プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2016年06月07日

「わかりやすさ」の価値

パラダイム・シフト。

これまで信じてきた価値観は
なんだったのだろう?

と多くの人が思いながら、
迷いながら生きている。

たとえば、
「わかりやすいこと」

鹿児島から新潟へ移住し、
米屋をやっている吉野さくらは言った。

「新潟に来た理由は、
いちばんよく分からなかったからです。」

「わからない」ことに
価値があったと、彼女は言った。

それこそが学びの醍醐味、つまり人生の醍醐味
なのではないかと僕は思った。

「わかりやすさ」に果たして価値はどれほどあるのだろうか?
いや、「わかりやすさ」は本当に価値なのだろうか?

いま、この瞬間においても。
言語化すること、されることに、どれほどの価値があるのだろうか?

わかりやすさに価値があったのは、
産業革命以降、工場で働く人が
大量に必要だった時代だけの話なのではないか?
効率的に、が何よりも優先された時代の話だったのではないか。

もはや、わかりやすさに大した価値はないのではないか。

「わかりやすさ」の最たるものが、
二元論である。

正しいか、間違っているか
損か、得か
善か、悪か

これらを明確にすることが必要だった。
その判断を他者に委ねることは効率的な行為とされた。

「わかりやすさ」にもう価値はあまりない。
ひとりひとりが自分で考えた仮説を試し、ふりかえる。

きっとその繰り返しでしか未来は始まらない。  

Posted by ニシダタクジ at 07:42Comments(0)日記