プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2017年08月31日

KJ法の意味

ここのところ、
メモ代わりに書いているブログ
今日はKJ法について。

ワークショップの
語源はworkshop:作業場・仕事場

これには
factory:工場、製造所ではなく、
というニュアンスが含まれているのだという。

では、いま、なぜ「ワークショップ」
なのでしょうか。

「課題先進国」
って聞いたことありますか?

急速に「先進国」と呼ばれる国の
仲間入りをしたとされている日本は、
多くの課題が押し寄せてくるのだといわれます。

・少子高齢化
・食料自給率
・エネルギー問題
・環境破壊
などなど、これらを解決するのは容易ではありません。

そしてもうひとつ、
人工知能(AI)の発達や
ロボット技術の進化
クラウドソーシング
などによって、働き方も大きく変わってくると言われます。

これから
なくなっていく仕事
なくならない仕事
って聞いたことありますか?
どんな仕事がなくなる?
どんな仕事がなくならない?

なくならない仕事といわれているのは
医師、カウンセラー、経営者などですね。
どんな仕事がなくならないか?
「コミュニケーション」と「イノベーション」

じゃあ、それをひとりひとりが身につけなければ
いけないのか?

そのそもイノベーションは個人のチカラで
起こるんでしょうか?
ひとりの天才が課題を解決するのでしょうか?

そんなことはありません。
⇒「場のチカラ」「チームのチカラ」
でイノベーションを生み出していくことが
これから求められているのではないでしょうか。

今日から3日間、グループで行います、
「ワークショップ」とは、まさに
「コミュニケーション」によって「イノベーション」、
つまり課題解決などを生み出す
方法であると思います。

では、ワークショップとは、
どんなものなのでしょうか。

さきほども言いましたが、
ワークショップは、
ファクトリーに対する言葉として
使われました。

詳しくは昨日のブログで。
http://hero.niiblo.jp/e485718.html

そんなワークショップの
もっとも基本的な方法である
KJ法について、今日は紹介して、
実際にやってみます。

KJ法のKJって何の略だか知っていますか?

川喜田二郎
Kawakita Jiro

なんです。
人の名前です。

川喜田二郎さん
ポストイットを使って、
考えを整理する方法を生み出した人です。

ポストイットに自分の考えを書いて、貼っていく。
これの何がすごいんでしょうか?

1 全員の意見が出せる
2 意見と人を分離する
3 並び替えられる⇒新結合が起こる

川喜田さんはこう言ったそうです。
「ラベルに語らせろ」

さて、じゃあこれからやってみます。
簡単な約束事があります。

1 自由奔放
2 質より量
3 否定しない
4 便乗歓迎

3と4は
Yes,andとしても使われていますね。

いいね、それ。
そしたらこんなこともできるんじゃない?
っていう風にいったん、受け止めて、乗っかる。
さて、やってみましょう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:56Comments(0)アイデア

2017年08月29日

「ワークショップ」

人工知能(AI)・ロボット時代が
まもなく訪れ、たくさんの仕事が
自動化され、職を失う人が増えるという。

それに替わられない仕事とはなんだろう?
という問いが投げかけられている。

医師やカウンセラー・教師・経営者などが
無くならない仕事として挙げられている。

これをある人が
「イノベーション」と「コミュニケーション」
が必要な仕事であると言う。
たしかに。

そして、人口減少・少子高齢化など、
たくさんの地域課題が山積している中、
それを解決するアイデアはだれも持っていない。

「アイデアのつくり方」(ジェームス・ヤング)
「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」

それを個人ではなく、
チームの力、場の力によって
出そうというのが「ワークショップ」です。

「ワークショップ」とは、
「ファクトリー」に対する言葉として、
使われ始めました。

http://hero.niiblo.jp/e481697.html
(2016.8.31 いまなぜ「ワークショップ」か)

で、ルール説明。
ブレストの基本。

発散のために

1 自由奔放
2 質より量
3 否定しない(Yes,and)
4 便乗歓迎 

収束のために

1 肯定的であれ
2 配慮せよ。粗い判断をせず全てのアイデアを公平に検討せよ
3 目標をチェックせよ
4 アイデアを改良せよ
5 新しさをよく考慮せよ

なるほど。
こんな感じ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:26Comments(0)アイデア

2017年08月24日

地域×リベラルアーツな本屋

たぶん、これがやりたかったこと。
誰かがやらなきゃいけないこと。

企画を立てるときに思い出すのは、
大阪ボランティア協会の
早瀬昇さんの講演。

1998年。
まきどき村を立ち上げる前。
ボランティアを始める人には、2つの条件がある。

「思い込み」と「思い上がり」だ

「これが世の中に必要」という「思い込み」と
「これができるのは自分しかいない」という「思い上がり」

この一言に、僕は気持ちが楽になった。
僕がやろうとしていることは、「思い込み」と「思い上がり」、
つまり、「勘違い」なんだな、と。

謎がひとつ解けた。
当時僕は、「環境」とか「エコ」とか
言っていたのだけど、そんな活動を一緒に取り組んでいる
大学生たちや一部の大人たちへの違和感を抱えていた。

それは「自分が正しい」と思っている(気がした)ことだ。
「正しさ」は「こうするべき」という強制を生む。

それは活動に「楽しさ」を失わせる。
そして「楽しさ」がない活動は広がらない。
結果、課題は解決しないのだ。

「これが世の中に必要」は「思い込み」で
「これができるのは自分しかいない」は「思い上がり」である。

という前提で、
活動は立ち上げなければならない。
そうそう、仮説にすぎないんだと。

そんな前提で、ひとつの企画を考えてみる。

とある大学のとある授業で
高崎経済大学の「0号館」プロジェクト
https://readyfor.jp/projects/0gokan

が取り上げられていたけど。
あれが本屋さんになったらいいんじゃないかと。
まあ、そんなにツルハシブックスと変わらないのだけどね。

キーコンセプトは堅く言えば「本物の教養」かな。


「教養のススメ」(池上彰 日経BP)

東京工業大学のリベラルアーツセンターの
教員のみなさんによる本。
これはまた今度まとめますね。

衝撃的だったのは、アメリカの大学視察の話。

「アメリカの大学は実学志向」っていうのは大いなる嘘で、
実際はハーバードも、MITも、めっちゃ教養志向だっていうこと。

経営学とか工学とか専門的なのを本格的に
学ぶのは、ビジネススクールや大学院にいってから
なんだっていうこと。

しかも教養の授業がハンパない。
次の授業までに本を75ページ読んできて、
ディスカッションしたり、毎回プレゼンがあったり、そんな感じ。
教養への熱が違う。

ということで。
大学のカリキュラムは変えられないので、
いっそ大学の前に本屋つくって、
そこでやればいいんじゃないかって。

・ひとをつなぐ本屋(きっかけ)
・プロジェクト応援(アクション)
・就職・起業応援(出口)

座学だけじゃなくて、
フィールドワークも、地域の人と
プロジェクト組んでいったりとかしていけば
いいんじゃないかなと。

まだ、ネーミングは検討中なのだけど。
○○駅前キャンバスとかね。
キャンパス(校内)ではなくて、絵を描くところね。

本屋としての売るものは、
・教科書(古本):先輩から引き継いだもの。マーカーOK
・就活応援本:地域企業のOB・OG訪問ができる本(公務員も)
・高校生向け参考書

とか、
あとはリベラルアーツ的な新刊と古本。
これは僕が基本を選びますが、いろんな読書会を開きながら
セレクトしていく。

これらをきっかけにして、自分を考えることができる。

あとは、プロジェクト支援
・ドラッカーの5つの質問(人生は経営である)
・目的地の見つけ方(ビジョンセッション)
・場のチカラ(ミーティングファシリテーション)
・ふりかえりの方法
などを伝えるワークショップを開催する。

そして就職マッチングや
おためし起業の機会提供

これは、屋台なんかをつくって、
そこで商売ができるようにしてみることからかな。

問題は、最初のはじめ方。
大学生店長とか、そういう大学生を誘いやすい設計にするのがポイント

あとはアクセス。
場所が結構大切。通りすがりの人がくるような
立地で偶然を起こすこと。

もうひとつは可能であれば、
その建物の物語があるといいなと。

僕は2006年にインターンシップ事業立ち上げをしてから、
「個人のキャリア」と「地域活動」(インターンシップ含む)
の有機的なつながりについて考えてきたのだけど、
それはやっぱり、「本」や「本屋」がつなぐのかもしれないなと。

ほかの人とアプローチが違うのは、
地域サイドよりも学生サイドから見てるっていうところかな。
あとはコミュニケーション・デザインの
方法論をたくさんもっていることかも。

さて、見えてきましたね。  

Posted by ニシダタクジ at 08:21Comments(0)アイデア

2017年07月24日

地域活動とキャリア形成と「場」づくり

地域活動とキャリア形成を接続する。
というか一体化する。
これがこの3年間のテーマだった。

ちょっとずつアウトプットが見えてきた。

これまでのキーワードをつなげていくと、
何かできるのかもしれないと。

「農」「食」「本」「本屋」「ハックツ」「場」
「キャリア」「インターン」「クラウドファンディング」

ひとつは、
クラウドファンディングというメディアをつかって、
地域の生産者の販売と広報を行うようなプロジェクトを
生んでいくこと。

もうひとつは、
地域の企業と学生を「本」でつなぐ、というもの。
なづけて、OB訪問付き古本屋(仮)。

これらは、
拠点となる「場」があって初めて機能するのだろうなと。

そしてその「場」は「住みたい」街づくりの実験場として
コミュニケーションと学びの機会を提供していくのだろうと。

ふるさと納税よりもリアルに、
ひとりひとりとつながる、役立てるメディアを
つくること。

それかもね。  

Posted by ニシダタクジ at 08:09Comments(0)アイデア

2017年06月27日

コミュニティ難民向け本屋さん

「孤独と不安のレッスン」
「売りたい」ではなく、「売らなきゃ」と思える本
http://hero.niiblo.jp/e269669.html

そういう本を売っていきたい。


コミュニティ難民のススメ。(アサダワタル 木楽舎)

手紙。
売らなきゃ、と思える本。
この本を手渡さなくちゃ、と思える本。
そんな本を売っていこうと思う。

最近は僕の周りに
コミュニティ難民な女子が多いので、
それ向けのセレクトをするのが楽しそう。
ひとまずアルプスブックキャンプでお披露目しようと。
新城劇場にも同時に発表したい。

部活をやめたばかりの
中学生高校生向けのハックツというのもいいな。
女子会に行けるような感性の強い男子も対象かな。

自分で考えること。
思考停止しないこと。
精神的に独立すること。
それが一番大切なのだろうと思う。

就職でなく、人生の経営者として、
企業とのパートナーシップ契約を結ぶ。

そういう感覚がないと、
システムはどんどん、独立を奪う。

ひとりひとりを幸せにするはずだったシステムは、
ひとりひとりを「交換可能」にし、
ひとりひとりを「顧客」から遠ざける。
顧客に「手紙」を渡せなくなる。

孤独を携えて、人生を生きる。
そんな「手紙」を僕は預かってきたのかもしれない。

「孤独と不安のレッスン」から
「コミュニティ難民のススメ」まで。

どうやってつなげていこうか、楽しみです。  

Posted by ニシダタクジ at 05:43Comments(0)アイデア

2017年06月20日

もうひとつのCSA

東北食べる通信の高橋さんの本。


で、書いたブログ。
「Community Supported Bookstore」
http://hero.niiblo.jp/e475942.html
(16.1.5)

この本の中で紹介されている
農家と消費者をつなぐ「CSA」。

CSAとは
「Community Supported Agriculture」のことで、
直訳すればコミュニティに支えられる農業のことだ。

コミュニティマネージャーを配置し、
生産者と消費者、あるいは消費者同士のコミュニティを育む。
そんな取り組みが始まっている。

昨日企画していた「おとばたけ」の取り組みって
その方法論のひとつになるのではないかな。

音で農とつながる。
五感を使って感じる。

それは、きっと「ひらく」ということ。

昨日、コミュニティとプロジェクトのあいだ
と書いた。
コミュニティは居場所、プロジェクトはチーム。

人には「居場所」が必要である。
というのが、もし、ウソだとしたら。

「本当の自分」など、存在しないとしたら。

そして必要なのは、「承認」だとしたら。

「承認」が得られないのは、
他者からの「評価」を基準に生きているからだとしたら。

いまや、
「学校」も、「家庭」も、「地域」も、「会社」も
すでに「居場所」ではない。

「だから『居場所』が必要なのだ」
と言う人は多い。

でも、本当は、「居場所」じゃなくて「承認」
なのではないか。
特に山竹伸二さんのいう「親和的承認」なのではないか。

「部分的承認」
http://hero.niiblo.jp/e344865.html
(14.1.28)

大げさに言えば、
「自分がこの世に存在していていいんだ」
っていう承認を必要としている。

そしてそれは、
「居場所」によって全面的に得られるのではなくて、
「プロジェクトチーム」によって、一時的、部分的に得ていく。
その方法をとったほうがいいのではないか。

そういう意味では、
「農」によって、そして音によって、
五感をひらきながら、地域とつながっていくこと。
経済社会とつながっていくこと。

そのプロジェクトは、
地域の「農」をサポートするだけではなく、
若者の「承認」をサポートするのではないか。

「Community Supported Agriculture」
というコミュニティが

「Community Supported Approval または Acknowledgment」
になり得るのではないか。

※ ↑「承認」辞書ひいてしまった。英語わかる人、どっちが正しいか教えてください。
  両方違っていても教えてください。

そんな場と機会を起こしていくような本屋を、
いろんな人と作っていくこと。

それがCSB「Community Supported Bookstore」
なのだろうな。

もうひとつのCSAを作るような本屋、やりたい。  

Posted by ニシダタクジ at 05:34Comments(0)アイデア

2017年05月23日

「心を開く」をデザインする

http://hero.niiblo.jp/e484552.html
「心を開く」から始まる。
(17.4.20)

http://hero.niiblo.jp/e484560.html
本屋というプロセス・デザイン
(17.4.21)

のつづき。

結果論なのだけど、
僕がやってきたことは、
「心を開く」をデザインする。
だったのかもしれない、という仮説

そういう意味でのポートフォリオは

1 まきどき村の人生最高の朝ごはん。

1999年~現在。
毎週日曜日朝6時集合。
早すぎる。

まきどき村1年目の1999年8月1日。
神奈川県から来たお客さんに
竹炭焼きをするための竹割りをやってもらうため、
猛暑だったので朝7時集合したのが始まり。

あとは朝市が7時から近所でやっていたため、
そこの試食の漬物を食べるために、
そこでご飯を食べる、という活動が始まった。


現在でも
1 旧庄屋佐藤家に6時集合
2 畑作業
3 買い出し
4 朝食づくり
5 朝ごはん
でおおむね朝9時半には解散している。

ここのポイントは
・朝6時集合で化粧とかする暇がない。
・農作業とか囲炉裏の煙の匂いがつくので、いい服では来れない。
・農作業や朝食づくりなど、作業を共にするので、仲良くなる。
・一緒に食べる。
・地域のじいちゃんや歴史などがあって、話のネタがある。

うん。
こうやって書くと、なかなかできないデザインだなあと。

2 粟島での大学生向けプログラム

2012年~2014年
大学のプログラムや島開きの手伝い、カフェの工事など、
粟島で行った大学生向けのプログラム。



ここでのポイントは、なんといっても
1 船に乗り、離島に渡る
というところ。
ここには心を開くプロセスがあると思う。

そして人口300人の島、粟島では、
特にオフシーズンに行くと、村ですれ違う人がみな、話しかけてくる。

民宿に2泊しようものなら、
「今日はどうするんだ?」と聞かれて、
場合によっては車を貸してやる、って言われる。
民宿の代金にレンタカー代も入ってる。(笑)

そして2日目には
「ただいま~」と言って帰っていくのだろう。
自然、そして人。
本当の意味での「開放」がここにある。

「自分が好きになれない」
っていう悩みを抱える大学生や20代の人には
粟島に2泊することをおすすめしたい。
ご相談ください。

3 ツルハシブックス


2011年~2016年:新潟市西区内野駅前にあった本屋

ツルハシブックスでは、
「偶然」を演出することによって、
「心を開く」を実現してきたのではないか。

1 入店した瞬間に「こんにちは」と声をかける。
2 店内の説明をする。
3 お菓子を食べてもらう。

お菓子を食べてもらう際に
「差し入れでもらったんですけど」
とすすめるのがポイントだ。

差し入れでもらったのだけど、
甘いものが苦手で食べきれない。
とか言うと、たいていの場合は食べてくれる。

あとは、
「差し入れの来る本屋さん」であるという
いいイメージが湧く。

そこで出会う「偶然」が、
次のアクションへの背中を押す。

4 暗やみ本屋ハックツ

もともとは「地下古本コーナーHAKKUTSU」という名前で、
新潟市のツルハシブックスにあったのだけど、
今は、東京練馬区・上石神井と、大阪旭区・千林で行っている。
10代限定の暗やみで行っている古本屋さん。


こちらも10代の若者にとっては、
・暗やみであることで非日常感がある。
・寄贈者のメッセージを感じ取ることが求められる。
・ハックツし終わった後に話ができる、または自分もスタッフになれる。

また、こちらは寄贈する大人にとっても、
・10代に本を贈る読書会では、自分の10代のころの
エピソードを語ることになり、自己開示が起こる。

5 大学生×若手社会人の紙芝居プレゼンによるコミュニケーション力講座


「カタリバ」をモデルにした大学生のキャリア教育モデル。
社会人が紙芝居をつくり、
それをもとに、学生とコミュニケーションする。

その後、学生自身が自分の紙芝居を作成、プレゼンする。
紙芝居というツールが、距離を縮め、心を開くことになる。

番外 ミーティングファシリテーション

・アイスブレイクで「最近会ったよかったこと」
終わるときに「今日の感想」をいう
を繰り返すことで、気持ちを出す練習をする。
フルネームで名前をいうことがポイント。出身もあったらよい

・カタルタ:予想外のことを言うことができるツール
・1度は休憩を入れる。休憩の際はトイレに行く。

心を開く。
オープンマインドをつくる。
そこから始まるのだろうな。

以上の活動をしてきて、なんとなく見えてきた、
若者の心を開く方法。

・船に乗って離島に渡る。
・一緒につくって食べる。
・「偶然」をプロデュースする。

そして何より、僕が大切だと思うのは、
・いい加減な大人に出会う。

ことなのではないかな、と思う。
多様な、っていうよりは、
「ああ、そんなんでいいんだ。」
っていう安心感を与えてくれるような大人に出会うこと。

そうやって、心が開いていく。
そういう意味でも、僕は、その仕事、
向いているような気がします。

新しい肩書き、できました。

「オープン・マインド・デザイナー」
のニシダタクジです。

いや、あやしい。
あやしすぎる。

ココロヒラキストとかにしときますか。笑。  

Posted by ニシダタクジ at 05:46Comments(0)アイデア

2016年11月28日

いま感性が反応していることが最先端だとしたら

感性を信じられるようになる。

これこそが
実はいちばん大切なことなのではないか。

他者の意見や世間の価値観ではなく、
自分の感性を信じる。
そして決断できるようになること。
これが、「20代の宿題」なのではないか、と。

ツルハシブックスってなんだったのか?
きっとそれが今問わなければいけないこと。

どこからきて、どこへいくのか?

いま、感性が反応していることが最先端だとしたら、
世の中は、というか私たちの生活はどこへいくのか?


新潟での活動(1996~)
有機農業研究会STEP(サークル・学食の生ごみをたい肥化して畑をやる)
まきどき村(農作業後、朝ごはんを食べる人生最高の朝ごはんを実施)
学校給食と子どもの健康を考える会(学校給食米飯化運動)
サンクチュアリ出版(地方書店営業)
虹のおと・虹のひろば(小学生と地域のお年寄りの昔遊びを通じた交流)
ヒーローズファーム(大学生の地域企業でのインターンシップのコーディネート)
ツルハシブックス(JR駅前での地域拠点となるような本屋・カフェ)
コメタク(米を炊くことをテーマに、暮らしを考える米屋)

そして、進行中の
・暗やみ本屋ハックツ(東京・練馬:10代向けに特化した寄贈本の古本屋・月1回営業)
・こめつぶ本屋(大阪・千林:商店街にある米屋の隣の空間での高校生向け活動)
・カリカリブックス(仮)(長野・伊那:駅前商店街の空き店舗を活用した高校生向け古本屋)

さらには、
・プロジェクト3号室(川崎・武蔵新城:マンション1Fを活用した高校生の活動拠点となるような本屋)

「高校生」をキーワードにして、
「学びのコミュニティ」ができていく。

たぶん、これが第1の仮説で、
ツルハシブックスで実証されたこと。
これからもこれは継続して活動していくだろう。

次は、何か。

まずは、本屋を復活させたい。
米屋本屋はやりつつ、だけど、
内野町のいろいろなところで本屋を出店しつつ、だけど。

「畑のある本屋」




多様な目的の人が同じ空間を分け合っている。
それが僕の考える「居心地の良さ」だ。
そこに「偶然」が生まれる余地がある。
それには畑のある本屋が面白い気がする。

本の集合体が発信するメッセージがそもそも「多様性」だからだ。

それがきっと次の本屋さん。

その前に、やらなくてはいけないことは、
おそらくは米屋の収益化なのだと思っている。
米屋×本屋だけでない、
地域の人とのつながりをつくり、住みたいまちをつくる、
そんな場を作っていかなくてはいけない。

あとは「移住」かな。
「参加できる」まちが移住したくなるまちになるのかもしれない。

そのあたりの構築かな。
あとは、10代の地域活動参加による
就職観(キャリアドリフト観)の醸成について、研究することからなあ。

そんな話を30日しますね、ゆきさん。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)アイデア

2016年09月28日

「予測できない学び」というエンターテイメント

暗やみ本屋ハックツの社会人スタッフや
ツルハシブックス店員サムライの
モチベーションは何か?

あるいは、単位も無しで
課外活動に取り組み学生のモチベーションは
どこから来るのか?

あるいはどうやって起動・維持・発展していくのか?

僕はもっとも強いモチベーションの源泉は、
「予測できない学び」が得られるということなのではないかと思った。

中村さん直伝の振り返り手法。

「予測できたよかったこと」
「予測できた悪かったこと」
「予測できなかった悪かったこと」
「予測できなかったよかったこと」

を4象限で振り返り、
発表するというもの。

ここでは順番が大切で、
「よかったこと」で始まり、
「よかったこと」で終わる。

そしてなんといっても、
イベントやその他活動を「やってよかった」
と思えるのは、
「予測できなかったよかったこと」
が起こる(経験できる)からであろうと思う。

そして、
その出来事や、振り返りを通して、
「予測できない学び」を得るということ。

これが大きいのではないかと思った。

内田樹さんのいうような、
「教育のお買いもの化」
が進行する一方である。
(つまり、必要最小限のコストで、大きなものを手に入れる)

だから、大学はシラバスに授業内容を書き、
インターンシップ仲介団体は「得られる経験」
を企業や学生のヒアリングを通して、聞き取り、文章化し、アピールする。

それはまるで資格取得をゴールとした
通信教育講座のようだ。

そこにあるのは、「予測された学び」である。

しかし、
僕たちが、本当に喜びを感じるのは、
「予測できない学び」に出会ったときではないだろうか。

地域には、現場には、そして本屋には、
「予測できない」出来事が広がっている。

そこでの経験を通じて、
予測できない学びを得ること。
そこに本当のエンターテイメントがあるような気がする。

すべての商品やサービスが、
「機会」を売るものだと仮定するならば、

ハックツやツルハシブックスが売っている「機会」は、
「予測できない学び」というエンターテイメントなのだろうと思う。

そしてそれこそが
若者が欲しているものなのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)アイデア

2016年08月31日

いまなぜ、「ワークショップ」か

いまなぜ、「ワークショップ」なのか。


(かかわり方のまなび方 西村佳哲 筑摩書房 ※ちくま文庫からも発売されました)

この本を読みなおす。

当たり前のように使っている
「ワークショップ」とは、そもそも何か。

英語で「ワークショップ」とは、
工房・作業所のこと、つまりハード(建物)のことだった。

しかしわれわれは今日、イベントや会議などの
ソフトな意味として使っている。

「ワークショップ」が拡大解釈的に使われてきたのは、
1900年代のはじめ、T型フォードが世界を席巻し始めた頃であるという。

つまり、
「ファクトリー(工場)ではなく」
というニュアンスが含まれているというのだ。

~~~ここから引用

ファクトリー(工場)の特性は、
「何をつくるか?」があらかじめ決まっている点にある。
そしてそれを効率よく、高精度に、間違いなく生産するための
ラインが設計され稼働する。

一方ワークショップ(工房)では、
「何をつくるか?」はあらかじめ決まっていない。
少なくとも設計図のたぐいはない。
そこには素材があり、道具があり、
「少しでもいいものをつくりたい」意欲を持つ職工が集まって、
互いに影響を与えながら働く。

そしてつくり出すべき「なにか」が、その場で模索されていく。

ファクトリーは量産するが、ワークショップは量産のための空間ではない。
また前者において、失敗はあってはならないもので決して望まれないが、
後者(ワークショップ)では、失敗はむしろ重要な手がかりで、
いい失敗を積極的に得るべく試作が重ねられる。

ファクトリー(工場)は、
システムを所有し管理する側が大きな影響力と権限を
持つ社会を象徴している。
その発展は、素人より専門家が、
生活者より消費財を供給する側が
よりパワフルな社会の深化であった。

一方、ワークショップ(工房)では、
一人ひとりの個人が中心で、権限も分散している。

このようにファクトリーという対立概念を置くと
ワークショップという言葉に込められてきた願いの内実が
少し見えやすくなる。

~~~ここまで引用

わーって。
なるほどーーーって。
これは素敵な一節。

そうそう。
ワークショップは
・あらかじめアウトプットが決まっていない。
・失敗(試作)が歓迎される
・トップに立つ人ではなく、一人ひとりが重要

そうそう。
そうやって「場のチカラ」を高めた
ワークショップの中から「未来」が始まっていくと
僕は思っている。

これは「まちづくり」「地域づくり」の現場、
つまりソフトのワークショップでも同じだ。

そしてまさしく、
地域における若者(たとえば大学生)の
役割はここにある。

あらかじめアプトプットの決まっていないものを
場のチカラを通じて試作し、
実際やってみてふりかえること。

それってプロジェクトだけじゃなくて、
人生そのものなのではないかなあと。  

Posted by ニシダタクジ at 06:31Comments(0)アイデア

2016年06月29日

未来は「会議室」の中で生まれている

成人する、大人になる、
とはなんだろうか?

世のハタチの中で、
「成人式」に出たことで
大人になったなあと実感する人は
何人いるのだろうか。

自治体が主導する「成人式」はもはや
同窓会の口実に過ぎないのではないか。

大人になるとはなんだろうか?

そもそも、
それがひとりひとり同じであるはずでもないし、
同時に起こるはずはもっとない。

自立とはなんだろうか?
安定とはなんだろうか?

仕事とは、はたらくとはなんだろうか?
生きるとはいったいなんだろうか?

そんな問いに対して、
自分なりの方向性を定めていくこと。
それこそが「成人式」なのではないか。

だとすると、
本屋や図書館が果たす役割は極めて大きい。
問いの宝庫だからだ。

そしておそらく、
その方向性に至る道筋も、もはや個人戦ではない。

多数の人が本を読み、それを語り、深め、
ふたたび本を読み、自分の中に落とし込んでいくこと。

きっとその繰り返しで
個人の生き方働き方は決まってくる。
そう、未来は「対話」の中に生まれていくのだ。

織田裕二が「踊る大捜査線」の中で

事件は会議室で起きてるんじゃない。
現場で起きてんだ。
と叫んでいたけど、

未来は「対話」の中にあると僕は思っている。

だから、その対話が会議室の中で起こっているのであれば、
(多くの場合、それは環境に左右されるので、会議室よりはカフェのほうがいいのだけど)
未来は会議室の中で生まれていると言えるだろう。

この前、
ネット上の集合知の中に未来がある、という話を聞いたけど、
僕はネットだけでは生まれないと思う。
ネットはリアルの補完でしかない。

リアルな集合知をつくっていくこと。
それは大学の現場こそが
もっともつくりやすいだろうと思う。

大学の中に「カフェ的空間」をつくり、
そこに「対話」を生んでいくこと。

そこに未来が生まれ続ける場をつくっていくこと。

きっとそれが僕のミッションなのだろうと思う。
これからの成人式をつくる。

それは「式」というよりは「機会」であると思うけど、
そんな機会がハタチには必要だと、心から思う。  

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2016年03月29日

「ナリワイ」づくりと学校づくりと地域づくり


「ナリワイをつくる」(伊藤洋志 東京書籍)

この本をベースに、
「ナリワイ」づくりと学校づくりと地域づくり
を同時にやっていくような場所ができないだろか。
新潟の山奥でできないだろうか。

そんな構想をつくる上野の夜。

カフェと本屋と小中高生の店
が同時に成り立つような場所をつくる。

カフェをやるのは、
セミプロ級の腕を持つ、会社員4人。(大学生可)

毎週週替わりで、
土日にカフェをやる。
毎月、その土日のことを考えて、
お菓子作りに取り組んだりする。

本屋をやるのは、
もちろんツルハシブックスのサムライたち。
ここに、大学生インターンも投入する。
土日だけではなく、平日は村を歩き、
「ナリワイ」の種を見つける。
コーディネーター的な役割を果たす。

小中高校生も、
その場所でお店を出し、何かを売る。
それは手づくりのものでもいいし、
近所のじいちゃんがつくったものでもいい。
商売を通じて、試行錯誤する。

それはもはや、「学校」ではないのか?と思う。
これからの時代の働き方、生き方がそこにあるのではないか。

そんな場所づくりをこの夏から始めます。  

Posted by ニシダタクジ at 05:52Comments(0)アイデア

2016年03月18日

ワークショップ型バスツアー

学生と企業のコラボ。

単なる商品開発やメニュー提案だとか、
そういうのではない。

「広告効果」ではない、
双方にとって、意義や価値のあるコラボレーションを
行うこと。

ここでポイントとなるのは、
きっと「学び」ということになるのだろう。

企業にとっても、学生にとっても、学びがある、ということ。
それは決して個人戦ではなく、
相互作用の結果、学びが起こるということ。

企業にとっての学びとは、
・新しいアイデアを得る。
・場のチカラの体感。
・選ばれる企業のエッセンスを学ぶ。

学生にとっての学びとは、
・働くことを体感する。
・多様な価値観に触れる。
・地元企業の魅力に触れる。

入門編としては、
ワークショップ型バスツアーがいいのではないか。

午前は、会社見学と経営者の話。
午後は、社員さんを交えての企画会議を行う。
そして最後にプレゼンする。
そんなプログラム、ができたら上記のような
ものができるのかもしれない。

お題の設定と、ファシリテーションがカギ。
これを学生がやれるようになると非常に面白い。  

Posted by ニシダタクジ at 06:57Comments(0)アイデア

2016年03月05日

「偶然性」を軸にプラットフォームを構築する

これからの若者向けプラットフォームを考える。

若者にとっての価値はさまざまな地域参画であると仮定する。
だとすると、

そこに最も必要なのは「偶然性」ではないだろうか。

いわゆる「きっかけ」「機会」をどのように得るか?
である。

プラットフォームに必要な3つの機能

「告知性」
「偶然性」
「滞在性」

この3つを併せ持つところが
高いプラットフォーム性を持つ。

若者が対象の場合は、ウェブメディアが
「告知性」「偶然性」を補う場合もある。

また、「偶然性」のベースには「多様性」があり、
多様であるほど、偶然の価値は上がる。

そして「偶然性」の先に「可能性」は
広がっている。

図解するなら

         「可能性」
「告知性」「偶然性」「滞在性」
   「多様性」

というような感じだろうか
右上に上がっていくようなイメージ。

「偶然性」を軸にプラットフォームを構築する。

そうすると、ツルハシブックスのような
新刊書店かつ滞在性の高い場所、駅前という立地は、
プラットフォームとしては非常に魅力的な要素が詰まっているのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 05:09Comments(0)アイデア

2016年02月06日

15年後



ヤッチャバ松浦さんのお誘いで
集まった人たち。
なんだかとってもエキサイティングな時間でした。

「未来」ってそっちにあるなあって。

山下陽光さんと伊藤洋志さんと松浦伸也さん。
やっぱり彼ら、最先端ですよ。
ほんと、そう思う。

本の話題でいえば、
スマホが使えない環境で字に触れさせる
というのが大切だと。

http://books-onsen.com/
城崎温泉の本と温泉。

とか。
サウナで読むとか、こういうの。

15年後がなんとなく見えてきた、楽しい会となりました。
またやりましょう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:15Comments(0)アイデア

2016年01月11日

これからの成人式

本日、1月11日。
成人の日。

その日を前に昨日、成人式が各地で行われた。
(飲み会があるから翌日も休みの日に設定?)

毎年ニュースになる成人式での新成人の振る舞い。
水戸市の成人式でも警察官20人が駆けつける騒ぎになったという。

そもそも、成人式の意味、意義とはなんだろうか?

もはや、飲酒解禁の儀式でしかない。

あるいは、市場にとっては、和服や美容院、
あるいは同窓会をするための宴会場や居酒屋は、
有数のビジネスチャンスなのかもしれない。
クリスマスとバレンタインデーをつなぐ、稼ぎ時なのかもしれない。

成人式に出て、(それが要因で)
「大人になった」と自覚する新成人が全国で何人いるのだろうか。
もしかしたら、新成人代表スピーチをする人はそのくらいあるのかもしれないが。

年齢が20歳に達しただけで、
「成人する=大人になる」はずがない、と心の中でみんなが思っている。

そもそも、成人式とはいつから始まったのか、
というと、1946年に埼玉県の蕨で行われた青年祭を起源に、
1948年に施行された祝日法により1月15日が成人の日となって
各地ではじまったものだという。
ということは、わずかに70年。
もう、いいんじゃないか、と思う。

その代わり、「これからの成人式」を
ツルハシブックスと僕は売ろうと思う。

昨日は北茨城市五浦に岡倉天心先生に会いにいってきた。






明治時代の富国強兵・殖産興業の西欧化一辺倒の流れの中で、
彼が表現したかった世界観とはいったいなんだろうか?

世界とどう対話するか?
宇宙とどう対話するか?
自らの人生とどう対話するか?

そんな問いが生まれた。


岡倉天心が釣り船に揺られながら感じているのは、
「永遠性」と「絶え間ない変化」という宇宙の本質であったという。

彼が茨城県五浦で、表現したかったもの、
世界に伝えたかったこととは、いったいなんだろうか?

そしていま、自分は、
どう自らを表現し、どう生きていくのか?

そんなふうに思った。

このことは、大学生が心の中で思っている「問い」
に近いのではないか。

五浦に岡倉天心に会いに行くということは、
「これからの成人式」になりうるのではないか、
と僕は思っている。

成人式とは、1日限りのものではなく、
根源的な問いが始まるということ。

「幸せとはなにか?」
「豊かさとはなにか?」
「自分の役割とは何か?」

そんな問いが始まり、
そこに一定の答えが出ること。

それが「成人式」ではないかと思う。

つまり、成人式とはその日1日のこと、あるいは式典のことではなく、
成人式期間という問いを考える期間のことをこれからは指していくのではないか。

ツルハシブックスは、そして僕は、
「これからの成人式」を売る人になる
というミッションがあるのではないかと。

「これからの成人式」とは、
「成人式期間」の入り口を作る、ということ。

それはもしかしたら、
「本を読む」ことからもしれないし、
「人に会う」ことからもしれないし、
「旅に出る」ことかもしれない。

あるいは、
「何かをやってみて、失敗しながら実現していく」
というプロセスなのかもしれない。

そんな風に、その人が
「成人式期間」に突入するきっかけをつくる、
そんなことを始められるのではないかと。

そして、この「成人式期間」は、
実は20歳だけではなくて、

「本当の豊かさとはなんだろうか?」
とか
「本当の自分の役割ってなんだろうか?」
という問いにいたったら、何歳からでも、
(僕もいま、そんな状況にあるが)

ふたたび「成人式」が始まるのではないかと思っている。
ツルハシブックスは、そんな存在になりたいなあと思う。

成人式期間に突入するのような
問いが生まれる機会をこれからもつくっていこうと思う。

岡倉天心先生が波に揺られながら感じていた
「永遠性」と「絶え間ない変化」
それは宇宙そのものだし、人生そのものだと感じた。

茨城県北茨城市五浦。

聖地、誕生。

なんだかうれしい1日になりました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:20Comments(0)アイデア

2015年12月31日

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト


「君に友だちはいらない」(瀧本哲史 講談社)
引き続き、こちらから。

第5章
チームアプローチは、あなたと世界をどう変えるか?

~~~ここから一部引用

「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」という言葉がある。
ゲマインシャフトというのは、地縁や血縁など、
人間が生活していくなかで自然発生的に生まれてくる
社会集団のことを指す。

地縁にしろ血縁にしろ、この関係は、自分が生まれた時点で
ほとんどが決まっている。
そのため事後的に自らの意志で、
それらを変更することも、逃れることも基本的には難しい。
その縁を増やしていくことも、完全に消すことも困難である。

身分制度と村落共同体によって
職業や婚姻、移動の自由がなかった江戸時代までの日本は、
典型的なゲマインシャフト的社会である。

ゲマインシャフトに対してゲゼルシャフトというのは、
「ある目的をもった人々が、その目的を達成するために集まった社会集団」
のことをいう。

何かの目的があって作られるものだから、
いくつもの集団に同時に所属することもできるし、
その目的が必要なくなったり、組織がダメになったら
いつでも解散したり脱出することができる。

~~~ここまで一部引用

著者は、家族の問題や、学校のPTA、自治会などの
問題がゲマインシャフトの関係性に固執するところから生まれるという。
これらの組織をうまく機能させるには、
ゲゼルシャフト的、つまり目的志向性を持たせることが重要になるという。

さらに「いじめ」についてこう言及する

▽▽▽ここから一部引用

いじめという現象は、
村社会に代表されるゲマインシャフト的組織で
おこる典型的な問題である。

いじめは「そこで暮らしていくしかない人たち」が、
自分たちの集団の「同質性」を確認するために、
定期的にわずかな差異を持つ人たちを探し出して叩くという
一種の「儀式」だ。

だから特定の人がターゲットになっても、
その人がその場から去れば、
周期的に別のターゲットをランダムに見つけ出して繰り返し行われる。
いじめの対象を見つけ出す理由はなんでもいいのである。

なぜならば、いじめが、いじめとして機能するためにはの重要なポイントは、
「次に誰がターゲットになるか分からない」ということにあるからだ。

(中略)

この「次のターゲットを明示しない」というやり方は、
絶対権力が支配する社会の統治システムにおいても巧妙に使われてきた。

隣で暮らしていたふつうの家族が、ある日突然、一家揃っていなくなる。
それを見た人々は震え上がり、
「今度は自分たちの番ではないか」「けっして当局の手にとまらぬように
おとなしくしていよう」と胸に誓う。

(中略)

いじめの原点は「狭い人間コミュニティ」であり、江戸時代に盛んに行われた
「村八分」もいじめの一環にほかならない。
現代のブラック企業でも営業成績の悪い社員を、上司が見せしめのようにして
いじめるが、それも組織の同質性を保持するために行っていると言えるだろう。

△△△ここまで一部引用

と、めちゃめちゃ真実をついている。

学校におけるいじめも、
まさに「狭い人間コミュニティ」であり、
それを維持している限り、いじめはなくならない。

そして、それを打破するのは、カリスマではなく、群雄だと著者は説く。

カリスマ型リーダーに引っ張られる組織は、
権力が一点に集中することを避けられないがために、
やがてリーダーの顔色ばかりをうかがう典型的な「官僚タイプ」
の人間が幅を利かせることになり、制度が硬直化し、
あっという間に活力を失っていくことが避けれられない。

振り返ってみれば、日本もかつて「群雄たち」
が国家の基礎をかたちづくった。
江戸幕府(幕藩体制)という地方分権型国家である。

現在も戦後つくられた中央集権システムが行き詰まり、
社会保障をはじめとする国家のインフラがきしみ始めているいまこそ
群雄の出番だ。

なるほど。
僕たちは、群雄になるべく、
ゲゼルシャフト的な目的指向型の組織を
数多く作っていくこと。

なによりも試しにやってみること。
チームをつくってみること。

そこから次の時代の扉が開く。  

Posted by ニシダタクジ at 06:42Comments(0)アイデア

2015年12月29日

「成人式期間」を届ける本屋


ツルハシブックス2015年の営業が終了。
恒例の三本締め。
2016年に向けて、ふたたび進んでいく時が来た

おそらく、ツルハシブックスは、
ハックツを軸に事業を再構築する
時期を迎えているのだろう。

10代に出会いときっかけ、サードプレイスを
提供する本屋になる。

それには、クリスマスにやったような寄贈本企画や、
通学路に出張して空き地ハックツみたいなことも
やっていくことが必要だろう。

では、新刊書店として、
あるいは大学生や20代会社員に向けて、
何を売っていけばいいのか?

それはきっといまは適切な言葉が浮かばないが、言わば「成人式期間」
というものになるのだろうと思う。

参考:ひとりひとりに使命があるように、本屋にも使命がある
http://hero.niiblo.jp/e475548.html

成人式期間を売る。
なにものでもない自分から出発して、
自分とは何か?豊かさとは何か?
を問い直してみる機関。

それを提供していくということ、
そのための選書をするということ、
そのためのサービスを提供するということ。
そのサービスのひとつに自動車学校との連動した企画をつくる。

本を読む人をつくっていく企画。
本を読みたいと思っているけど、なかなか読めるようにならない。
何から読んだらいいか、わからない。
今の就職活動への悩みにどの本をよんだらいいのか?

「本の処方箋」を使いながら、
そんな運転免許合宿があったら楽しいと思う。

答えのない時代を生きているし、
ずっと生きていかなければいけない私たちは、
自分なりの幸福論を見つけなければならない。

そのために、本を読み、人に会い、旅に出なければならない。
そんなきっかけを、つくっていくような本屋。

大人たちからのメッセージの詰まった本が
受け取れる本屋。

そんなギフトの連鎖が起こっていくような本屋を
サムライたちとつくっていこうと思う。

サムライの皆様、1年間ありがとうございました。
1年前に想像していた以上のお店になりました。

「共に学ぼう。」
そんな、現代の松下村塾がツルハシブックスなのかもしれません。  

Posted by ニシダタクジ at 06:37Comments(0)アイデア

2015年09月24日

これまでの日本とこれからの日本を売る



世田谷・松陰神社。
でお守りを更新し、
その後小伝馬町「伝馬町獄跡」⇒南千住回向院⇒小塚原処刑場
と大和魂回収ツアーにいってきました。

夜。
ひらめきました。

本屋と米屋。

言語化できないあの直感。
少しずつ見えてきたように思います。

「これまでの日本」と
「これからの日本」を売る。

これが本屋と米屋に共通する使命なのではないか。
そして米屋と本屋が重なったとき、
それが何倍もの相乗効果となって、
世の中に、いや、ひとりひとりにインパクトを与えるのではないか。

from japan to the next ・・・

このnextの後 には、
もちろん「japan」「stage」も入るのだけど、
ひとりひとりのnext も入ってくるのだよね。

「next takuji」も入ってくるわけ。

そんな米屋と本屋を、
「学びあいの場のデザイン」でつくっていこうと思った、
連休最終日の大和魂回収ツアーでした。  

Posted by ニシダタクジ at 06:58Comments(0)アイデア

2015年08月07日

「本屋」と「田舎」と「小さなドミノ」

小さなチャレンジのドミノを倒す。
小さな成功体験を積み、
だんだんと大きなチャレンジをしていく。
それが自信につながっていく。

しかし、「自信がない」人は、
その最初のドミノが倒れない。
そこが課題だと思う。

その小さなドミノをどのように倒すか。
そこには「承認欲求」が
必要になってくるのではないか。

1つ目の方法は
「本屋」さん。
本がいっぱいあることで多様性を表現し、
その人を受け入れる体制ができる。

多様性の中で、
話を聞いてもらうことで、
小さな承認欲求が満たされる。

そのタイミングで、「偶然」、誰かに出会う。
その「誰か」というのは、
その日によって違う。
そこは相談センターではなく、「本屋」さんだから。

そんな偶然に心が動き、
「一緒にどこかに行ってみないか?」と誘われる。
するとさらにそこで素敵な大人に出会う。

こうして、「小さなドミノ」が自覚なく倒れる。
「気がついたら、倒れていた」というパターン。

2つ目の方法は、「田舎」に行くこと。
高齢化率の高い田舎に行くと、
歩いているだけで、地元の人から話しかけられる。

できれば、派手な格好をして歩いていたほうがいい。
新潟のとある私立大学の商店街インターンシップでは、
揃いのピンクのエプロンをして街を歩いてヒアリングをしてまわった。

地元の人にひたすら話しかけられる。
すると、自分の中でこんな勘違いが生まれる。
「自分は若いだけで価値があるのではないか。」

つまり、承認欲求がある程度満たされていく。
次に、起こることは何か、贈与経済である。

若者が街を歩き、何かしようとしているだけで、
年寄りは何か応援したくなってくる。
簡単なのは差し入れをあげることだ。

このときは、ご飯を持って来れば、
おかずは何も買わなくてもいいほど、
たくさんの差し入れをもらった。

そこで「返報性の原理」が顔を出す。
何か与えてもらったら、それをお返ししたくなるのが
人間の本能である。

その動機付けによって、「小さなドミノ」が倒れる。

現在のところ、その2つが
「小さなドミノの倒し方」である。

「偶然」と「返報性」の力で、小さなドミノを倒す。
そんな場をデザインしていきたいなあと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:05Comments(0)アイデア