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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2017年08月19日

まちゼミという問い



「第4回首都圏まちゼミ交流会」に参加してきました。
ミスターまちゼミの松井洋一郎さんと
ツルハシブックスもご紹介いただいた「商業界」
の笹井清範さんに会いたくて行ってきました。

「商店街はなぜ滅びるのか?」著者の新さんと
中小企業基盤整備機構の長坂さんと
豪華メンバーのパネルも熱かったっす。


まちゼミについては、コチラの本を。
まちゼミ(松井洋一郎 商業界)

現在全国300地域以上で行われているまちゼミ。
「まちゼミ」とは、店主やスタッフたちが講師となって、
店内で少数の受講者を相手に行う無料講座です。
(「まちゼミ」より)

僕が松井さんの話を初めて聞いたのは、
2012年の12月、村上市だった。
「モノを売るのは、こんなにも美しい」
http://hero.niiblo.jp/e220280.html
(2012.12.14)

その後、2月に内野の商工会でも講演をお願いした。
2年前からあなたの店で買おうと決めていた
http://hero.niiblo.jp/e235086.html
(2013.2.7)

内野町でもまちゼミをやりたい!
と思いましたが、なかなか各商店主さんを
巻き込んでやるのは難しかったので、
2014年3月に、大学生だった野島さんを中心とした実行委員会で
「うちのまち なじみのお店 ものがたり」として
10店舗10講座を実施した。

味噌を買いに商店へ(2014.3.16)
http://hero.niiblo.jp/e380403.html
「ものがたり」のものがたり(2014.3.17)
http://hero.niiblo.jp/e381128.html

いま思うと、
この講座から、飯塚商店さんや大口屋さんとの
関係性を深まって、コメタクやいろんなコラボが
生まれたんだなあと。

そんな原点を思い出させてくれる松井さんの講演でした。


「まちゼミ」をやるとどうなるか?
・新規顧客との出会い
受講生の約2割がお客になってくれる。
・離店客の防止
新規よりも5分の1の労力で来店してくれる。
・マーケティング・経営革新
お客様の声を聴き続けることで必要とされる店になる。

・自身の学び、自己実現
お客さんに教えること、得意なことを考えることで新しい自分になる。
・よい店としてのチラシでPR
チラシに講座が載るだけでもPRになる。
・連携・仲間づくり・コラボ
個店同士が連携してお客さんを紹介しあうなど。

印象に残った事例がとあるピアノ教室の話。

はじめてまちゼミに取り組む店主から、
まちゼミって興味はあるけど、何をやったらいいの?
って質問されるときが多いのだという。

そんなとき、
「何が得意なの?好きなの?」

って問いかける。
そのピアノ教室の先生は、
「ピアノ教えてるけど、実は歌を歌うのが好きなの」
って。

それで、歌の講座を開くことになった。
受講したのはおもに60代の女性。
たいへん好評で、
なんと、週1回歌の教室も開くことになったのだという。

松井さんは、講演でも著書の中でも言います。

~~~ここから「まちゼミ」より引用

店をなんとかしたい、なんとかできると信じ、
行動し続けることが「店の活性化」です。
昨日よりも今日一つだけでも新しい売り方を
試してみた、わずかだけれど、経営革新を試みてみた。
-それをやり続けることが「店の活性化」です。

なんとかしたいと前に進み続ける店が集まったとき、
本当に求められる商店街ができあがります。

「自分には地域のためにまだまだやれることがある」
と信じる店が数多くできて蓄積したとき、商店街活性化は
現実のものとなります。
そして、まだまだやれることがあると思える人たちが
まち全体に増えれば、それが「まちの活性化」になるはずです。

地域の人たちに必要とされ、
新しい価値をつくり続けられる店を運営していくことが
「店の活性化」です。
必要とされる店が集まったとき、「商店街の活性化」が実現します。

そして、一つひとつの店が地域全体に思いをはせ、
地域の人たち一人ひとりがお互いの幸せを
心から願うようになれば「地域の活性化」が実現するでしょう。
人が意欲を持ち続けることこそが「活性化」なのです。

~~~ここまで「まちゼミ」より引用

そうそう。
そうそうって。

まだまだやれることがある。
その通りだなあって。

まちゼミは、
ひとつの問いなんだなって。

活性化って何?
商店街って何?

お客さんが求めていることは?
商店主としてできることは?

ほかの店と連携できることは?
活性化のその先に、何があるの?

パネルディスカッションで笹井さんが言っていた。
業績がいい店に共通するのは、
「何のために商売をするのか?」という問いを
考え続け、答え続けていることなのだという。

店の価値は安い、便利といった「生活必需の店」から
付加価値、個性、コミュニケーションといった「人生充足の店」
へとシフトしている。
まちゼミとは、その「人生充足の店」の何かを作るのだと。

そして、それを
自分ひとりではなく、仲間と一緒に学びあい、
高めあいながら探していくこと。
「連携」というのは、「共に学ぶ」ことなのだと感じた。

そのミッション。

「学びあいで希望は生まれる」

僕が29歳の時に吉田松陰の「野山獄」のエピソード
でもっとも衝撃を受けたこと。

松井さんは、
まちゼミというツールを使って、
そんな「場」を全国に作っていっているのだろう。

交流会で
「商店街はなぜ滅びるのか」(光文社新書)の
新雅史さんが松井さんと話しながらこんなことを言っていた。

「模倣」じゃなくて、「感染」。
松井さんには感染力がある、と。

そうそう。
僕もそれに感染されたひとり。

まちゼミは、答えじゃなくて、モデルじゃなくて、
「問い」そのもの。

商店街って必要ですか?
あなたのお店のお客さんにとって価値はなんですか?

活性化ってなんですか?
どうやってそれを実現しますか?
そんな問いだらけの事業、それがきっとまちゼミなんだな。

やっぱ、カッコよかったっす。
いってよかった。

ありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 09:08Comments(0)学び

2017年08月11日

「新しい」に価値はあるのか?

ツタヤの増田さんの本2冊。


代官山オトナTSUTAYA計画(増田宗昭 復刊ドットコム)


TSUTAYAの謎~増田宗昭に川島容子が聞く(川島容子 日経BP)

蔦屋書店という本屋がどうかっていうのはおいといて、
増田さんの考えはすごいなあって思う。

2冊を並行して読んでます。
やっぱり伸びる企業の経営者の頭の中は、
先を見ているし、本質をついているなあと。

~~~以下メモ(2冊ランダム)

効率を求めることと、人が幸せになることとは違う。

ひとりの企画屋として、人の幸せを考え直さなければならない

人がリアル店舗に行くのは、そこに行ってライブでワクワクしたいからでしょう?

蔦屋家電は、ワクワクする生活を送ろうというテーマのもと、
100本の読みたくなる特集記事を作る雑誌みたいなお店と言えるのです。

ちゃんとブランディングするためには、
空間と時間とをお客さんと共有できるかどうかが重要なわけ

CCCは本ではなくて、企画を売っている。

世界初を目指してはならない。
新規事業であるとか、世界初の試みであるとかを目指すと、そこに陥穽が隠されている。
それらは企画サイドからの勝手な押し付けであって、
顧客にとっての価値とは何か、という問いかけが欠けているからだ。

企画にとって最も大切なことは、顧客価値の上に立脚することだ。
これは絶対の原則といえる。

何か新しいことをして、他社との差別化を図らなければいけないなどと思って、
深夜までの営業をしたわけではない。
差別化を、って事業者側の勝手な理屈だからね。

世界初、新業態、新発想・・・すべて店の側の論理でしかない。
現場、すなわち顧客が実際にいる場所に立って、
その人たちにとって価値あることは何かを考え抜くことからしか、
本当に力のある企画は生まれてこない。

新業態は目的ではなく結果だ

~~~ここまでメモ

そうそう。
そうそう。

なんていうか、当たり前中の当たり前を
いざ、文字にされるとドキッとするね。

「ビジネスプランコンテスト」
で問われるのは、

「新規性」や「差別化」
なのだけど。

それって事業者側の勝手な都合なんじゃないの?
って増田さんは問いかける。

TSUTAYAは、
新しいからレンタルと本を一緒にしたわけじゃないよって
差別化をはかるために、深夜まで営業したんじゃないよって。

ライフスタイルの提案をお客が待っていると思ったからであり、
レンタルというのは、所有の概念を変えていくから、
深夜までの営業にしたんだよと。

ほんと、その通りすぎるよ。

増田さんが言うように、
「企画にとって最も大切なことは、顧客価値の上に立脚することだ。
これは絶対の原則といえる。」

これですよ。これ。

あなたのその企画は、
顧客価値に立脚していますか?

「新しい」とか「コラボ」とか「地域で大学生が」
っていう顧客不在の何かから始まっていませんか?

やっぱり、ドラッカー先生の出番だわ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:52Comments(0)

2017年08月09日

「顧客に出会う」夏休み

人に会う
本を読む
旅に出る

学生時代の夏休みの定番。
人生を拓く方法だと言われてきた。

しかしながら、
いま、大学生の夏休みの過ごし方のトレンドと言えば、
圧倒的に企業インターンになっている。

インターン紹介サイトだけではなく、
各企業も工夫を凝らした(あるいは放置するだけの)
インターンプログラムを用意している。

そこに行く、大学生のモチベーションの大部分は
「就職、就活どうしよう」っていう不安からきているように思う。

ところが、かなりの数の大学生が
「就活への違和感」
を感じているように思う。

しかしながら、それはもやっとしてもので、
・ちゃんと希望通り就職できるのか
・ブラック企業に引っかからないか
・そもそも自分は何をやりたいのか

そんな感じのあいまいな不安だ。

その不安が解消されるのかもしれないと
企業インターンに行くのだけど、

課題があいまいなままでは、
当然不安は解消されない。
まあ、まずやってみる、っていうのはいいと思うけどね。

ということで、僕のおすすめする夏休みの過ごし方。
それは、「顧客に出会う」夏休み。

「顧客」とは、いつも言っているけど、

ドラッカーの5つの質問の
1 ミッションは何か
2 顧客はだれか
3 顧客にとって価値は何か
4 成果は何か
5 計画は何か

2と3に答えるっていうこと。
いや、仮説を立てて、実行してみるっていうこと。

顧客を設定する。
例:ひとり暮らしの高齢者、受験勉強中の高校3年生など

そこに接することができる場を探す。

「顧客なんて考えたことないからいない」
っていう人は、

顧客を明確に持っている人のところで
活動をすること。

たとえば、
・創業社長
・NPOの設立代表者
などなど。

または自分が素敵だなと思う人に、
「あなたにとって顧客って誰ですか?」
「その顧客にって価値はなんですか?」
って質問しまくってもいい。
(それ、大人にとっては結構脅威だね)

顧客を設定し、顧客価値を追求するという
そんなサイクルをまわしていくこと。

それこそ。
自らの人生を「経営」するのに必要なことだからだ。
「就活」や「就職」の違和感の原因のひとつがそこにある。

経済社会は、「効率」を求める。

いや、不幸にも、
「効率」こそが利益を最大化する方法だった。

しかしそれは、
人口が増加し続ける社会、
そして都市と地方、あるいは先進国と途上国とのあいだの
「ウチとソト」の格差を前提としたシステムであった。

原料を安く調達し、大量につくり、大量に売る。

そのモデル。
戦後、ひたすらにそのモデルを続けてきた。
そこには、ひとりひとり「新しい価値」を生む必要は
ほとんどなかった。

ソニーやホンダなど、経営者が
「新しい価値」を生み出した一握りの企業は、
大きく業績を伸ばした。

しかし。
その前提は大きく崩れ去っている。

ひとりひとりが価値を創造しなければ、
仕事にならない時代になった。

いや。
じつは「ひとりひとりが」というのも
就活の違和感のひとつだと僕は思う。

ほとんどの仕事は個人戦じゃなくチーム戦である。
ひとつのプロダクトをひとりで作って売る人もいるけど、
多くの場合は、チーム戦で仕事をしていく。

それなのに、就活は個人戦を強いられる。
あなたは、個人としてどんなスキルがあるのか問われる。

そして「就職」の違和感、
それは、顧客が明確な誰かではないということ。

顧客の定義が「自分の会社の商品を買ってもらっている人」
のことになっているからではないか。

誰かに届けたいものがあって、
それを届けるために仕事がある。
それが「顧客はだれか?」という問いである。

そんな「ひとり」に出会うこと。
そのために何ができるか考えること。
それが仕事の醍醐味だろうと思う。

それをチームで考えること。
それが、大学時代にやれたらいいなと思う。

顧客である「ひとり」に対して、
チームで何ができるか考え、実行する。
そして振り返る。

その繰り返しをしていくこと。
これこそが夏休みの宿題なのではないだろうか。

そのためのチーム作り。
ミーティングのときのチューニングや
振り返りの手法。

そんな場をひたすらにつくっていくこと。
それを僕の夏休みの宿題にしようかな。  

Posted by ニシダタクジ at 08:30Comments(0)就職

2017年08月08日

発酵人であるということ



その界隈で熱烈な支持を受ける「藤原印刷」(長野県松本市)
http://www.fujiwara-i.com/

アルプスブックキャンプで伊藤くんにご紹介いただいた
藤原印刷・弟こと藤原章次さんをたずねて、
神保町近くの藤原印刷に行ってきました。

なんていうか、もう、カッコよかったっす。
印刷屋さんってそこまでできるのかって。

本をつくる、っていうのは
作品をつくるってことなんだって。

紙一枚でこんなにも変わるんだって。
思いを込められるんだって。

「本をつくるってなんだよ??」
って強烈な問いをもらった。

印象に残った藤原さんの一言。

「それって、作品って言えるのかな。」

そうなんだよね。
藤原さんのつくる印刷物は、本であって、本ではない。
作品なんだよね。

だから、紙1枚を考え抜いて、
作り手と一緒に感じあって、紙を選び、印刷していくのだろう。
藤原印刷の「心刷」に少し触れた気がした。

そんなタイミングで読んでいたのがこの本。


「発酵文化人類学」(小倉ヒラク 木楽舎)

これがなんともタイムリーでシビれまくりました。
圧巻だったのは、藤原印刷に向かう電車の中で
読んでいて、思わずツイッター上で取り乱してしまった、
第5章「醸造芸術論~美と感性のコスモロジー」。

そう、それっす!
あまりにも今考えていることとのシンクロがすごかったので、
びっくりしました。

~~~以下一部引用

写真技術が誕生したことによって、
「客観的視覚表現」は写真家の領域となった。
すると画家がやるべきことは「主観的認知」を表現することになる。
これは言い換えれば「普遍性を捨てる」ということを意味する。

万人にとってのリアルではなく、自分という唯一無二の存在が
「その時、その場所で」感じた一度限りの身体感覚を、
同じく唯一無二の存在である他者の身体感覚に
伝達するという「感性のインタラクション」への挑戦だ。

この瞬間に芸術は「静的な真理」を追い求めるものから
「動的な感性」をインスパイアするものへとパラダイムシフトしたのであるよ。

つまり、ルノワールの絵を見るということは、
ルノワールが自然をどう認知しているのかという
「他人のセンスのありよう」を覗き込んでいるということになる。
そして同時に「他人のありよう」と「自分のありよう」の
ギャップを埋める努力こそが「アートに触れる喜び」なんだね。

つまり。時代や文化を超えて、自分と違う誰かとつながること。
自分と違うやり方で世界を見ている人とわかり合うということ。
他ならぬ自分にとっての「自然」を見つけること。
この瞬間に、自分の存在が肯定される。同時に外の世界とつながる。

ルノワールのいた19世紀のパリで浴びている木漏れ日は、
同時に自分が友人たちと過ごした代々木公園の木漏れ日でもある。
この時に、僕は時空を超えてルノワールと一緒にいる。
そよ風を感じながら、2人でナイスなワインを飲んでいるのさ。

僕にとって、お酒を飲むのと絵画を見るのは同じような喜びだ。
絵画では視覚に主眼が置かれるが、お酒では味覚や嗅覚に主眼が置かれる。
しかし「感性のインタラクション」という意味では一緒なのだね。

優れたワインや日本酒を飲むということは、それを醸した醸造家と
対話するといういうことだ。
醸造家がどのように土や水を見つめ、
どのように温度や風を感じ、どのように微生物たちと向き合い、
どのようなセンスで味と香りをデザインしたのか。

実際には目の前にいないのに、醸造家はそこにいる。

~~~ここまで引用

この後、この本で一番膝を打った
読者モデル=読モの三角関係について、
話が進んでいく。

消費者⇔メーカーの直線関係の
上に点を置いて、三角関係をつくることが必要だと
小倉さんは言う。

それはファッション界における「読モ」
のようなものだと。

作り手の事情も理解しつつ、
受け手の代表としての文化の「たしなみかた」
を提案するスターであること。

この読モを育て行くこと。
それによって三角形ができて、
コミュニケーションが循環し始めるのだという。

読モがいることによって、
消費者は「消費」をやめ「愛で」を始める。

うんうん。
いいねいいね。

そして、この後が熱い。

▽▽▽ここから一部引用

作り手だけでなく、受け手もアーティストなんだってこと。
ほんとはね。

その「愛でかた」もまたアート作品だ。
絵画が画家と鑑賞者のインタラクティブアート
であるように、酒は醸造家と飲み手の
インタラクティブ・アートだ。

お気づきだろうか。

アートの本質とは、表現そのものではなく、
表現をめぐる関係性なのだ。

普遍性なんて無い。
あるのは「その瞬間、その場所で」
他ならぬ自分が感じる「一瞬のさざなみ」だけだ。

△△△ここまで一部引用

うん。
そうなんだよね。
まさにそう。

そこで、藤原さんの話に戻ってくると、
本ってやっぱり「作品」だっていうこと。

その本が生まれた場所。
それはどこだろうか。
印刷屋さんの現場だ。

そんな匂いが感じられるような
本を作っていくこと。

なぜ、みんなが
藤原印刷を熱烈に支持するのか。

それはたぶん、
本が、著者と読者の直線的関係ではなく、
円環的にぐるぐるしていくものになっていくからだ。

そのプレイヤーのひとつに
印刷屋があり、本屋がある。

明治大学の小田切徳美先生が
地域にとってもっとも深刻なのは、
「誇りの空洞化」であると言っていた。

その円環をぐるぐるまわしていくこと。
そのものに、作品と呼ばれるような本の誕生があり、
それがプレイヤーそれぞれの「誇り」を生んでいくのだろう。

そんな場を生んでいく。
「発酵人」のひとりに僕もなりたい。

藤原さん、小倉さん、
熱いインスパイアをありがとうございました。  

Posted by ニシダタクジ at 08:53Comments(0)

2017年08月07日

「はたらくこと」への違和感

「就活」への違和感。

一定数の大学生が思っていること。
最近、なんとなくその正体が見えてきている気がする。

就活は「個人戦」である。
ひとりひとりが自己分析し、
自分は「ひとりで」何ができるか?
と問われる。

しかし、実際に、自営業ではなく、
「就職」という道を選ぶのであれば、
実際の仕事は「チーム戦」であることが
多いだろう。

この「個人戦」であるという感覚が、
リーダー志向以外の大学生の
自信を失わせていると思う。

そしてもうひとつ。
「就職」への違和感。

実際に就職してみると、
高度に発達した企業社会において、
社員「ひとり」は交換可能でなければならない。
同様にお客「ひとり」も交換可能でなければならない。

その「ひとり」がいなくなったからといって、
会社が無くなるわけにはいかないから。

言ってみれば、
人が「数値化」される時代を長いこと生きてきた。

20代の働く女性の
支持率ナンバーワン、みたいな、
そんなマーケティングがされてきた。

「チーム」や「ひとり」から「ひとり」への手紙、贈り物。
それが本来の仕事だったのではないだろうか。

何を買うか?
よりも
誰から買うか?
が大切だったのではないか。

「就活」、「就職」の違和感はそこにあるのではないか。

仕事は「個人戦」ではなく「チーム戦」で、
お客こそが「数字」ではなく、「ひとり」なのではないか。

「1冊の本が人生を変える。
本屋には新しい人生が転がっている。」

これは、僕が2009年に立ち上げたトランク本屋さんの
コピーであるが、
お客は「ひとり」、なんだよね。

そこにどう届けるか?
それをひとりでやるか、チームでやるか。

チームでやるほうが届けられるのなら、会社に就職する。
そういうことなんだろうなと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 08:15Comments(0)就職

2017年08月01日

出会うたんです

雑誌Re:S時代からファンだった
藤本智士さんにお会いできました。

そして、本を2冊購入。


「魔法をかける編集」(インプレス)


「風と土の秋田」(リトルモア)

もう、すごい本です。
ゾクゾクします。

買いです。
買ったほうがいいです。

特に、地域に取材系の
インターンに行く大学生には
激おススメの1冊です。

トークは60分のうち15分くらいしか聞けなかったのだけど、
ハイライトを押さえた気がします。

「のんびり」で特集した寒天の話。
寒天屋さんの営業部長が秋田で泣いた話。

そして、
取材に行くときには、何を取材するか、
ゴールを決めて行かないということ。

「風と土の秋田」で寒天の章を読み直して、
そのすさまじい「予測不可能性」に
身悶えしてしまうほどに楽しい1冊です。

僕がいま、考えていることに
確信を与えてくれた出会いと2冊の本となっています。

お客から始まるフラットな関係性。
「ひとり」対「ひとり」から始まるということ。

たとえば、インタビューについて
書いてある以下の一節。

~~~ここから一部引用

インタビューとはいえ、あくまでも
普段の会話と違いはない。

話してくれる相手に、
逆に自分はどんなおみやげを置いていけるか。

インタビュアーであるあなたが
インタビュアーのままであるうちは、
その原稿は、どう頑張っても、
取材相手の演説から脱せないんです。

しかし、インタビュアーのあなたが、
まるで対談相手のようになって会話ができれば、
別に紙面にあなたの写真が出てこなくても、
意外と読めるインタビューになってるはずです。

そうやって生まれた言葉たちは、
インタビューと言いながら、
その実、自分との関係性でともに生み出した
クリエーションであることを
誰よりもあなたが知っているわけです。

~~~ここまで一部引用

うわ、それだわ!って。

インタビューっていうのは、
相手と自分の関係性によって
つむぎ出せれる何かなんだなと。

藤本さんは
ライター依頼があまりにも、
決められすぎていて、どうにもしっくりこなかったのだという。

雑誌であんこ特集やるので
この有名店の大福を取材してださい。
字数はこれくらいで、
写真はカメラマンさんが取れますから。

そんな取材に行くとき、
藤本さんは、お休みだったらいいのになあ、とか。
大福が美味しくなかったらいいのに、とか。

いろいろ考えちゃうらしいです。

で、たとえば
「みたらし、すごい美味しかったんですけどどうですかね?」
とか言ってみたり。(当然却下。笑)

予定通りに取材して、オーダー通りに記事書くだけなら、
「俺じゃなくてもいいやん」
ってそう思うんだそうです。

だから、
「Re:S」も「のんびり」、も
台割(ページをどのように構成するか)
がないのだといいます。

すごいなと。

いま、この瞬間、自分にしか書けない記事。

というか、
この場、この瞬間の「予測不可能性」にあふれた
何かを、文字化していくこと。

「風と土の秋田」のマタギの言葉を
借りれば、「授かりもの」としての
記事を書いているんだあと。

地域の人にインタビューする人には、
ぜひとも、心に置いておいてほしい1冊です。

最後にもっとも印象的だった一言を
「のんびり」を作成するとき、
秋田県庁の人に、

「どうしてこの酒蔵だけ載せるんですか?」
「ほかの酒蔵もいいところいっぱいありますよ。」

と言われたのだそうです。
(言われそうです。)

その時、藤本さんはこう答えるのだと言います。

「出会うたんです。(関西弁で)」

僕がこの酒蔵を記事にしたい理由、
それはたったひとつ、出会ったから。

地域インターンのプログラムで、
地域の人にヒアリング(インタビュー)をする。

その目的は、
売るための商品づくりをしたり、
聞き書きをまとめた冊子をつくったりすること。

しかし、そこを取材の出発点にしないこと。

もっともっと感性を解き放ち、
「ひとり」に出会うこと。

どうしようもなく心が震えて、
「伝えたい」「届けたい」と思うこと。

なぜ、この記事を書こうと思ったんですか?

という質問に
「出会ったんです。出会ってしまったんです。」

と答えられるような
地域取材をしてほしいと思います。

僕にとっても、
人生を大きく動かす2冊の本との出会いと
なりました。
藤本さん、菊地さん、素敵な出会いをありがとう。  

Posted by ニシダタクジ at 08:26Comments(0)