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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年04月23日

「世間」と「社会」を分けるもの


「空気」と「世間」(鴻上尚史 講談社現代新書 2009)

孤独と不安のレッスン(2006)
に続いて出た
若者の生きづらさを解読する1冊。

これも、おもしろい。

「空気を読む」
の「空気」とは「世間が流動化したもの」
だという。

ではその「世間」の基本ルールとは、

1 贈与・互酬の関係

地縁・血縁コミュニティでよくあるもらったら、お返しする法則のこと。
もちろん会社付き合いでもある。
部長にお中元だしたか?みたいな世界。

2 長幼の序

年齢が高ければ偉いという序列。
「1年、ジュース買ってこい」というような
先輩、後輩などという世界は欧米にはない。

3 共通の時間意識

同じ時間を共有しているという意識。
電話の「お世話になっております」に対して、
「いや、まだ初めての電話で、これからお世話するかもしれませんが。」
という人はいない。

4 差別的で排他的

自分の所属する「世間」のルールを
破った時に、誰もが差別され、はじき出される。

5 神秘性

合理的に説明できない「しきたり」や「伝統」や「迷信」がある。
それは「世間」の中にいる人しか理解できない。

というような「世間」は
実はキリスト教圏には存在しない、といいます。

だから、西欧人には、
合理的に無理だと言っているのに、
「そこをなんとか」とかって食い下がる言葉は
理解不能なのだそうです。

しかも、
そういわれると日本人はなんとかしようかな、
と思ってしまうのです。

西欧では「個人」と「社会」の関係が存在します。
そしてそれは、
自然と成り立っていたのではなく、
キリスト教信仰を浸透させるために、
民間信仰や呪術的なしきたりを禁止させるところから始まります。

つまり、
ヨーロッパでは、
上に書いたような「世間のルール」を
ひとつひとつ、つぶしていったのです。

留学したりして、
西欧かぶれした人が言うことがあるそうです。

「日本人は自分で食べるものも自分で決められない」

たとえば昼食に自分はパスタが食べたいと思っていても、
友人たちの3人が
「ラーメン食べたい」と続けば、「じゃあそうしようか」
ということになります。

そこで、
「だから日本人はダメなんだよ、個人がしっかりしてないんだ」
と言ってしまう。

著者が言うには、それは
自立とか個人の強さの問題ではなく、
欧米人は神との関係が問題であり、
日本人は「世間」との関係が問題なのである。

ラーメンを食べに行くという
「世間」の「空気」を絶妙に読み取って
コミュニティを維持してきたのです。

「世間のルール」は
悪いことばかり書いてあるように思えるかもしれませんが、
たとえば「差別的で排他的」というのは、
裏を返せば、その世間に入ってしまえば、ずっと守られる、ということを表しています。

そう。
明治以降に激変する生活の中で、
「個人」や「社会」といった西欧的考え方ではなく、
「世間」が人間が生きるのを支えてきたのです。
いま風に言えば、世間こそが「セーフティネット」だったのです。

な、なるほど~。

「空気」を読むのが難しいのは、
「空気」とは、
世間の5つのルールのうちのいくつかが
成立していない部分的な「世間」のことであるからと著者は言います。

そこには実態がないのに、強烈な拘束力がある。
だから「空気読めよ」という言葉は人を傷つけるのです。
これはまた、示唆に富んだ1冊。

「私とは何か?」
と共に読みたい本ですね。

これから第4章に突入します。  

Posted by ニシダタクジ at 04:43Comments(0)