生高校生大学生の中でも
この4つはぐるぐるしながら、
だんだんと感性に自信が持てるようになる。

本屋とは、
そんな「プロセス・デザイン」の現場なのかもしれない。

日替わりで店が変わるという「偶然」も提供できる
「屋台のある本屋」っていうのは、そういう意味では、
いい線いってるんじゃないかなあ。

  

Posted by ニシダタクジ at 08:24Comments(0)足跡

2017年04月17日

過去の感性を信じてあげること

まきどき村の人生最高の朝ごはん。

1999年から続く活動。
今年は19年目を迎えた。





まずは畑作業から。





佐藤家のまわりは桜が咲いていました。





20名の参加というまれに見る大所帯だったので
囲炉裏を囲まずに朝ごはん。
でも、メヒカリは囲炉裏で焼きました。

畑で唐澤くんと宇根豊さんの言う、
「農本主義」の話をしていた。

「農業」として
収穫物が目的になると、畑をするのは少しつらくなる。

日々、草をとり、苗を植えて、
成長したものを収穫して食べる。

そのプロセスのひとつひとつが
必要なのだと。

きっと、「畑をやる」ってそういうこと。

20代のとき、「畑がなければ生きられない」
って思ってた。

だから、就職しないで畑をやることにした。

「畑をやる」っていうのが他者に
どうも通じなくて、
「農業やってるの?」っていつも聞かれて困っていた。

畑はやりたかったけど、
野菜を売りたいわけではなかったから。

そんな感性をもっと信じてあげてもいいなと
思った日曜日の朝。

「人生最高の朝ごはん」を、ありがとう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:59Comments(0)足跡

2016年10月12日

「直感」を信じる

「小商い」をやってみる。

これ、きっと大切。



1999年4月に新潟市西蒲区(旧巻町)でまきどき村を開始。
会員制度で「村づくり」を行うというもの。

※「DASH村」の放送スタートが2000年6月で、
「地図に名前を残す」などと、コンセプトがかぶっていた。

僕が農学部に進んだのは、
中学の時に見た大成建設の
テレビCM「地図に残る仕事」を

砂漠緑化で果たそうと思い、
鳥取大学農学部を志望したのが始まりだった。

その「地図に残る仕事」を
ふたたび思い出したのが「まきどき村」っていう
ネーミングだった。

当時原発問題がくすぶっていた
巻町議会(6月議会)でやり玉に上がり、
僕は8月に巻町に引っ越した。

一軒家で20,000円という民家を借り
水回りをちょっと工事して、
2000年1月には、

サンクチュアリ出版の書籍を扱う「本処くろすろうど」と
中学生高校生向けの私塾「寺子屋途輝(とき)」、
旅人達の宿泊施設「民宿まきどき」をスタート。

3つ合わせて、「朱鷺の波」(ときのなみ)だった。

東京・王子のカフェバー「狐の木」と
サンクチュアリ出版の影響が大きいな。(笑)

今風にカッコよく言えば、
「本屋と学習塾を併設したゲストハウス」
を立ち上げた。

うーん、早いね。先取りしてる。(笑)

まあ、売り上げとかもたいしたことなかったのだけど、
楽しくやっていたなあ。

「まきどき村」には県外からも僕の友達を
中心に遊びに来ていたから、そこそこ本も売れたので、
2000年11月に遊びに来たサンクチュアリ出版の鶴巻社長に
「営業やってみるか?」と言われて、

2001年2月からサンクチュアリ出版の地方営業をスタート。
といっても、新潟の本屋さんに空いた時間にコツコツ回って、
「この本が今の新潟に必要なんすよ!」ってシャウトするだけだった。(笑)
全然注文なんて取れないから、月給にして2万円とか3万円とか。

2000年に大学を卒業して、イベント企画会社に週3日だけ働くっていう
スタイルで社会人デビュー。
でも、そんな働き方が許されるはずもなく、先輩と合わずに7月に退職。

大学時代に学習塾のアルバイトのお金を
1円も使わずに貯めておいた200万円でなんとか暮らしてた。

2001年4月からは大学の先輩がやってる地ビール会社で
企画営業をやっていた。(こちらも週3日)

こちらはものすごく楽しかったのだけど、
ヒット商品の麻ビールとかを売っていたら、
忙しくなってきて、畑ができなくなりそうだったので、
12月に退職。

そして、その年明け、2002年1月。
会社を辞めて、超ヒマだった僕は、不登校の中学3年生、シンタロウに出会う。

まったくしゃべらなかった彼が、
だんだんと笑顔になっていく姿に、
「これはおかしい」
と思った。

だって、僕は27歳プータローだったから。
プータローが不登校の中学生を元気にするっておかしいだろ、って。

「ちょっと待てよ。」
直感した。

もしかしたら、そういう中学生高校生って世の中に
いっぱいいるんじゃないか。

いや、僕自身も、
そんな中学生高校生だったんじゃないか。

さびれた駅前商店街のたこ焼き屋のおばちゃんに
癒しの場を求めていたんじゃないか。

中学生高校生に「多様な地域の大人」を届ける。
をミッションとしたNPO法人虹のおとを設立。

ツルハシブックスへの旅は2002年から始まっていた。

つづく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)足跡

2016年03月15日

そうだ、学校をつくろう

大学生時代。
全国農家めぐりの旅をしながら、
ノートに学びをメモして、
それをエッセイにまとめていた。

1998年、大学院の1年目。
僕はひたすら旅をしていた。
あと1年で「まきどき村」を始めると決意していたから。
もうこの1年しか、学ぶチャンスはない。
そんな風に思っていた。

1998年の3月。
卒業間際に発行したのが
「First Step」
次に発行したのが「芸術家になりたい」

そして、卒業後も続いていく
ことになるのが「芸術家の時代へ」だった。

これはおそらく、
宮澤賢治の農民芸術概論綱要の
影響を強く受けている。

「芸術家の時代へ」は
1998年10月に発行され、
そのあとも2~5まで、2003年の3月まで発行された。

見てみると、冬場に発行されていることが多い。
新潟の冬は考えを整理するのに最適だ。

いまでも。
心が洗われる。

「芸術家の時代へ4~dreams for children」(2002.1.10発行)
はこんなふうに始まる。

まきどき村の「まきどき」とは、
種の蒔き時という意味。

いま、蒔かなければ、花を咲かせたり、実をつけたりしない。
今、いまなんだ。
24歳の僕が蒔かなければいけないんだ、と
自分を鼓舞してつけたネーミング。

熱い想いとは逆に、
ほのぼのした雰囲気となっているところがよい。

そしてラストはこう締めくくられる。

~~~ここから引用

「芸術家の時代へ」とは、
誰もが芸術家のような生き方を送るような時代を
創りたいという熱い意味を込めて名づけたものである。

(中略)

そして私は「先生」を目指すことにした。
私は先生になりたかったのだ。
でも私は教員免許をもっていない。
また学校の先生になるつもりもない。

ならば、どうすれば先生になれるだろうか?
そうだ、学校を創ろう。

(中略)

学校を創ろう。
たくさんのカッコイイ大人に触れられるような、そんな学校を創ろう。
大人が子どもから教えてもらうような、そんな学校を創ろう。
おじいちゃんやおばあちゃんの知恵をつないでいける、そんな学校を創ろう。
感動の瞬間をみんなで創り出していく、そんな学校を創ろう。
輝く街をプロデュースしていく原動力となる、そんな学校を創ろう。

年が明け、そんなことを考えるとワクワクしてくる気持ちを抑えられなかった。
そしていつもの通り、「飛び込むとツキはまわってくる」の法則が始まってきて、
昨日、2人目の家庭教師の生徒が決まった。
教えているとやっぱり楽しかった。そしてある人がその生徒と親御さんにこんなことを言ってくれた。

「西田君に教わると、勉強が好きになる。人が好きなる。そして人生が好きになる。」
すさまじい誉め言葉だと思ったが、後から思うと、
まさにこんな学校を創りたいと心の底から思う。

その学校に行くと勉強が好きになる。人が好きになる。そして人生が好きになる。
そんなステキな学校があったら本当に素晴らしい。

そんな学校を目指す、新しい学校プロジェクトは「虹の音」と名づけられた。
虹の音を聞いてみたいという感性(想像力)と
虹ノートに物語や絵を書き込んでいける創造力を育んでいく、
そんな場所をここから始めよう。

~~~ここまで引用(2002.1.10 「芸術家の時代へ4」より)

なんだ。
14年前と同じこと言ってるなあと。
成長してないなあ。(笑)
いや、いい言い方をすれば、初志貫徹しているかもしれないな、と。

この時であった2人目の家庭教師の生徒というのが、
いつも話をする当時不登校の中学校3年生だったシンタロウくんであり、
すき焼き合宿をした子である。

そしてこの直後の3月に
僕はNPO法人虹のおと(現在のツルハシブックス)を設立する。
そしていま、再び学校(学びの場)をつくろう、と思っているのだ。

今年の夏は、賢治に会いにいこうと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:04Comments(0)足跡

2015年12月17日

「人に会う」、「本を読む」、そして「旅に出る」

先週の金曜日のhomeで
半農半Xのワークをして、

西田卓司個人の「やりたいこと」は、
「中学生・高校生と地域の大人をつなぐこと」
ではなく、
「共に悩み、共に未来を見つめること」
だと判明した。

それを、三層構造で実現しようとしているのが、
ツルハシブックスと暗やみ本屋ハックツだろうと思う。

「共に悩み、共に未来を見つめること」のためには、
「場」があったほうがいい。
特に中学生高校生にとっては、
そのような「場」がない。

あるとすれば、
同じ部活の子と話す時間くらいだろうか。

それも大切な時間だろうが、
「未来を見つめる」ためには、
「世界を知る」そして、「過去を知る」必要がある。

昨日の丸山さんの言葉を借りれば、
「自分を相対化する」ことだ。
そのための方法は3つ。
本を読む。人に会う。そして、旅に出る。だ。

この中で中学生高校生にとって、
もっとも入りやすいのが「人に会う」だろう。

その時の「人」は
NPOカタリバで言うところの「ナナメの関係」である
大学生や20代社会人であることが望ましい。

その理由は、年齢が近いからではない。
おそらく、彼ら自身も悩んでいるから、である。

だから、大人でも同じだ。
その人たち自身が悩んでいること。
これからどうやって生きていくか?不安であること。

中学生高校生、あるいは大学生・20代から学ぼうとしていること。
それこそが「場」を構成する大人の条件であると思う。

NPOカタリバが高校で展開するカタリ場がパワフルなのは、
「ナナメの関係」である大学生が、
高校生から、あるいはカタリ場という場そのものから、本気で学ぼうとしているからではないだろうか。

反対に、学校に「場」としての力がないとしたら、、
先生が子どもたちから学ぼうとしていないのではないか。
あるいは先生自身が授業を向上させたりというチャレンジをしていないのではないか。

ツルハシブックスや暗やみ本屋ハックツは、
現代の松下村塾になり得ると思う。

吉田松陰先生は、共に学ぼう、と言った。
その直前に入っていた野山獄では、
獄中で書道教室や俳句教室を開催し、
「学びあいの場づくりで希望は生まれる」ことを証明した。

その、「学びあい」の三層構造を作り出すこと。
これが2016年のツルハシブックスと暗やみ本屋ハックツの
テーマになっていくだろうと思う。

第1の顧客は、中学生・高校生
彼らには、地域の大人との出会いときっかけを。

第2の顧客は、大学生・20代社会人
彼らには、人生を左右するくらいの学びの場と共感できる仲間を。

第3の顧客は、その他の大人たち
彼らには、応援する喜びと、学び続けるという機会を。

悩みを受け止め、
「世界を知る」そして「過去を知る」
ために本を読んだり、学んだりする。
そこから「未来を見つめる。」

「人に会う」、「本を読む」、そして「旅に出る」

その繰り返しで、
人は人になる、と思う。

そんな場を一緒に創らないか?

目の前に学びながら。

  

Posted by ニシダタクジ at 06:41Comments(0)足跡

2015年12月13日

「共に悩む」という提供価値

「中学生と共に悩み、共に未来を見つめる仕事がしたい。」

それが2002年の僕の出発点だったと思い出した。

「中学生と地域の大人を出会わせる場をつくる」
はそれをソーシャルにしたときのミッションだ。

自分自身のやりたいことは、
「共に悩み、共に未来を見つめること。」

答えを提供することじゃない。

それかもしれない。
と思った。

現代の提供価値はそこにあるのかもしれない。

コミュニケーションや学びやビジネスは、

「一方向」から「双方向」へ。
しかし、その次は、
「双方向」から「共に悩む」へ。

そして「共に悩む」
という価値を提供できるのは、

本質的には、「いま、悩んでいる人」である。

2002年に15歳の少年の心を開いたのは、
当時27歳の僕がプータローであり、
将来に悩んでいたからではないか。

答えを教えることや、導くこと、が価値ではなく、
共に悩むこと、共に未来を見つめることが
価値だとしたら、

おそらく、23歳と22歳の女子である「コメタク」は未来を創っていく
最前線にいるのだろうと思うし、

考え続ける、悩み続ける大人こそが
若者の心を開き、共に未来を見つめることができるのかもしれない。

「本の処方箋」とは、
そういう時間のことなのではないか。
そして僕はそういうのを得意としているのではないか。

弱みを天職にする、とはそういうことなのかもしれない。

というつぶやきでした。  

Posted by ニシダタクジ at 05:40Comments(0)足跡

2015年11月19日

予言



2003年8月9日付新潟日報「私の視点」
29歳だった私の苦悩が書かれている。
(投稿したのが誕生日前だったので28歳になっている)

当時のお題はおそらく
「カッコイイ大人」とはなにか?

子どもたちの「生きる力」とはなにか?だっただろうと思う。

「自分に誇りを持ち、価値観を表現すること。
これがキラキラと輝く瞳を持ったカッコイイ大人を
生み出すのではないだろうか。」

「旧庄屋佐藤家保存会のボランティア活動に参加すると
地元住民の皆様からにじみ出る、
地域を愛し、誇りに思う心を感じ、胸が熱くなる。
この地域に住む子どもたちは、このじいちゃんたちを
見て、何を感じるのだろうか。」

「大リーグの松井やイチローだけではなく、
日常生活の中にいる、たくさんの多様なカッコイイ大人
に触れることが、子どもの価値観を徐々に形成し、
自分なりの夢を持つことにつながると考える。」

「それを仕組みとして確立することが必要なのではないだろうか。」

「カッコイイ大人、つまり自分のやっていることに誇りを持ち、
価値観を表現できる大人が増えることをうながす「場」
たとえば地域ビジネスやボランティア、趣味の活動などを
支援・紹介するような機能」

「そしてそんな大人たちの活動に子どもたちも一緒になって
参加、あるいは見ることのできる「場」
そんな場所が必要であると強く思う。」

言葉にするって大事だ。

12年前の予言通りに今がある。

「大人」が大学生に、
「子ども」が中学生や高校生、大学生に
その都度入れ替わるだけで、
本質的には、ここに書いてある通りの場として、

ツルハシブックスもコメタクも、
暗やみ本屋ハックツも、

そんな場所を目指している。

いや、その先を探している。

29歳のこの時、
それが本屋や米屋であるとは、夢にも思わなかったけど、
言葉にして、文章にしていくこと。

それがカタチになっている。

さあ。
2015年11月。

10年後に向けて、どんな予言をしましょうか?  

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2015年10月14日

ポートフォリオ

北澤潤さんに会って、何かが変わった。
http://www.junkitazawa.com/
「北澤潤八雲事務所」

ツルハシブックスは
アートプロジェクトなのではないか?
という問いが生まれた。

北澤潤さんの名刺の肩書は、現代美術家。

そういえば、今年の年頭に出た「AERA」で
リレーショナル・アートの記事を読み、
松本の「天空HAKKUTSU」を設営した。

あの時、設営しながら
「これがインスタレーションか!!」(笑)
と思った。

あの時、僕は現代アート作家デビューをしたのだ。
(名乗ることで誰もがアート作家になることができる)
ということで、
なりきりプロフィール。

ニシダタクジ。現代美術家。1974年生まれ。
から始めてみることにしよう。

ニシダタクジ。現代美術家。1974年生まれ。
新潟大学農学部在学中に、「畑はコミュニティの拠点になる」と確信し、
修士課程2年目の1999年にまきどき村を発足。
毎週日曜日の朝、農作業の後にご飯を食べる「人生最高の朝ごはん」を開始。
2004年から会場を旧庄屋佐藤家に移し、古民家の囲炉裏を囲んで、
釜炊きごはんを食べる活動になり、2015年現在も継続中。



なんちゃって。
ということで、ポートフォリオを作らなきゃいけないなと。

1999年 まきどき村~人生最高の朝ごはん (新潟市西蒲区福井)(現在も継続中)
毎週日曜日の朝6時集合。畑作業の後に、
みんなでご飯を作って、囲炉裏を囲んで食べるプロジェクト。
会場となる旧庄屋佐藤家は築200年以上の古民家で地域住民がNPOをつくり、管理・運営している。


2005年 虹のひろば(新潟市西蒲区巻・愛宕神社)(~2009年)
前年の中越地震のボランティアをきっかけに大学生数名と
神社で地域の子どもがおじいちゃんおばあちゃんと「昔の遊び」を
通じて交流するプロジェクト(月2回程度開催)


2011年 地下古本コーナー「HAKKUTSU」(新潟市西区内野・ツルハシブックス内)(~2015年)
地域の人から寄贈されたメッセージ付きの本を、29歳以下の若者だけが
入場できる、地下の暗やみで発掘して、購入できるプロジェクト。
年齢別の価格設定(10代200円、20代300円、中高生100円)により、
お客さんとのコミュニケーションが生まれる。


2015年 天空HAKKUTSU(長野県松本市ブックカフェ「栞日」内)(1か月の限定展示・販売)
天井からメッセージが書かれたブックカバーを吊り下げ、直感で買う古本屋さん。
空間での配置の色合いがポイント。


2015年 暗やみ本屋ハックツ(東京都練馬区ブックスタマ上石神井店内)(2016年春に本オープン)
新潟の地下古本コーナーHAKKUTSU」を10代限定にして再現。
10代限定にすることで、贈る人の「覚悟」が必要で、本のクオリティが上がる。


と、こういう感じ。
あと、ツルハシブックスとコメタクも、現在進行中。
商店街とコミュニケーションする本屋と米屋。

そして何より、ハックツもそうだけど、
そこに集まる人たちの「学びのコミュニティの提供」

アートとは、
「当たり前」だと思っていることに対し、
「問い」を生むことだと、北澤さんに教わった。

そういう意味では、
これまでやってきたひとつひとつは、
「アート」だと呼べるようなものになるのかもしれない。

課題を解決する「デザイン」ではなくて、
「問い」を投げかける「アート」。

そう。
「課題を解決する」のはもしかしたら
結果であって、目的ではないのかもしれない。

ハックツで言えば、
「中学生高校生には第3の場所と第3の大人が必要だよね」
と共感した人たちが、
「どうやって中学生高校生に知ってもらい、本を届けようか?」
って考える瞬間がとても楽しいエンターテイメントなのだと思う。

これから作っていくのは、
スタッフの「学びあいのコミュニティ」の構築による、
「中学生・高校生・大学生」の地域との接点づくり。

いや、その逆かも。
「中学生・高校生・大学生」の地域との接点づくりというコンテンツの提供による、
大学生・20代スタッフの「学びあいのコミュニティ」づくり。

っていう現代アート(?)を作っていきたいと思う。
いや、きっとこれが現代アート。

現代美術家、ニシダタクジって名刺つくろうかな。  

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2015年09月10日

約束の場所

思わずブックオフでCDを手に取ってしまった。
「約束の場所」(ケミストリー)

途中でもし死んでしまっても、
ひたむきに夢とむきあえば
きっと同じ未来を描く
誰かが受け継いでくれる

やっぱりここだよね。

2008年からスタートした
「起業家留学」第1期生の奥井さんが
プレゼンのときに使用したBGM。
あれでみんなシビれた。

やっぱり熱く生きるっていいよなあって。

みんな旅立っていってる。

約束の場所で会おう。
未来が待っている。  

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2015年05月24日

幸せとは何か?に向き合う

人には、いくつもの原点があると思う。

あの日、あの時、あの場所で、
あの人に出会わなかったら、あの本を読まなかったら。
そのすべてがあって、今がある。

本で言えば、
高校生の時に読んだマンガ「SHOGUN」。
世界を相手に、ソーシャルビジネスを起こしていく主人公がカッコよかった。
図書館で見つけた「沙漠緑化に生命を賭けて」。
中学のときに憧れた「地図に残る仕事」とは、砂漠緑化のことだと思い、農学部を志願。

そして農学部在学中に出会った「どれだけ消費すれば満足なのか?」
アメリカでの調査。ここ数十年で所得は2倍になったのにも関わらず、
「幸せだ」と感じる人の割合はまったく増えていなかった。
所得が増えても幸せにはならない。
だとしたら、いったい何のために自分たちは働いているのか?

そんな根源的問い。

豊かさとは何か?
幸せとは何か?
そして、
生きるとは何か?

その質問に簡単に答えることはもちろんできないし、
他者に与えてもらうこともできない。
その思考の出発点に立つのが
早い人ほど、輝いて見えるのかもしれないなあと思った。

豊かさとは何か?
幸せとは何か?

を考え、自分なりの仮説を立てる。
そしてそれを表現し続ける。
それが生きるということなのかもしれない。

おでかけプラン提案・共有サイト
「Holiday」を運営する谷さんがこんなことを言っていた。
https://haveagood.holiday/

「大きいことを成し遂げることではなく、
日々の喜びを積み重ねていくことに幸せはあるのではないか。」

休日、お出かけをする。
知らなかった何かを知る。
誰かに教えてあげたくなる。
そんな連鎖を生んでいくのがHolidayというサービス。

おでかけが楽しくなると、人生が楽しくなる。
地域にも目が向く。
そんな連鎖が生まれていくのではないか。

素敵だなあと。

最近、非常に魅力的な20代によく出会う。

伊那市でまあるい学校を主宰する
濱ちゃんもそのひとり。
http://www.inadani-maaruigakkou.com/

彼ら・彼女たちの特徴は、
豊かさとは何か?
幸せとは何か?
という問いに向き合い、

そこで生まれた仮説を表現するため、
何かをつくってみる。

それは、彼らにとって、
生きるとは何か?
という問いに答えていくことなのかもしれない。

僕は大学生の時、
幸せとは、つながっていることだ、と思った。

人につながっていること
自然につながっていること
地域につながっていること
それがなければ生きられないと思った。

にも関わらず、
「経済効果」という名の下に、
必死につながりを切ってきたというのが現状だと思った。

僕の表現方法は
畑をやることだった。

みんなで畑をやって、農作業をして、朝ごはんを食べる。
「人生最高の朝ごはん」

これこそが幸せだろう。
これを豊かさと呼ぶのだろう。
そう思っていた。

20代の僕は、単なるアーティストだった。
表現したいものを自分が感じるがままに、ただ表現していた。
世界とコミュニケーションし、世界を動かしてはいなかった。

ところが、僕が出会う魅力的な20代は
「デザイナー」として、世の中と対峙している。

自分が表現したい
「幸せ」や「豊かさ」をどうやったら広く実現できるかを考え、
そこに対してどんな手法で世の中とコミュニケーションをするのか?
というのを真剣に考え、アプトプットをしている。

そして世の中とコミュニケーションを取りながら、
それを実現しようとしているのだ。

だから、かっこいい。

そういう意味では、
僕と彼らはほとんど同じスタートラインにいる。

僕もようやくやりたいことが見つかった。
「やってみる」人を増やす。
できるかできないかやってみないと分からないから、
とりあえずやってみるか、っていう人を増やしたい。
特に中学生高校生大学生になってほしい。

そのためのアプローチ方法が
本屋と田舎(地域)とキャリア支援
になっていくのかなあと思った。

世の中とどうコミュニケーションするか?

ひとつは本屋という装置で「機会提供」を極める。
もうひとつは田舎(地域)で「チャレンジの舞台」をつくる。
それらの実践が中学生高校生大学生のキャリアにとって非常に有効だと証明する。

クランボルツ博士の「計画された偶発性理論(プランドハプンスタンスセオリー)」
を実践するような場を作っていくことになるのだと思う。

幸せとは何か?
豊かさとは何か?
という問いに向き合い、

その仮説に対して、全力で世の中と対峙し、コミュニケーションを取っていくこと。
それがもしかしたら「生きる」ということを形作って行くのかもしれない。  

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2014年12月24日

サンクチュアリ出版と僕 5 第4走者になる

2009年4月。
「ホスピタルクラウン」の著者、大棟耕介さんの
講演会が新潟で開催された。

主催者の今井さんから電話がかかる。
「本を売ってくれませんか?」

しかし、引き受けてくれる書店がなかった。
そこでサンクチュアリ出版に電話。
営業部長の市川さんに相談。

「クラウン売りたいんですけど、書店には断られちゃって。」
「じゃあ西田くん、自分で売る?」
「ええ!いいんですか。売りたいです。」
「何冊にする?それで、委託にする?買い切りにする?」

当日の入場者は250名程度だと言われていた。
大棟さんの講演を聞けば、
きっとみんな本を買いたくなるだろう。
半分くらいの100冊くらいはいけるんじゃないか?

「100冊、買い切りでお願いします。」

代金を振り込み、
僕は100冊のホスピタルクラウンを手に入れた。

当日。
大棟さんの講演会。
本は、売れに売れた。

はずだった。
38冊の売れだった。

やってしまった。
僕は62冊の「ホスピタルクラウン」の在庫を
抱えることになった。

2009年8月。
僕は小さな本屋さんになった。

その頃知り合った新潟活版所の渋谷さんに頼んで名刺を作った。
屋号は、「本屋には小さな人生が転がっている」
オフハウスで1575円の小さなトランクを買った。

名刺交換の時、その名刺を出した。
「本屋さん始めたんです。」

「ええ?どこにお店あるんですか?」

「ココです。」
と後部座席から小さなトランクを出して、
パカっと開けた。

そこには8冊の「ホスピタルクラウン」と
直筆のPOPが貼ってあった。
「天職とは選ぶものではなくたどり着くものだと教えてくれる。」

「その本、そんなにオススメなんですか?」
「もちろんですよ。人生にインパクトあります。
もし面白くなかったら返金しますので。」
と言っていたら、意外に売れた。

笑顔写真家のかとうゆういちくんも
買ってくれたひとりだ。

もしかしたら、
「本屋はじめました。」と言い続けていたことが、
僕を本当に本屋さんにしてしまったのかもしれない。

もうひとつは、福島県郡山駅前にあった
ヴィレッジヴァンガード郡山アティ店の
店長さんとの出会い。

カフェ開業したい人のためのコーナー
のキレイなディスプレイを見て、
何気なく「このコーナー、いいっすね。」
と営業トークをしたことがきっかけだった。

「郡山にカフェをつくろうと思っているんです。」

「えっ?」

「僕がこのコーナーをキレイにつくることによって、
カフェを始める人がいるんじゃないか、と思って。
僕異動して来たんですけど、行きたいカフェがないんですよね~。」

「そんなことできるんですか!?」

衝撃。
郡山にカフェをつくりたいと思って、
カフェコーナーを作る本屋さんなんて。

半年後。
ふたたび営業で行ったとき、
店長さんは笑顔で言った。

「西田さん、カフェできましたよ。」

実際、2件のカフェが新規オープンしたと言うのだ。

衝撃だった。

本屋さんは、人の未来を創るだけじゃなくて、
まちの未来も創るんだって。

いつか自分もそんな本屋をやろうと心から思った。
「人の未来と、まちの未来を創る本屋さん。」

きっとその延長上に、
いまのツルハシブックスがあるのだろうと思う。

出版社の営業という
駅伝の第3走者だった僕は、
書店員(本屋さん)という第4走者になった。

「地域と人生の小田原中継所」という
肩書は辞めてしまったけど、
今日も本屋さんでタスキを渡したいと思っている。

1冊の本で、人生は変わる。
本屋には新しい人生が転がっている。

そのひとつひとつの人生が、そして本が、
本屋という空間をつくる。

出版は素晴らしい仕事だと心から思う。

スポンサー企業の意向を受けることなく、
著者が自分の思いをストレートに紙に綴り、
編集者がそれを伝わりやすくように編集し、
営業が書店員にその思いを伝え、
書店員がそれを目立つところに置く。

「ああ、こんな本あったんだ」
と手に取ったお客さんに何かが伝わったとき、
1冊の本が売れる。

そして今日も、本屋さんでは、
誰かの人生がちょっとずつ動いている。

やっぱり出版は最高です。

日本一ていねいに作り、日本一ていねいに売る。
サンクチュアリ出版の営業として名刺を出せていたことを
僕は心から誇りに思います。

14年間、ありがとうございました。  

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2014年12月24日

サンクチュアリ出版と僕 4 クラウンとの出会い

もっとも印象に残っている本は、
大棟耕介さんの「ホスピタルクラウン」。

2007年2月発売。
最初の入り方がいい。
病院での笑顔の写真。
「どんなふうに笑ってもいい。」

この最初の数ページだけで、
生きていく希望が湧いてくるような1冊。

2007年5月。
32歳の僕は、玉川大学教育学部(通信)の
教員免許(中学社会)取得コースに在籍していて
北魚沼郡川口町(現在は長岡市)の
川口中学校で教育実習をやらせてもらった。

中学校3年生の担任だったので、
女子からは「だれ?このオッサン?」
みたいなリアクションでつらかったのだけど、
3週間の教育実習をなんとか越えた。

そのとき。
「道徳」の時間を実習することになり、
僕が選んだテキストは「ホスピタルクラウン」だった。

クラウンの中から数ページを抜粋し、
そのシーンで何を感じたか、どんな気持ちだったのか?
を考える授業。
どんな授業の実習よりも、楽しく準備し、熱く語った。

さあ、この夏で集中してラスト20単位を取ろう。

と思っていた矢先の7月16日。
中越沖地震が発生。

「西田さん、刈羽村に入ってくれないか?」
と阿部くんから依頼。

刈羽村ボランティアセンターの
子ども部門のボランティアコーディネーターを
やることになる。

連日の猛暑の中、
弥彦村を出発して往復2時間かけて通う。
避難所となっていた体育館で、
子どもたちの遊び相手をする。

僕はコーディネーターなので、
実際に遊ぶことは少なかったのだけど、
高校生や大学生のボランティアと一緒に、
会えば必ず「野球しようよ」と言ってくる通称、野球少年
の誘いで、35℃の灼熱の太陽の下で野球をしていた。

8月。
急ピッチで仮設住宅が完成。
その集会所をコミュニティの拠点にするにはどうしたらいいのか?
というのがボランティアセンターのミーティングのテーマとなったとき、
クラウンを思い出した。

サンクチュアリの鶴巻社長に電話した。
大棟さんを刈羽村に呼べないだろうか?

数週間後、
大棟さんは刈羽村にやってきてくれた。
集会所には、子どもからお年寄りまで、たくさんの人が集まった。
NHKも取材に来てくれた。

大棟さんたちの芸はどこまでも優しかった。
ちょっぴり涙が出た。
(大棟さんは翌年2008年にも集会所でクラウンをやってくれた。)


「ホスピタルクラウン」 (大棟耕介 サンクチュアリ出版)

僕の中での思い出の1冊。
そして、ちょうど2007年ころは、
僕が大学生のキャリア支援への
シフトしていくタイミングだった。

「ホスピタルクラウン」は、
医療関係者だけではなく、
働き方生き方を考える全ての若者に
強くオススメする1冊。

天職とは、
選ぶものではなく、たどり着くものだと伝えてくれる。

「病院で芸をして、子どもたちを笑わせたい。」

そんな夢を小さい頃から持つことができる人はほとんどいないはずだ。
もし仮にいるとすれば、長い闘病生活で入院中にクラウンに実際に出会った人だけだ。

そう。
天職とは、出会うものではないのだ。

天職とは、
目の前のことを積み重ねていくうちに
たどり着く瞬間のこと。

来年はもう会えないかもしれない。
(重病の子は亡くなっている可能性があるのです。)

そんな中で、目の前の子どもたちを笑顔にすることに
全力を尽くす。
それこそが働くこと、生きることなのではないか、
と僕は思う。

これからもずっと売っていきたい本、「ホスピタルクラウン」。  

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2014年12月23日

サンクチュアリ出版と僕 3 タスキをつなぐ

出版社の営業は、駅伝のようだ。

著者から編集者へ。
編集者から営業へ。
営業から書店員へ。
書店員からお客さんへ。

最後の想いのタスキをお客さんが
受け取り、未来へ駆けていく。

第3走者。
出版社営業。

それを自覚したのは、
高橋歩著「イツモイツマデモ」(A-works)
の新刊営業ミーティング。

編集を担当した滝本洋平が
この本への思いを語った。

今でも、耳に焼きついている。

「凛とした感じを出すために、このフォントにしました。」

そうか。
そんなにも編集者は、思いをひとつひとつに込めているんだなと。

God is in the details「神は細部に宿る」
をあれほど感じたことはなかった。

そう。
「ていねいに作られている」すべての本は
著者の思いを編集者が受け取り、
お客さんに届けるために細部まで編集されている。

だから、営業は、その思いを受け取り、
書店員さんに渡さなければならない。

それが「出版社営業」という仕事だと思う。

「売れる本より売りたい本を持ってきてください」
と言ってくれる書店員さんはあまりいないけど、
僕も、
「売れる本じゃなくて、売りたい本を売りましょう。」
といつも営業していたなあ。

本という駅伝の第3走者、出版社の営業。
こんな最高な仕事はなかなかない。  

Posted by ニシダタクジ at 09:49Comments(0)足跡

2014年12月23日

サンクチュアリ出版と僕 2 本を並べるの、楽しいんですよね

2001年1月。
僕はサンクチュアリ出版の営業になった。
基本給なしの完全出来高払い。
(いわゆる営業委託契約なのだが)

最初に営業した新刊は
高橋歩さんの「LOVE&FREE」

とりあえず右も左もわからないので、
本屋さんに片っ端から訪問して、名刺を差し出す。

「こんにちは。サンクチュアリ出版です。」
「ああ、営業さんね。」
「新刊のご紹介に参りました。」
「どんなの?」

「高橋歩さんの写真とエッセイがついた本です。」
「旅エッセイ?うちそんなに売れないんだよね。」

ほとんどの書店員さんがそういうリアクションだった。
そこで、僕は既刊本を見せながらシャウトする。

「こういう熱い本が新潟に必要なんすよ!」

熱苦しい営業。
内心、
「必要なのかもしれないけど、大事なのは売れるか売れないかなんだよ」
ときっと思われていたと思う。

「で、指定なの?」
(し、指定ってなんだ?)
※指定とは指定配本のことで、販売前に書店が冊数を指定すること

そこでケースケさんに習った、あれだ。
「フリー入帳です。」

とまあ、噛み合わない会話をして、営業ライフが始まった。
※ちなみにフリー入帳とは、いつでも返本ができる、という意味の業界用語。

最初の共感者は、
蔦屋書店南万代フォーラム店の大森さんだった。

「ええ。サンクチュアリ出版ですか!僕高橋歩さん、好きなんですよ」
「おお!!そうなんですよ。ガツンとやりましょうよ!」
ということでフェア決定。
サンクチュアリ出版の本がドーンと並んだ。

どこの本屋に行っても、
「サンクチュアリ出版?聞いたことないなあ」
と言われながら、本を見せて、ああ、見たことはある、
みたいな感じなリアクションだった。

それを本を1冊1冊説明しながら、
こういう本が新潟の若者を元気にしていくんだと
悩める若者に本を届けたいと営業をしていた。

いつの日か、本屋さんの状況をよく見るようになったし、
本屋さんの話をよく聞くようになった。

どういう本が並んでいて、
どういう本が売れているのか、
どんな人が買っていくのか、
を見るようになった。

「高校が近くにある」と言われると、がぜん燃えた。
サンクチュアリの本を高校生に届けたい、と心から思った。

フェア注文をもらえるようになった。
「この場所で、こういう人たち向けに、こういうラインナップでいきましょう。」
と本屋さんと共感できるようになった。

いま。
思うと、出版営業の仕事は、
「本屋さんと共演者になる。」ことだと思う。

「共犯者」と言ってもいい。

たとえば、
冬のプレゼント本のフェアをやるとき。
こんな人にこんな本が届いたら、うれしいなあと思えるかどうか。
その思いを共有できるかどうか。

それができたとき、出版営業の仕事は楽しくなる。

代官山蔦屋の渡部さんが、
「売れる本じゃなくて、売りたい本を持ってきてください。」
と語っていたけど、(カッコイイ)

書店員さんと一緒に、「売りたい」と思える本、思えるフェアを
並べられるかどうか。
そこに、実は仕事の楽しさも売り上げもかかっているのだ。

え、売り上げは関係ないでしょう。

と思ったあなた。
実は関係があるんです。

新潟にある蔦屋書店の大部分はトップカルチャーという会社が
運営している本屋だ。
その寺尾店に伝説の店員、Yさんがいた。(当時)

いつものように盛り上がって、
「フェアやりましょう。」ということになった。
平台で16点のフェアが並んだ。

売れた。
ビックリするほど売れた。

その半年後、Yさんは南笹口店に異動になる。
「またサンクチュアリのフェアやりましょうよ。」
とふたたびフェアをやることになった。

売れた。
また売れた。
ヤゴマジック炸裂。(あ、名前が・・・)

そのさらに1年後か2年後か、
今度は南万代店に異動になった。
南万代は大森さん時代から、けっこう大きく展開してくれているところなので、
さらにガツンとやってくれた。

そこで、僕はある異変が起きていることに気がついた。
寺尾店と南笹口店に置いてある
サンクチュアリの本がピタリと売れなくなってきていた。

いや、フェアがなくなったわけではない。
Yさんがいなくなっても、フェアは残っていた。
いい場所で大きく展開されていた。
しかし、追加注文が入らない、つまり、売れなくなったのである。

不思議なことがある、とずっと思っていた。
なぜ、Yさんがいる店だと売れて、いなくなると
売れなくなるのか。

そして驚いたことに、
Yさんはサンクチュアリの本をほとんど読んだことがないのだという。

彼女が新潟中央インター店に異動になったときに、
やっと謎が解けた。
サンクチュアリ出版の冬のフェアを、平台にきれいに円形に並べていた。

「これ、展開写真でアップしたいので撮らせてもらってもいいですか?」
と写真を撮ろうとすると、Yさんが言った。

「本を並べるの、楽しいんですよね。」

「それだーーーーー!!!」
と僕は心の中で叫んでいた。

本が入荷されたとき、楽しんで並べているかどうか。
「また本部のヤツら、フェア送ってきやがって。」
と思うのではなく、(笑)
この本の隣はこの本のほうが色的にきれいだな、とか
判型が違うのはこうやってアクセントをつけよう、とか。

そう思っているかどうか。

これは決して精神論ではない。
売れが、まったく違うのだ。

それくらい本屋さんに来るお客さんの感性は鋭くなっているのだ。

店員さんがその本を楽しんで並べているかどうか、
を感じとることができるほどの感性をもっているのだ。

だから、出版社の営業は、
届いた本を楽しく並べたくなるような営業をしないといけない。

そうやって作られた棚やフェアは、
本屋と出版社営業の共同作品であり、
それがたとえ売れなかったとしても、
きっとまた本屋さんはその出版社の本を注文してくれるだろう。

売れない責任を、自分(書店員)も負う。
それが共演者、共犯者になるということだ。  

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2014年12月23日

サンクチュアリ出版と僕 1 入社

サンクチュアリ出版新潟営業部。
2001年に鶴巻さんが作ってくれた
ひとりだけの部署。

サンクチュアリ出版。
カリスマ自由人、高橋歩が立ち上げた出版社。
1998年11月、鶴巻謙介さんに引き継がれる。

そのタイミングで僕はサンクチュアリ出版に出会う。
東京都北区王子「物語バー狐の木」の地下に
「王子小劇場」があった。

「20代熱くなって時代を駆け抜けろ」
という恥ずかしくなってしまうような
熱いタイトルのお芝居と、
鶴巻さんと軌保博光(てんつくマン)のトークライブがあった。

シビれた。
今、この瞬間を燃焼して生きようと思った。
そして帰りに渡された特典、
「クロスロードジェネレーションブック」が人生を動かした。

尾崎豊や大リーガー野茂英雄らの熱い名言を集めた
書籍「クロスロード」のサブ本。
日本の各地で熱く輝く20代の姿がそこにあった。

負けられない。
そして僕も新潟を熱くしよう。
そう誓った。

そして、サンクチュアリ出版に電話。
「すみません。クロスロードジェネレーションブックを100冊買いたいんですけど」
「えっ。ひゃ、100冊ですか??」
「はい。新潟で配りますんで。いくらですか?」
「1冊300円なんで、30000円です。でも、特別に20000円でいいですよ。」
「ありがとうございます!振り込みます。」

ということで即20000円を振り込んだ僕のアパートに、
100冊のクロスロードジェネレーションブックが届いた。

それ以来、僕はサンクチュアリ出版の熱心な読者になった。

大学生協の本屋さんで
サンクチュアリ出版の刊行物をすべて(すべてですよ)客注した。

そして東京に行くたびに、
(王子の「狐の木」の飲み会に通っていた)
三田の慶応大学前のサンクチュアリ出版の
入っているビルに遊びに行った。

2000年11月。
僕はとある団体立ち上げのイベントを企画。

新潟を熱くしよう、ということで、
サンクチュアリ出版 鶴巻社長
松本・金子両副社長、そしてverbの梅中くん
を呼んでトークセッションを企画した。
(ノーギャラ、交通費なしという条件で来てくれたみんなに大感謝)

駅前でツルさんを送っていく車の中で、
プッチモニの「ちょこっとLOVE」を聞きながら、
「給料いらないので新潟でサンクチュアリの本の営業、やりたいっす。」
と頼み込んだ。

その2か月後。
2001年1月に、三田のビルで、
僕はケースケさん(現在編集長)
から営業の仕方を習っていた。

「これが注文書で、ココに番線印ってハンコもらえばいいから。」
「そうすると取次ってところから本が届くから。」
「何か聞かれたら、フリー入帳です、って言っとけばいいから。」

ということで、僕はサンクチュアリ出版の営業になりました。  

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2014年10月03日

振り返ると、道ができる

「振り返ると道ができる。」
のかもしれない。

中村さんに再会して、
中村さんに出会ってからの7年を振り返る。

決断したことはいっぱいあったけど、
人生における最初の決断は
1997年。大学4年生の時。
周りの学生が就職活動を進める中で、いまいち、その波に乗れない自分。

それは畑をやりたかったから。
畑をみんなでやるような場を作れたら、
すごく楽しいだろうなと思った。

決めた。
畑をやる。
そして、就職しない。

あの恐怖は今でも覚えているけど、
「こっちの道のほうが楽しそうだけど、
こっちを選ぶともう、帰って来れないな」っていう。

結婚式に行くたびに、
「お前、いま何やっているの?」
という言葉が怖かった20代後半。

そして僕は、
中学校3年生の平井くんに出会い、
中学生と地域の大人が出会える場をつくりたい、とNPOを設立して、
2004年の中越地震をきっかけに、
「駄菓子屋楽校」という本に出会い、子どもの遊び場づくりをするようになった。

中村さんの心を動かしたのも
「駄菓子屋楽校」(松田道雄)という本だったという。

いま。
ツルハシブックスでは、屋台があって、
小学生・中学生・高校生がモノを売っている。
あれって、駄菓子屋楽校だよね、中村さん。

神社で子どもと遊ぶ、そんなゆるい活動をしていたら、
高澤さんが目の間に現れて、
ETIC.のインターンシップ事業の説明をしてくれた。

最初の僕のリアクションは冷たいものだった。
「そんな半年間もチャレンジする学生なんているのかなあ?」
みたいな。

でも。
その1年後に、
僕はETIC.の「チャレンジコミュニティプロジェクト」の特別研究員となり、
その1年半後に中村さんを大阪から連れてきて、
長期インターン事業を開始する。

3年半やってみて、つらかったのは、
「彼らは僕のお客なのか?」という問い。

NPOにとって、いや、人生にとって、
ドラッカーの「顧客は誰か?」
という問いはすごく重要だと思う。

悩める中学生・高校生・大学生に
何かヒントが得られるような場は作れないだろうか?
そうして、小さな本屋「ツルハシブックス」が誕生。
4か月後には地下古本コーナー「HAKKUTSU」が始まる。

その後も並行して、
大学生のキャリア形成支援のプログラムを行い、
地域というフィールド、地域人材という資源の魅力を感じている。

地域拠点となる小さな本屋。
そこからたくさんの若者が地域とつながって、
行動が始まっていく。
そんな場がたくさんできたらいい。

振り返ると、道ができる。
そんな気がした。
振り返って、歩んできた道を見ると、
これから歩んでいく道が見えてくる。

地域再生は、
そこにいる若者が行動することから始まる。
地域の力があるからこそ、行動が始まる。

そんな関係性を生んでいくこと。
それがこれからの僕の役割なのだろう。

ツルハシブックス 劇団員 月額1,000円
ツルハシブックス 一口オーナー 月額10,000円

これを集める10月にします。

ツルハシブックスは変わります。
僕のツルハシブックスからみんなのツルハシブックスに変わります。

今月、私はファンドレイザーになります。
  

Posted by ニシダタクジ at 07:56Comments(0)足跡

2014年10月01日

ひとりひとりのおかげで今がある。

中村憲和さんのおかげ。

2007年春。
ETIC.の勉強会で
彼のピュアな心に出会ってから
「星野くんのために新潟に来ないか?」
と誘い、2007年10月から彼は新潟に来た。

その前。2005年。
僕に長期インターンの話を初めてしてくれたのは高澤くんだった。
次の年、2006年。
NEC社会起業塾に応募、落選した僕の前に
現れたのはETIC.フェローの広石さんだった。

こうやって、
ひとりひとりが、僕の歴史を作ってきた。

そう考えると、
人生というのは不思議な旅だなあと。
キャリアドリフトそのものを生きてきたんだなあと。

いつもいつも。
素敵な人たちがすぐそばにいた。

ナカムラノリカズ感謝祭。
本日17:00~22:00のんびりと開催です。

  

Posted by ニシダタクジ at 07:25Comments(0)足跡