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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年10月19日

「リスペクト」なき国


「日本の反知性主義」(内田樹編 晶文社)

難しいっ。

けど面白いなあと。

知的好奇心をくすぐられる1冊。
今日は白井聡さんの「反知性主義、その世界的文脈と日本的特徴」より

~~~ここから一部引用

「日本社会は同調圧力が強い」といわれるが、
何に同調させられているのか?
その核心にあるのは、「敵対性の否認」にほかなるまい。

このことは、明治以降の近代化に始まり、
敗戦を契機とする民主化が行われても、
依然として日本国家が契約国家(社会契約に基づく国家)
になり切っていないことと関係している。

要するにこの国には「社会」がない。
社会においては本来、その構成員のあいだで
潜在的・顕在的に利害や価値観の敵対関係が
存在することが前提されなければならない。

しかし、日本人の標準的な社会観にはこの前提が存在しない。
そうでなければ、「社会」という言葉と「会社」という言葉が
事実上同義で使われるという著しい混乱が生じるはずがないのである。
(「社会人」とは実質的に「会社人」を意味する)

あるいは「権利」も同様である。
敵対する可能性をもった対等な者同士が
お互いに納得できる利害の公正な妥協点を
見つけるためにこの概念があるのだとすれば、
敵対性のない社会にはそもそもこの概念が必要がない。

ゆえに、社会内在的な敵対性を否定する
日本社会では「正当な権利」という概念が根本的に理解されておらず、
その結果、侵害された権利の回復を唱える人や団体が、
不当な特権を主張する輩だと認知される。
ここではすべての権利は「利権」にすぎない。

(中略)

「貴方のためなのよ」という母親が
しばしば子に対して発する言葉は、
支配の欲望を実現しつつ隠蔽するものであるが、
それは戦前戦中の思想検事の論理をぴたりとなぞっている。

そこでは温情と拷問は、いずれも、
思想犯の主体性を無化する、主体として思考することを
不可能にする手段としてコインの裏表をなしていたのであった。

~~~ここまで一部引用

なるほどなあ。
「孤独と不安のレッスン」や「空気と世間」の鴻上さんのいう
日本社会についての記述としてはうなるばかりだ。

社会システムとして、主体性が育たないように
しておきながら、
いまさら「主体性が大切だ」とか言っているんです、
我が国は。

ひとりひとりを個人として、リスペクトすること。
まずはそこから、ですかね。  

Posted by ニシダタクジ at 08:01Comments(0)学び