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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年09月10日

そのプロジェクトは誰を幸せにするか?



小山薫堂さんの「考えないヒント」(幻冬舎新書)

久しぶりに読み返すと、
やっぱり面白いなあ、薫堂さん。

働き方研究所には、
薫堂さんを中心に置く、というのが
いいかもしれません。
企画を考えさせたらこの人です。

そんな薫堂さんが新しい仕事を始める時の条件が3つあります。

1 それは誰かがやっていないか?
2 それは誰を幸せにするか?
3 それが自分にとって面白いか?

うーん。
深いね。

特に大切なのは2 それは誰を幸せにするか?
だそうです。

なるほど。

この3つを意識すると、
大学生の活動的な人が陥っている、
「イベント誘われ症候群」から
脱出することができるかも。

そのプロジェクトは誰を幸せにしますか?
そしてあなたはそのプロジェクトをやっていて面白いですか?  

Posted by ニシダタクジ at 09:11Comments(0)

2014年09月09日

しなやかなマインドを手に入れるインターンシップ

1年次、2年次に行うインターンシップの目的は、
知識やスキルの取得ではなくて、
しなやかなマインドの取得であると思う。

キーワードは「成長思考(成長的知能観)」。
高校生活までにいつのまにか失ってしまった
「やればやるほど、失敗すればするほど自分は成長できる」
というマインドのこと。

小さなチャレンジをし、失敗をして、
そこからチームの力、つまり会議の力で
新しいものを生んでいく経験。

昨日、
森田英一さんの
「こんなに働いているのになぜ会社は良くならないのか?」
(PHP研究所)を読み直した。


学習と変化を阻む4つの障壁
・思ったことを言わない(思考と発言の分離)
・言ったことを実行しない(発言と行動の分離)
・したことを見ない(行動と認知の分離)
・見たことを認めない(認知と思考の分離)

これらは
硬直化した組織でよく起こっていることだと言います。
たしかに通常の会議イメージってそんな感じがする。
けん制し合って、権力者の顔色を伺って発言する、みたいな。

しかし。
そんな会議で解決策が生まれるだろうか?
そして、そもそもその会議はなんのための会議だろう。

答えのない時代。
時代の流れがますます速くなり、
複雑性は増す一方の世の中で、
経営者や権力者の決定で、
危機を超えていけるのか?

やはり、世の中を変えていくイノベーションは、
「場のチカラ」から生まれるのだ。

そんな「場のチカラ」の体感、
それが集団で行うインターンシップの価値であろう。

カンバセーション(会話)から
ディスカッション(議論・討議)を超えて、
ダイアログ(対話)へと深化していくコミュニケーションによって、
「新しい何か」が生まれるような感覚。

そして、それによって、
何か問題解決というかイノベーションが起こる。

そんな体感の積み重ねによって、
「やればできる」かもしれない、という
成長思考を徐々に手に入れていくのだと思う。

働くことに根本的に必要なのは、
知識やスキルではなくて、
しなやかなマインドであると僕は思う。

目の前に突き詰められた課題。
あるいは目の当たりにした自分の能力の限界。

その時。
「才能の開花のチャンスがめぐってきた」
と思えるかどうか?

そして
それをチームとしての「場のチカラ」で解決しようと
質の高い対話を繰り返し、
解決策やイノベーションを起こしていくこと。

その繰り返しこそが、
成長思考というしなやかなマインドを
手に入れる方法なのだと思う。

まず、やるべきは、コミュニケーションの深化。
これをどうするか。
今日はこれを考えてみよう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:19Comments(0)日記

2014年09月08日

アートをきっかけに何が始まっていったか?

みずつち学校「おとなの放課後会議」
に参加してきました。

うちのDEアートの丹治先生と
住民団体「夢アートうちの」の長谷川さん
とゆっくり話したのは初めてだったので
いい機会になりました。

「アート」のためのアートがあるわけではないけれど、
地域経済活性化のためにアートがあるわけでもない。
アートというコミュニケーションツールが
あるだけなんだなあと思いました。

うちのDEアートに
参加している学生たちは、
内野がだんだんとふるさとになっていきます。
それだけでかけがえのない財産を手にしているなあと思います。

来場者がどれだけ来たか?
に価値があるのではなくて、
そのアートプロジェクトによって、
どれだけの対話が生まれ、
そこから何が始まっていったか?

そんなことを大切にしたいと丹治先生はおっしゃっていました。

だから、うちのDEアートが
継続していくのだなあと思いました。

昨日の話を聞いていて、

物語が始まる本屋。

そんな場を実現したくなりました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:22Comments(0)学び

2014年09月07日

サードプレイスとしての本屋

スターバックスはコーヒーを売っているのではない。
「第三の空間(サードプレイス)」を売っているのだ。

家でも職場でもない、サードプレイス。
そこで、ある人は学び、ある人は友人と対話をする。

僕は、スターバックスの心地よさは、
もちろんそこに刻まれたミッションの存在は大きいだろうが、
もうひとつ、そこに集まる人の
「目的の多様性」が挙げられる。

武雄市図書館
http://hero.niiblo.jp/e302022.html
「分断から共存へ」(2013年11月17日付ブログ)

の心地よさは、
絵本を読み聞かせている人たちと
図書館で本を選ぶ人たちと
雑誌を立ち読みする人たちと
スターバックスで会話を楽しむ人たちと
目標に向かって一心不乱に勉強する高校生たちがいる。

同じ空間に多様な目的を持つ人が同時に存在している、
つまり空間を分かち合っていること。

これが心地よさの原点であり、
僕自身がもっとも居心地の良さを感じる瞬間である。

そして、あれだけの数の高校生たちがいるということは、
中学生高校生にとっての
居心地の良い場所として機能していることを意味している。
少なくとも「勉強したい場所」であることは間違いない。

塩尻図書館のある「えんぱーく」も
勉強していない高校生が遊びに来るという意味で、
素晴らしい場所だった。

ツルハシブックスという空間にも
週2回ペースで遊びに来る
中学生2名と高校生2名がいる。

男子中学生2人は、
基本的にはマンガをひたすら読んでいるが、
たまに、一言二言、会話を交わす。

ひとりは、奥のテーブルで黙って読むし、もうひとりはソファの横で
読んでいて、話しかけられると反応している。

女子高校生2人のうちひとりは、
基本、スマホをいじっていて、
話しかけられると話す程度で。
もうひとりは、そこにいる大人たちと
積極的に会話している。

それらはもはや風景といっていいくらい日常化している。

彼ら、彼女たちは、「本屋」に来ているのではない。
なぜなら。
ここ数か月の購入冊数は古本を含めてゼロだからだ。
地下に行くこともなく、本棚を見ることもない。(笑うところだ)

彼らは、
「サードプレイス」に来ているのだ。

野山塾もそうだ。
勉強することをベースには置いているが、
ほかの学校の子や大学生たちと話をすることにも楽しみがある。

「サードプレイス」を切実に必要としているのは、
大人たちではなく、中学生・高校生だ。

学校と家。
先生と親。
それ以外の人たちと「ともに共有する空間」
を求めているのだ。

みなさんには、なかっただろうか?

僕には、地元の駅前に小さなたこ焼き屋があった。
そのおばちゃんが話を聞いてくれた。

かつて「駄菓子屋」は子どもたちのサードプレイスだった。

内野駅前に、お店を出すとき、
「地域の拠点となるような」ということに
重点を置きすぎて、あぶなく駄菓子屋になるところだった。
「人が集まる」と言えば、駄菓子屋でしょう、みたいな。

でも僕たちは本屋になった。

本屋だったから、山田正史さんにも出会えた。
本屋だったから、Sくんのような中学生が1時間ひたすらマンガを読み続けることができた。
本屋だったから、Mちゃんのような高校生がスマホをいじるために学校帰りに寄れる場所になった。

昨日は、これから就職活動を迎える
Wさんが遊びに来てくれた。

「仕事が楽しみになるような1冊を選んでほしい」
そんなオーダーだった。


ふと浮かんだのは
西村佳哲さんの「自分をいかして生きる」だった。

「サインがほしい」ということだったので、
メッセージ付のサインを書いた。

「就活」は価値観を磨くチャンス。

本屋さんというサードプレイスが
あなたの住む町にもあったら楽しいと思わないだろうか?

そして、あなたも、
ツルハシブックスというサードプレイスをつくる
共演者にならないだろうか?

ツルハシブックス=ニシダタクジではなく、
一口オーナー「ヒーローズ」と
劇団員ひとりひとりのものに変わります。
そのほうが素敵なサードプレイスを創れるはずです。

☆ツルハシブックス劇団員募集☆

ツルハシブックスという舞台を共に演じてくれる劇団員を募集しています。

月額 1,080円
支払方法 クレジットカード決済または店頭6か月払い、1年払い、または銀行振り込み

申し込み方法
店頭で申込書を記入
または
メール tsuruhashibooks@gmail.com へ「劇団員申込み」として以下の情報をお送りください。

・氏名(ふりがな)
・住所
・生年月日
・連絡先電話、メールアドレス
・希望支払方法(クレジットカード引落し/半年6,000円振込/年間10,000円振込)
・劇団員名鑑&パスポート用プロフィール画像
・劇団員名鑑に載せるプロフィール(※名鑑に公開してよい情報をご記入ください)
 1 氏名(ニックネーム)
 2 キャッチフレーズ
 3 誕生日
 4 居住地
 5 好きな食べ物
 6 人生を変えたこの1冊
 7 出没スポット
 8 他の劇団員との連絡希望方法(メールアドレス・SNS・「ここに行くと会えます」など)

詳しくはこちらまで。(動画案内付)
http://tsuruhashi.skr.jp/fc.html  

Posted by ニシダタクジ at 05:23Comments(0)思い

2014年09月06日

商売というコミュニケーション・ツール


31日から商店街インターンシップが始まっている。
2年目を迎えた下本町商店街(通称:フレッシュ本町)。

いつ来てもあたたかい。
昨日のランチは、

トレードマークの帽子(ハット)が似合う
見崎屋鮮魚店で買ったイワシとタコのお刺身を
ホクセイマートで買ったからあげ弁当のご飯にかけて、
海鮮丼+から揚げ弁当で550円っていう・・・
見崎屋さん、いつもサービスし過ぎです。

見崎屋で刺身盛り合わせを買って、
日本酒を買って、みなとぴあまで歩いて、
横の公園で佐渡汽船を見ながら日本酒を飲む
っていう飲み会をやってみたいです。

そんな下本町商店街のインターンシップは、
商売の原点を思い出せてくれる。

古町から自転車で下本町にいったとき、
そこにはタイムスリップしたかのような風景が広がっている。

軒先に露店が立ち並び、
ばあちゃんたちが談笑している。


これ、どの人がお店の人ですか??
とツッコミたくなる。



小阪裕司さんの
「心の時代にモノを売る方法」(角川ONEテーマ21)
を読んでから、僕の中にある確信は、

商売のためにコミュニケーションがあるのではなく、
コミュニケーションのために商売がある、ということだ。

商売の起源は、見知らぬ誰かに、
贈り物を置いておいたところから始まっている。

贈与と交換の経済

生産と分配の経済

この2系統がバランスよく成り立っているのが
暮らしやすい社会であると言えるだろう。

http://hero.niiblo.jp/e386148.html
「200年隠れていた贈与と交換の経済」(2014年3月23日のブログより)

コミュニケーションしたい。
その方法論のひとつが、
「野菜を売る」ということだったのではないだろうかと思う。

そんなことを改めて確信した、
フレッシュ本町のワンショットでした。  

Posted by ニシダタクジ at 05:41Comments(0)日記

2014年09月05日

大切なのは、ほめるのではなく共感すること。


「アルフレッドアドラー 人生に革命が起きる100の言葉」(小倉広 ダイヤモンド社)

アドラー心理学。
先の見えないこの時代にこそ必要な考え方だと思う。

「若者支援」というジャンルで
僕が感じてきた違和感がこの本に凝縮されている。
「ほめることで自信をつける」
とよく言われるが、アドラーは明確にこれを否定する。

~~~ここから一部引用

『ほめてはいけない。
ほめることは「あなたは私よりも下の存在だ」
「どうせあなたにはできっこない」と
相手に伝えることに等しいからだ。』

ほめることは上から目線であり、
相手から下に見られて気持ちのいい人はいません。
だからこそ、ほめるという行為は
自立しようとしている相手に対してマイナスに働くことになるのです。

ほめるのではなく、勇気づけが必要です。
勇気づけは横から目線です。

「文章が上手ですね。」ではなく、
「あなたの文章を読んで元気が出ました。ありがとうございました」と感謝することです。
ほめるのではなく、勇気づける。これが大切です。

もうひとつ。

『大切なのは「共感」することだ。
「共感」とは、
相手の目で見、相手の耳で聞き、
相手の心で感じることである。』

相手を勇気づけるときに大切なのは相手に共感することです。
しかし、私たちは共感の意味を勘違いして、
「かわいそうに。大変だったでしょう。」と同情をしてしまいます。

共感をさらに詳細に定義するなら、
「相手の置かれている状況や考え方、意図、感情、関心などに関心を持つこと」
と言えるでしょう。

~~~ここまで引用

先行きの見えない時代の先を見るには、
人とのコミュニケーションが不可欠です。

そのとき。
ひとりひとりを支えるのは、
アドラー心理学のような考え方なのだと思います。

大切なのは、ほめるのではなく、共感すること。

そこからしかきっとはじまりません。  

Posted by ニシダタクジ at 05:27Comments(0)

2014年09月04日

受験勉強の目的は「集中力」と「戦略性」をつけること

自分のルーツを巡る旅に
気がついたらなっていた。

酒田の小松さん夫妻。
ツルハシブックスでの
小商いイベントにはるばる酒田から来ていた二人。

思えば、僕のルーツは大学生の時の
農家めぐりの旅から始まっている。

サークル「有機農業研究会STEP」を立ち上げ、
学食から生ごみをもらって微生物資材でたい肥化して、
畑につかって、野菜を育てていた。

初めての作物づくりはサツマイモで、
それはそれは立派なサツマイモが獲れた。

そのときの感動を伝えたいと
たくさんの人が参加できる畑を企画。

「半農半Xという生き方」で知られる
京都の塩見直紀さんにプレゼントされた
「種をまく人」(ポールフライシュマン)に後押しされ、

新潟市西蒲原郡巻町(現新潟市西蒲区)の
日帰り温泉施設の向かいでスタートした。

当時、畑をやるというのは、
相当なマイナースポーツ(?)で、
よっぽとエコ信者か、奇人変人の集まりだと
思われるような雰囲気があった。

そんな風にしたくなかったから、
温泉のついでに、
あるいは畑の後温泉に入って帰ってほしい
というような気持ちで、その場所にした。

小松さんたちがこれからやろうとしているのは
きっとそういう気楽な農的暮らしへの入り口なのだろうと思った。

鶴岡へ移動。
噂のスペース「みちくさ舎」で、
東北芸術工科大学の松田道雄先生に再会。



地域の大人と子どもが一緒に遊ぶ「だがしや楽校」の発案者。


この本を読んだのは2004年。
「地域の大人と子どもをつなげたい」と思っていたので、
ドキドキしながら読んだ。

中越地震で川口町の子どもと遊ぶボランティアを
一緒にしていた新大生たちと、翌年「虹のひろば」を立ち上げる。

巻にある小さな神社の境内で、
子どもと昔の遊びを中心にして遊ぶ企画。

そんなことを思い出させる旅だった。


持っていった本のうち1冊が「16歳の教科書」(講談社)

この藤原和博さんの章に、心を持っていかれた。

僕は、2003年に民間人校長になった藤原さんの本をかなり読んでいて、
民間人校長になりたいと思い、
もし、校長になったら、社会科を自分で担当したいと、
玉川大学教育学部(通信 中学校社会科コース)に2004年に編入。

2005年にスクーリング、2006年に介護体験、2007年に教育実習に行った。

実はスクーリングの段階で、
「僕のポジションは学校ではないな。」
と感じていたのだけど、
なんでも経験なので、介護体験と教育実習もさせてもらった。

教育実習でいちばん学んだのは、
「クラスで見せる顔は子どもの一面でしかない。」ということ。

音楽部や美術部の子たちが
部活動中や総合体育大会で運動部の子たちが出払っているとき、
イキイキとした笑顔を見せたのが印象的だった。

あの体感は、いまでも僕の胸の中にある。

そんな経験をさせてくれたのは、
藤原先生の著書を読んだからだと思い出した。

そんな藤原さんの文章に再会。

~~~ここから一部引用

戦後の経済復興から高度成長期の間の工業化社会、
つまり「成長社会」の教育現場では、
「早く」「ちゃんと」「いい子に」という3つがいちばん大事な価値観だった。
産業界でそういう人間が求められていたし、

産業界にも、「もっとたくさん」「もっと安く」「もっと標準的に」
といった万人にとっての正解があった。

でも21世紀の日本は十分に成長しきった「成熟社会」。
そこには「これをやっておけば大丈夫」という正解がなくなった。

だからこそ、藤原さんは、
よのなか科で、正解のない課題に対して、
「納得解」を自分なりに出すことに取り組んでいる。

「情報処理力」ではなく、「情報編集力」を鍛えるということだ。
そして、自分の力の半分は、他人の力で成り立っている、ということ。

だからこそ、
藤原さんは「ナナメの関係」をつくることを提唱する。

「親/子」「教師/生徒」というタテの関係ではなく、
「友達‐友達」といったヨコの関係でもない、ナナメの関係。

「情報処理力」だけなら、タテの関係で学べる。
「これを覚えなさい。」「はい。」みたいな。
そうではなくて、異世代の人が集まるナナメの関係に身を置くということ。
それは、若者の気持ちじゃなくて、地域コミュニティの問題だと思うけど。

藤原さんは
中高生の時に身につけるのは
「集中力」と「バランス感覚」だという。

どんな人でもある分野で成功していたり、
ユニークな仕事をしている人は、100%集中力がある。
これは話していればわかる。

~~~ここまで一部引用

そして、この本で最高に痛快なのは、
「夢なんかいらない」というところだ。

▽▽▽ここから一部引用

大人に「夢を持ちましょう」と言われ、
「夢を持たなきゃいけない」というプレッシャーをうけ、
さらには「自分が成績が悪いのは、将来の夢や目標が持てないからだ。」
と勘違いするヤツもいる。

でも僕は夢なんかいらないと思う。
むしろ「夢を持たなきゃ症候群」みたいなものは
逆に危険なものだとさえ思う。

まず、技術と経験のない「夢」など、
しょせん「幻想」にすぎないでしょう。

誰もがイチローになれるものではなく、
人間って、技術と経験を積んでいけば、
階段を上るようにして自分の視点が高くなっていくでしょう。
そして、見える世界が変わってくる。
夢だの目標だのは、そこから先に考えても、全然大丈夫なんだ。

じゃあ、夢も目標も見えないのに、
なんのために勉強するのか?
なんのために働いていくか?

僕は「クレジットを高めるため」という言い方をしています。
クレジットというのは他人からもらえる信頼や共感、信任の総量のこと。

クレジットが分かりにくければロールプレイングゲームの「経験値」
みたいなものだと考えてもらっていい。

つまり。
クレジットが低いままだと、
いつまでもドラクエでいえば、こん棒と布の服で
戦っているようなものだ。

クレジットが高まると、
他人からアクセスされるようになるし、
他人にもアクセスできるようになる。
そうすると、納得解の幅が広がっていく。

△△△ここまで一部引用

受験勉強で得られるのは、
「集中力」と「戦略性」だという。
人間は「やることを絞ろう。時間も能力も限られているんだから」
と気がついたとき、はじめて戦略的になれる。

そして、決めた戦略を実行するには
「集中力」が必要になる。

その2つは正解のない世の中を生きていくときに
かならず武器になる。

いいなあ、藤原先生。
久しぶりの藤原節はとても心地よかったです。

いい旅のお供になりました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:43Comments(0)足跡

2014年09月03日

人生は神様とのサッカー

小山薫堂さん。

遊び心満載のハタラク大人。

こういう人が
やっぱり魅力的に映るなあと。

小山さんの言葉で大好きなのが、
「神様にフェイントをかける」

いつものように
エレベーターにボタンをかけて、
「待てよ」と思う。

6階まで階段で上がってみよう。
と神様にフェイントをかける。

人生は神様とサッカーをしているようなもの。

だと考えると、

結構楽しくなってきませんか?  

Posted by ニシダタクジ at 05:15Comments(0)アイデア

2014年09月02日

カフェに入るということは立ち止まるということ

仙台のブックカフェ「火星の庭」の
前野久美子さんの文章が素敵だなあと。
「カフェに入るということは、立ち止まるということ」

そうだよね。
立ち止まる、ということ。
そういうの、大切だよね。

あまりにも、時代が激しく回りすぎて、
日常もあわただしくて、

立ち止まる時間、
立ち止まる場所が
必要なんだよね。

ブックカフェというのは、
そういう場所なのだと思います。

「本とコーヒー」

ツルハシブックスの2F、
「うちのカフェ・イロハニ堂」もそんな空間になってます。
http://irohanidou.jimdo.com/




レアチーズケーキが超おいしいです。


ツルハシブックスの正面では、
「立ち止まる」フェアを開催中です。
(いま、名づけました。)

これらの本とコーヒーとレアチーズケーキで
立ち止まる秋を過ごしてみてはいかがでしょうか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:15Comments(0)学び

2014年09月01日

「承認不安」と「他者評価」と「才能思考」

いま、そしてこれからの時代に求められる人材とは、
「試作型人材」であろうと思う。

「試作型人材」とは、
新しいことを「とりあえずやってみよう」
と始められる人材のこと。

そんなのできるでしょ、と思うだろうか。

以下、3つの呪縛を解き放っていかないと
挑戦できる「試作型人材」は育たない。

1 「承認不安」

多くの若者が抱えているのが「承認不安」。
山竹伸二さんの「認められたいの正体」によると、
その原因は、「親和的承認」の欠如であると考えられる。
ありのままの自分を受け入れてもらう親和的承認の機会は
現代では非常に少ない。
その原因は核家族化と地域コミュニティの機能不全である。

親和的承認の機会がないと、
自分自身を受け入れることができず、
自信がなく挑戦ができないということが起こる。

2 「他者評価」

小・中・高での学習は、基本的に他者評価を前提としている。
学校の先生をはじめとして、誰かに評価されるために、
学習するという動機づけになっている。
他者評価を下げないために、挑戦しないということが起こる。

3 「才能思考」

自分の能力には限界があり、
できることとできないことがある。
幼いころの「やればできる」という感覚をいつの間にか失っている。

それによって、どうせやっても無駄だという意識によって
挑戦が起こらなくなる。

以上3つの呪縛をどのように外していくか。

これがおそらくはキャリア教育の出発点になると
僕は考えている。

最低限の「承認」が得られ、
「他者評価」ではなく、自分自身の価値観を信じ、
「才能思考」から「成長思考」を取り戻す、ことができてはじめて
キャリアのスタートラインに立てるのではないだろうか。

そう考えると、
高齢化した商店街や中山間地、離島におけるインターンシップは、
この3つの呪縛を解くには非常に有効なのではないかとイメージできる。

「承認欲求を満たしてくれる高齢者たち」
「経済至上主義ではない価値観」
「チームでやってみる、ことで何らかの成果が得られる」

この3つによって、
試作型人材への第一歩がスタートできるのではないだろうか。  

Posted by ニシダタクジ at 14:09Comments(0)思い