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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2015年06月21日

親和的承認装置としての本屋

「自信のない若者」問題。
高校、大学、あるいは既卒者の
キャリア教育上の大きな課題。

機能しない「チャレンジ理論」。

※チャレンジ理論とは、
小さなチャレンジ⇒小さな成功体験の
繰り返しによって自信がつくという理論。

しかし、自信がなければ、
その最初のチャレンジが始まらないので、
永遠にそのドミノは倒れない。

もっと、その根本原因にアプローチを
する必要があると思う。

「自信がない」若者問題の根本原因は
僕の仮説では、以下の3つだ。

1つ目が
核家族化・地域のつながりの喪失による
「親和的承認」機会の不足。
※「親和的承認」とは承認欲求の第一段階の
「ありのままの自分を認める」ということ。

2つ目が学校での他者評価・他者比較による
「成長思考」(やればできるかもしれない)から
「才能思考」(自分の能力はこんなもん)の上書きが起こること。

3つ目が「継続は力なり」あるいは「安定志向」
という戦後に続いてきた安定型社会、
もっと言えば稲作時代から続く呪縛だ。

特にもっとも大きいのが、1の親和的承認機会の不足であろう。

人間は本来、比べることのできないかけがえのない存在である。
にもかかわらず、
「学校」や「経済社会」はそれを単一の尺度で比べることを
余儀なくさせる。

あるいは「産業社会」は、
人々を「交換可能な部品」にしてしまう。
課長が突然退職しても、
ほどなく係長の誰かが課長に昇格して会社は回っていく。

「地域」や「家庭」では
そんなことはない。

地域の消防団や祭りの担い手、
家庭における祖父母にとっての孫というのは、
かけがえのない存在である。

その「地域」と「家庭」が与えてきた
親和的承認がだんだんと与えられなくなる。

「学校」「産業」に世の中がシフトしたからだ。

地域のつながりは失われ、
家庭では、「勉強できたら褒めてあげる」
というような「条件付き承認」が
与えられるようになる。

親和的承認の不足は、
個人の自信にとって、もっとも大きな影響を与えていると私は思う。

先日、


「すごい弁当力」(佐藤剛史 五月書房)

を読んで、弁当の日という実践に、心が震えた。
弁当の力で社会は変えられる、そんなふうに僕も実感した。

小学校で、あるいは大学で行われる弁当の日。
子どもたちは自分ひとりの力で弁当をつくる。
大学生たちは、自ら作った弁当のおかず一品を
みんなに食べてもらう。

ああ。
これぞ「親和的承認」の機会の創出だと思った。

子どもたちは自分たちがどんなに愛されているか知るだろう。
大学生たちは、自分の個性がたくさんの仲間に受け入れられている
と実感できるだろう。

親和的承認。
人が生きていく上でもっとも基本となる機会が
弁当の日にはあると思った。

ではそれを地域の現場で再現できないだろうか。

そう、それが本屋ではないか、と僕は考える。

本屋の本という圧倒的な多様性。
本屋に来る大人たちという、利害関係のない第3の大人。
同じように人生に悩んでいる大学生たち。

それらが織りなす場のチカラが、
お客さんにとっての小さな「親和的承認」の
機会を与えるのではないだろうか。

ありのままの中学生高校生大学生を受け入れる力が
本屋にはあるのではないか?
商店街にもあるのではないか?

商店街の中にある本屋という空間のチカラで、
若者の自信を取り戻していくことはできないだろうか。

ツルハシブックスという取り組みは
きっとそういうことなのかもしれないと思った。  

Posted by ニシダタクジ at 06:44Comments(0)日記