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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年02月25日

松下村塾をつくる

あらためて、僕は松下村塾をつくりたいのだなあと。

昨日、佐藤くんから、
「この本、読んだほういいです」とおすすめされたのがこちら。


「社会科学入門~新しい国民の見方考え方」(高島善哉 岩波新書)

いいですね。
そういうの。
本を薦め合う。
松下村塾っぽい。

1954年の本を手に取ることなんてないだろうし、
まさか買わないだろうから、いい機会をいただいた。

いきなりここ、よかった。
「社会科学においては、顕微鏡も試薬も役に立たない。
ここでは抽象力が唯一の武器である。」

いいねえ。
抽象力、大事だ。

面白かったのは、第三章 社会科学の歩み

~~~ここから一部引用

社会科学はいつ科学として成立したのか?
どこで生まれたか?
そしてどうして科学として成立発展したか。

17世紀~18世紀および18世紀~19世紀。
まずイギリスで、そしてフランスおよびドイツで。
そして最後の問いは、
「資本主義体制の生成と発展」に深い関係がある。
と筆者は言う。

社会科学が科学として成立するには、2つの条件が必要である。
第一には人間が物事を考え、自分自身の行動や生活の基準を
立てるのに、何よりも自分自身のたしかな経験によろうとする態度である。
これは自然科学と同じく、人間が人間以上の力に対して
その主体性を確立しようとすることである。

第二の条件としては、社会そのものの側における大きな変化である。
社会に大した動きもなく、習慣や風俗や考え方にあまり変化が起こらないときは
人々はそれにただ順応するだけだが、社会が変化し、古い秩序や制度の枠で
もはや処理することができないような出来事がつぎつぎに起こるようになると、
人々はその対策を講ずるために自分自身でその原因を研究し、自分自身の運命を
切り開きたいと思うようになる。

なるほど。
つまり、社会科学が科学としての成立をみるためには、
第一には人間自身の側における変化(人間の主体性の自覚)と
第二には社会そのものの側における変化(社会生活の動態化)とが
まず同時に起こらなければならない。
この二つの変化は、たんに変化というにとどまらず、一つの変革であり、
革命である。

主体である人間の側と、その客体である社会の側との双方に
革命的な変化が起こらなければならなかった。
そしてこれらの変化は相互に結びついて行われ、
相互に促進しながら進んでいった。

資本主義末期の現代を考えるうえで、
このことは非常に示唆に富んでいる。
(って1954年に言ってるのか、高島さんは)

本文では、このあと、西ヨーロッパの中世から近代への
移り変わりを説明する。

「ルネッサンス」と「宗教改革」である。
文化史の上でこの転換期を表す2つの大きな目印である。

ルネッサンスとは、ギリシャの精神にかえることであり、
宗教改革とは、直接キリストの言葉にかえることである。
ギリシャの精神とは、人間中心の考え方であり、いわゆるヒューマニズムの精神である。
キリストの言葉とは、聖書のことである。

なぜ人々はギリシャの人間中心の考え方に復帰し、
あるいは直接聖書の言葉に立ちかえることを求めたのであろうか。

いいなあ、このなぜ?
こういうのを歴史でやらなきゃですよ。

それはほかでもない。
それと反対の非人道的な考え方、
神の心を疎外するような掟が当時の人々の生活や心を抑圧したからである。

ルネッサンスと宗教改革とはともに
元へ戻るという復古的な形を
とってはいるけれども、その本質は抑圧された人々の抑圧する人々に
対する抗議の運動であり、抵抗の運動であった。

それではこの場合、抑圧する人々とはだれか。
それは領主と僧侶であった。
抑圧された人々とはだれか。
それは農民と商工階級の人々であった。
つまり、一方においては、領主と僧侶。
他方においては農民と商工階級。

これらの諸階級がいわゆる封建社会の
骨組みを作り上げていた。
そして、これらの諸階級の支配と被支配の
関係が、世襲的な、動かすことができない身分関係として
固定されたのが封建社会の基本的な特色であった。

僧侶と教会は祈りを、領主と武士は戦いを、
そして農工商の人々は労働を受けもたされた。

とくに農民は、この社会の経済的物質的な基礎をなすものであったが、
土地に縛りつけられて、実質農奴に近い状態にあった。

中世から近代への転換は、
このような身分関係を解体し、またこのような支配と被支配の関係を
打ち破ることによって行われたのである。
そしてルネッサンスと宗教改革は、この転換運動の最初の二大烽火となったものである。

~~~ここまで一部引用

うわ~。
そういうことか~。
ルネッサンスと宗教改革、こんなふうに説明してよ~。
いや、説明していたような気がするな、高校のとき。

そして封建社会の体制が崩れ始めたのは、
貨幣経済の発達、および交通および取引の発達、なのだという。

封建体制は、経済的には土地と農民を基盤としている。
それを支配していたのが僧侶と領主である。
つまり封建社会は現物経済の上に立つものであった。

そこに商人があらわれ、力をつけていくことによって、
封建体制はゆるぎ始めるのである。

となるほど。
この本はたしかに面白いわ。

佐藤くん、おもしろい本の紹介をありがとうございました。
こうやって松下村塾は徐々にできていきます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:52Comments(0)