プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2016年11月28日

いま感性が反応していることが最先端だとしたら

感性を信じられるようになる。

これこそが
実はいちばん大切なことなのではないか。

他者の意見や世間の価値観ではなく、
自分の感性を信じる。
そして決断できるようになること。
これが、「20代の宿題」なのではないか、と。

ツルハシブックスってなんだったのか?
きっとそれが今問わなければいけないこと。

どこからきて、どこへいくのか?

いま、感性が反応していることが最先端だとしたら、
世の中は、というか私たちの生活はどこへいくのか?


新潟での活動(1996~)
有機農業研究会STEP(サークル・学食の生ごみをたい肥化して畑をやる)
まきどき村(農作業後、朝ごはんを食べる人生最高の朝ごはんを実施)
学校給食と子どもの健康を考える会(学校給食米飯化運動)
サンクチュアリ出版(地方書店営業)
虹のおと・虹のひろば(小学生と地域のお年寄りの昔遊びを通じた交流)
ヒーローズファーム(大学生の地域企業でのインターンシップのコーディネート)
ツルハシブックス(JR駅前での地域拠点となるような本屋・カフェ)
コメタク(米を炊くことをテーマに、暮らしを考える米屋)

そして、進行中の
・暗やみ本屋ハックツ(東京・練馬:10代向けに特化した寄贈本の古本屋・月1回営業)
・こめつぶ本屋(大阪・千林:商店街にある米屋の隣の空間での高校生向け活動)
・カリカリブックス(仮)(長野・伊那:駅前商店街の空き店舗を活用した高校生向け古本屋)

さらには、
・プロジェクト3号室(川崎・武蔵新城:マンション1Fを活用した高校生の活動拠点となるような本屋)

「高校生」をキーワードにして、
「学びのコミュニティ」ができていく。

たぶん、これが第1の仮説で、
ツルハシブックスで実証されたこと。
これからもこれは継続して活動していくだろう。

次は、何か。

まずは、本屋を復活させたい。
米屋本屋はやりつつ、だけど、
内野町のいろいろなところで本屋を出店しつつ、だけど。

「畑のある本屋」




多様な目的の人が同じ空間を分け合っている。
それが僕の考える「居心地の良さ」だ。
そこに「偶然」が生まれる余地がある。
それには畑のある本屋が面白い気がする。

本の集合体が発信するメッセージがそもそも「多様性」だからだ。

それがきっと次の本屋さん。

その前に、やらなくてはいけないことは、
おそらくは米屋の収益化なのだと思っている。
米屋×本屋だけでない、
地域の人とのつながりをつくり、住みたいまちをつくる、
そんな場を作っていかなくてはいけない。

あとは「移住」かな。
「参加できる」まちが移住したくなるまちになるのかもしれない。

そのあたりの構築かな。
あとは、10代の地域活動参加による
就職観(キャリアドリフト観)の醸成について、研究することからなあ。

そんな話を30日しますね、ゆきさん。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)アイデア

2016年09月28日

「予測できない学び」というエンターテイメント

暗やみ本屋ハックツの社会人スタッフや
ツルハシブックス店員サムライの
モチベーションは何か?

あるいは、単位も無しで
課外活動に取り組み学生のモチベーションは
どこから来るのか?

あるいはどうやって起動・維持・発展していくのか?

僕はもっとも強いモチベーションの源泉は、
「予測できない学び」が得られるということなのではないかと思った。

中村さん直伝の振り返り手法。

「予測できたよかったこと」
「予測できた悪かったこと」
「予測できなかった悪かったこと」
「予測できなかったよかったこと」

を4象限で振り返り、
発表するというもの。

ここでは順番が大切で、
「よかったこと」で始まり、
「よかったこと」で終わる。

そしてなんといっても、
イベントやその他活動を「やってよかった」
と思えるのは、
「予測できなかったよかったこと」
が起こる(経験できる)からであろうと思う。

そして、
その出来事や、振り返りを通して、
「予測できない学び」を得るということ。

これが大きいのではないかと思った。

内田樹さんのいうような、
「教育のお買いもの化」
が進行する一方である。
(つまり、必要最小限のコストで、大きなものを手に入れる)

だから、大学はシラバスに授業内容を書き、
インターンシップ仲介団体は「得られる経験」
を企業や学生のヒアリングを通して、聞き取り、文章化し、アピールする。

それはまるで資格取得をゴールとした
通信教育講座のようだ。

そこにあるのは、「予測された学び」である。

しかし、
僕たちが、本当に喜びを感じるのは、
「予測できない学び」に出会ったときではないだろうか。

地域には、現場には、そして本屋には、
「予測できない」出来事が広がっている。

そこでの経験を通じて、
予測できない学びを得ること。
そこに本当のエンターテイメントがあるような気がする。

すべての商品やサービスが、
「機会」を売るものだと仮定するならば、

ハックツやツルハシブックスが売っている「機会」は、
「予測できない学び」というエンターテイメントなのだろうと思う。

そしてそれこそが
若者が欲しているものなのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)アイデア

2016年08月31日

いまなぜ、「ワークショップ」か

いまなぜ、「ワークショップ」なのか。


(かかわり方のまなび方 西村佳哲 筑摩書房 ※ちくま文庫からも発売されました)

この本を読みなおす。

当たり前のように使っている
「ワークショップ」とは、そもそも何か。

英語で「ワークショップ」とは、
工房・作業所のこと、つまりハード(建物)のことだった。

しかしわれわれは今日、イベントや会議などの
ソフトな意味として使っている。

「ワークショップ」が拡大解釈的に使われてきたのは、
1900年代のはじめ、T型フォードが世界を席巻し始めた頃であるという。

つまり、
「ファクトリー(工場)ではなく」
というニュアンスが含まれているというのだ。

~~~ここから引用

ファクトリー(工場)の特性は、
「何をつくるか?」があらかじめ決まっている点にある。
そしてそれを効率よく、高精度に、間違いなく生産するための
ラインが設計され稼働する。

一方ワークショップ(工房)では、
「何をつくるか?」はあらかじめ決まっていない。
少なくとも設計図のたぐいはない。
そこには素材があり、道具があり、
「少しでもいいものをつくりたい」意欲を持つ職工が集まって、
互いに影響を与えながら働く。

そしてつくり出すべき「なにか」が、その場で模索されていく。

ファクトリーは量産するが、ワークショップは量産のための空間ではない。
また前者において、失敗はあってはならないもので決して望まれないが、
後者(ワークショップ)では、失敗はむしろ重要な手がかりで、
いい失敗を積極的に得るべく試作が重ねられる。

ファクトリー(工場)は、
システムを所有し管理する側が大きな影響力と権限を
持つ社会を象徴している。
その発展は、素人より専門家が、
生活者より消費財を供給する側が
よりパワフルな社会の深化であった。

一方、ワークショップ(工房)では、
一人ひとりの個人が中心で、権限も分散している。

このようにファクトリーという対立概念を置くと
ワークショップという言葉に込められてきた願いの内実が
少し見えやすくなる。

~~~ここまで引用

わーって。
なるほどーーーって。
これは素敵な一節。

そうそう。
ワークショップは
・あらかじめアウトプットが決まっていない。
・失敗(試作)が歓迎される
・トップに立つ人ではなく、一人ひとりが重要

そうそう。
そうやって「場のチカラ」を高めた
ワークショップの中から「未来」が始まっていくと
僕は思っている。

これは「まちづくり」「地域づくり」の現場、
つまりソフトのワークショップでも同じだ。

そしてまさしく、
地域における若者(たとえば大学生)の
役割はここにある。

あらかじめアプトプットの決まっていないものを
場のチカラを通じて試作し、
実際やってみてふりかえること。

それってプロジェクトだけじゃなくて、
人生そのものなのではないかなあと。  

Posted by ニシダタクジ at 06:31Comments(0)アイデア

2016年06月29日

未来は「会議室」の中で生まれている

成人する、大人になる、
とはなんだろうか?

世のハタチの中で、
「成人式」に出たことで
大人になったなあと実感する人は
何人いるのだろうか。

自治体が主導する「成人式」はもはや
同窓会の口実に過ぎないのではないか。

大人になるとはなんだろうか?

そもそも、
それがひとりひとり同じであるはずでもないし、
同時に起こるはずはもっとない。

自立とはなんだろうか?
安定とはなんだろうか?

仕事とは、はたらくとはなんだろうか?
生きるとはいったいなんだろうか?

そんな問いに対して、
自分なりの方向性を定めていくこと。
それこそが「成人式」なのではないか。

だとすると、
本屋や図書館が果たす役割は極めて大きい。
問いの宝庫だからだ。

そしておそらく、
その方向性に至る道筋も、もはや個人戦ではない。

多数の人が本を読み、それを語り、深め、
ふたたび本を読み、自分の中に落とし込んでいくこと。

きっとその繰り返しで
個人の生き方働き方は決まってくる。
そう、未来は「対話」の中に生まれていくのだ。

織田裕二が「踊る大捜査線」の中で

事件は会議室で起きてるんじゃない。
現場で起きてんだ。
と叫んでいたけど、

未来は「対話」の中にあると僕は思っている。

だから、その対話が会議室の中で起こっているのであれば、
(多くの場合、それは環境に左右されるので、会議室よりはカフェのほうがいいのだけど)
未来は会議室の中で生まれていると言えるだろう。

この前、
ネット上の集合知の中に未来がある、という話を聞いたけど、
僕はネットだけでは生まれないと思う。
ネットはリアルの補完でしかない。

リアルな集合知をつくっていくこと。
それは大学の現場こそが
もっともつくりやすいだろうと思う。

大学の中に「カフェ的空間」をつくり、
そこに「対話」を生んでいくこと。

そこに未来が生まれ続ける場をつくっていくこと。

きっとそれが僕のミッションなのだろうと思う。
これからの成人式をつくる。

それは「式」というよりは「機会」であると思うけど、
そんな機会がハタチには必要だと、心から思う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:28Comments(0)アイデア

2016年03月29日

「ナリワイ」づくりと学校づくりと地域づくり


「ナリワイをつくる」(伊藤洋志 東京書籍)

この本をベースに、
「ナリワイ」づくりと学校づくりと地域づくり
を同時にやっていくような場所ができないだろか。
新潟の山奥でできないだろうか。

そんな構想をつくる上野の夜。

カフェと本屋と小中高生の店
が同時に成り立つような場所をつくる。

カフェをやるのは、
セミプロ級の腕を持つ、会社員4人。(大学生可)

毎週週替わりで、
土日にカフェをやる。
毎月、その土日のことを考えて、
お菓子作りに取り組んだりする。

本屋をやるのは、
もちろんツルハシブックスのサムライたち。
ここに、大学生インターンも投入する。
土日だけではなく、平日は村を歩き、
「ナリワイ」の種を見つける。
コーディネーター的な役割を果たす。

小中高校生も、
その場所でお店を出し、何かを売る。
それは手づくりのものでもいいし、
近所のじいちゃんがつくったものでもいい。
商売を通じて、試行錯誤する。

それはもはや、「学校」ではないのか?と思う。
これからの時代の働き方、生き方がそこにあるのではないか。

そんな場所づくりをこの夏から始めます。  

Posted by ニシダタクジ at 05:52Comments(0)アイデア

2016年03月18日

ワークショップ型バスツアー

学生と企業のコラボ。

単なる商品開発やメニュー提案だとか、
そういうのではない。

「広告効果」ではない、
双方にとって、意義や価値のあるコラボレーションを
行うこと。

ここでポイントとなるのは、
きっと「学び」ということになるのだろう。

企業にとっても、学生にとっても、学びがある、ということ。
それは決して個人戦ではなく、
相互作用の結果、学びが起こるということ。

企業にとっての学びとは、
・新しいアイデアを得る。
・場のチカラの体感。
・選ばれる企業のエッセンスを学ぶ。

学生にとっての学びとは、
・働くことを体感する。
・多様な価値観に触れる。
・地元企業の魅力に触れる。

入門編としては、
ワークショップ型バスツアーがいいのではないか。

午前は、会社見学と経営者の話。
午後は、社員さんを交えての企画会議を行う。
そして最後にプレゼンする。
そんなプログラム、ができたら上記のような
ものができるのかもしれない。

お題の設定と、ファシリテーションがカギ。
これを学生がやれるようになると非常に面白い。  

Posted by ニシダタクジ at 06:57Comments(0)アイデア

2016年03月05日

「偶然性」を軸にプラットフォームを構築する

これからの若者向けプラットフォームを考える。

若者にとっての価値はさまざまな地域参画であると仮定する。
だとすると、

そこに最も必要なのは「偶然性」ではないだろうか。

いわゆる「きっかけ」「機会」をどのように得るか?
である。

プラットフォームに必要な3つの機能

「告知性」
「偶然性」
「滞在性」

この3つを併せ持つところが
高いプラットフォーム性を持つ。

若者が対象の場合は、ウェブメディアが
「告知性」「偶然性」を補う場合もある。

また、「偶然性」のベースには「多様性」があり、
多様であるほど、偶然の価値は上がる。

そして「偶然性」の先に「可能性」は
広がっている。

図解するなら

         「可能性」
「告知性」「偶然性」「滞在性」
   「多様性」

というような感じだろうか
右上に上がっていくようなイメージ。

「偶然性」を軸にプラットフォームを構築する。

そうすると、ツルハシブックスのような
新刊書店かつ滞在性の高い場所、駅前という立地は、
プラットフォームとしては非常に魅力的な要素が詰まっているのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 05:09Comments(0)アイデア

2016年02月06日

15年後



ヤッチャバ松浦さんのお誘いで
集まった人たち。
なんだかとってもエキサイティングな時間でした。

「未来」ってそっちにあるなあって。

山下陽光さんと伊藤洋志さんと松浦伸也さん。
やっぱり彼ら、最先端ですよ。
ほんと、そう思う。

本の話題でいえば、
スマホが使えない環境で字に触れさせる
というのが大切だと。

http://books-onsen.com/
城崎温泉の本と温泉。

とか。
サウナで読むとか、こういうの。

15年後がなんとなく見えてきた、楽しい会となりました。
またやりましょう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:15Comments(0)アイデア

2016年01月11日

これからの成人式

本日、1月11日。
成人の日。

その日を前に昨日、成人式が各地で行われた。
(飲み会があるから翌日も休みの日に設定?)

毎年ニュースになる成人式での新成人の振る舞い。
水戸市の成人式でも警察官20人が駆けつける騒ぎになったという。

そもそも、成人式の意味、意義とはなんだろうか?

もはや、飲酒解禁の儀式でしかない。

あるいは、市場にとっては、和服や美容院、
あるいは同窓会をするための宴会場や居酒屋は、
有数のビジネスチャンスなのかもしれない。
クリスマスとバレンタインデーをつなぐ、稼ぎ時なのかもしれない。

成人式に出て、(それが要因で)
「大人になった」と自覚する新成人が全国で何人いるのだろうか。
もしかしたら、新成人代表スピーチをする人はそのくらいあるのかもしれないが。

年齢が20歳に達しただけで、
「成人する=大人になる」はずがない、と心の中でみんなが思っている。

そもそも、成人式とはいつから始まったのか、
というと、1946年に埼玉県の蕨で行われた青年祭を起源に、
1948年に施行された祝日法により1月15日が成人の日となって
各地ではじまったものだという。
ということは、わずかに70年。
もう、いいんじゃないか、と思う。

その代わり、「これからの成人式」を
ツルハシブックスと僕は売ろうと思う。

昨日は北茨城市五浦に岡倉天心先生に会いにいってきた。






明治時代の富国強兵・殖産興業の西欧化一辺倒の流れの中で、
彼が表現したかった世界観とはいったいなんだろうか?

世界とどう対話するか?
宇宙とどう対話するか?
自らの人生とどう対話するか?

そんな問いが生まれた。


岡倉天心が釣り船に揺られながら感じているのは、
「永遠性」と「絶え間ない変化」という宇宙の本質であったという。

彼が茨城県五浦で、表現したかったもの、
世界に伝えたかったこととは、いったいなんだろうか?

そしていま、自分は、
どう自らを表現し、どう生きていくのか?

そんなふうに思った。

このことは、大学生が心の中で思っている「問い」
に近いのではないか。

五浦に岡倉天心に会いに行くということは、
「これからの成人式」になりうるのではないか、
と僕は思っている。

成人式とは、1日限りのものではなく、
根源的な問いが始まるということ。

「幸せとはなにか?」
「豊かさとはなにか?」
「自分の役割とは何か?」

そんな問いが始まり、
そこに一定の答えが出ること。

それが「成人式」ではないかと思う。

つまり、成人式とはその日1日のこと、あるいは式典のことではなく、
成人式期間という問いを考える期間のことをこれからは指していくのではないか。

ツルハシブックスは、そして僕は、
「これからの成人式」を売る人になる
というミッションがあるのではないかと。

「これからの成人式」とは、
「成人式期間」の入り口を作る、ということ。

それはもしかしたら、
「本を読む」ことからもしれないし、
「人に会う」ことからもしれないし、
「旅に出る」ことかもしれない。

あるいは、
「何かをやってみて、失敗しながら実現していく」
というプロセスなのかもしれない。

そんな風に、その人が
「成人式期間」に突入するきっかけをつくる、
そんなことを始められるのではないかと。

そして、この「成人式期間」は、
実は20歳だけではなくて、

「本当の豊かさとはなんだろうか?」
とか
「本当の自分の役割ってなんだろうか?」
という問いにいたったら、何歳からでも、
(僕もいま、そんな状況にあるが)

ふたたび「成人式」が始まるのではないかと思っている。
ツルハシブックスは、そんな存在になりたいなあと思う。

成人式期間に突入するのような
問いが生まれる機会をこれからもつくっていこうと思う。

岡倉天心先生が波に揺られながら感じていた
「永遠性」と「絶え間ない変化」
それは宇宙そのものだし、人生そのものだと感じた。

茨城県北茨城市五浦。

聖地、誕生。

なんだかうれしい1日になりました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)アイデア

2015年12月31日

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト


「君に友だちはいらない」(瀧本哲史 講談社)
引き続き、こちらから。

第5章
チームアプローチは、あなたと世界をどう変えるか?

~~~ここから一部引用

「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」という言葉がある。
ゲマインシャフトというのは、地縁や血縁など、
人間が生活していくなかで自然発生的に生まれてくる
社会集団のことを指す。

地縁にしろ血縁にしろ、この関係は、自分が生まれた時点で
ほとんどが決まっている。
そのため事後的に自らの意志で、
それらを変更することも、逃れることも基本的には難しい。
その縁を増やしていくことも、完全に消すことも困難である。

身分制度と村落共同体によって
職業や婚姻、移動の自由がなかった江戸時代までの日本は、
典型的なゲマインシャフト的社会である。

ゲマインシャフトに対してゲゼルシャフトというのは、
「ある目的をもった人々が、その目的を達成するために集まった社会集団」
のことをいう。

何かの目的があって作られるものだから、
いくつもの集団に同時に所属することもできるし、
その目的が必要なくなったり、組織がダメになったら
いつでも解散したり脱出することができる。

~~~ここまで一部引用

著者は、家族の問題や、学校のPTA、自治会などの
問題がゲマインシャフトの関係性に固執するところから生まれるという。
これらの組織をうまく機能させるには、
ゲゼルシャフト的、つまり目的志向性を持たせることが重要になるという。

さらに「いじめ」についてこう言及する

▽▽▽ここから一部引用

いじめという現象は、
村社会に代表されるゲマインシャフト的組織で
おこる典型的な問題である。

いじめは「そこで暮らしていくしかない人たち」が、
自分たちの集団の「同質性」を確認するために、
定期的にわずかな差異を持つ人たちを探し出して叩くという
一種の「儀式」だ。

だから特定の人がターゲットになっても、
その人がその場から去れば、
周期的に別のターゲットをランダムに見つけ出して繰り返し行われる。
いじめの対象を見つけ出す理由はなんでもいいのである。

なぜならば、いじめが、いじめとして機能するためにはの重要なポイントは、
「次に誰がターゲットになるか分からない」ということにあるからだ。

(中略)

この「次のターゲットを明示しない」というやり方は、
絶対権力が支配する社会の統治システムにおいても巧妙に使われてきた。

隣で暮らしていたふつうの家族が、ある日突然、一家揃っていなくなる。
それを見た人々は震え上がり、
「今度は自分たちの番ではないか」「けっして当局の手にとまらぬように
おとなしくしていよう」と胸に誓う。

(中略)

いじめの原点は「狭い人間コミュニティ」であり、江戸時代に盛んに行われた
「村八分」もいじめの一環にほかならない。
現代のブラック企業でも営業成績の悪い社員を、上司が見せしめのようにして
いじめるが、それも組織の同質性を保持するために行っていると言えるだろう。

△△△ここまで一部引用

と、めちゃめちゃ真実をついている。

学校におけるいじめも、
まさに「狭い人間コミュニティ」であり、
それを維持している限り、いじめはなくならない。

そして、それを打破するのは、カリスマではなく、群雄だと著者は説く。

カリスマ型リーダーに引っ張られる組織は、
権力が一点に集中することを避けられないがために、
やがてリーダーの顔色ばかりをうかがう典型的な「官僚タイプ」
の人間が幅を利かせることになり、制度が硬直化し、
あっという間に活力を失っていくことが避けれられない。

振り返ってみれば、日本もかつて「群雄たち」
が国家の基礎をかたちづくった。
江戸幕府(幕藩体制)という地方分権型国家である。

現在も戦後つくられた中央集権システムが行き詰まり、
社会保障をはじめとする国家のインフラがきしみ始めているいまこそ
群雄の出番だ。

なるほど。
僕たちは、群雄になるべく、
ゲゼルシャフト的な目的指向型の組織を
数多く作っていくこと。

なによりも試しにやってみること。
チームをつくってみること。

そこから次の時代の扉が開く。  

Posted by ニシダタクジ at 06:42Comments(0)アイデア

2015年12月29日

「成人式期間」を届ける本屋


ツルハシブックス2015年の営業が終了。
恒例の三本締め。
2016年に向けて、ふたたび進んでいく時が来た

おそらく、ツルハシブックスは、
ハックツを軸に事業を再構築する
時期を迎えているのだろう。

10代に出会いときっかけ、サードプレイスを
提供する本屋になる。

それには、クリスマスにやったような寄贈本企画や、
通学路に出張して空き地ハックツみたいなことも
やっていくことが必要だろう。

では、新刊書店として、
あるいは大学生や20代会社員に向けて、
何を売っていけばいいのか?

それはきっといまは適切な言葉が浮かばないが、言わば「成人式期間」
というものになるのだろうと思う。

参考:ひとりひとりに使命があるように、本屋にも使命がある
http://hero.niiblo.jp/e475548.html

成人式期間を売る。
なにものでもない自分から出発して、
自分とは何か?豊かさとは何か?
を問い直してみる機関。

それを提供していくということ、
そのための選書をするということ、
そのためのサービスを提供するということ。
そのサービスのひとつに自動車学校との連動した企画をつくる。

本を読む人をつくっていく企画。
本を読みたいと思っているけど、なかなか読めるようにならない。
何から読んだらいいか、わからない。
今の就職活動への悩みにどの本をよんだらいいのか?

「本の処方箋」を使いながら、
そんな運転免許合宿があったら楽しいと思う。

答えのない時代を生きているし、
ずっと生きていかなければいけない私たちは、
自分なりの幸福論を見つけなければならない。

そのために、本を読み、人に会い、旅に出なければならない。
そんなきっかけを、つくっていくような本屋。

大人たちからのメッセージの詰まった本が
受け取れる本屋。

そんなギフトの連鎖が起こっていくような本屋を
サムライたちとつくっていこうと思う。

サムライの皆様、1年間ありがとうございました。
1年前に想像していた以上のお店になりました。

「共に学ぼう。」
そんな、現代の松下村塾がツルハシブックスなのかもしれません。  

Posted by ニシダタクジ at 06:37Comments(0)アイデア

2015年09月24日

これまでの日本とこれからの日本を売る



世田谷・松陰神社。
でお守りを更新し、
その後小伝馬町「伝馬町獄跡」⇒南千住回向院⇒小塚原処刑場
と大和魂回収ツアーにいってきました。

夜。
ひらめきました。

本屋と米屋。

言語化できないあの直感。
少しずつ見えてきたように思います。

「これまでの日本」と
「これからの日本」を売る。

これが本屋と米屋に共通する使命なのではないか。
そして米屋と本屋が重なったとき、
それが何倍もの相乗効果となって、
世の中に、いや、ひとりひとりにインパクトを与えるのではないか。

from japan to the next ・・・

このnextの後 には、
もちろん「japan」「stage」も入るのだけど、
ひとりひとりのnext も入ってくるのだよね。

「next takuji」も入ってくるわけ。

そんな米屋と本屋を、
「学びあいの場のデザイン」でつくっていこうと思った、
連休最終日の大和魂回収ツアーでした。  

Posted by ニシダタクジ at 06:58Comments(0)アイデア

2015年08月07日

「本屋」と「田舎」と「小さなドミノ」

小さなチャレンジのドミノを倒す。
小さな成功体験を積み、
だんだんと大きなチャレンジをしていく。
それが自信につながっていく。

しかし、「自信がない」人は、
その最初のドミノが倒れない。
そこが課題だと思う。

その小さなドミノをどのように倒すか。
そこには「承認欲求」が
必要になってくるのではないか。

1つ目の方法は
「本屋」さん。
本がいっぱいあることで多様性を表現し、
その人を受け入れる体制ができる。

多様性の中で、
話を聞いてもらうことで、
小さな承認欲求が満たされる。

そのタイミングで、「偶然」、誰かに出会う。
その「誰か」というのは、
その日によって違う。
そこは相談センターではなく、「本屋」さんだから。

そんな偶然に心が動き、
「一緒にどこかに行ってみないか?」と誘われる。
するとさらにそこで素敵な大人に出会う。

こうして、「小さなドミノ」が自覚なく倒れる。
「気がついたら、倒れていた」というパターン。

2つ目の方法は、「田舎」に行くこと。
高齢化率の高い田舎に行くと、
歩いているだけで、地元の人から話しかけられる。

できれば、派手な格好をして歩いていたほうがいい。
新潟のとある私立大学の商店街インターンシップでは、
揃いのピンクのエプロンをして街を歩いてヒアリングをしてまわった。

地元の人にひたすら話しかけられる。
すると、自分の中でこんな勘違いが生まれる。
「自分は若いだけで価値があるのではないか。」

つまり、承認欲求がある程度満たされていく。
次に、起こることは何か、贈与経済である。

若者が街を歩き、何かしようとしているだけで、
年寄りは何か応援したくなってくる。
簡単なのは差し入れをあげることだ。

このときは、ご飯を持って来れば、
おかずは何も買わなくてもいいほど、
たくさんの差し入れをもらった。

そこで「返報性の原理」が顔を出す。
何か与えてもらったら、それをお返ししたくなるのが
人間の本能である。

その動機付けによって、「小さなドミノ」が倒れる。

現在のところ、その2つが
「小さなドミノの倒し方」である。

「偶然」と「返報性」の力で、小さなドミノを倒す。
そんな場をデザインしていきたいなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:05Comments(0)アイデア

2015年04月22日

自信がなくても行動する方法

「自信がない」

これはちっぽけなように見えて、
大学生や若者世代にとって、
とても深刻な問題だ。

しかしながら、
将来がこれだけ未確定な世の中に生きているのだから、
「自分の将来に自信がある」というほうが特殊だと
と思ったほうがよいのかもしれない。

「自分の将来」というより
「世の中の未来」のほうが未確定すぎて、
その中で自分だけが安定していることなどあり得ない。(笑)

と、まあよく考えればそうなのけど。
それにしても若者世代にとっての
「自信がない」問題は深刻だ。

それが大きく影響するのは、
やはり「就職活動」=就活になってくる。

このときに、
自分にある程度の自信がないと、
「自分がどれだけ会社の役にたてるか?」
を表現できないので、
会社側から見ても当然低い評価になってしまう。

だから、少なくとも、
就活の前までに、
(それは決して就活のためではないけれども)
ある程度の自信をつけておく、というのが大切である。

では、「自信をつける」を本人の立場ではなく、
教育者サイドから見ると、
「自信をつけさせる」ということになる。

そして、現在の教育において、
「自信をつけさせる」方法は、

自己効力感(自信)研究の第一人者
アルバート・バンデューラ博士によると

「制御体験」(≒何かにチャレンジすること)
「代理体験」(≒成功者を見る、話を聞くこと)
「社会的説得」(≒周囲からの励まし)
「生理的感情的コントロール」(≒体の状態をよくすること)

などから自己効力感は向上するという。
そして、主に教育現場においては、
「小さなチャレンジ(制御体験)を繰り返すことで自信がついていく」
という理論が採用されている場合が多い。

ここで。
僕は2006年から大学生と関わってきて、
この理論には、重大な欠陥があることを実感している。

「自信がない人は行動(=チャレンジ)できない」

のである。
したがって、「小さなチャレンジを繰り返すことで、自信をつける」という手法は、
自信のない人には適用不能なのである。

おとといのブログに書いたように、
「自己評価を下げたくないからチャレンジしない」
というのも、これと同じことになるだろう。
だとすると、その若者に自信がつくことはない。

なので、
「自信がなくても行動(=チャレンジ)する方法」を考える。

現時点で僕が思う方法論は2つある。

1つ目が「巻き込まれる」ということ。
今年、新潟大学を卒業して、
福島県庁に入ったHさんは、
1年生の秋に友達に誘われてツルハシブックスにやってきた。

誘われるままに、インターンシップに参加し、
店員サムライになり、多くの時間を過ごした。

そう。
「巻き込まれる」空間が必要なのだ。

ツルハシブックスのテーマは

「気がついたら私も
本屋という舞台の
共演者になっていました」

というもの。
たまたま、本屋に来ただけなのに、
いつの間にか巻き込まれていた。
そんな空間。

「自分には自信がない」と自覚する間もなく、
いつの間にか巻き込まれているような場。

それは、まちの本屋さんで
可能になるのではないか?

そういえば、
これまで屋台を2回やった中学校2年の(現在3年)のメイちゃんも
お姉さんの塾のお迎えにきたときに少し寄っただけだった。

気がついたら巻き込まれている。

それこそが冒険の始まりだと小阪さんも
「冒険の作法」で言っている。


2つ目の方法は、
「愛を受ける」ということだ。

大学生が新潟県の離島・粟島で
ツアープログラムを企画するという3泊4日の合宿をしたとき
ヒアリングしている最中に、たくさん話しかけられ、
そしてたくさんの差し入れをもらった。

すると、
何かお返しをしなきゃいけないという気持ちが生まれた。

人は、無償の愛を受けた時
(それは、単に「声をかけられる」というのも含まれる)、
何かお返しをしたいと本能で思うのではないだろうか?

それがモチベーションとなり、
なにか行動の源泉となるのではないか?

そしてそれは、
高齢化した商店街でも起こりうるのではないか?
と僕は思っている。

商店街を歩いて買い物していると、
だんだんと顔なじみになってきて、
声をかけてもらえる。
あいさつをするようになる。
時にはちょっとしたおまけをしてくれることがある。

そんなときに、
何かお返しをしたい、という気持ちが芽生えて、
小さな行動が起こるきっかけとなるのではないか、と思う。

そして、地域という舞台は
チャレンジすることにやさしい。
なぜなら、高齢化していて、
あまりチャレンジが起こらないからだ。

民間企業というフィールドでは、
常にチャレンジが繰り返されていて、
そのチャレンジが成功したか失敗したか、
が大きく社運を左右する。

しかし。
地域では、チャレンジそのものが歓迎される。

そして、やること自体に価値があるので、
もちろん成否は地域にとっても大きいのだけど、
それを温かく受け入れる土壌は企業よりもずっとある。

だからこそ、まず、大学生高校生中学生は、
地域でのチャレンジをしてみるのはどうだろうか?
と思う。

巻き込まれて、無償の愛を受けて、
他者評価を前提としない小さなチャレンジを行うこと。

そんな拠点となるような場所を
地域に無数に作っていくこと。
それがこれからの僕のミッションだろうと思っています。

「暗やみ本屋ハックツ」、上石神井にオープン準備中です。
皆様の参加・参画をお待ちしています。
https://readyfor.jp/projects/hakkutsu

本の寄贈・古本による寄付はこちらからお願いします。
http://tsuruhashi.skr.jp/kifu  

Posted by ニシダタクジ at 06:43Comments(0)アイデア

2015年04月21日

ほめる教育の根本は「効率化」

昨日の続き。
「ほめる」で自信は育たない。

他者評価に依存した子どもを
育てることになり、
それは真の自信とは言えない。

ではなぜ、これほどまでに
ほめる教育が行われているのだろうか?

現在の教育を表すキーワードは、3つ。
「他者評価」
「短期目標」
「効率化」

教育は評価を前提としている。
その教育がよかったかどうか?
検証しなければいけないからだ。

だから、教育内容が何を目的としているか、
その成果はどのように測るのか?
というのを指導案に書いて、授業が行われる。

そこに立てられる目標は
非常に短期的で「Aができるようになる」
といったようなものだ。

そしてそれはおそらく、
「ほめること」によって促進される
(達成しやすくなる)のだろうと思われる。

この小さな
目標達成を繰り返すことで、
教育は行われてきた。

その根っこにあるのは、
おそらくは「効率化」の思想だ。
「効率化」は長らく日本の産業の
中心的価値観だった。

よいものをより安く、より大量に生み出すことで、利益を上げる。
そういうビジネスモデルを日本株式会社は採用してきた。

このモデルは、
生活家電などのモノが足りないとき、そして
人口が増え続けているときは、うまくいった。

そして不運にも、というか幸運にも、というか、
その時代は50年も続いてしまった。
かくして「効率化」というのは、日本人の基本宗教となった。

学校というのは、
「効率化」という日本株式会社の社是に
合う人材を輩出することが大きな目的となった。
「効率的に、一定の学力の人材を多数輩出すること。」

そのためには、
短期の目標を立て、それを評価・改善していくこと。

「効率化」⇒「短期目標」⇒「他者評価」
の流れがこれでできていく。

短期目標達成のため、
「ほめる教育」が有効だったのかもしれない。

しかしながら、
現代の社会は、大きく変わってしまった。

人口が減少し、田舎での過疎化が進んだ。
地方と都市の格差が増大した。

求められるのは、
「効率化」ではなく、「独自性」であり、
イノベーションが生み出せる人材である。

だとすると、
現在の教育を支えている根本が
揺らいでいるのではないか?

「効率化」ではもはや価値は生み出せないとすると、
「短期目標」や「他者評価」に依存した
教育システムを変えていかなければならないのではないか?

イノベーションを起こせる人材を育むために、
多様性を認め、長期的視野に立ち、
人を育む「場」が必要なのではないか?

短期的な他者評価を前提としない
「学びの場」が必要なのではないか?

そんな場所を無数につくる必要があるのではないか。
そんな教育を作っていかなきゃならないのではないか。

そんなときに見直されるのが、
「効率化」されていない場所なのかもしれない。

離島や中山間地、そして高齢化した商店街は、
教育の場として、魅力的なのではないか?

そして身近なところでは、
「まちの本屋」はそういう場所になり得るのではないか?
明日に続きます。

  

Posted by ニシダタクジ at 07:33Comments(0)アイデア

2015年04月02日

よいアイデアを生むのは場のチカラである

「よいアイデアを生むのは、場のチカラである。」
まずはこの前提を共有しないといけない。

その上で、
「よい話し合いとは何か?」
とか話し合い(会議)の条件をみんなで話し合う。

それによって、
よい会議ができるようになる。

よいアイデアが生みたい。

「アイデアは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものではない。」
と言ったのは、ジェームス・W・ヤングという大御所であるが、
これ自体は真実だろうと思う。

だから、
大学生に「新鮮な発想」や「斬新なアイデア」を
求めるのは、無理があるのだ。

しかし、大学生を会議の場に入れることが無意味か?
というと決してそんなことはない。

アイデアは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。
と言ったとき、これを構成するのは2つだ。

「既存の要素」のストックとその「組み合わせ」の方法論だ。

まちづくりの会議などでよく起こってしまいがちなのが、
「経験」や「知識」のストックがある人の
発言権が大きくなってしまうことだ。

つまり、オジサンが持論や、自分の知っていることを
語ってしまうことだ。
たしかにそれはうまくいく仮説や、ひとつの成功事例なのかもしれない。

しかし、会議が何のために開催されているのか?を考えると、
新しいアイデアを生むためであり、
メンバーの共感や合意形成を生むためである。

「既存の要素」
として、持論やいろいろな事例を出してもらうことは
いいことだろうと思う。

しかし、アイデアを生むのは、
個人のストックではなく、その組み合わせ方であり、
その組み合わせをするのが「会議という場」なのだから、
その場の設定が大切になる。

そこで、大学生や若い人の出番だ。
発言をすること。
その発言を促すために
ポストイットを使ったワークショップという方法がある。

「場のチカラがアイデアを生む。」

その場をつくるのは、
メンバーの多様性であり、
若い人が持つ素直な質問力(これはあると思う)
であり、やはりその前に、
会議をする環境のチカラも大切になってくる。

会議机のようなテーブルや、
ファミレスやファーストフード店が
会議の場として適さないのは、

それが「効率性」を大切にしているからだ。
裸の蛍光灯の光ではクリエイティブになれないからだ。
それくらい人間の感性は敏感だと思う。

大学生時代に学ぶべき大切なことのひとつは、
「場のチカラを体感すること。」である。
「場のチカラによってアイデアが出た。」
という経験を積んでいけるかどうか。

それが人生においては大きいし、
それがインターンシップやPBL授業で
学ぶべき大切なことのひとつであると思う。

先の見えない世の中に飛び込んでいく若者たち。

「答えを持っていそうな社長」(成長しそうな会社)のところに
就職するのはなくて、

「場のチカラでアイデアは生み出せる。」
と信じている仲間のもとで一緒に働くほうが
継続してアイデアが出てくる土壌があると僕は思う。

「場のチカラ」の重要性を理解したい人にオススメはこちらの本。


※残念ながら絶版ですが、ものすごい学び多い1冊です。  

Posted by ニシダタクジ at 06:53Comments(0)アイデア

2015年03月07日

対話する小売店

もし、米屋が世界を変えられるとしたら、
それはどんなふうに世界を変えていくのだろう?

もし、そうだとしたら。
フューチャーセンターの野村さんのところで
1度だけ「シナリオ・プランニング」ワークショップに
参加したことがある。

起こりうる複数の未来に対して、
いまやることを決めていく。

そうしたときに
思考法としては、
そんな問いになる。

昨年の初めに、
「もし、僕たちが文化を創っているとしたら?」
という問いを立てた。
ツルハシブックスは「物語が始まる本屋」だという文化をつくっている。
http://hero.niiblo.jp/e342923.html

そんな問いをまた
始めようと思う。

もし、米屋が世界を変えられるとしたら
それはどんな米屋でどのように世界を変えていくのだろう。

世界とは、ひとりのこと。
世界とは、まちのこと。

対話によって、
世界を、ひとりを変えていくよりは、一緒に創っていく。
きっとそういう感じ。

しかし、たしかに今日、世界を変えつつあった。
そんな実感のある米屋さんができないだろうか?

ていねいに生きる、とは、
感性を大切にしながら、ともに生きること。
そんなことを伝えられる米屋さんを
作れたら、少しずつ世界は変わっていくのではないか。

対話する小売店。
今までも、これからも、
対話からすべてがはじまっていく。

言語的対話、非言語的対話を組み合わせて、
じわじわと世界を変えていこう。  

Posted by ニシダタクジ at 05:54Comments(0)アイデア

2015年03月04日

ニイダヤ水産応援定期便

ニイダヤ水産。
福島県いわき市四倉。
静かに干物をつくっていた海辺の町。

ニイダヤ水産の干物は
福島県内の旅館の朝食などで
非常に高い人気を誇った。

2011年3月。
東日本大震災。
津波。
福島原発の事故。

津波によりニイダヤ水産は全壊。

社長である賀沢さんは廃業するつもりだった。

「ニイダヤを無くしてはいけない。」
旅館などに福島県産の食材提案などを行っている
会津若松のNPO法人素材広場の代表、横田純子さんは
ニイダヤ水産復活に向けて動いていた。

僕は当時、3月20日にツルハシブックスの開店をし、
震災に対して、何もできないことを歯がゆく思っていたが、
「持ち場を守る」と言い聞かせて新潟に留まっていた。

そんなとき、
新潟大学教育学部の2年生、菊地さんと知り合う。
宮城県名取市出身の彼女の地元も
津波で甚大な被害を受けた。

「何かしたい」
そんな相談を受けた僕は、
横田さんに相談する。

8月、大学生たちといわきを訪問。

そして「ニイダヤ水産復活プロジェクト」が始まった。

まず取り組んだのは、
新潟で行われる福島の物産市の手伝い
次に取り組んだのは、
震災前に相馬で獲れたつぶ貝を飲食店に使ってもらい、
その売り上げから寄付金を集めるというコラボ企画。

https://www.youtube.com/watch?v=9xQixtXAkFs

そして、次に取り組んだのは、
新潟の粟島といわきを結ぶ
魚のやり取りのネットワークづくり
(こちらは残念ながらあまり進まなかった)

https://www.youtube.com/watch?v=aPWuCv8Ex8k

支援金集めのラストスパートとして、
内野駅前の水産物加工店「大口屋」と
コラボした鮭鍋を振る舞った。

https://www.youtube.com/watch?v=fxKAIyEXQRs

こうして、
目標金額には若干届かなかったが、
4月のはじめ、素材広場に支援金を届けた。


2012年8月11日。
ニイダヤ水産が9月の営業再開に向けて、プレオープン。
菊地さんたちも駆け付けた。


https://www.youtube.com/watch?v=dOQuLfWbHD8

営業再開から2年半。
2月中旬、ニイダヤ水産にお邪魔した。


ニイダヤ水産はいま、売上が伸びず、困っていた。
予想はされていたが「福島産」の干物に対して
市場の反応は厳しい。

実際に使っている魚は
新潟や北海道から仕入れ、
室内で干物に加工し、真空パックにしているため、
放射能が入る余地はないのだが、
それでも売り上げは伸び悩んでいる。

人気だったニイダヤ水産加工所で干物を食べる「おさかなカフェ」も
福島県の指導が入り、現在休止中だ。

悔しい。
率直な思い。
あまりにも無力。

まだ何も始まっていない。

ニイダヤ水産賀沢さんに、もう一度チカラを。

今週末の3月7日(土)に僕は再びニイダヤ水産に行ってきます。
菊地さん阿部さんも来てくれるそうです。

そこで再び
「ニイダヤ水産応援プロジェクト」(仮)を
スタートしたいと思います。
この前買ってきたイカ味醂とイワシ明太もめちゃめちゃ美味しかったので
みんなに食べてもらいたい。

全国のみなさん。
ニイダヤ水産の干物を、宴会に使いませんか?
居酒屋・食堂・旅館を経営している方、
こだわりの干物はいかがですか?

個人向けには、
「ニイダヤ水産応援定期便」のようなものも
スタートできたらいいなあと思います。

結局僕は、
賀沢さんが好きなんだなあと。

65歳にして再建を決意し、
もうすぐ70歳に手が届くというのに、
チャレンジし続けている賀沢さんに、
会いに行ってみませんか?

JR常磐線でいわき駅から2駅の「四倉」が最寄です。
徒歩15分くらいで道の駅「よつくら港」
そのすぐ隣にニイダヤ水産の加工所・直売所があります。

賀沢のオヤジに会いに行きませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 05:14Comments(0)アイデア

2015年03月03日

淀川長治型インターンシップ

ほとんどの中学生がキャリア教育の
一環として、「職場体験」を行う。

自分が希望する職場に
数日(または1日)~1週間だけ
滞在するというもの。

昨年はツルハシブックスにも
西川中学校の中学生がやってきた。

昨日、話をした学生のテーマは、
高卒就職組のキャリア教育を
どう考えるか?
というもの。

大学進学率が全国平均で50%を超えている現在だが、
裏を返せば、半数近くが就職しているということ。

しかし、高卒就職の選択肢はそんなに広くない。

そうした子たちに
どんなキャリア教育が行われているのか?

13歳のハローワークに代表される
「適職思想」に基づくキャリア教育だ。
ミスマッチ(数年で退職)しないように、
なるべくマッチした業種・職種を選んで就職する。

実業系の高校では
そのためのインターンシップ(職場体験)
が行われる。

希望する会社のインターンシップへ行く。
(もしかしたら人気のところには成績順で行けないかもしれない)

そこで行われることには限りがある。
高校生が数日間いったところで、
戦力になるはずがない。

とりあえず、掃除をしておく、とか
スーパーで品出しをする、とか
そういうことをすることになる。

それってどんな意味があるというのだろうか?
掃除や品出しに適性を見出すのか?
それとも職場の雰囲気を知るのだろうか?

そんなときに、思いついた。
ヒントとなったのは、
日曜日に聞いた春光堂宮川さんの話。

リアル書店の楽しみ方2
「書店のいいところを見つけ、ブログやSNSで発信する」

名付けて「淀川長治型」だ。

淀川長治さんとは、映画評論家で
独特な動く眉毛で日曜洋画劇場の
解説を行っていた方のこと。

とにかく、映画が大好き。
映画の内容を細かくほめる、ほめる。

そして最後の決めゼリフは
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」だ。
(1回ごとに眉毛が上下する)
(※詳しくはYOU TUBEなどの動画サイトで。)

いいところを見つけ、ほめる。

これだ!
これをインターンシップに導入するのだ。
名付けて「淀川長治型インターンシップ」だ。

インターンシップをした会社の
いいところをほめる。
それも、相手の気づかないいいところを
ほめることが大切だ。

それをワークシートにして、
会社のいいところ、自分が学んだこと、よかったこと
などを記入する。
そしてインターンシップの最終日に発表するのだ。

一方向だけだとつまらないので、
会社の受け入れ担当者にも同じことをやってもらう
その子のいいところ、自分が学んだこと、よかったこと
をワークシートにまとめ、最終日に発表する。

これを双方がやることで、
お互いに相手のいいところを見つけなければいけないから、
必然的に、たくさんの種類の仕事をやったり、
社員の人とのコミュニケーションが多くなる。

そうすることで、
「働く」っていいもんだなあという感情が芽生えるのではないか?
という仮説だ。

これはキャリアデザイン的な適職思想とは、
まったく正反対のキャリアドリフト理論に基づく
インターンシップだ。

つまり、目の前にある仕事を大切にすることで
いつか天職と言えるような瞬間にたどり着く、
そして、どんな業種・職種で働くか、
というよりも誰と、どんな環境で働きたいか?
を重視したインターンシップだ。

働く上でもっとも重要なマインドは、
能力がないのではなく、経験がないのだと思えるチカラだ。

「適職などない、経験が足りないだけ。」
つまり、やればやるほど自分の能力は開花するばかりだ。

その思想を持たない限り、
人は適職を求めて転職を繰り返すことになる。

天職など存在しない。
「ああ、これが私の天職だ」と思える瞬間があるだけだ。

だから、キャリア教育だって、
その瞬間を体感する、させることが大切なのだと思う。

「この仕事をやっていてよかった。」
「この会社を選んでよかった。」

そう思える瞬間を創っていくこと。
その瞬間をデザインしていくこと。
これがこれからのキャリア教育なのではないだろうか。

淀川長治型インターンシップ。
全国でブレイクの予感です。  

Posted by ニシダタクジ at 06:01Comments(0)アイデア

2014年12月21日

ツルハシブックスの「ファンドレイザー」になります

「ファンドレイジング」とは、
民間非営利団体が活動のための資金を
個人、法人、政府などから集める行為の総称であり、
それを行う人のことを「ファンドレイザー」と呼ぶ。

「ツルハシブックス」の運営団体である
NPO法人ヒーローズファームは、
2002年にNPO法人虹のおととして設立された。

きっかけは、
何度もこのブログに登場している
不登校の中学3年生との出会い。

1月に彼に出会い、元気になっていく彼の姿を見て、
「学校外に、地域の大人との出会いの場がある」
ということがすごく大切であると思い、
そんな場をつくりたいとNPOを設立した。

しかし、設立したのはいいけど、
僕には仮説がなかった。
どうやったら、学校外にそのような「場」を
作れるのかわからなかった。

拠点は巻町(現在の新潟市西蒲区)
祭りでの「昔の遊び屋台」から始まって、
2004年の中越地震のときには川口町で
ホールアース自然学校のコーディネートの元で
子どもと遊ぶボランティアをした。

その翌年から巻の神社でも
定期的に子どもの遊び場づくりを行い、
2007年の中越沖地震のときは刈羽村で
子ども支援部門のコーディネーターを行った。

そのころ、もうひとつの流れがある。
2006年、東京のNPO法人ETIC.が主催する
「NEC社会起業塾」に応募。
たしか、地域の大人とつながれる学習塾みたいなコンセプト
だったと思う。

あえなく2次審査で落ちる。
しかし、それを見ていたETIC.内部では
「チャレンジコミュニティプロジェクト(チャレコミ)」のほうが
向いているのではないか?と思われて、
ETIC.のフェロー、広石さんと面談し、チャレコミのギャザリングに参加する。

ビックリした。
大学生のあまりの眩しさに。
ステージ上に立つ大学生の輝きに。
僕はまぶしすぎて思わず目を覆った。

それ以来、チャレコミが目指している、
大学生が地域企業での長期のインターンシップを
することによる「チャレンジが連鎖するコミュニティ」
を新潟でも実現させようと準備をし始める。

新潟大学経済学部2年(当時)の星野くんと
二人三脚で事業化へ向けてスタートしていった。
2007年秋には、大阪から中村憲和を招致。
2008年2月に長期インターンシップ「起業家留学」がスタートした。
それに伴って2008年10月1日に法人名称を「ヒーローズファーム」に変更した。

3年半に渡って行ったインターンシップ事業は、
試行錯誤の連続だった。
そして、僕には新たな問いが生まれた。

半年間にわたる長期のインターンシップに参加し、やり遂げることができるのは、
いわゆる「優秀な学生」に限られる。
そして企業も当然、戦力になりうる「優秀な学生」を求める。

では果たして、彼らは僕のお客なのだろうか?

もちろん、お客ではない、わけではなかった。
彼らは彼らなりの悩みを抱え、
もやもやした気持ちで大学生活を送っていた。

しかし。
僕が相手にしたいのは、もっと普通の学生だった。
将来になんとなく不安で、夢や目標もなくて、
何をしたらよいかわからない。

2010年から取り組んだ
ソーシャルビジネス人材育成インターンシップは
大学と連携した30日間のプロジェクトだった。
舞台は商店街のお店やNPOだった。
大学1年生が30日間で劇的に変わった。

商店街という舞台に魅力を持った。
大学生は商店街を拠点とした活動で
普通の子も元気になっていくのではないか?

2011年3月。
東日本大震災による自粛ムードが日本を覆っている中で
内野駅前にツルハシブックスがオープン。

あれから3年半が過ぎ、ツルハシブックスは
大学生や若手社会人が集まって話し、
地域の大人たちがたまに顔を出し、
中学生高校生が屋台でモノを売る空間となった。

気がついたら、
2002年の虹のおとを設立したときに探していた
中学生高校生と地域の大人が出会える場
が実現していていた。

ツルハシブックスは民間非営利団体だ。
「本屋」という場が地域のプラットフォームとして
もっとも魅力的だから、その方法論をとっているのだ。

そして、その「場」は
参加者、参画者が増えることで、
魅力を増していく。

だから僕はツルハシブックスのファンドレイザーになることにした。
個人、法人、政府から資金を集めることだ。
団体の魅力を伝え、寄付を募ることだ。



子どもが熱を出したときに会社を休みがちだったこと理由に会社を解雇された
知人の出来事に憤り、病児保育を仕組化したNPO法人フローレンスの駒崎さんは
著書「社会を変えるお金の使い方」(英治出版)の中で
「寄付は投票だ」と言っている。

共感を得て、投票してもらう。
その投票がたまたまお金という「価値」を通して行われるということ。

寄付は目的ではなく、始まりだ。

寄付することで、人は応援者になる。
寄付することで、人は参画者になる。
寄付することで、人は当事者になる。

そんな物語の始まりが寄付なのではないか。

世の中をよくしていく方法は、唯一、当事者を増やすことだと思う。
寄付を募ることは、当事者を増やすこと。

僕は、これからツルハシブックスのファンドレイザーになります。
あなたも、中学生・高校生を含む若者のための
地域プラットフォーム「ツルハシブックス」の
当事者になりませんか?

ツルハシブックスでは、以下の募集をしています。

1 劇団員(月額1,000円 半年または1年一括払い)
劇団員証とハンコがもらえ、劇団員同士がつながれる仕組みです。
※次回(第2期)の劇団員募集受付は2015年3月1日からスタートします。

2 ヒーローズ(月額10,000円)
ツルハシブックスの一口オーナー制度です。1日店長ができます。

3 寄付侍(一口3,000円)
オリジナルの寄付侍名刺100枚をお渡しします。

そして、今回。
株式会社バリューブックスさんとの連携により
「チャリボン」プロジェクトに参加が決まりました。
http://www.charibon.jp/

不要になった本をバリューブックスに送ると、
その買取金額が、ツルハシブックスに寄付されるという仕組みです。
リリースまであと1週間程度かかりますが、
年末大掃除をお考えのご家庭、事業所の皆様には、
不要になった本をキープしていただき、「チャリボン」の
スタートダッシュにご協力をお願いしたいと思います。

3月までに、100名(事業所)の方からの寄付本を
お待ちしています。

そこで、

4 寄付本侍
をスタートしようと思います。
「チャリボン」の仕組みを通じて、本を寄付頂いた方には、
寄付本侍の証として、「寄付本侍バッチ」をお送りしたいと思います。

あとはご協力いただけるお店や事業所には、
「寄付本侍箱」設置のための何かしらのグッズを
お送りしたいと思います。

今井さんのデザインするバッチやグッズがどんなふうになるか楽しみです。
詳細はまだ、決まりませんが、
ご家庭や職場にある本を、捨てずにキープしておいて頂けるとうれしいです。

あなたも、本でツルハシブックスに参加しませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 08:15Comments(0)アイデア