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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2015年12月01日

2700円のシュトーレンを買うということ


クルミドコーヒー「クルミドの夕べ」に初参加。
今回のテーマは「価値と価格について」

2時間。
あっという間。

ジーンときた。
金曜日のヒカリエともオーバーラップして、
自分がいまどこにいるのか、どこに向かっているのか。
そんな問いが生まれた。

~~~以下メモ

・テーマは価値と価格。価値が高いものが価格が高かったはずなのに、
いつの間にか逆転して、価格の高いものに価値があると思っている。
・高い値段というラベルを付けてもらわないと自分で判断できない。
・クルミドの夕べはあえて0円。価値があるのかないのかは参加者自身が決める。
見えない価値に対して嗅覚が働く人と時間を共にする時間。
1500円にすると勉強したい人(受け身な人)が来てしまう。

・みながいいと言っているのを否定するのはたやすい。
他の人はいいとは言ってないけど、自分はいいと思う。それを信じられるように。
・テレビのニュースは価値があるかどうかわからないものは放送されない。それを発信するのは難しい。

・フォントの歴史や背景、活版印刷の手間を身体的に経験した人は、文字を見るときに感性に差が出る。

・価格の決め方は三パターン。1コストから2価値から3収益から。
・3収益からは不動産投資などに見られる。1億使っても、それ以上儲かればいい。
・1コストからは機械化にはかなわない。収益でもコストでもなく、価値から価格を決めていく。
・2価値に基づいて価格を決める。人は何を価値だと思うか?
流通しやすい価値。痩せる、片付く、モテる、など、実用性・機能性の高いもの。

・クルミドコーヒーは、世の中であまり価値があると思われてないこと、モノに正当に価格をつけて売る。
何に価値があるか?100年200年かけて伝承されてきた知恵、文化、技術。
・手に入れるのに何百年かかっても失うのは一瞬。
・明治維新という断絶。

・「価値」を「価値」だと感じるのは、「空間軸」と「時間軸」
・空間軸。関わりを持つ⇒大事な人が増える
⇒私にとって大事だと思う人が大事だと思う⇒私にとっても大事
・時間軸。孫世代に残したいものは何か?
・「想像力」に尽きる。視野狭窄⇒思考停止⇔好奇心:好奇心で、私の範囲が広がっていく。

・大切なことなので2回言いますが、「教養がない」というのは、
別に過去の文学作品のタイトルを知らないということではなく、
自分の知らない事はこの世でさして重要でもないと思い込んでしまう視野狭窄のことです。
つまり、世界を自分の物差しで測って事足れりとする態度のことです。
(とある大学教員の15.3.4のツイート)

・クルミドコーヒーが考える価値とは、人が傾けた手間や時間や情熱のこと。
・お金とは人が傾けた手間や時間や情熱を手に入れるための道具であり、受けとったしるし=反対給付である。
・お金とは人の仕事を受け取る道具である。

・この人がこれをやるなら信じられる。⇒人の仕事を受け取る。
時間と手間と情熱を傾けられる何かが商品になる。

・手間をかけたものに高い価格を払っていく。⇒自分の周りの関係性が高まっていく。
⇒そこに対価を払うこと。⇒それを、支えている。
2700円のシュトーレンを買うということは
手間をかけた仕事がその地域で残っていくということ。

・お金のために働くようになる⇒原価を下げる⇒用は足りてるが心は満たされない
⇒価格は人件費に直結している⇒セブンカフェ、セルフスタンドは機械に払っている
⇒機械に払い続けていれば自分たちの仕事も機械に奪われる。

・価格を上回る価値を提供し続けている⇒見えない資産が膨らんでいる、未収金がたまっていく。
クオリティを下げる⇒これまで貯めたものを切り崩している

・クルミドコーヒーという精神性
・ほかの地域では実現できない「価値」を生み、伝える
・「場」にいる人たちが何を目指して、何のために頑張ろうとしているのか。
・おれたちはあの星を目指しているよね、と確認できること
・「お客になる」「会員になる」とはその集団が目指している価値創造に共感しているということ。

・何を機械にやってもらい、何を人の手でやるのかを3000人で共有すると地域の文化になる。
・国分寺ではコーヒーは人の手で淹れたものを飲む、と定義・共有する。

~~~ここまでメモ。

もし、僕たちが文化をつくっているとしたら、それはどんな文化なのだろう?
そんな問いを思い出す熱い夜になりました。

2700円のシュトーレンを買うということ。
2700円のシュトーレンを売るということ。

それは、手間をかけた仕事を地域に残していくということ。
それは、手間をかけた仕事を地域に残していきたいというメッセージ。

3000人で共感・共有すれば、それは地域の文化になる。
国分寺では、これに「価値」を置き、これを大切に残していく。
クルミドコーヒーとは、そんなメッセージなのだなあ、と。

ツルハシブックスが目指している星を再定義する時期を迎えています。
3000人が共感できる価値を共有したいなあと。

そこは僕の出番なのかもしれません。
年末までにつくりあげます。

素敵な問いをありがとうございました。


クルミドコーヒーのシュトーレン


影山さんの著書「ゆっくり、いそげ」:ツルハシブックスで買うべき1冊
僕が今年一番売りたいと思った本です。


影山さんとツーショット。  

Posted by ニシダタクジ at 08:02Comments(0)学び