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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2015年07月28日

稲作の遺伝子

あらためて、広井良典先生のちくま新書2冊を読む


「コミュニティを問い直す」


「持続可能な福祉社会」

この中で新たな発見だったのが
「稲作の遺伝子」という言葉。

広井先生は
「集団が内側に向かって閉じる」
という基本的特質をこの言葉で表現する。

日本人はムラ社会(農村型社会)を作ってきた。
高度成長期も会社というムラ社会を作った。

その内部では、
「集団が内側に向かって閉じる」
ということが起こる。

つまり、ある集団ができると、
その内部では非常に濃密な気遣いや同調性が求められる一方、
その集団の「外」に対しては、無関心か、極端な「遠慮」
(あるいは潜在的な排除・敵対関係)
が支配する、といったあり方だ。

そこには「稲作の遺伝子」が影響していると広井先生は言う。

それは、比較的小規模な集団が生産及び生活の単位として形成され、
かつその集団内部においては、きわめて緊密できめ細やかな
協調的行動や集団管理が求められる、といった社会のあり方を指している。

高度成長期に日本経済の急成長を支えたのは、
まさにこの「稲作の遺伝子」であり、
都市の中にカイシャというムラ社会を
見事なまでに作り上げたのである。

しかし、それを可能にしたのは
絶え間ない経済の拡大・成長といった条件においてのみ
機能したということである。

なるほど。
「稲作の遺伝子」。

これはいまのテーマである「承認欲求」と
若者の「自信」というテーマに直結しているキーワードだ。

若者がチャレンジをためらうのは、
「一度始めたら継続しなければいけない」という呪縛だ。

日本が失敗や途中で辞めることに対して寛容ではないのも、
この「稲作の遺伝子」が影響していると考えられる。

稲作は、「失敗」したら最後、
集落全体が食べる米の量が極端に減少してしまう。
しかも取れるのが1年に1度である。

そして何より、
「昨年と同じように作付をし栽培すれば、同じような収穫をもたらしてくれる」
という連作障害が起こらない数少ない作物であるから、
昨年と同じ、ということが大切にされる。

新しい作り方については大きな恐怖心がある。
「それで集落全員が飢えることになったらどうするんだ?」
と言われたら、チャレンジをあきらめざるを得ない。

コミュニティとチャレンジの観点から
「稲作の遺伝子」を検証する。

やっぱり、僕が農学部で稲作を専攻したことは何かの因果なのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:40Comments(0)