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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2015年05月31日

気がついたら教育の当事者になっている

暗やみ本屋ハックツ会議。
今回は非常に学びの多い時間。

まず。
どうしてあの会議は初参加なのに
楽しめるのか?

それは、構造上の理由があった。
「寄贈本の紹介」⇒「街あるき」⇒「振り返り」
という順番にイベントは進む。

「読書会」というコンテンツが
なぜこれほどウケているのか?

それはもしかしたら、
「ぶっちゃける」からではないか?
みんな、本当はぶっちゃけたいのではないか。
心を開きたい。コミュニケーションしたい。

そのために
「本」というコミュニケーション・ツールを媒介させる

それによって、人は
自分の本心を言うことができる。

その「本心を言う」という行為を
全員がやることによって、
その「場」はとても活性化する。

つまり、
通常のワークショップをやる際などに
行われる「アイスブレイク」の機能を果たしているのである。

その後、街歩き。
まちを歩きながらコミュニケーションすることで、
今度は「街」がコミュニケーションツールとなり、
さらなる話ができる。

そうして暖められた「場」が
最後の振り返りで聞いてくる。
昨日は結構最後に白熱したのだけど、
あそこでワークショップをやってもいいなあと。

話ができる雰囲気と気持ちが整っているので、
いいアイデアが出て、実行力も増すだろう。

振り返りの時の昨日の議題は、
まちの人たちにどう説明していくか?

このようなプロジェクトの場合、
まちの人の参画が不可欠。

そのときに、
・企画の意義(なぜ、やるのか?)

・企画者の思い(なぜあなたがやるのか?)

を説明する必要がある。
これをいかに伝えるかが大切。

今回の企画はいろいろと経緯と発展はあるけど、
要は「10代に本という機会を提供したい」
っていうことになるのかな。

そしてその思いは
自分自身が10代の時にあったらよかったな
と思えるサービスを提供したい
ということに尽きるのではないか。
そんな風にシンプルに伝えていく。

発展していけば、
地域の人たちがどんどん入ってきて、
本屋がそのような地域づくりの核になっていくこともありうる。

きっとそれを
「みんなでこれを目指していこう!」と叫ぶのではなく、

「本」というツールと
「中学生高校生」という対象者という
2つを使って、

気がついたら自分も地域内教育の当事者になっていた。
そんな地域になったら素敵だなあと思う。

僕自身が非常にワクワクした第4回でした。
ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 06:25Comments(0)学び

2015年05月29日

地域の中で中学生高校生大学生に「機会提供」をする第3の場所をつくりたい

地下古本コーナー「HAKKUTSU」だけが
ツルハシブックスなのではない。

しかし、メディアに出る、ということは、
「わかりやすい」ということが大前提となる。

そして、
メディアに出る、
ということそのものに価値があるわけではない。

ツルハシブックスは、
中学生高校生大学生へ
「機会提供したい」
という思いが詰まった本屋さんであると言えるだろう。


機会を提供するには、
彼らとコミュニケーションしなければ始まらない。

第1に空間づくり。
駅前にある「新刊書店」であるという立地・空間は、
・蛍光灯ではなくハロゲンランプ(これが意外に重要)
・立ち読みだけで買わなくてもOK
・本が入れ替わることによる空気の入れ替え

第2に仕掛けづくり。
・地下古本コーナーHAKKUTSUによる機会
・カラバコによる自分の作品を展示販売する機会
・屋台を開放することによる商売体験の機会

第3につながりづくり
・イベントの開催によるお客同士のつながりづくり
・ツルハシ号によるインパクト







これらを通して、
お客は、自分自身の存在を認める第1段階。
⇒いわゆる「親和的承認」の段階。

そして、本を読んだりイベントに出たりする第2段階。

さらには屋台やイベントを実際に主催するという
第3段階に向かっていく。

もちろんこれは、
順番に起こるのではなく、
何度も繰り返して起こることだ。

~~~ここからエピソード

昨年中学2年生だったMちゃんは、
バスケ部を辞めたあと、情熱の向ける先がなくて、
何をしたらよいかわからなかった。

お姉ちゃんの塾の送迎のついでに立ち寄った
駅前の小さな本屋さん。

そこにいたちょっと変わったおじさんに、
「それなら、屋台をやってみないか?」
と誘われた。

なんだかよく分からないけど、
楽しそうだったので、友達を誘ってお菓子を販売する屋台をやってみた。

屋台をやると、たくさんの人と話をせざるを得ない。
こうして、たくさんの人と知り合いになり、
世界が広がった。

販売は、売れたもの、売れなかったものがあり、
次の機会にまた工夫してやってみることにした。

~~~ここまでエピソード

ツルハシブックスはそんな、機会提供の場。

2010年9月。
僕は玉川大学の教育学部(通信)を中退した。
2004年に編入したので6年間在籍したことになる。

2005年のスクーリングのときに、
「あ、僕のポジションは学校じゃないな」と直感したのだけど、
せっかく入ったのだから、と
2006年に介護体験、2007年に教育実習を経験。

教育実習直後に起きた中越沖地震のボランティアに
全力を投じていたら、レポートが書けなくなって(言い訳)
残り20単位をとれず、あえなく中退することになった。

「学校じゃないな」と直感したのは、なんだったのか。
当時は単なる直感だったのだけど、

ひとつは、目的ありきの授業づくりが合わなかったのかもしれない。
「指導案」というのがあり、指導の目標とか達成度の評価の仕方が
あるわけだけど、そのようなものと相性が合わなかった。

そしてもうひとつは、
学校じゃなく地域の中にこそ
教育の場を作らなければいけないのではないかと思っていたこと。

最後に一番インパクトがあったのは、教育実習の時に、
音楽部や美術部の生徒たちが、教室にいるときと
まったく違う表情をして部活をやっていたこと。
その横顔がとても輝いて見えたこと。

「地域の中で中学生高校生大学生に
機会提供をする第3の場所をつくりたい」

言語化するとしたら、きっとそういうことだ。
たまたまその手法が本屋さんだった。

ツルハシブックスとは、そういうものだと思う。

だから、
レジに立っているサムライは、
特に中学生高校生大学生が来たら
積極的に話しかけなければならない。
まあ、タイミングもあるけど。

機会を提供するということがミッションだからだ。

子どもを社会化するという役割において、
「地域」の役割は
「多様な価値観を見せること」
「正解がひとつではないと伝えること」
だと、この前公開講座で聞いた。

「家庭」の役割は、
「自分はかけがえのない存在である」という
自己肯定力をつけること。

その2つにはゴールがない。
1歩、前に進めることしかできない。

だから、
「なんのためにハックツをやっているのか?」とか
「発掘した若者にどうなってほしいか?」と聞かれても答えられない。

そして、
多様な価値観を知ることと、
自己肯定力をつけることは、
数値では測り得ない。

しかし、それでいいのだ。
そんな「機会提供」をしているのだと思っていればいい。

僕たちは教育者ではないのだから、子どもを導くことはできない。
できることは単なる「機会提供」に過ぎない。



きっとツルハシブックスのような「場」(本屋ではないかもしれない)は
これから全国にどんどんできていくはずだと思っている。

まだ見ぬ15歳が、きっと待っている。  

Posted by ニシダタクジ at 06:20Comments(0)思い

2015年05月28日

本を読んでチャレンジしてみるか、チャレンジして本を読むか。

「茨城学」に出てきた
大学時代に身に付けていると思っている能力と
企業が身に付けてきてほしいが、身に付いてないと思っている能力との
ギャップの話は興味深かった。

茨城県の企業アンケートによると、
就職時に身に付けてきてほしい能力は、
(19項目から選ぶ形式です)

1 自分の問題意識を仕事に生かす力
2 物事全般への前向きさ、積極性
3 幅広い視野/教養、およびそれを広げる姿勢
4 リーダーシップ
5 社会(所属している企業、業界、国など)を意識(貢献意識、役割意識など)して自分の業務に取り組む力

がベスト5であり、
反対に、大学生は
2の積極性などは、大学卒業時に十分についている、と認識しているのだと言う。
企業はさらなる積極性を求めているのだ。

これら1~5の能力を育むための
もっとも有効なのが、

「本を読んで、チャレンジする」
あるいは
「チャレンジして、本を読む」
という繰り返しであると思った。

とくに5などは、
どこか学校ではない組織に属して
何かをやってみるということで育まれるのかもしれないと考えた。

問題意識を育みながら、何かをやってみる。
多様性の中で何かをすることで、幅広い視野が身に付く。

最後に紹介された
ロバート・B・ライシュのシンボリックアナリストとしての働き方の
ための4つの基礎的技能
「抽象化、体系的思考、実験、共同作業」

も1991年に書かれたものだが、
21世紀の今、決して色褪せない示唆を与えてくれる。

順番としては、
「実験」⇒「共同作業」⇒「体系的思考」⇒「抽象化」
の順番になっていくような気がするが。

「本を読んで、地域で何かやってみる。そしてまた本を読む」ことで、
この基礎的技能が徐々に強化されていくのだと思う。

P(計画)D(実行)C(評価)A(改善)じゃなくて
この順番なのかもしれない。
E(実験)⇒C(共同作業)⇒S(体系的思考)⇒A(抽象化)
ECSA。いいかもね。

「やってみる」人、実験者を増やす。
これが僕のミッションであるような気がしてきた。

「やってみる」ためには、
「小さなきっかけ」と「小さな自信」が必要。
その双方を生み出し続けるシステムをつくることが
僕のミッションなのかもしれないなあと。  

Posted by ニシダタクジ at 06:03Comments(0)就職

2015年05月27日

「苦手な仕事」が才能を開花させる


「人は、誰もが多重人格~誰も知らなかった才能開花の技法」(田坂広志 光文社新書)

田坂さん、多才だなあ。
と。

「物語を発動せよ」を読み直してしまった。
熱い。
http://hero.niiblo.jp/e235809.html

さて。
この本。
面白い。

「才能の本質は人格である」と始まり、
「表の人格」(表面に現れている人格)が才能の開花を妨げるのだと言う。
「自分の才能はこんなもんだ」という自己限定の深層意識によって起こる。

かつてイチローが、262安打の新記録をつくったとき、
何打席か連続で抑え込まれていたアスレチックスの
ハドソン投手に対し、こう言った。

「あの投手は苦手な投手ですか?」
「いや、彼は自分の可能性を引き出してくれる素晴らしい投手です。」

苦手なことをすることによって、
違う人格を発動しなければいけなくなり、
それによって才能が開花するのだという。

田坂先生は、
就職活動で行われる
「職業適性検査」について、こう言っている。

~~~ここから一部引用

「職業適性検査が調べるのは、
「表の性格」や「表の人格」の職業適性であり、
そのかぎりにおいて正しいのだが、
問題は「隠れた性格」や「隠れた人格」を含めて
その人の「可能性」を開花させるという視点のものではないことです。

そして「適性検査」には隠れた落とし穴があります。

「あなたは論理思考に向いている性格です」
「したがって、アナリストのような職業に向いています」
という結果が出たとき、我々の中に
「自分の性格は感覚表現には向いていない」
「したがって、自分はデザイナーのような職業には向いていない」

という「自己限定の深層意識」が生まれてしまうのです。

~~~ここまで一部引用

したがって、
田坂先生は言います。

だから、失敗も許される若い時代は、自分に向いていないと思う仕事に
敢えて取り組むことも、「人格と才能の開花」のためのひとつの優れた技法なのです。

いいね。
これ。

大学生に読ませたい文です。

いい本に出会ってしまいました。
ありがとう、ブックエキスプレス@上野駅。(笑)  

Posted by ニシダタクジ at 07:50Comments(0)

2015年05月26日

「未来」への「居心地の良さ」は「多様性」と「偶然性」から成る

居心地の良い場所。
サードプレイス。

スターバックスコーヒーのコンセプトである
「サードプレイス」(第3の場所)とは、
職場でも家庭でもない第3の場所、という意味。

そこは、
日頃の役職や人間関係から解き放たれて、
リラックスできる場所。

ちょっと立ち止まり、整理する場所。
カフェとはきっとそういう場所だし、
僕もそういう風に使っている。

ひと休みする場としてのサードプレイス。

しかし。
これからは、未来を生み出すサードプレイス
が必要とされてくると思う。

特に
中学生高校生大学生のような
必然的に未来を考えなきゃいけない立場の人たちには、
「ひと休み」だけでは足りない。

そこに必要なのは、
「多様性」と「偶然性」だと思う。

昨年1月に発売されたソトコト2014年2月号の
取材の直前に、思いついたキーワード。
「多様性」と「偶然性」

ツルハシブックスの店員侍だった野島さんが
言っていた一言がきっかけだった。
「ツルハシブックスに行くと、誰かに会えるから。」

そう。
その「誰かに会える」という
多様性と偶然性が彼女にとってのツルハシブックスの魅力だった。

「多様性」と「偶然性」を空間で表現するときに、
本屋は素敵な空間である。
多様な本がそこに並び、空間全体に「多様性」を醸し出している。

そこに集まってくる人たちとコミュニケーションを取ることによって、
そこには偶然の出会いが起こる。
そこにコミュニケーションする本屋の空間的魅力があるのだと思う。

山口県萩市の「ruco」というゲストハウスに行ったとき、
同じような空気感を感じた。
地元の人がカフェを楽しんでいるところに旅行者がやってくる。
オーナーの塩満くんがひとりひとりていねいに紹介してくれる。
そこには「多様性」と「偶然性」があった。

だからこそいま、あのようなゲストハウスが20代に
支持されているのだろうと思った。

10代にとっては、やはり本屋がその役割を果たしていくのではないか?

「多様性」と「偶然性」は
未来を創っていく上での必須アイテムである。

「効率化」の思想は、徹底的に「多様性」と「偶然性」を排除し続けた。
だから、効率化された場所にはワクワクしない。
そこには「可能性」が開かないからだ。

クランボルツ博士の「計画された偶発性理論」を出すまでもなく、
僕たちの感性が
「多様性」と「偶然性」にワクワクするようになっているんだと思う。

だからこそ本屋だ。
「暗やみ本屋ハックツ」は
より「偶然性」を高めたものなのではないか?

中学生高校生に
「多様性」と「偶然性」を提供する本屋。

世界の広さを伝え、
偶然をつかむ力を育んでいく本屋。

そんな本屋をつくりたいのです。  

Posted by ニシダタクジ at 07:15Comments(0)日記

2015年05月25日

キャリアは「目標」ではなく「習慣」がつくる


「スローキャリア~出世を急がない人のためのビジネス論」(高橋俊介 PHP文庫 2006)

高橋俊介さんの本。
2004年の単行本の文庫化なので、
書かれたのは10年以上前になる。
10年を経ても色あせない。

というか。
10年前からちゃんとこういう本が出ているのに、
どうして未だに「将来の夢は何か?」「やりたいことは何か?
と問いかけているんだろう。

さて、7つの誤解

その一
キャリア形成には具体的かつ長期的目標が必要?
⇒世の中の変化のスピードが速すぎるので目標は要らない。

その二
夢を実現する力こそ重要?
⇒夢というのは方向感であり、夢を持つことで現実を見据えることができる。

その三
やりたいことは職種名で考える?
⇒職種というのは手段にすぎないし、職場によって求められる能力や性格が異なる

その四
好きなことを仕事にする?
⇒好きというのは単なるタイプだが、結婚が日常生活であるように、就職も日常生活である。

その五
やりたいことが見つからないから就職しない?
⇒フリーターではなく、自律性のある仕事を選び、失敗を繰り返すことで登るべき山が見えてくる。

その六
やりたい仕事にまっすぐ向かうべき?
⇒やりたいこととは違う分野でキャリアの幅を広げておくほうが本当にやりたい仕事に就いたときうまくいく。

その七
過去の経験を活かせる職業を選ぶべき?
⇒過去の経験を活かせるというより、未来を切り開けるかどうかで仕事を選ぶ。

なるほど。
これ、いまだに多くの中学生高校生大学生が
陥っている思考かもしれない。

「やりたいことがわからない」と
真剣な顔をして悩みを相談しにくる
就活生がツルハシブックスにやってくることは何度もあった。

高橋さんは
この本で「スローキャリア」を提唱する。

上昇志向や達成志向が
いまいち自分にはピンと来ないなあという人のためのキャリア。
そのための7つのポリシーを紹介する。

1 根源的自分らしさへのこだわり
⇒自分の動機や価値観を大切にする。
「動機」とは、社交動機(他人と仲良くしたい)や感謝動機(他者から感謝されたい)
など、その価値観を自分自身で理解することが大切である。
これはおそらく現在も就活生の自己分析などで行われているだろう。

2 変化への柔軟な対応と経験からの学習
⇒特定の職種や専門性にとらわれず、状況の変化に対応し、
新しいことに積極的にチャレンジする
「動機」というのも絶対ではなく、何かの出来事で変わることもあるからだ。

3 目標ではなく個性あるキャリア
⇒出世や収入、企業のブランドのような外的なものさしではなく、
仕事の質、自分らしさや個性を大切にする

4 人生のフェーズによる使い分け
⇒キャリアや人生のフェーズ(局面)によって、
仕事8家庭2など比率を変えていくが長期的にバランスをとる

5 損益分岐点の低いライフスタイル
⇒生活費の中で家賃固定費を上げてしまうと、
給料の理由でやりたいことをあきらめてしまうことになる。

6 組織と対等で潔い関係
⇒組織に依存しない。貸し借りをつくらない。魂を売らない。
会社と個人がお互いに誇りを持って言いたいことを言える組織で働く。

7 スローキャリア社会の実現
⇒スローキャリア社会を自らも創っている一員であると自覚し、
そのような働き方ができる個人や会社を応援する

なるほど。
この本では、「動機」という言葉がよく出てくる。

そこで高橋さんが講演で話した
動機の話をちょっと抜粋してみる。
http://hr-conference.jp/report/r01/basic.html

動機にはおもに3種類あり、
コミットメント系動機:「達成動機」「影響欲」「賞賛欲」「闘争心」など⇒リーダーに多い
リレーションシップ系動機:「社交欲」「理解欲」「伝達欲」「感謝欲」など⇒
エンゲージメント系動機:「抽象概念志向」「徹底性」「切迫性」「自己管理欲」など⇒職人に多い

自分はどんな動機でやる気が湧いてくるのかを理解し、
自律的にキャリアを形成していくことが大切だと高橋さんは言う

個人のキャリアは偶然の出来事によって
大きく左右される。

そのときに、どんな判断をし、どう生かしていくか、
が重要になってくる。
つまりキャリアは「目標」がつくるのではなく「習慣」がつくるのだ。

なによりも
「学び続ける」という姿勢が大切だと高橋さんは言う。  

Posted by ニシダタクジ at 06:11Comments(0)

2015年05月24日

幸せとは何か?に向き合う

人には、いくつもの原点があると思う。

あの日、あの時、あの場所で、
あの人に出会わなかったら、あの本を読まなかったら。
そのすべてがあって、今がある。

本で言えば、
高校生の時に読んだマンガ「SHOGUN」。
世界を相手に、ソーシャルビジネスを起こしていく主人公がカッコよかった。
図書館で見つけた「沙漠緑化に生命を賭けて」。
中学のときに憧れた「地図に残る仕事」とは、砂漠緑化のことだと思い、農学部を志願。

そして農学部在学中に出会った「どれだけ消費すれば満足なのか?」
アメリカでの調査。ここ数十年で所得は2倍になったのにも関わらず、
「幸せだ」と感じる人の割合はまったく増えていなかった。
所得が増えても幸せにはならない。
だとしたら、いったい何のために自分たちは働いているのか?

そんな根源的問い。

豊かさとは何か?
幸せとは何か?
そして、
生きるとは何か?

その質問に簡単に答えることはもちろんできないし、
他者に与えてもらうこともできない。
その思考の出発点に立つのが
早い人ほど、輝いて見えるのかもしれないなあと思った。

豊かさとは何か?
幸せとは何か?

を考え、自分なりの仮説を立てる。
そしてそれを表現し続ける。
それが生きるということなのかもしれない。

おでかけプラン提案・共有サイト
「Holiday」を運営する谷さんがこんなことを言っていた。
https://haveagood.holiday/

「大きいことを成し遂げることではなく、
日々の喜びを積み重ねていくことに幸せはあるのではないか。」

休日、お出かけをする。
知らなかった何かを知る。
誰かに教えてあげたくなる。
そんな連鎖を生んでいくのがHolidayというサービス。

おでかけが楽しくなると、人生が楽しくなる。
地域にも目が向く。
そんな連鎖が生まれていくのではないか。

素敵だなあと。

最近、非常に魅力的な20代によく出会う。

伊那市でまあるい学校を主宰する
濱ちゃんもそのひとり。
http://www.inadani-maaruigakkou.com/

彼ら・彼女たちの特徴は、
豊かさとは何か?
幸せとは何か?
という問いに向き合い、

そこで生まれた仮説を表現するため、
何かをつくってみる。

それは、彼らにとって、
生きるとは何か?
という問いに答えていくことなのかもしれない。

僕は大学生の時、
幸せとは、つながっていることだ、と思った。

人につながっていること
自然につながっていること
地域につながっていること
それがなければ生きられないと思った。

にも関わらず、
「経済効果」という名の下に、
必死につながりを切ってきたというのが現状だと思った。

僕の表現方法は
畑をやることだった。

みんなで畑をやって、農作業をして、朝ごはんを食べる。
「人生最高の朝ごはん」

これこそが幸せだろう。
これを豊かさと呼ぶのだろう。
そう思っていた。

20代の僕は、単なるアーティストだった。
表現したいものを自分が感じるがままに、ただ表現していた。
世界とコミュニケーションし、世界を動かしてはいなかった。

ところが、僕が出会う魅力的な20代は
「デザイナー」として、世の中と対峙している。

自分が表現したい
「幸せ」や「豊かさ」をどうやったら広く実現できるかを考え、
そこに対してどんな手法で世の中とコミュニケーションをするのか?
というのを真剣に考え、アプトプットをしている。

そして世の中とコミュニケーションを取りながら、
それを実現しようとしているのだ。

だから、かっこいい。

そういう意味では、
僕と彼らはほとんど同じスタートラインにいる。

僕もようやくやりたいことが見つかった。
「やってみる」人を増やす。
できるかできないかやってみないと分からないから、
とりあえずやってみるか、っていう人を増やしたい。
特に中学生高校生大学生になってほしい。

そのためのアプローチ方法が
本屋と田舎(地域)とキャリア支援
になっていくのかなあと思った。

世の中とどうコミュニケーションするか?

ひとつは本屋という装置で「機会提供」を極める。
もうひとつは田舎(地域)で「チャレンジの舞台」をつくる。
それらの実践が中学生高校生大学生のキャリアにとって非常に有効だと証明する。

クランボルツ博士の「計画された偶発性理論(プランドハプンスタンスセオリー)」
を実践するような場を作っていくことになるのだと思う。

幸せとは何か?
豊かさとは何か?
という問いに向き合い、

その仮説に対して、全力で世の中と対峙し、コミュニケーションを取っていくこと。
それがもしかしたら「生きる」ということを形作って行くのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:55Comments(0)足跡

2015年05月22日

「高齢者」という喪失と「パラレルキャリア」という役の創出

長谷川先生の公開講座、今回は高齢者編。
まずは「高齢者」という言葉を読み解いていく。

キーワードは、
・階級社会
・平準化
・年齢階梯モデル

以下、講座メモ。

1)思えば遠くに来たもんだ
・人は年齢ごとに役割を変えていく(父⇒おじいちゃん※孫ができると)
・地域:長老⇔若い衆 会社:先輩⇔後輩
・「高齢者」⇔? 相手がいない
・カジマヤー:長寿を祝う沖縄の行事:97歳まで役割がある。
※「高齢者」=役割なき区分

2)年齢階梯ルール
社会という幸せ装置の暗黙の3つのルール
・性別ルール(男と女)
・階層ルール(学歴、身分、門地)
・年齢階梯ルール
家族:子、父母、祖父母、先祖(沖縄ニライカナイ)
地域:子ども、若衆、嫁、姑、長老
職場:後輩、先輩⇒定年退職
※職場だけがある一定の段階(年齢)で役割を切られる。
定年退職者⇒職場から切り離された人⇒役割がない

3)動物
動物の役割は生殖(子孫を残すこと)
人間だけが生殖機能を失っても生き続ける。
⇒役割があるから、ではないか?
動物が生きることのほとんどを本能に頼るのに対し、
人間は「学習」によってそれを得るので、
親だけでは足りずに、老人が必要になる。
家庭でも地域でも子ども(次世代)を社会化する役割がある。
老人:次世代を社会化するという役割を果たすべき人

4)平準化と戦後社会
平準化:平らにするということ。
江戸時代から明治時代に変わり、
日本はイギリス型の階層モデルで近代化を目指した。
農村で言えば、地主と小作であり、地主は働かなかった。

ところが戦争によって「平準化」の波が来る。
戦時経済では、すべてが配給制になるのでお金も地位も意味を持たない。
東条英機首相が国民皆兵政策をしたときに、
住所を持たずに移動して働く人たちを含めてすべての日本人に戸籍がつけられた。

そして、戦争を経て、
イギリスモデルからアメリカモデルへの転換を余儀なくされた。
「差別化」モデルから「平準化」モデルへの転換である。

5)平準化モデルのモノサシ(アメリカのモノサシ)
アメリカ:民主主義・科学万能モデル
「性別ルール」「階級ルール」の平準化
家庭:家制度の解体、男女平等
農村:地主解体、小作農⇒土地を持つ自作農へ
企業:労働者組合を設立し、経営者と交渉できるように
それぞれ平準化が起こったが、平準化により新たな役割が生まれた。

ところが
年齢階梯ルールだけが、新たな役割をつくることなく、
支えるべき対象者として「高齢者」という区分を生んだ。
※福祉行政から生まれた

「職」の世界と「役」の世界
「職」の世界:お金とモノ、科学万能の世界:所与の役職を担うことで成立する
「役」の世界:地域社会や家族の世界:年齢に応じて変化する
※「職」の世界はある年齢に達すると、不要になる=役職がなくなる=定年退職

「高齢者」とは、
男性にとって:「職」の世界から切り離された人
女性にとって:年齢の違いにすぎない

「校長会」「教頭会」「名誉教授」など、
男はそれ以前の肩書を守ろうとする。
⇒必要なのは「平準化」時代における「高齢者」の役割をつくること。

6)7つの別れと7つの出会い

1 会社
2 役職
3 仲間
4 お金
5 家族
6 健康
7 情報

「会社を辞める」⇒所与の役職を失う
⇒どう役割を演じていいか分からない⇒路頭に迷う

突然「高齢者」だと言われる。
⇒しかし、「高齢者」の役割が規定されていない。
⇒やることがない
⇒まだ老いの文化ができてない
⇒自らが文化をつくるしかない。

「職」の世界(会社)と「役」の世界(家)
のあいだに、もうひとつの世界をつくっていくこと。
「私」と「個」のあいだに「共」の世界をつくっていくこと。

男女のつながり方の違い
男性:世界を所与の役職から眺める(課長なら課長目線で見る):分別
女性:自分らしさ、隣近所(他者)との関係性から眺める:無分別(気にしない)

分別:科学知 問題⇒質問⇒討論⇒結論
無分別:日常知 問題⇒新たな問題⇒新たな問題⇒結論なし⇒今日は楽しかったね

これらの考え方の違い。
「高齢者」という規定にダメージを受けるのは圧倒的に男性・会社員

課題:分別に生きてきた男がいかに無分別を手に入れるか?

~~~ここまで講座メモ

会社を定年退職して「高齢者」になる。
そこには「役割」がない。
この圧倒的な喪失。
きっとそれは「平準化」の反作用なのだろうと思う。

江戸時代の身分制度や
イギリス型階級社会を生きていたとき。
僕たちは生まれながらにして、身分や階級という役割を背負ってきた。
あるいは、地域の祭りで年齢に応じた自らの役割を演じてきた。

ところが。
平準化の流れで、すべてを平らにしてしまい、
文字通り、「努力すれば報われる」と言うような社会を作ってきた。

結果。
世の中は平らになった。
しかし、平らになった分、役割を喪失していくこととなる。

会社至上主義、経済至上主義は
それに拍車をかけた。

「家庭」や「地域」で父や若い衆という役割を担うことなく、
人は「会社」における「課長」という役割を演じるだけになった。

気がつけば、65歳を迎え、定年退職となった。
その途端、「高齢者」という新しい役以外の役を失うのだ。

「高齢者」はそもそもの成り立ちが
福祉行政からの目線で「守るべき弱者である」という意味だ。
弱者を演じるしかないとしたら、少し悲しい。

「パラレルキャリア」という言葉をふと思い出す。

今年の4月。
ETIC.等が主催する「東北オープンアカデミー」
のイベントに参加したとき。

「パラレルキャリア」というキーワードで
自分のスキルを活かして、東北の復興を支援する
ような人たちを募ったイベントだった。

そこに集まった人たちの多くは、
名だたる企業に勤める40代以上の人たちだった。
僕は「パラレルキャリア」にヒットするのは
20代・30代だと思っていたので、ビックリした。

「パラレルキャリア」は副業ではなく複業であり、
収入の複線化であると言われている。

しかし。
彼らを見ていると、
いま、会社員に必要なのは、収入の複線化ではなく、

「心のパラレルキャリア」というか、「役の複線化」というか、
そういうことなのではないだろうか?

自らの感性を失わないように、
「心の報酬」を感じ続けられるように、
もうひとりの自分を演じられる場所。
彼らはそれを東北に求めているのではないだろうか。

祭りのない地域に生まれ、祭りのない場所で暮らす。
そこには、スマートではあると同時に地域での役割もない。

そんな暮らしだけでは、生きられない。
そんな人たちが動き出しているのかもしれない。

もしかしたら、それは、定年退職した親世代を見ているからかもしれない。
あるいは自分の感性がこのままでは耐えられないと叫んでいるのかもしれない。

もし、そうだとすると、
茨城県、特に県北は立地上、かなり魅力的なフィールドになるのかもしれない。
「心のパラレルキャリア」を生み出せる場になるのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 06:35Comments(0)学び

2015年05月21日

「地域」というフロンティア

グローバル(世界)と同じくローカル(地方)にも、
フロンティア(最前線)があふれていると思う。

そのローカルの中の小さい単位である
「地域」は大学生にとって、
大きなフロンティアが広がっていると思う。

特に、人口減少時代を迎え、
高齢化が進む「地域」は、若者を必要としている。

海士町で活躍している「巡の環」の阿部さんが
いつも言っているように、

「課題先進国」日本の中の「課題先進地」である海士町の
中にフロンティアを見出して、
阿部さんはトヨタを辞め、海士町に移り住んだ。

「大学時代に何をしたらよいか?」
と思っている大学生も多いのだろう。

海外を見る。
旅をする。
自分と向き合う。

いろいろあると思うのだけど、
僕は、長い人生を見たときに、

「地域プロジェクトに参画する・自分で企画・実行する」
というのをオススメしたいと思う。

「僕は一生、グローバルな商社マンとして世界を飛び回るんです。」
という人も、
「公務員試験や教員採用試験を受けて、公務員・先生になるんです。」
という人も、

「地域」と一緒に何かやってみるというのは、
大きな経験になる。

「地域」の特徴は
・多様な人がいる⇒正解・ルールがひとつじゃない
・課題が明確ではない⇒自分で発見するしかない
・課題に挑む人が少ない⇒挑戦者が重宝される

これは、
社会に出てから、世界に出てからの
「世間」というものと対峙する上で、
またとない機会となるのではないか?

答えのない未来、多様化する価値観の中で、
自ら課題を見つけ、その解決に挑んでいく人材。
そんな人材こそ、世の中に求められているのではないか。

「地域」でやる面白さは
即興演劇をするということだ。
飛び込んでいって、仲間をだんだんと作りながら、
ひとつの課題に出会い、それを解決しようと動いていく。

その問いも、答えも、ひとつではないだろう。
そんな経験を積み重ねて、考え続け、動き続けて、
自分の感性と技術を磨いていくことができるのが
「地域」というフィールドだと思う。

最近は「地域」と冠した学部・学科を持つ大学も増えてきて、
かなりの人気だと聞いている。

しかし、学部・学科の正規カリキュラムで「地域」活動を行うのではなく、
大学もまた、地域資源だとすれば、
「地域」の課題に対して、解決する仮説を立てたあと、
大学の中で、仲間を見つけ、チームをつくり、そこに挑んでいくような経験は、
人生を歩んでいくうえで、大きな自信となるだろうと思う。

多くの学部・学科の専門性・志向性を生かし、
あるいは他大学の学生を巻き込んだりして、
「地域」というフロンティアで
課題に挑んでいく大学生が地域の未来と自らの未来を創っていくと思う。

そんなプラットフォームが作ることで、
「地域」も「大学」も、もっともっと楽しくなる。  

Posted by ニシダタクジ at 06:40Comments(0)思い

2015年05月20日

グリーンエプロンブック


「スターバックスと5つの成功法則~グリーンエプロンブックの精神」(ジョセフ・ミケーリ ブックマン社)

久しぶりに、「成功法則」と名のついた本を買いましたね。(笑)

スターバックス・エクスペリエンス。

「スターバックス体験」が
人をスターバックスファンにします。
そんなスターバックスの魔法は、わずか5つの言葉で
表現される。

・歓迎する
・心を込める
・思いやりを持つ
・豊富な知識を蓄える
・参加する

これ、いいなあ。
小阪裕司さんが昔言っていた、「マスタービジネス」
に近いものがあるんじゃないかな。

これがスターバックスのパートナーが持っている
「グリーンエプロンブック」の中身。

第1章の要約を書き写したくなったので書き写します。

~~~ここから引用

企業が優先すべき目的を従業員みんなが理解し、
その目的を達成すべく、それぞれが創造性を発揮し、
情熱を傾けることができる環境を作ることが企業の利益になる。

・「歓迎する」とは、お客様が繰り返し来店したくなるようなつながりを持つことである。

・「心を込める」とは、お客様との結びつきを作り、お客様を知り、お客様に応えることである。

・お客様の要望に耳を傾けることは、お客様との結びつきを作る方法のひとつにすぎない。
お客様ひとりひとりの事情や要望を知り、お客様のニーズに応える方法を考え出すことが、さらに重要である。

・「思いやりを持つ」とは単に礼儀正しくすることではなく、お客様の要望に心を砕き、
お客様も自分も幸せになれるWIN/WINの状況を作り出すことである。
それにより、お客様が何を望んでいるかを思いやれるようになる。

・「豊富な知識を蓄え」、仕事を愛し、知識を分け与えること。

・知識経済やサービス経済では、お客さんの経験を豊かにすることによって付加価値が生まれる

・店舗、オフィス、企業、そして地域社会に「参加」すること。

~~~ここまで引用

いやあ。
これ。
すごいわ。

大学生諸君。
スターバックスでバイトしたほうがいいわ。
そんな風に思ってしまう。

これ、学校ですよ、なんていうか。
これからの知識経済・サービス経済を
生きていくために、非常に重要な原則を
スターバックスで経験できるのだなあと。

コミュニケーション。

ツルハシブックスの店員サムライが「劇団員」
という名前なのもきっとそういうことか。
お客様はお客様ではなく、「共演者」である。

僕は実は、
2002年からずっと、学校をつくりたいと思っていた。

いや。
正確に言うと、
学校をつくりたいのではなく、
まちそのものを学校にしたいと思っていた。

ツルハシブックスは、
そんな学校に気が付いたらなっているのかもしれないなあと。

「ツルハシブックスでサムライしてました」
と就活で言えるような、そんな場所になったら楽しいなあ。  

Posted by ニシダタクジ at 07:02Comments(0)

2015年05月19日

予測不可能だから自らの手で創ることができる

上田市のブックカフェnabo.で
「本の処方箋」イベントを行いました。
8名の方に本を処方しました。
いいコンテンツだなあとあらためて。

「本を処方する」っていうだけで、
圧倒的に自分の悩みを話すことができるんですよね。
不思議です。

さて。
そんな僕がみんなの悩みに触発されて(?)
買った本はこちら。


「僕らの時代のライフデザイン」(米田智彦 ダイヤモンド社)

今回もnabo.の選書は素晴らしかったなあと。
いつ行っても買いたい本がある喜び。

さて、「自」「職」「住」をデザインすることを
テーマに書かれたこの本。


「生きづらい時代の幸福論」(諸富祥彦 角川ONEテーマ21)

と合わせて読むといいかもしれません。
というか、ちょうど、読んでいただけなのですが。

「生きづらい時代の幸福論」にも、
クランボルツ博士の計画された偶発性理論の話が出てきます。

そこに出てくるユエルという青年の話。
サンフランシスコに移住してきたユエルは
やっとの思いである金物屋で働かせてもらうことになり、
配管用の道具を売るようになりました。

ある日、ひとりのお客から、
「ハンダ付けはできますか?」
と言われ、ユエルは
「もちろんできますよ、なぜですか?」
と答えました。

するとお客は、
「大きなプロジェクトをやっていて、ハンダ付けができる人を探しているんです。」
と言います。するとユエルは、
「私ができます!喜んで伺いましょう。」と返事をします。

ところが、ユエルはハンダ付けのやり方を知らなかったのです。
しかし、お客が帰ったあと同僚にハンダ付けのやり方をならい、
次の日から現場で仕事をはじめました。
そのまま腕が認められて、
アシスタントに昇格、そこで配管工事の技術を学び、
配管工事の会社を起業し、多くの社員を雇用し、事業を成功させています。

ユエルはノーではなく、イエスと答えることにより、
大きなキャリアの可能性を開きました。

クランボルツ博士は
「とりあえず、イエス」が大切だと言います。
それこそが偶然をつかむ力なのです。

ということで
「ライフデザイン」の話に戻っていきます。

これからの時代。
固定的なキャリアプランは無意味だと
米田さんは言います。

~~~ここから一部引用

これまでの「キャリアプラン」の前提となる
ゴールは、そのプランを練る時点での
社会的成功をモデルにしてきたといえます。

しかし、その社会状況・経済状況に
最適化したゴールというのは、
変化が激しく、未来が予想できない現在では
必ずしも成功のモデルとはなりません。

僕らの人生は、神殿や巨大モニュメント、
第三セクターの高速道路やダムではありません。

プランは所詮、絵に描いた餅です。
大切なのは、行動の連続の中で
問題を解決しながら前進するということです。

計画を立てることは大事だが、
そこにとらわれないということも大切なのです。

そこで米田さんは
「アジャイル」と「リーンスタートアップ」
というキーワードを使い説明します。

「アジャイル」とはおもにIT業界で
使われている用語で、
とりあえず作り、ベータ版が始動してみて
改変していく、というものです。

「リーンスタートアップ」は
素早くシンプルに立ち上げる、ということです。
それをライフデザインに応用しようと米田さんは言います。

まずは試しに作ってみて、改善しながら前進する。
それがこれからのキャリアデザインになっていくのではないでしょうか。

~~~ここまで一部引用

面白いなあ。
クランボルツ博士の話がいろんなところに出てきて
シンクロニシティを感じました。

予測不可能な未来。
だからこそ、自らの手でつくることができる。
そんな幸せな時代を僕たちは生きているのだとあらためて実感しました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:10Comments(0)就職

2015年05月18日

nanodaという参加型メディア

塩尻・nanodaで
山田さんとお話ししてきました。

山田さんの根っこの部分に
迫りたかったのだけど、
山田さんに突っこんでもらい、
本屋と僕の話をしてきました。

後半戦は会場を移して、
山田さんにいろいろ聞きました。

4年前、「三田の家」の
坂倉杏介さんとの出会いが転機になった。

「つくらないデザイン」
これがテーマになった。

まずはやってみる。
ということで、
空き店舗を市役所の有志で借り、
nanodaをスタート。

nanodaとは、あらゆるイベントの後ろにつけて、
なのだ!と言えるということ。

それはいったい何なのか?
何のためにやっているのか?
とおじさんはつい聞いてしまいがちだ。

しかし、山田さんたちは
それには明確には答えなかった。

とにかくやる。
面白いことをやる。

昨日の朝は卵かけごはんなのだ!






でした。

今回のいちばんの気づきは、
「伝えない」というコミュニケーション・デザインがあるのだということ。

たとえば、
朝食nanodaで
野菜の入ったスムージーを作って飲んでいたら、
日本農業新聞が取材に来て、

「地元農業の活性化のために、
スムージーを作って朝食に」
みたいな記事になる。

いや、別にスムージー飲んでいただけなんですけど。(笑)

そう。
「なんだかよくわからない」ものを作ることで、
そこにはメディアの人たちそれぞれの「切り口」で
nanodaを説明することができる。

それを一元化して、
「nanodaは商店街活性化のために市役所有志が立ち上げた、地元産業応援の活動です。」
みたいにしていると、そういう風にしか解釈されない。

nanodaは箱にすぎない。

それをどう使い、それをどう解釈するかは、
そこに参加した人、取材した人次第なのだ。

参加する機会、考える機会を提供する、
それがnanodaというメディアなのではないか。

これからの「参加型メディア」とは、インターネット上にできるのではなく、
実在する店舗、それも意味づけがあいまいな店舗によって、
実現されていくのではないかと感じた。

「コミュニケーション・デザイン」の実践の場として、
nanodaというメディアは非常に興味深いなあと改めて感じた。  

Posted by ニシダタクジ at 07:53Comments(0)学び

2015年05月15日

「孤独」と向き合い、「地域」を知る合宿免許

どうやら世間では(というか大学では)
夏の合宿免許の申し込みシーズンを
迎えているようだ。

僕も経験者なのだけど、合宿免許は、孤独だ。
他の合宿生とわいわい騒ぐのはちょっとイヤだし。

ひとりで申し込むと、孤独な時間が待っている。
空き時間がかなりある。
その時間にすることがない。

しかし。
このひとりの時間はチャンスだ。

そんなときに。
人生を揺さぶるような本があったらいい。

そんな想いで
自動車学校の中にライブラリーを作りました。

新潟市の「新潟中央自動車学校」
http://www.ncds.co.jp/index.html

2F待合室の脇にある「働き方研究所」

には、大学時代に読みたい「働き方」本
50冊をセレクトしました。

「働き方研究所」では、学生主体のイベントも開催されています。


もちろん、合宿ではなく、通学免許でも通うことは可能です。
新潟市内に在住の方は通学をご検討ください。

※「ツルハシブックス」へ20分。(通学バス利用)


新潟中央自動車学校のすごいところは、
通常だと新潟駅‐内野駅で片道240円のJRでいかなければ
ならないところを新潟大学方面行の通学バスに乗ると、
「往復無料」でツルハシブックスに行くことができます。

この前、GWにツルハシブックスにいたときも、
「働き方研究所」の本を読んで、おもしろそうだったので来ました、
という藍染め職人の修行に出るという人が来ました。

もちろん、地下古本コーナー「ハックツ」は
1日1冊購入できるので、20日間で20冊買うことができます。
10代なら1冊200円ですね。
(あ、定休日もありますけどね。)


合宿期間中。
人生を見つめなおしたいという人にはおススメの自動車学校です。
ビジネスホテル泊なので、孤独を体感できます。

さて。
もっと田舎で合宿免許を取りたいという人。
合宿はやっぱり田舎じゃないと、という人。
大丈夫です。

石川県七尾市の七尾自動車学校。
http://www.nanao-drive.co.jp/
こちらにもツルハシブックスがプロデュースした
本棚を設置しています。



こちらの魅力は、なんといっても田舎!!
というのもありますけど、

やはり、七尾駅近くの
株式会社 御祓川がやっている
まちづくり活動は、「地域」を考える人にとっては、
非常に学びが多いと思います。

夏休み期間中は、
大学生が、能登の地元企業に実践的にインターンをする
「能登留学」も行われているので、
http://notoryugaku.net/
そんな話を聞きに行くのもいいかも。

また、1年生の時は合宿免許で行き、
2年生からは地域でインターンに入るというのを
検討中の人も、七男自動車学校に合宿免許に行くのもいいかも。

首都圏の大学生も「能登留学」しているみたいですよ。

これまで、「合宿免許」というと
「ご飯がおいしい」とか「レクリエーションが楽しい」とか
そっち系の宣伝が多かったのだけど、

ツルハシブックスは、
「孤独」と向き合い、「地域」を知る合宿免許を提案します。

18歳、19歳の夏。
合宿免許。
考える時間を確保してみませんか?

問い合わせは、西田も承ります。
nishidatakuji@gmail.com
までどうぞ。  

Posted by ニシダタクジ at 06:46Comments(0)日記

2015年05月14日

帰る場所、ふるさとをつくる

大学時代のひとつの宿題は
「帰る場所」をつくる、ということ。

ふるさとを創る
と言い換えてもいいのかもしれない。

ワークショップの手法として
すでにメジャーとなったKJ法の生みの親、
川喜田二郎氏(1920-2009)によると

「ふるさととは、子どもながらに全力傾注して
創造的行為を行った場所のこと。」だと言う。
(「創造性とは何か」川喜田二郎 洋伝社新書より)

「全力傾注して創造的行為を行う」と
そこはふるさとになっていく。

かつてそれは、山であり、川であった。
ただそこには自然だけがあり、
創造性を発揮しなければ遊べなかった。

いま。
居住空間から山や川の多くが失われていった。

昨日のブログの中の
「学校」「地域」「家庭」
のトライアングルを
ひとりひとりの子どもの側から見ると、

「地域」と「家庭」の機能の多くを、
かつて、「自然」が補完してくれていたのではないかと思う。

自然での遊びには、正解がない。
そして自然には、すべてを受け入れる懐の深さがある。

そして社会は、
子どもの遊び場としての自然を失っていった。

じゃあ。
どうすればいいのか?

「ふるさと」を自ら創造するしかない。

僕は20代のとき。
「まきどき村」というプロジェクトに賭けた。
畑はコミュニティの拠点になり得ると思った。

1999年。24歳の時にスタート。
今年は17年目を迎えている。

朝6時に集合し、畑作業のあと、収穫物と
朝市で買った食材とを合わせ、朝ごはんをつくる。



釜炊きごはんを囲炉裏を囲んで食べる。
そこには圧倒的な受容感がある。
自然と地域、地域の人たちと、歴史・文化に抱かれている。
僕にとっては、あの場所はふるさとだ。

そう。
ふるさとは創ることができるのだ。

新潟大学の美術科が
内野町の商店街で10年以上取り組んでいる
「うちのDEアート」の参加学生の一部は、

他県出身で、他県に在住しているにもかかわらず、
アートの日程に合わせたり、合わせなかったりするけど、
内野の町に帰ってきて、周辺の商店街に手土産を渡して回るのだ。

もはや彼女たちにとって、内野町は行く場所ではなく、帰る場所だ。
実家よりもよっぽど「ふるさと」なのではないか。

そう。
ふるさとは創ることができる。

「全力傾注して創造的行為を行うこと」
で創ることができる。
うちのDEアートとは、まさにそんな企画なのだろう。

もちろん、体育会系の部活は、
ある意味、人的にはそういう要素があるだろう。
彼らにとっての同窓会はふるさとそのものだ。

しかし、そうではない場合。
そして、「場所」としてのふるさとをつくりたい場合。

地域プロジェクトに参画する。
あるいは自分で地域プロジェクトをつくる。
そして全力傾注して創造的行為を行う。

その繰り返しで、その場所はふるさとになっていく。

「ふるさと」はきっと、
答えがひとつではないという社会力と、
ありのままの自分を受け入れる自己肯定力を授けてくれる。

それは、社会に出てから、
いや、これからの人生を生きていく上で
大切な、大切なものになっていく。

帰る場所をつくること。
これが大学時代の宿題なのではないだろうか?  

Posted by ニシダタクジ at 07:28Comments(0)日記

2015年05月13日

本屋の役割は「正解はひとつではない」と伝えること

「本屋」と「田舎」

おそらくはこれが
「地域」と「家庭」の教育力を
補完する機能・役割を担っていく。
いや、いかなければならない。

そう確信した。

茨城大学公開講座に出てきました。
講師は長谷川幸介先生
第1回目からめちゃめちゃ面白くて
度肝を抜かれました。

社会教育とか、地域NPOとかの人は
聞くとめっちゃ面白い気がします。

簡単に以下にメモを。

~~~ここから講演メモ

1 未熟な哺乳類(=「人間」)の秘密

1)哺乳類の誕生
・哺乳類の誕生は恐竜時代
・恐竜は温度の変化に耐え切れず絶滅
・哺乳類は恒温動物で小さかったので生き延びた

・しかし、その前に恐竜時代に生まれた哺乳類は生き延びなければならない
・生存戦略として、「生まれたらすぐに立ち上がり、逃げる」こととした。
・そのために哺乳類の妊娠期間は長く(約21か月)、出産数が少ない。
・おなかの中で系統発生(魚類⇒両生類を経験)する。

2)人類はまったく違う
・人類の妊娠期間は十月十日
・それ以上はお腹の中にいられない
・本来は21か月いなければならないのに、生まれてくる。
・だから生まれてすぐは立つことができない。ハイハイをする。
・つまり生理的早産をして生まれてくる。

・地球上の動物の中で珍しく未熟で生まれる⇒なぜ?
・脳を肥大化させるために、二足歩行をした。(立ち上がった)

3)人類の難題
・立ち上がった=立位:産道がナナメに通る。
・頭骨の肥大化=完成してからでは生まれてこれない
・縫合部は柔らかい。大脳も未完成
・頭骨と大脳の完成=1年後:ようやく立ち上がる時

・1歳までは胎盤にいるのと同じ
・セットされた本能(動物的本能)=反射
・犬や猫は本能で生きる。
・人間は身体的反射の他に「心の反射」を本能として持つ。

・心の反射は「共感反射」と「好奇反射」
・「共感反射」とは、泣いているお母さんに哺乳瓶を与えるような反射
・つまり、助け合うという反射
・「好奇反射」とは、おかしいと思う心。センスオブワンダー。
・好奇反射は扁桃体で起こる。
・人間は本能として、共感反射と好奇反射を備えて生まれてくる。

4)未熟さの克服

・つまり、人間はすべての人が障がいを持って「未熟で」生まれてくる。
・その障がいを克服するために「社会」という幸せ装置を作った。
・社会こそ人類の最高傑作
・生き延びるために必要なシステム「社会」は2つの本能をベースにしている

・条件1:共感する(=共感反射):つながること
・すべての宗教は「つながらなければならない」と言っている。
・共感反射を論理化することを宗教という。

・条件2:環境を変える(=好奇反射)
・「人間だけが地球にクワを入れる」
・すべての生物は、自然環境の中に生まれてくる
・生存戦略1「適応」:環境に合わせて自分を変化させる。進化や退化
・生存戦略2「開発」:自分に合わせて環境を変化させる。
・開発とは、住めないところを住めるようにするようなこと。

・つまり環境を自分に合わせてきた。
・自然災害や原発事故は自然とコミュニケーションしているのか?問われている

2 社会化と文化化

・社会=第2の自然
・人生の4分の1を社会に入るための準備に費やす⇒社会化(教育)
・社会化とは、「学校」「地域」「家庭」の三角形の鳥居を毎日くぐること。

・「学校」:学力(=幸せになるための技術・知識)を身につける
・教師は人間をつくるプロである。
・9教科をなるべく効率的に教える。
・学校はつながる力を育てない⇒なぜ?
・学力は引き算で決まる。比べるモノサシ:同一平面上にあるので時間がかかる子=ダメな子になる
・学力は科学であるから正解は1つ

・「地域」:社会力・つながる力を育てる
・「地域」は1つのルールで動いていない。(=超実感。笑)
・正解は人の数だけある⇒それが社会のルール。
・社会力というのは正解がひとつではないと伝えること、実感すること。

・「家庭」:自己肯定力・かけがえのない存在である自分を認める。
・他者と比べない。存在そのものへの肯定。
・子どもたちは「学校」「地域」「家庭」に「周りを明るくすること」で返してくれている。

最後に長野県の山奥にあるとある小学校の話で締めくくられた。
8校の分校を統合して1つの小学校にした、
すべての学校からバスで通学できるようにした。

ところが、半年後、村から活気が消えた。
子どもたちが道草を食わなくなったからだ。
長谷川先生が講演で、
「年に3回、計画的にバスを故障させてください」と言ったという。

子どもがまちを歩く。
それだけでその地域は元気になる。
ああ、そうだなあと。

~~~ここまで講演メモ

すごくスッキリとした時間でした。
僕にとってキーワードは「本屋」と「田舎」。

「地域」の役割は、正解がひとつではないと伝えること、つまり社会力=つながる力。
「家庭」の役割は、自分がかけがえのない存在であると伝えること。つまり自己肯定力。

「地域」の衰退により、
「地域の教育力」が衰退したということはつまり、
「正解はひとつではないと伝える力」が衰退したということ。

「家庭」の機能低下により、
「家庭の教育力」が低下したということはつまり、
「自分がかけがえのない存在であるという自己肯定力」が機能していないということ。

それが仮に事実だとしたら、
「地域コミュニティを復活させなきゃならない」
「家庭の教育力を高めなきゃならない」と訴え、叫ぶのではなく、
(もし仮に行政職員や政治家であれば、そのような施策を打つことができるかもしれないが)

現状の「地域」や「家庭」に関わらず、
なにかできることをしたい、と思う。

おそらくそれは、
「本屋」と「田舎」なのかもしれない。

「本屋」は地域の役割である社会力
=正解はひとつではないということを体感させてくれる。
「田舎」は若いというだけで声をかけられ、自己肯定力
=自分は生きているだけで価値があることを感じさせてくれる。

「高齢化した商店街の中にある本屋」
は機能的には「本屋」と「田舎」が同居している
と言えるだろう。

生きるチカラとは何か?

という大学時代からの問いに
再び向き合う時が来たのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:12Comments(0)日記

2015年05月12日

まちの本屋という機会提供装置

本屋で教育はできない。
教育目標を達成することができないからだ。

本屋でできること。
それは機会を提供することだけだ。

本を売ったその瞬間に、
本屋は役割を終える。

「機会を提供した」その瞬間が本屋の役割なのだ。

だから、
本屋には子どもたちを変えることはできない。

しかし。
だからこそ。
本屋は、多くの「教育者ではない大人」
が関わることができる現場になり得る。

もし、
子どもたちが必要としているものが、

「人生を変えた素晴らしい1人の教育者」ではなく、
「教育者ではない無数の大人たち」であるならば、
まちの本屋という役割と可能性は大きい。

機会提供にこそ価値があるのだと僕は思っているし、
機会提供を失わせるような大人たちの助言
(たとえば、それをやって何の役に立つんだ?など)は、
もっとも避けるべきだと思っている。

中学生高校生に、
失敗をしない「賢い大人」に本当になりたいのか?
と問いかけたい。

「機会」を活かし、動いてみること。
そこからしか、人生は始まらない。
と彼らに伝えたい。

まちの本屋という「機会提供装置」を
みんなで活かしていかないか。  

Posted by ニシダタクジ at 06:58Comments(0)思い

2015年05月11日

それは、本屋でこそ可能になるのではないか。

中学生高校生に向けて
「コミュニティデザイン」「コミュニケーションデザイン」を
つくっていく。

そのためには、
「本」「本屋」というツールは、非常に魅力的だと思う。
これを、言語化しなきゃいけないなあと思う。

図書館ではダメなのか?
という点については、

ひとつめは
・「偶然出会う」ということを演出できるということ。

そして
・「本を買う」という行為によって、感性を磨くために身銭を切ることができるということ。

さらに
・「現金をやり取りする」というある種のダーク感がある。

意外にこのダーク感が大切なのだと思う。
特に男の子にとっては、(女の子もそうかもしれないけど)

あの、駄菓子屋に広がっていたなんとも言えないダークな感じ。
「お金持ってるやつが強い」的な圧倒的な経済至上主義社会。

そこには、
学校や家庭とは違う
「圧倒的なルール」があった、「社会」が存在した。
きっとそういうのに魅力があるような気がする。

いまこそ、秘密基地の時代だ。
「秘密」=親や先生から秘密
「基地」=作戦を実行する拠点

それは単なる若者の「居場所」ではない。
「秘密」という意味では、
行政や学校には作り得ないものだ。

「基地」というからには、
作戦実行をそそのかしたり、少しだけサポートしたり、
きっかけをつくる人が少しは必要になってくるのではないか。

それは、本屋でこそ可能になるのではないか。

いや。
秘密基地それ自体は、
地域に無数に広がっているほうがいいのかもしれないが。
(それこそ大人たちが知らない場所)

まずは本屋を核に
地域の人が集まってきて、
本をきっかけにコミュニケーションが生まれ、
小さなきっかけができていくのではないか。

それは、本屋でこそ可能になるのではないか。
そんなことを説明できる自分になりたい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:01Comments(0)日記

2015年05月10日

本屋を核にしたコミュニティデザイン

「暗やみ本屋ハックツ」プロジェクト
の第3回イベントはまち歩きでした。

3人1組でのまちあるきで
上石神井の街をたくさん発見しました。
これ、いいかもしれません。

ハックツがスタートしてからも
店番チームとまち歩き班チームに
分かれて、歩いたら楽しいなあと思いました。



本も9冊追加されました。
現在55冊!(9月オープンまでに300冊を集めたいと思います)

本屋はコミュニティデザインの核になるなあと
あらためて感じています。

そして練馬でいろいろ動いていくことで
新潟でもやれること、やったほうがいいことが
たくさん出てきます。

山田さんの「つるさんぽ」なんて、
随時やったらいいなあと思います。

あとは「10代に本を贈る」という
コンセプトがなかなかいいなあと。

誰のためのコミュニティデザインなのか?が明確。

いわゆる「まちづくり」の分野では
いつも課題になってくるのが、
誰のためのプロジェクトなのか?
ということ。

それが単に「防災のため」とかだと
(もちろんそれは大切なことなんだけど)
リアリティーがないというか、顧客像が見えないというか。

だからモチベーションが上がらないとか、
そういうことって起こりうる。

でも、明確に10代のため、って設定して、
かつ「本を贈る」という行為をキーコンテンツにして、
地域と若者の接点というか、
まちに無数の秘密基地をつくるという活動をするのは、
求心力があるなあと思う。

あなたも10代に向けて本を贈りませんか?
http://tsuruhashi.skr.jp/hakkutsu
  

Posted by ニシダタクジ at 08:44Comments(0)日記

2015年05月08日

本屋という空間

本屋という空間を
必要としていると思う。

特に中学生高校生大学生が
必要としていると思う。

サードプレイスとは一味違った
「居場所」を必要としていると思う。

「駄菓子屋」と「公民館」のあいだ
のような場所を必要としていると思う。

いいかげんなアドバイスをする
「第3の大人」を必要としていると思う。

それには、現代社会においては、
本屋という空間がベストだと思う。

本という「多様性」の海。
本屋に集う「多様性」を持った人たち。

そこに若者が入ってくると
若いだけで、話しかけられる。

・親和的承認
そして
・「評価」のない会話
が展開される。

その順番。

学校では、
評価が前提となって会話が始まり、
その評価によって、
「承認されるか否か」が決まる。

きっとそれが息苦しさの根本にある。

「若いだけで素晴らしい」

それは、世の中を生きる大人は
みんな思っている価値観だ。
できることなら、あのころに戻りたい。
そんな気持ちが、中学生高校生への興味だ。

「承認」
そして
「対話」

その順番。
そこに本というコミュニケーションツールが
役立つ。

何よりも本屋という空間が
多様性を受容している。

そして、
多様性の中に「偶然性」が芽生える。

たまたま、
この場所で、この人に出会った。
面白そうだから、誘われた「市場で朝ごはん」
に行ってみることにした。

そうして、アクションが起こり、
人生が動いていく。

学校や家庭以外の「第3の場所」
「第3の人間関係」ができていく。
本屋という空間は、そういう場所になり得ると思う。

そんな本屋を、一緒につくろう。

あなたもツルハシブックスに参加しませんか?
http://tsuruhashi.skr.jp/kifu

  

Posted by ニシダタクジ at 05:53Comments(0)日記

2015年05月07日

ひとりひとりの消費が社会を創造している


「投資家がお金よりも大切にしていること」(藤野英人 星海社新書)

熱い本です。
エコノミーの語源は
ギリシャ語のオイコノミクス
その意味は「共同体のあり方」

つまり、
みんながどのように生きたら
みんなで幸せになれるのか?
というのを追及するのが経済学であるということ。

なるほど。

そして著者は
ブラック企業を生み出しているのは
消費者である私たち自身だと言います。
安いものを求める心が
そこで働く人たちにしわ寄せをしている。

だから、ひとりひとりの消費行動を
見直すことが重要であると。

「消費をすることは
社会を創造することである」と
著者は言います。
たしかにそうかもしれません。

今回クラウドファンディングで
「寄付」を募りました。
2人の新社会人が
初任給から寄付をしてくれました。

それは、彼女たちなりの
創造的「消費」だったのかもしれないと思いました。

「寄付」という投票と同じくらい
「消費」という投票があると。

著者は1か月の支出をすべて記録してみること
をおススメしています。

自分が何に消費をしているか?
そんなことを見つめ直す時間を持つこと。

ていねいに生きる、とは
そういうことを意味するのかもしれません。

「ていねいに生きる」本棚に
登録決定です。  

Posted by ニシダタクジ at 05:43Comments(0)学び