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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2015年10月07日

「逃げる」という選択肢から逃げないこと

2日前の
「逃げてればなにかいいことがある」
が大反響となった。(200アクセス程度ですが)

きっとみんなが思っていたのだな、と。

ツルハシブックスで相談に載っていて気になったのが、
「これで会社を辞めたら、逃げなのではないか?」
という発言だった。

「逃げ」かどうか?

そのときに、とても気になってしまうのが
他者からの評価だ。
逃げるのか、お前」と言われたら、
誰でもちょっと躊躇すると思う。

しかし、大切なのは他者からの評価ではないし、
そもそもそれを逃げかどうか、判断するのは他者ではない。

世の中には、逃げも挑戦もない。
ただ、そこには選択があるだけだ。
一方を選べば、もう一方を捨てることになる。
それだけだ。

何より怖いのは、思考停止と感性停止であると思う。
「逃げちゃダメだ」と思うあまり、思考を停止してしまう。
思考を停止していると、そのうち感性も停止する。

これはとても恐ろしいことだ。

変化の激しいこの世の中を生きていく上で、
「思考」と「感性」を発動させないことには、
どうしようもない。

「逃げる」という選択肢から逃げないこと。
これがとても大切だろうと思う。

考え続けること。行動し続けること。
感性を発動させ続けること。

そこからいつも出発しよう。  

Posted by ニシダタクジ at 06:40Comments(0)学び

2015年10月06日

地域の「編集者」になり、ナリワイをつくる

中山間地域フォーラムで特別報告をした伊藤洋志さん




伊藤ファンとしては、ツーショットも撮りました。


「ナリワイをつくる」(伊藤洋志 東京書籍)

ツルハシブックスでの累計売上、ベスト3に入ってくるこの本。
仕事に悩む人は必読の1冊。

「これからの働き方」を先取りしている。
21世紀の百姓を感じる。

全国床張り協会
ミカン農家の販売支援
木造校舎ウエディング
モンゴル武者修行ツアー

など、伊藤さんの仕事は、シブいところをついている。

シンポジウムでは、「働き方がシフトしている」とまとめられていたが、
本当にそうだと思う。

伊藤さんのような働き方は、
きっと50年後は誰もが当たり前のようにやっていること
なのかもしれないなあと思った。

「経営の多角化」が
一定の規模以上の会社には必要だと言われているけど、
それはそのまま、個人にも当てはまると思う。

個人の人生を経営する。
そう、「自分経営」の時代に入ったと思う。

モチベーション維持をどうするか?
福利厚生をどうするか?
どうやってスキルを磨いていくか?
人とのつながりをどうつくっていくか?

そんなことを自分自身で考えなければならない。

「ナリワイ」はそこに方法論を与えてくれる。
伊藤さんの出発点は、
「元手なく仕事がつくれないだろうか?」ということ

ナリワイの作り方は
1 支出を面白く削る
2 技・余剰を他の人に提供する
3 仕事になる「生活を充実させながら少ない元手で仕事をつくる」

そう。
実は支出を削ることがもっとも大きな「収入増」につながっているのだ。
かつ技が増えていく。
生きるチカラ、とはこういうことをいうのではないか。

そして何より、
床張り協会の話で面白かったのは、
「仲間が増えていく」というところだ。
みんなで楽しく床を張ることで、仲間が増えていく。

これ、いいね。
「ナリワイをつくる」、ということで、仲間が増えていく。

そうそう。
人間の根源的欲求は
・人の役に立ちたい
・学びたい
・仲間がほしい
だと思うから、「ナリワイをつくる」もそれを満たしているなあと思う。

「地域に仕事をつくる」には
編集者が必要だと伊藤さんは言う。

そうそう。
ミカン農家を手伝って、
販売に時間が割けないことを知り、
代わりに売ってあげること。
掛け算で新しいこと生み出していくこと。

それって大学生でもできるのではないか?

田舎で働きたい
地域に貢献したい

と思っている大学生は、まず小さなナリワイづくりを
スタートしてみるのがいいのではないだろうか。

伊藤さん、これからもつながっていけそうな
気がしています。

ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 06:56Comments(0)

2015年10月05日

逃げてれば何かいいことがある

尾野寛明さん。
島根県川本町で専門書を主に扱う
古本屋の社長。

という表現では、言い表せない、
なんというか、魅力的な人。


前にETIC.のイベントで出会ったときに
「なんか素敵な人だなあ」と思っていたけど、
やっぱり面白かった。

再会したのは、中山間地域フォーラム


古本屋から就労継続支援A型のいわゆる福祉作業所を
運営している。
「人に合わせて仕事をつくる」
まさにそれ!と思った。

古本の発送、棚の整理、農作業サポート、耕作放棄地を活用した農業などを行っている。
シルバー人材センターも機能していないほどの過疎の地域において、頼れる存在になっている。
「誰でも地域を支えることはできる」が合言葉だ。

今は全国12か所で
「起業しなくてもいい」地域に役立つ講座をやっている。

しごとづくりのポイントは掛け算。
過疎地×古本×障がい者。
などなど、掛け算で仕事をつくっていくことがポイント。

そしてそのモチベーションは
その人ひとりひとりの原体験だ。
過去を掘り、内面に向き合うことによって
取り組むべき「しごと」が見えてくる。

など、
エッセンスに詰まった講座だった。

そして今朝。

「地域ではたらく「風の人」という選択」(田中輝美×法政大学藤代研究室 ハーベスト出版)

の尾野さんのところを読んでシビれた。

いやあ、この章だけでも、1512円以上の価値があるので、
この本は働き方を迷う大学生や20代には必読だと思います。
尾野さんのリアルなヒストリーと葛藤が
ありのままに描かれていた。

読んでいて思ったのは、
やっぱり尾野さんも「感性の人」なんだなあって。

いわゆる創業塾のようなものに応募、
途中で強烈な違和感を感じ、離脱する。

「ちょっとしたアイデアをビジネスプランに仕立て上げられ、
一方でやる気があるのか、と詰められる。
偉そうになんだよ、って腹が立って」(尾野さん談)
そして海外逃亡。

その後、縁あった島根県の山の中で古本屋を始める。

尾野さんのもうひとつの顔は「人さらい」だ。

感性がピピッと反応すると、
人と人、人と場をつなげてしまう。

それに影響されて、
多くの人が島根に移住して働いている。

てごねっと石見の本宮理恵さんに
宛てた長文のメールは、ホントに熱いので、
大学生や20代で進路を迷っている人にはぜひ読んでほしい。

一部だけ紹介
「この世界も変化が早いです。劇的に変化していきます。
そんな中で「修行、修行」といって学びに快感を覚えてしまい、
結局現場に出てくる機会を失ってしまった人は山ほど見ています。」

いやあ。熱い。
そうそう、実践を地域は待っているよね。

そんな、尾野さんの章の中で、
一番印象に残ったのはここ。

「逃げてれば何かいいことがある」
同級生の自殺に、たまらずに書いたフェイスブックへの書き込みの一部だ。

本当にそうだと僕も思う。

いまの世の中は、
「逃げないこと」に価値を置きすぎだと僕も思う。

自分の感性を大切にしていくこと。
ときには逃げることも、投げ出すこともある。
でも、そうやって、人は試行錯誤して生きていくんじゃないか。

「1つのことを」「コツコツと」「修行して」「逃げずに」
やってきて、幸せになれた時代は、
本当に特殊な時代だったのではないかと僕は思う。

「逃げてれば何かいいことがある」

もちろん逃げることそのものに価値があるわけではないのだけど、
同じように逃げないことそのものにも価値はないと僕は思います。  

Posted by ニシダタクジ at 07:19Comments(0)

2015年10月04日

好きな干物屋さん@いわき四ッ倉

ニイダヤ水産@いわき四ッ倉。
東日本大震災の津波による被災から
復活した小さな干物屋さん。

ニイダヤ水産復活のストーリーはこちらから。
(下の青いニイダヤTシャツの小林さんのディレクションです。音楽がいい!)

1 つぶ貝を売る
https://www.youtube.com/watch?v=9xQixtXAkFs
2 粟島へ行く
https://www.youtube.com/watch?v=aPWuCv8Ex8k
3 チャリティー鍋
https://www.youtube.com/watch?v=fxKAIyEXQRs
4 ニイダヤ復活(12.8.11)
https://www.youtube.com/watch?v=dOQuLfWbHD8


賀沢さん、お元気でした。

みんなこの顔に会いたくて、
いわきまで集まってきました。
新潟・福島・神奈川・東京・茨城
から集まった7名が干物を楽しみました。


2012年のニイダヤ水産復活プロジェクトのインターン生たち。
(ETIC.with内閣府の震災復興プロジェクトの参加者です。)




干物やっぱりおいしい!
日本酒を送ってくれた丸山さん、ありがとうございます。




第2部「これからのニイダヤの話をしよう」では、
新商品の紹介などをありました。

これからもニイダヤ水産のために
何ができるのか、考えたいと思います。

「いわきの四ッ倉に好きな干物屋さんがあってさー」

と言える人生は、
そうでない人生より、5倍くらい豊かなんじゃないか、と思いました。

賀沢さん、
素敵な笑顔をありがとうございました!

次回は11月下旬から12月上旬に開催予定です。
みなさまの参加をお待ちしています。  

Posted by ニシダタクジ at 07:39Comments(0)

2015年10月03日

「当たり前」を揺るがすこと

アーティストの北澤潤さんに出会った。
http://www.junkitazawa.com/


水戸市内で行われているRe MITOの中で
リビングルームという企画を行っている。
なんか、ビビっときたので会いに行った。

素敵な人だった。

アートとは、課題を解決することではなくて、
問いを生むこと。
「当たり前」を揺るがすこと。

課題を解決するのはデザインの力だ。

課題を解決するのではなく、人が変わること。
そこがアートの力だと言っていた。

なんか、北澤さんが話しているのを聞いていると
大学生の時の問いを思い出した。

環境問題を解決したい。
ずっとそう思って活動してきた。

ある微生物技術の推進者の講演を聞いたとき、
それは、突如、終わりを告げた。

「この技術で自動車の排気ガスは環境を汚染しなくなる」

衝撃を受けた。

えっ。
そういう問題??
この一言以降、講演は僕の耳に入らなかった。

僕の中で環境問題は、そういう問題じゃない。
解決すればいいのか?

環境問題の本質は、思考停止にある。

大量生産・大量消費・大量廃棄
それを幸せだと信じ込む思考停止。

そしてその「思考停止」こそが
人を不幸にしているのであって、
環境悪化が人を不幸にしているのではない。
(少なくとも現時点では)

そこから僕は、
「教育」というジャンルに興味を持つようになった。

北澤さんと話して、
そんなことを思い出した。

たしかに解決すべき課題はある。

しかしそれは、
解決したら成功ではないと思う。

人が変わること。
そのためにその人の中に問いが生まれること。
そのために「あたりまえ」を揺るがすこと。

北澤さんの取り組みに、注目していきたい。  

Posted by ニシダタクジ at 05:55Comments(0)言葉

2015年10月02日

ひとつであるということ



岡倉天心。
僕が茨城に来た理由。

そんなふうに思った1日だった。

いつも、
理由っていうのは、あとからついてくる。

清水先生の解説を聞きながらの
岡倉天心記念五浦美術館。
佐藤くんも言っていたけど、
カッコいい生き方にホント、シビれた。

もともと福井の下級武士の家に生まれ、
横浜で育つ。

16歳で文部省に入り、美術行政に携わる。
当時の日本は「富国強兵」の最中。
「西洋に追いつけ、追い越せ」の大合唱。

しかし、岡倉は、
「西洋のマネだけしていていいのか?」
と欧米追従の路線ではなく、

日本の伝統を生かしながら、
西洋のエッセンスを入れていくという信念を持って、
文化財・美術品の保護を中心に取り組んでいく。
当時は国を挙げて、宗教を神道に統一していく中で、
各地で仏像の破壊などが起こっていたという。

いいなあ、天心。
役人としてもアツイ。

その後、東京美術学校を設立、
校長にもなり、順風満帆な役人人生を送っていた。

しかし、35歳のときに、いわゆる「政治に負けて」
文部省を去ることになる。
そこで、岡倉は、腐らずに日本美術院を設立する。
岡倉を慕って、多くの人がついてくる。

人だけではない、
とんでもない額の寄付が集まったのだという。
今でいうところのクラウドファンディングか。

しかし。
日本美術院での取り組みが一般に理解されるのには時間がかかった。

伝統的なもの受け継ぎながら、
新しいものをつくるという絵画は、前衛的すぎた。

経営難からひとり去り、ふたり去り、
再び岡倉は窮地に立つ。

岡倉はインドに渡った。
詩人タゴール、宗教家ヴィヴェーカーナンダとの出会い
で、また目を見開いた。

仏教のルーツはインドにある。
日清戦争の1年前に、
中国人に変装してまで行った中国視察の
ときに感じた、仏像の研究の結果、
仏教は中国から来たこととつながった。

Asia is one.(アジアは一つなり。)

第2次世界大戦
のときに使われた意味とは異なり、

アジアの代表として日本があるのではなく、
日本のアイデンティティはアジアの中にある、
ということを自覚した。

そして、
茨城県五浦の風景を見た岡倉は
日本美術院を上野から五浦に移転する。

そうして岡倉の五浦時代
(ボストン美術館と五浦の往復生活)が始まっていく。

ボストン美術館で東京の美術品の
修復などを行っていた岡倉の信念は、
芸術を通して日本・アジアへの
リスペクトを醸成しようとしたのではないか。

五浦時代にはもうひとつ、
こころ震えるエピソードがある。

五浦で行われた
日本美術院の仲秋観月会。
100名を超える人たちが集まり、
住民たちは30店を超える出店をだし、踊りを踊ったという。
地域に愛されている姿がすごいなあと思った。

岡倉天心の生き様、残した言葉。
内村鑑三のあの言葉を思い出した。

「後世へ遺すべき物は、お金、事業、思想もあるが、
誰にでもできる最大遺物とは、勇ましい高尚なる生涯である。」

高尚なる生涯が確かにここにあった。

「日本人はなぜ岡倉を知らないのか?」
そんなことまで思った。

岡倉天心を学んで、
もっとも僕が感じたのは、

「ひとつである」「一体化する」
ということ。

Asia is one.(アジアは一つなり。)

「ひとつになる」というのは、東洋的な思想だという。
西洋的な思想は神と人間を分かつことから始まる。

岡倉の晩年の所に
ただ空虚が広がっている。

という言葉があるが、
まさに自分の中に「空」を持って、
受け入れていくこと。

五浦で釣り船に揺られながら、
岡倉が考えていたことはなんだったのだろうか?

魚がほしかったわけではないという。
船頭の話によると、魚が引いても、決して
釣竿を上げなかったのだという。

ただ、波と一体化していた。
そこで何かを感じ、何かを考えていたのだという。

ひとつであること
ひとつになること

きっとそういうことだ。

午後のワークショップは
学生がこれからの展望する時間だった。

最後の個人ワークの時に僕自身も将来を展望した。

僕はこれから
「偶然」「感性」「はじめてみる」
を育んでいく仕組みをつくりたいと思っている。

「偶然」と「目的」
「感性」と「論理・理性」
「はじめてみる」と「計画」

どちらかというと後者に重きが置かれてきた
明治時代以降であった。

しかし、
岡倉のように、自分の感性を信じて、
「偶然」を活かし、「はじめてみる」ことだ。

それがこれからの社会をつくっていくし、
自分の人生をつくっていくと僕は思っている。

「偶然」と「感性」と「はじめてみる」
があふれている地域社会や学校を
10代に届けること。

それらをつくるという
「目的」を持って「理論的」に考え
「計画を立てて」実行していくこと。
これが僕の進んでいく道なのだろうと思った。

「感性」と「論理」
それはどちらが正しいとかそういうことではなくて、
「あいだ」にあるのだと思う。

岡倉天心が
西洋と日本のあいだに、
新しいものを作っていったように、

これまでの日本と
これからの世界のあいだに
仕事をつくっていくこと。

それがこれからの仕事のつくり方になるだろう。
なぜなら、ひとつであるからだ。

これまでの日本と
これからの世界は、ひとつであるからだ。
そして自分自身もひとつであるからだ。

Asia is one.(アジアは一つなり。)
を体現し続けた岡倉天心のように、
自分は何を表現したいのか?
という問いを胸に生きていこうと思う。

生きることは表現すること。
生きることは対話すること。
生きることは創造すること。

これからのひとりひとりの生き方のヒントが
五浦にはありました。

清水先生、学生のみなさん、
素晴らしい1日をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:21Comments(0)日記

2015年10月01日

生きるとは何か?を問う1日


「出張茨城学~岡倉天心から学ぶ問いのチカラ」

行ってきました。
北茨城市五浦の岡倉天心記念五浦美術館と
茨城大学五浦美術文化研究所。

今こそ。
岡倉天心なのではないかと
強く思った。

2度の大きな挫折。
1度目は仲間たちと立ち上がり
2度目はインドに活路を見出した。

あんなふうに力強く、
自分の思いを表現しながら、
社会と対話しながら、
新しい世界を創っているんだ、と気概を持って、
生きていきたいと思った。

岡倉天心に触れると、
生きるとは何か?

を考えさせられる。
素敵な1日になりました。

ありがとうございました。

また、明日、まとめたいと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 07:15Comments(0)日記