2016年05月29日
未完成であること、無力であること
昨日は、鹿児島での吉野さくらさんとの
初コラボでした。
やっぱり吉野さくら、スゲーって。
ほんと、スゲー人とやってるな、って思いました。
言葉がどんどん紡がれていっているなあと。
開花の階段を登りまくっているなあと。
~~~以下メモ
新潟に来る決め手となってのは
一番よくわからなかったから。
不安は、いいと思ったものに飛び込めないこと。
機会を得られないこと。
やりたいことはよくわからないけど
「ああ、このために新潟に来たんだ。」
と思える瞬間がある。
小豆の炊き方
すぐにネットで調べないでばあちゃんに聞く
ふたりが関わることになる。
わからないを表明する。
隙がある。
未完成である。
隙がある。
「すき」のある暮らし。
大切にしたいものを大切にする。
無力である、という豊かさ。
できない
ということは誰かと一緒にやれるということ。
人生は個人戦であるという錯覚。
「ひょっとしてこんなのもできますか?」
眠れる才能をお願いすることで開花させる。
ムチャぶりから始まる開花。
Dance with 〇〇?
誰と一緒に踊りたいのか?
若者の価値は無力であること。
~~~以上メモ。
いやあ。おもしろった。
参加者も全然帰らなかったので、
伝説のイベントになりました。
僕が一番思ったのは、
やはり「未完成である」「無力である」
という可能性についてです。
未完成で無力。
これは、商店街や地域で
活動していくうえで、最強のコミュニケーションツールに
なるのだなあと。
「参加のデザイン」になるのだなあと。
無力であるということ、未完成であるということは
誰かと一緒にできる余地がある、
つまり隙があるということ。
余白があるということ。
彼女がお米屋をやっている理由は、
もしかしたらそこにあるのかもしれません。
白いごはんのように、
無力で未完成な存在こそが、
多くの人の「参加」を促していくのだろうと
思いました。
だからこそ、大学生や20代の子は、
地域に出ていくことです。
企業インターンでは、価値(経済的価値)
を生み出せる優秀な人材が求められます。
しかし、地域インターン、田舎インターンは
参加のデザインを生み出す、
無力で未完成な人材が求められます。
必要なのは少しの行動力だけです。
地域が求めているのは、経済的価値は2番目で
もしかしたら、1番目は、「参加のデザイン」なのかもしれません。
さくらさん、あすみさん、はまつさん
素敵な機会をいただき、本当にありがとうございました。