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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2011年06月04日

ニーズに応えることと演じることと

ビジネスの原則は
「ニーズに応える」ことだ。

相手が欲しいものを
欲しいように提供することだ。

今日は社会人と大学生が
紙芝居形式で語る「カタリバ」風ワークショップの日。

先週1度やった時点での、
印象的だった社会人側の感想は
「大学生がどういうものを求めているか、事前に知りたい。」

これは、社会人としての基本中の基本。

しかし。
今回の「カタリバ」は
大学1年生が相手かもしれないが、
「今回のニーズはこういうものです」
というようにはっきりとは言えないものではないだろうか。

だから、社会人側も
「自分が大学1年生だったら、どんなことを聞きたいだろうか。」
「大学入学のときに社会人からどんなことを言われたら、モチベーションが上がるだろうか?」

そんなことを想像しながら、話すということ。

その紙芝居の瞬間は、
演劇を演じているようなものだ。
主客一体。
相手と共にライブを作り上げる。

そんなことがとても大切なのだろうと思う。

ニーズに応える。
それを超えて、演じること。

そこに熱い何かが生まれること。

そして、人生は動いていく。

本日も社会人の皆様、よろしくお願いします。  

Posted by ニシダタクジ at 05:52Comments(0)学び

2011年06月03日

「居場所」とは評価されないということ

「居場所」がない。

学校に居場所がない。
家庭に居場所がない。
会社に居場所がない。

それは、
「心落ち着ける場」がないということではなく、
ありのままを受け入れてくれる場所がないということ。

つまり。
「評価」されるかされないか、
が非常に重要になってくる。

「居場所」と「評価」は相容れない。

居場所とは、評価を超えたところにあるからだ。
もし、野球部に所属している部員が部員たちと
野球の技術だけの会話しかないなら、
そこは居場所にはなりえない。

学校の勉強もあって、恋愛もあって、
そんないろんな話ができるからそこが居場所になる。

そういえば、
高校時代のあの、ヤンキーがたまっていた
たこ焼き屋さん。

あそこには、「評価」はなかった。
タバコを吸っているから怒られることはなく、
髪を金色に染めているから、苦い顔をされることもなく、
ただ、おばちゃんがたこ焼きを焼きながら、話を聞いてくれた。

それが居場所。

極度に効率化された社会は、
評価を前提としたシステムを創り上げた。

非効率は徹底して排除された。

失ったのは「無駄」と「対話」
得たのは「効率」と「評価」だ。

こうして人は「居場所」を失っていったのではないか。

農村ではかつて、
田植えが終わったことを、手伝ってくれた人と神に感謝する
「さなぶり」が行われた。
田んぼで行われる飲み会だ。

そんな非効率で無駄な場と時間が、現代に必要とされているのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 06:08Comments(0)学び

2011年06月01日

求心力としての農

人と人をつなぐには、
場を魅力的なものにするには、
求心力が必要だ。

最大の求心力。
それは人だ。

また、あの人に会いたい。
あの人の話が聴きたい。
そう思う人がいる。

僕の中では、星名さんかな。
草木染めをやっている星名さんは
どこまでも自然体で、
さわやかな風のような人。

そんな人がたくさんいるような
空間は魅力的だ。

だから人は越前浜に惹かれ、
その土地に行くのだろう。

NPOの求心力は志と使命だ。
これをなんとかしよう。
その想いが求心力となり、人が集まる。

いやそれは
企業も同じなのだろう。

なんのために働くのか?
そんな問いに応えていかないと、
モチベーションがあがらない時代になった。

今から、西区西蒲区で
取り組むのは、求心力としての農と食なのだと思う。

そしてそれは、
世代を超えられる。

一緒に草取りをして、
一緒に料理を作って、
一緒に食べる。

一緒に売ってみる。
一緒に何か作ってみる。

そんなことがたくさんあるのだろう。

この螺旋階段を一段上がった
農村社会は、農と食が求心力となり、
様々な人がクリエイティブに
人生を生きていく社会なのではないだろうか。

そこに新たなコミュニティができていく。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)思い