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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2015年07月01日

ホームドラマとアイデンティティ・クライシス

昨日も公開講座でした。
テーマは「男と女」いわゆるジェンダーですね。

~~~以下講義メモ

・未熟な哺乳類としての人間
・厳しい地球環境の中で生き延びるため、男と女をつくった。
・男と女は双務的関係
・「動物学」的には「裸のサル」としての人間

・男性と女性の身体的性差
・心筋梗塞:男性と女性では詰まるところが違う
⇒男性の症例から治療法を確立しても女性の死亡率は変わらなかった。
⇒医師には男性が多いから。男性に偏重した医療。

・男脳と女脳
・同じ問題を与えられて、同じ回答になるときでも使っている回路が違う
・なぜ?⇒非常事態になったときに2つの回路があったほうがいい。
・空間認知能力:男性>女性(6倍) 言語認知能力:女性>男性(4倍)
・「話を聞かない男」「地図が読めない女」

・「地図」は今まで方位と距離をベースに作られてきた⇒男性が得意な地図
・「商店街の売り出し地図」は女性のほうが得意。
・表情を読み取る力:女性>男性(6倍)⇒男性は変化に気づかない。

・社会的文化的性差(gender)ジェンダー
・「男らしさ」と「女らしさ」:社会が求める第2の性
・幸せ装置としての社会⇒歴史的に変わってくる。

・文化人類学的には「母系社会」と「父系社会」
・東アジアは圧倒的に「父系社会」:男が後を継ぐ。
・アフリカなどは「母系社会」:女性が後を継ぐ。男はオマケ。
・男は骨、女は血と肉(赤不浄と黒不浄)

・明治維新:薩長土肥の武家社会がベース:男尊女卑
・農民社会の跡取りは4割が女性だった。
・文学作品にも色濃く男尊女卑思想が隠れている。
・家電のCM:女性しか出ない。
・アクロンのCM:男性(小堺一機)が洗濯をする革命的CM
・車のCM:ワンボックスカーでファミリーレストランに行くときの車の中で家族が会話できる。

・明治維新「近代産業国家」と「中央集権国家」をつくる
・「富国強兵」「殖産興業」
・イギリス型モデル:海外に植民地をつくる:帝国主義戦争
・1894年からの戦争の時代へ

・1931年ニューヨーク万博:ハンバーガー、T型フォード、レビットアンドサンズ
・レビットアンドサンズ:郊外型住宅団地の建売住宅
・1945年の終戦から本格的に売られた。

・郊外型の建売住宅:「ホームドラマ」の世界
・スプートニクショック(1957年):ソ連による人工衛星打ち上げ成功
・「宇宙」ではなく「家電」「幸せな家庭」だ。
・ホームドラマにはおじいちゃんおばあちゃん(祖父母)が出てこない。

・それから30年。
・子どもが独立して、母親は自分の立場を失う。
・「私はだれ?」(シカゴ学派)
・いろいろな役割(子どもの母、夫の妻)を演じてきたけど本当の自分はどこ?

~~~ここまで講義メモ

と、今回はここで終わり次回に続く。

社会に要請されて、「ジェンダー」を
演じてきた結果、その役割を失った瞬間に
アイデンティティを失う。

ああ。
母だけではなく、きっと世の子どもたちもきっとそうなんだなあと。

「価値観の多様化」は演じるべき子ども姿を失った。
失ったはずなのに、
それぞれの「個性を生かして」と言いながら、
将来の夢を語ることを強いる。

それがいまの子どもの苦しさなのではないか。

「みんなの前で夢を語る」
というようなプログラムがいまだに
多くの小学校中学校高校で行われている。

「夢なくして人にあらず」とでも言いたいかのようだ。
これが子どもたちのアイデンティティ・クライシスを呼んでいる。

ツルハシブックスに来ている子に話を聞くと、
その場しのぎでとりあえず答えていたのだと言う。

そんな宣言に、どんな意味があるのだろうか?

未来が予測できない時代。
特に民間企業の盛衰は誰にも見えない。
「グーグルに入りたい」とでも言っておけばいいのか?

かつ、子どもたちに、
そこまでの「言語化能力」がない。

さらに、
これから課題が山積する地方においては、
これまでにない新しい仕事、
たとえば、山崎亮さんのような「コミュニティデザイナー」
を生んでいかなければならない。

その担い手である子どもたちに、
「あなたの将来の夢は何か?」
と特定の職業名を尋ねることに、
どんな意味があるのだろうか?

お客は誰で、
お客にとっての価値は何か?

その試行。
試行することで始まる新たな問い。

そして、新たな顧客。
新たな価値の仮説。
新たな思考。

その繰り返しが
天職を創っていくと僕は思っている。

子どもに将来の夢を特定の職業名で尋ねるのは、もうやめようよ。  

Posted by ニシダタクジ at 06:51Comments(0)学び