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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年11月09日

強い現実と弱い現実

内田樹さんの本を久しぶりに。

http://mishimasha.com/books/machiba5.html
「街場の戦争論」
帯には日本はなぜ「戦争のできる国」に
なろうとしているのか?とあります。

なんだか、新聞を見ていても
ニュースを見ていても
なんとなく、
そっちの方向に行っているような気がするのだけど、

それはいったいなぜなのか?

という問いを深めたくて、
ニュースや新聞ではわからなくて、
いっつも世の中を鋭く切っている内田樹さんの
力を借りようと。

表現で面白かったのは、
世の中には、「強い現実」と「弱い現実」があるということ。
「過去に対する想像力」を持つということ。

~~~ここから引用

「歴史に『もしも』はない。」と言う人たちは、
今ここに存在する現実はすべてひとしなみに同じ
歴史的必然性を持ち、
同じ重量、同じ厚みを持っていると言いたいのでしょうか。

でも、僕はそういう考え方には同意できない。
「もしも」ある出来事が起きた場合に、
「それから後にまったく変わってしまったもの」と、
「もしも」ある出来事が起きたとしても
「それから後もあまり変わらなかったもの」があるからです。

ある転轍点を過ぎて、
違う線路を選んだ場合には「変わるもの」と、
どの線路を選んでも「変わらないもの」がある。

僕はそのどちらもが同じ「現実」だと言い切ることができません。
僕はそれを「弱い現実」と「強い現実」
というふうに言い分けるようにしています。

~~~ここまで引用

な、なるほど。
強い現実と弱い現実ね。

そして何より(まだ序盤しか読んでませんが)、
この本のテーマは、そのページ前に書かれているこの一節だと思います。

僕たちが敗戦で失った最大のものは、
「私たちは何を失ったのか?」
を正面から問うだけの知力です。

あまりにもひどい負け方をしてしまったので、
そのような問いを立てる気力さえ敗戦国民にはなかった。

その気力の欠如が
戦後七十年続いた結果、この国の知性は
土台から腐蝕してきている。

うーむ。
たしかに。

とうならされることが内田さんの文章にはよくありますね。

「日本はなぜ戦争のできる国になろうとしているのか?」
このテーマを考えることで見えてくる何かがあるのでは、と感じます。  

Posted by ニシダタクジ at 05:15Comments(0)