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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年01月07日

「本」というささやかな祈り

センジュ出版の吉満さんと未来トーク。
「本」観とか「本屋」観にとても共感。
2016年はふたりコラボで何かが起こる気がします。

簡単にまとめられないので、以下メモ

・まちをほかの人に編集されてていいのか?
・そこにある、目の前のものに責任を持つこと
・前のものを次世代に手渡すこと。誰に何を残していくのか?

・まちの人と対話しながらつくっていくもの。
・そういうことにも本は寄り添える。
・ブックカフェというメディア、というか「本」

・人生の主人公はあなた
・いつだってどんなときも、本はあなたの味方です。

・本という祈り、小さな存在。
・あなたに委ねるしかない。
・明日のあなたを変えたいという希望。
・人の人生にささやかに関わりたい。

・人間がパーフェクトであれば本は要らない。
・いびつな人間だから本が必要。
・そもそもパーフェクトであれば、生まれてくる必要がない。

・人間は無力だが、本も無力。
・二匹目のどじょうを狙う出版業界。それを買う読者。⇒人間らしい
・人間や本というチャーミングな存在。かわいい。

・死ぬときに、もっと効率的な人生があったんじゃないか?と後悔する人はいないだろう。

・本も本屋も人間的である。
・人間的であることは愛すべきこと。
・ワンピースの「ウソップ」という人間的なもの。
・人間は不完全な、チャーミングな存在だから本を買い、本をつくる。

~~~ここまでメモ

「本」とは、そして「本屋」とは?
あらためて考えさせられたし、ワクワクさせられた時間。

「人」も「本」も「教育」は無力、なのだろうと。

無力ということは、「なにものでもない」ということ
なのかもしれない。

「単体では」なにものでもない。
と言ったほうがいいか。

「本」はささやかな「祈り」にすぎない。

その本を読んだ人が、どう感じ、どう変わるか、
あるいは変わらないか、はその人に委ねられている。

これは、僕の本屋観や教育観に近い。
僕には「機会提供」しかできない。

地下古本コーナーHAKKUTSUで
本を買った中学生高校生がどうなるか?

取材でよく聞かれるのけど、うまく答えられない。

そこに目的はないし、興味もない。
寄贈されたを1冊売った瞬間に僕の役割は終わっているのだ。
「機会提供」するということ。

そういう意味では、
「本をつくる」ということも「本屋で本を売る」
ということも、機会提供、つまりささやかな祈りであると言えるだろう。

不完全で、だからこそチャーミングな存在である私たちが
「本」を通じて、「ささやかな祈り」を届ける。

きっとそれが本であり、本屋なのかもしれないな。

本、本屋についてあらためて考える機会となりました。
吉満さん、本当にありがとうございます。
2016年、よろしくお願いします。  

Posted by ニシダタクジ at 07:45Comments(0)日記

2016年01月06日

本屋で本を買うということ


「誰もいない場所を探している」 (庄野雄治 ミルブックス)

昨日、電車の中で読み終わりました。
なんだろう、この風が吹き抜ける感じ。

徳島のコーヒーロースターの庄野さんから
紡ぎだされる言葉のひとつひとつがきれいで。

タイトルの
「誰もいない場所」っていうのが謎解きになっていて面白い。

やっぱり、本屋で本を買うっていいなあと改めて。
往来堂書店さん、ペーパーウォール品川さん
ありがとうございます。

~~~ここからメモ

新しいアイデアを考えるのは大変なことだけど、
場所を見つけるのはそんなに難しいことではない。
私は常に自分の場所を真剣に探している。
今は何が流行っているんだろう。だけど、そこは私の場所ではない。

開店当時、その場所が空いていることに気がついたおかげで
本格志向の店と真っ向勝負しないですんだ。
本物に勝てるわけがない。
それなら他がやっていないことを真剣にやろうと考えた。

低迷期に他と違うことをすれば、チャンスは必ず巡ってくる。

店は当たり前のことを、毎日同じ気持ちでできるかどうかがすべてだ。

コーヒーにこだわりのあるお客さんはなかなか来なかったが、
コーヒーのことはよく知らないけれど、
私のコーヒーを美味しいと思うお客さんが通ってくれるようになった。

小さな個人店はすべてのお客さんと向き合う必要はないけれど、
どんなお客さんに来てもらいたいかを明確にすることは大切だ。

私はコーヒーのことはよくわからないけど、
家で美味しいコーヒーを気軽に飲みたいという、
こだわりの強くない方に来て欲しい。

ライ麦畑でつかまえて。のようなコーヒー。

生きる場所じゃない、自分はどう生きるかだ。
自分の立つ場所は自分で決める。

町は計画して無理に起こすものじゃない。
小さな力が集まって、知らぬ間におきているもの。
チャーミングな店に人は集まる。

店を始める時、セールはしないこと、
特典カードを作らないことを決めた。

価格は店のプライドなのだ。

ただ早くするだけでもれなく信用がついてくる。

入金と発送、そしてメールの返信はすみやかに。
それは魔法の言葉。

大切なことは簡単にはわからない。それはきっと、普通すぎるから。
それに気づいてから、私は新しいという形のないものを追うことをやめた。

点数をつけるのではなく、自分が好きなものを、全力で好きだと言い続ける。

切符を持っているのが好きだから。

それでも私は切符を買う。手のひらに感じる僅かな重さを大切にしたいから。

頂上までは登らない。

~~~ここまでメモ

素敵な言葉たちだ~!
ホント、この本買ってよかった。

誰もいない「場所」を探して、
ツルハシブックスも、人生も
動いていくのかもしれないなあと。

ツルハシブックス店員サムライには
「100の基本」(松浦弥太郎 マガジンハウス)
と合わせて読んでいただきたい1冊です。

やっぱり本屋で本を買うっていいなあと。
自分の感性がビビっと来た本を買う。

そうやって感性を磨いていくこと。
それって人生においてはすごく大切なことなのではないか、と。

これからも、「本屋で本を買う」を楽しめるような、
本屋さんをつくっていこうと思います。  

Posted by ニシダタクジ at 07:33Comments(0)

2016年01月05日

Community Supported Bookstore


「だから、僕は農家をスターにする。」(高橋博之 CCCメディアハウス)

東北食べる通信
http://taberu.me/tohoku/
を運営するNPO法人東北開墾の高橋さんの本。
めちゃめちゃ面白かった。

自身を振り返る機会になった。
農学部で稲作を学び、
サークルでサツマイモを育てて感動し、
畑をみんなやったほうがいいと思い、まきどき村をスタート。

その直前に小説「種をまく人」(ポールフライシュマン あすなろ書房)を読んで
「畑は人が集まる拠点になりうるのではないか?」
と畑の新たな可能性に気づいた。

畑を借りたところの近くには
朝市があり、地元のばあちゃんたちが野菜や漬物を売っていた。

試食の漬物を目当てに(笑 もちろん買うこともあったが)
そこにおにぎりを持参し、朝ごはんを食べるようになる。
そこに、マサヤが炊飯ジャーを持ち込んだことでイノベーション。
「人生最高の朝ごはん」の原型が生まれた。

いまはかやぶきの家「旧庄屋佐藤家」をお借りして、
朝収穫した野菜料理をおかずや味噌汁にして、
囲炉裏を囲んで釜炊きごはんを食べている。

そして今はツルハシブックスやハックツで
「本」を通じて人と人をつないでいる。

そう考えると、僕は、コミュニケーション・ツールとしての「農作業」と
コミュニケーションツールとしての「食べること」と
さらには「本」や「本屋」あるいは「本を読む」ということを
提供してきた、と言えるのかもしれない。

そこで、「コメタク」が始まったということは、
もしかしたら、ふたたび、その道を帰っていくのかもしれない。
つまり、「本」から「食べること」、そして「農作業」へと帰っていくのかもしれない、と。
そんなことを感じさせてくれた本になった。

もっとも心が震えたのは、
秋田の米農家、菊池さんの2014年秋のエピソードだ。

~~~ここから一部引用

「不耕起栽培」で人間と自然に優しいお米をつくり、
1年前に「東北食べる通信」で特集された菊地さんが
途方に暮れていた。

思ったようにお米の収穫ができない。
長雨続きに加え、田んぼから水を抜くタイミングを誤ってしまったのという。
稲刈り時期になっても、田んぼがぬかるんだ状態で、
コンバイン(稲刈り機)が進まない。

そのときに菊地さんは、最後の頼みとして、
当時約900人が登録していた食べる通信の読者限定のフェイスブックページに
書き込み、1ヘクタールの手刈りをお願いした。

「明日からでも助けてもらいたいです。
来てくれたらお米4・5㎏差し上げます。
宿と食事も提供しますが交通費は出すことができません。
一生のお願いです。助けてください。」

すると、
読者をはじめとする人たちが都会から続々と
有給をとって自費で現地に駆け付け、裸足で田んぼに入り、
稲刈りを始めた。その数、延べ200名。

読者ばかりではなかった。
それまでに「東北食べる通信」で特集した
生産者7~8人も、炊き出し用にと、
野菜、帆立、海苔、牛肉など、自らがつくった食材を
次々に菊池さんのところに送ったのだ。

それを菊池さんの奥さんや駆けつけた読者たちが調理し、
みんなで輪になって食べた。
豪勢な食材が並び、実はかなり特別な
「東北食べる通信」フルコース状態だったという。

終了後、菊池さんが書き込んだ文章に胸がキュンとなる。

『僕はこの秋、大いなる収穫物を得たと思っています。
ひとことで言えば、それはみなさんとの「共鳴する心」です。
これまで無心に無農薬、無肥料、不耕起の稲づくりに勤しみ、
自然界のいきものたちとその心を共有してきました。

それはある意味孤独の世界でもありました。
でも、今回、その田んぼにみんなが集い、笑い、奏で合えたこと、
僕にとって偉大なる事実です。

(略)

「食べる」ということは自然であり、学びであり、つながりです。
僕は、孤独にされてしまった「食べる」という行為を
友とともに喜び合う「食べる」に
次元を上昇させたいと思っています。

それは、ただ食べるものを買うという行為では得ることが
できないだろうと思います。

僕たちつくる側にも孤独があります。
いや、僕たちがつくっているのではなく、
つくるのは天であり、水であり、土です。
僕はただそこに居るのみです。

そうした自然との関わりの中で、
自らの食べ物がどのように生まれてくるのか、
そこをともに考え、創造し、奏で合う。
そうした共に奏でる世界を一緒に考えていくことができたらな~と思っています。』

変化したのは、田んぼや生産者の心だけではなかった。
参加していた秋田県にある国際教養大学の学生たちは、
「東北食べる通信」を共同購読する部活を学内で立ち上げていたが、
この稲刈りを機会に毎週のように菊池家に通うようになり、
部活動は大きく広がった。

高橋さんは次のように言う。

『私が、1年ちょっとの「東北食べる通信」の運営を通じて、
彼らに教わったのは、彼らは
これまでの「食べ物とお金の交換という貧しい関係」
から抜け出し、交換不可能な「食べる人とつくる人という豊かな関係」
をつくり始めていたことだ。

私たちはお金で食べ物を買うようになって、
「食べる」ということの本来の意味を
忘れかけていないだろうか。

「食べる」ということは、
「食べものをつくる」ということを表裏をなしているのだ。
交換可能な「お金」と「食べもの」という貧しい関係性から抜け出し、
交換不可能な「つくる人」と「食べる人」という
豊かな関係性に戻すことで、生産者と消費者は
共に元気を交換できる仲間になれるということを、
菊池さんは今回、みんなと一緒に証明した。』

~~~ここまで一部引用

カッコいい。
食べる人とつくる人が共演できる舞台がここにはある。

この後の第4章で
農家と消費者をつなぐ「CSA」のことが書かれている。

CSAとは
「Community Supported Agriculture」のことで、
直訳すればコミュニティに支えられる農業のことだ。

コミュニティマネージャーを配置し、
生産者と消費者、あるいは消費者同士のコミュニティを育む。
そんな取り組みが始まっている。

米屋+本屋。
いやコメタク×ツルハシブックス
が目指しているのは、
もしかしたらこういう地域社会なのかもしれない。

「本」や「食べる」を入り口にして、
人と出会い、「農」にも触れていく。

中学生高校生のために何かしたい、と
大切な本にメッセージを付けて寄贈する。
朝ごはん会に出てきた食材が
つくられている現場に行ってみる。

そういった可能性が広がるのではないか。

この本を読んで、
「コメタク」の次のイメージが湧いてきた。

CSAをもじって、
CSB(Community Supported Bookstore)
ができないだろうか。

「本」「食べる」「農作業」をベースに
人がつながり、学びの機会を得ることができないだろうか。

米屋×本屋のその先が、
少し見えてきた1冊になりました。

高橋さん、CCCメディアハウスさん、
素敵な本をありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 07:07Comments(0)

2016年01月04日

目標達成のために全力を傾けない


「誰もいない場所を探している」 (庄野雄治 ミルブックス)

新年最初に購入した1冊。
往来堂書店でした。

そしたら、そのあとに行った
「ペーパーウォールエキュート品川」にも
積んであって、いい感じだと。

東京の本屋さんの中では
この2店の選書とスケール感が好きです。

さて。
この本。

徳島にある小さなコーヒー屋さん
「アアルトコーヒー」の庄野さんの物語。
http://aaltocoffee.com/

30歳を過ぎて、会社を辞め、
コーヒーロースターになった庄野さんの物語。

これ、面白い。
いい言葉だらけ。

~~~ここから一部引用

夢や希望ばかり言う人の話は誰も聞いてくれない。
だけど、知識や経験、戦力や資金を持っている人の夢や希望はみんな聞いてくれる。
やりたいことをやるための環境をつくる。それがロマンティックに生きていくってことなんだ。

一番いいのは、まあまあ好きなものを仕事に選ぶこと。
どこか俯瞰できるくらいの距離感のあるもの、
それが私の場合、コーヒーだった。

あの店に行けば間違いない。あの店に置いてあるのだからいいものに違いない。
私にはあの店が絶対に必要なんだ。そう思ってもらえる店になりたい。
同じようにはできないけれど、私のやり方で店を続けていきたい。

君が作るコーヒーは誰のためのものだ、と問われた。

不思議なもので、自分というものが完全になくなった頃から、
遠くから買いに来てくれるお客さんや、わざわざ通販で注文してくれる方が増えていった。

時代の流れやマーケティングなんて言葉に騙されちゃいけない。
私はこれからも、お客さんを見て生きていく。

もっと危険なのが、目標達成のためだけに全力を傾けてしまうこと。
全力でやらなきゃと思った時点で、それは自分に向いていないんだ。

だけど、全部知っていたら店を始めなかっただろう。
そう考えれば無知なのも悪くなあ。もちろんよくもないけれど。
知りすぎるのもよくないし、しらなすぎるのもよくない。

~~~ここまで引用

まだ読み途中なんだけど、これ、面白い。
いいタイミングで出会えた。

時代の流れやマーケティング、ではなく、
お客さんを見て生きていく。
それ基本だよなあ、と。

目の前にお客さんがいるのだから、
どんなサービスを提供すればいいか、お客さんを見て、
判断すること。

目標達成のためだけに全力を傾けないこと。

これ、いいなあと。

目標達成がゴールではなくて、
目の前のお客さんをほんの少し幸せにすること
がゴールなのだけから。

もちろん、目標達成のために目の前のことがある、
という考え方もあるのだろうけど。

特に接客業というか、
人に接する仕事をしている人は、
そんな「余裕」が必要なんだろうと思う。

余裕をもって、いきましょうか。  

Posted by ニシダタクジ at 08:10Comments(0)

2016年01月03日

「みんな」という「世間」

2016年1月3日付朝日新聞(新潟版)に、
ツルハシブックスが掲載されています。
http://book.asahi.com/booknews/update/2016010300001.html

店員侍の井上有紀さんと庄司崇之さんの
エピソードが書かれている。

文中にあるコメント
「若い人は自分じゃなく、『みんな』が思うことに引きずられがち」

これ、ホント、その通り。
「みんな」という「世間」との戦い。
大学生や就活生には、
そういうのがあるよなあと。

それを押し切って、
自分の感性を信じて、新潟にやってきた有紀ちゃんは
やっぱりすごいなあと。

コメタクだけではなく、
ツルハシブックスでも中心的メンバーとして
夏以降はほとんど実質店長みたいになっていた。
(その陰にある吉野さくらさんの力も大きかった。)

そして12月のイベント、
中学生高校生向け企画「クリスマスハックツ」は
60人も来店するという大成功。


「中学生高校生に届けたい本」というテーマで、
読書会を何度も開催し、集めた本は63冊。
そのほとんどが中学生高校生の手に渡った。

店員侍の他のメンバーも、
「有紀ちゃんの実現力がすごい」と言う。
なんというか、人を巻き込んでいく力があるし、地域の人からも愛される。
「有紀ちゃんがやるなら、応援しようかな」という気持ちにさせられる。
夏以降、どんどん「開花」していったように思う。

そんな彼女が年末に言っていたのは、
「自分の感性に自信が持てるようになった。」

きっと自信っていうのはそういうことなのだろうと。

何かができるとか、何か実績を残した、とか
そういうことではなくて、感性に自信が持てること。
それがあれば生きていけるのだろうと。

「就活」というシステムに、
疑問を抱いている大学生は少なくないと思う。

それを単に否定するのではなく、
どのような世界観を持って就活を見ていくか。

昨年卒業した店員侍の野島萌子さんは、
夜行バスに乗る前、ツルハシブックスに寄って、
いつもニコニコしていた。

いつも、「今日はどんな人に会えるのだろう?」
とワクワクしていたのだという。
夜行バスを降りた後のスターバックスコーヒーで
就活生っぽい女の子に「就活ですか?」と声をかけたり、
「就活」を「新しい人に出会える機会、話を聞ける機会」と捉えていた。

この記事にも出ているが、
大部分の大学生は「みんな」を気にし過ぎているように思う。

「みんな」というのは、「世間」のこと。
特に親世代と自分たちは、30年の時代の開きがあるので、
価値観が合わないことが十分に考えられる。

そこに「適応」するのか?
あるいは「従属」するのか?
もしくは、「インディペンデント」していくのか?

「世間」を相対化する。
「世間」に包み込まれないで、「世間」と対峙する。
これは、就活前に登るべき階段なのではないか。
そして、「世間」を相対化する機会を
ツルハシブックスは与えているのではないか。

ニッポンのジレンマ元日特集の録画を見ていて、
あらためて思ったこと。

「答え」など、ないのだけど、
「なにが答えか?」っていうのを議論する場は必要だと思うし、
もしかしたらそれは、まちの本屋が提供できる大きな価値なのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 06:41Comments(0)

2016年01月02日

「美」が次の社会を創る


「静かなる革命へのブループリント」(宇野常寛 河出書房新社)

ツルハシブックスでいつも注文してくれる
田中さんのおすすめの1冊。
「ニッポンのジレンマ」の録画見ながら、
書いています。

いちばんシビれたのは、
宇野さんとチームラボ・猪子寿之さんとの対談。

~~~ここから本文より抜粋

「頭のいい人たちが思っている以上に、
人々は「カッコいい」みたいな基準で物事をジャッジしているから、
美の概念がバージョンアップすると、
社会そのものもいずれ、求めていた世界に変化していくんですよ。」

「アートって、自分たちが欲する社会を実現するために、
一見間接的だけど、きれいごとでは済まされないような
大きな武器の一つであって、つまり「戦い」のために必要な、
もっとえげつないものであるはずなんだよね。」

「何を支持して、何を達成したいのか。
そのビジョンのために美の基準をバージョンアップすべきなんだよ。」

「社会が何を美とするかということは、
企業や社会そのものの長期的な発展・競争力と
強く結びついているはずです。」

「『美』をどのようにバージョンアップしたら、
自分たちが達成したい社会により近づけるのか、
それは人それぞれによって違うだろうけど、
それ以前に「達成したい社会と『美』がつながっている」
という見方をしている人がそもそも少ない気がします。」

「文化をつくるものには、固有名詞からトップダウン的に創造されるものと、
コミュニティからボトムアップに生成するものという、二つのクリエイティビティがある。」

~~~ここまで本文より抜粋

この次の章で出てくる
尾原和啓さんとの対談で、宇野さんは次のように言う。

「僕が思うに、これまでは結局、西武・無印良品的なものに
代表されるような、東京の都市部に住む一部のエリートが、
モノにメッセージを込めて中央から周辺に送り出すことが「文化」
であるとされていました。

しかしインターネット時代は、ユーザーの一人ひとりが
「文化」をつくりだしていくし、楽天やグーグル、
あるいはまだ見ぬ新しい日本のベンチャーがそれを可能にするかどうかが問われている。」

なるほど。
そういうことか、と。

だから、「美」について、もう一度考えること。
「美しさとは何か?」という問い。
ここから出発していく。

そしてそれはトップダウンで起こるのではなく、
ツルハシブックスのように、サムライたちが、
「美しさとは何か?」
という問いに向き合いながら、つくっていくもの。

そういうのの積み重ねが結果、「文化」と
呼ばれるものになっていくのではないか、と。

「社会が何を美とするかということは、
企業や社会そのものの長期的な発展・競争力と
強く結びついているはずです。」

この「社会」の部分を「地域」や「大学」、「商店街」
と読み換えても、同じことが言えると思う。

クルミドコーヒーの影山さんは、
650円のコーヒーを売る空間を提供することで、
2700円のシュトーレンを売ることで、「美」を表現している。

参考:2700円のシュトーレンを買うということ
(「20代の宿題」2015.12.1)
http://hero.niiblo.jp/e474894.html

ツルハシブックスや、内野商店街が、
何に価値を置いていくのか?

中学生高校生大学生に、
「本」をきっかけに機会を提供していくこと。
そしてサムライや劇団員など、
「参加者」を増やしていくこと。

そこから、美しさとは何か?
という共通認識をつくっていくこと。

その繰り返しが、
ボトムアップ型の「文化」をつくっていくことになると、
そんなふうに思えた1冊でした。  

Posted by ニシダタクジ at 03:06Comments(0)

2016年01月01日

やったことがないことをやりたがる人


「好奇心を“天職”に変える空想教室」(植松努 サンクチュアリ出版)

元日に読もうと決めていた1冊。
10月発売だったので2か月も過ぎてしまいました。

でも、新年の読書スタートを飾るにふさわしい1冊。
いや、僕のいまにぴったりの1冊。

1年前のサンクチュアリ出版送別会で
市川さんが楽しそうに話していたのがこの本。
いやあ、やっぱりいい会社です、サンクチュアリ出版。
大好きです。

空想教室。
そうそう、こういう本を売りたいんです。

売れる本ではなく、売りたい本を。
売りたい本より、売らなければいけない本を。

そうそう。
ツルハシブックスでは、こんな本を売っていきたいです。
人生の「成人式期間」を迎えている若者たちへ心から届けたい1冊です。

そういえば、クリスマスハックツの時には、
平出さんから寄贈されていたそうで、
誰かの手に渡っていますね。
と前振りが長くなりましたが、とても素敵な本です。

ツルハシブックスで高校生大学生20代と話していて、
「自分に自信がない」や「就職活動が自分に合わない」問題が
かなり深刻であることを感じていました。

そして、
「自信がない」とは、後天的に獲得した資質である、
と結論しました。

参考:
「自信がない、は後天的に獲得した資質である。」
http://hero.niiblo.jp/e459844.html
(2014.12.29 「20代の宿題」)

つまり、子どものころはみんな自信があったのに、
さまざまな経験をすることによって、
失敗を恐れたり、自分に能力がないと思い込んだりすることで
「自信がない」という状態になっている、ということです。

本書では、それをこのように表現しています。

~~~ここから本文より引用

戦争でなにもかも焼けてしまった日本では、
誰かが発明した1のものを10にしたり100にしたりする、
そういう「大量生産」をすることがみんなにとって
とても大事なことになりました。

日本人はひたすらコピーしてきたのです。
やがてうまくコピーしたこれらの会社は、
たくさんの人を雇ってくれるようになりました。

だから多くの人がこれらの会社のことを、
「一流企業」や「大企業」と呼ぶようになります。
そして「自分の子どもをここへ入れたい」と思うようになります。
なぜならば安定して、楽をして、お金をもらえることを期待するからです。

(中略)

日本のメーカーはコピー商品ばかり作っていますが、
アップルやダイソンという会社は「わけのわからんこと」
をやります。
でもだから、彼らは一番なんです。なにか違うと思いませんか。

世界がこの事実に気がつきました。
だから世界は今、考える人を探してます。
では、「考える人」とはどんな人でしょうか。

よっぽど偏差値の高い大学を出ているというのでしょうか。
全然関係ないですね。
実は今、世界が真剣に探しもとめているのは、

「やったことがないことをやりたがる人」です。
あきらめずに工夫をする人。
これだけでオッケーです。ぼくもそういう人と一緒に仕事がしたいです。

そういう人はいったいどこにいるんでしょうか。
それは、みなさんですね。
誰だって、必ず「子どもの頃」を経験するからです。

子どもの頃は、とにかく「やったことがないこと」をやりたかった。
ボタンがあったら押してみたい。ハンドルがあったら回してみたい。
ドアあったらあけてみたい。そして「余計なことすんな」って
怒られていたはずなんです。

誰もが同じです。
生まれたときからあきらめ方を知っている人間なんて、
この世にひとりもいません。

~~~ここまで本文から引用

とても平易な言葉で、
日本の産業の昭和史と今の現状と
これからどうしていくのか?
が語られています。

そして、本文では、何度も、
「本を読むこと」の大切さが説かれています。
本を読むことで、あきらめない方法を学ぶと。

いいですね。
20歳のための本屋をスタートさせる僕には、
最高の1冊となりました。

「空想教室」のような、
「売らなければならない1冊」を
20歳に、そして人生の成人式を迎えている多くの人に
届けたいと思います。

2016年、20歳のための本屋をつくります。
コンセプトは、「成人式期間」(仮)。

20歳になっただけで、成人するはずがありません。
問いを持ち、考えること、そしてやってみて、ふりかえるを繰り返し、
人は成人していくのではないでしょうか。

・アイデンティティ(自分観)
・世界観(歴史観を含む)
・仕事観
をひとりひとりが構築していけるような本屋をつくります。

そのための根本的な問いが、
「豊かさとは何か?」「幸せとは何か?」
を誰かの定義ではなく、自分なりに見つけ出すこと。

その問いの入り口を
本屋がつくっていきたいと思っています。

「人に会う」「本を読む」「旅に出る」

そして、これらを踏まえて、
「やってみる」「ふりかえる」そして「仲間を得る」

そんなプラットフォームに、本屋はなれるのではないかと思うのです。
2016年もよろしくお願いいたします。  

Posted by ニシダタクジ at 07:16Comments(0)