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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年02月29日

「遊び」の中に文化は始まる。


「遊ぶ」が勝ち~『ホモ・ルーデンス』で、君も跳べ!(為末大 中公新書ラクレ)

こういう出会いがあるので、
古本屋さんめぐりは楽しい。
ご存じ、侍ハードラー、為末大さんの著書。

「ホモ・ルーデンス」(ホイジンガ 中公文庫)
からの抜粋と、為末さんの解説。

これが意外にいろいろ通じるものがあって楽しい。

いきなり冒頭からこれだ。

「われわれ人間はつねにより高いものを追い求める存在で、
それが現世の名誉や優越であろうと、
または地上的なものを超越した勝利であろうと、
とにかくわれわれはそういうものを追求する本性をそなえている。
・・・そしてそういう努力を実現するために、人間に先天的に与えられている機能、
それが遊びなのだ」(ホモ・ルーデンス167頁)

為末さんはこの本を20代半ばのころに読み、
衝撃を受けた。
これってスポーツそのものじゃないか、と。

結構な名言だらけです。この本。

・悩みというものの多くは視点が固定されていることから生まれる。
・明確に決めなくても、仮置き、仮決めがあっていい。
・何かのために走ってはいけない
・遊びの「面白さ」は、どんな分析も、どんな論理的解釈も受けつけない。

などなど。

そしてもっともシビれたのはココ。

「文化は遊びとして始まるのでもなく、
遊びから始まるのでもない。
遊びのなかに始まるのだ。」

そして
「遊びと真面目の対比を一つの絶対的なものと
見なす習慣がこびりついているのだ」

「遊びは真面目に転換し、真面目は遊びに変化する」

すべてホイジンガの言葉だ。

為末さんの為末大学の取り組みに興味を持った。
http://toyokeizai.net/articles/-/11613

為末大が学ぶから「為末大学」らしい。(笑)
議論をする日本人を育てるということ。
欧米式のディスカッションをただ真似するのではなく、
日本式のディスカッションの良さを組み上げていく。

AとBという意見に分かれたとき、
欧米ならば、自分の正しさを何らかの方法で証明し、
最終的にひとつの結果を出す。

それは日本人にはフィットしないのではないか。
AはAとしてBはBとして、
お互いを確認しあい、それぞれが自分の答えに近づいていく、
そんな議論ができたらいい。

「為末大学」で大事にしていること。

1歩を2歩へ。
これまでとは別のやり方で考える。
別領域の人と出会って、対話する。
とりあえず、仮置きで始める。
予定調和にならない。

いいね。
そうそう。
なんか、フューチャーセンター的だなあと。
ツルハシブックスもそんな場になりたい。

遊びの中に文化は始まるのだ。  

Posted by ニシダタクジ at 07:23Comments(0)