プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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オーナーへメッセージ

2018年01月31日

つまらない企画は、「会議」から生まれる


「圏外編集者」(都築響一 朝日出版社)

いまごろ読み始めております。

「つまらない雑誌は、編集会議から生まれる。」
って。

~~~ここから引用

取材は「おもしろいってわかってる」から行くんじゃない。
「おもしろそう」だから行く。
だれかが取り上げたものは、それなりに内容がわかっているけれど、
だれもなってないものは「ほら」って見せることができない。

うまく記事にできるかどうかわからない。
でも、おもしろそう。だから行く。
そういうこと。
会議には基本的に合わない仕事なのだ。

けっきょく会議っていうのは、「リスクヘッジ」でもある。
みんなで決める。だから、それがもし失敗したとしても、
「みんなでいいって言ったよね。」みたいな。
それはある意味で、集団責任回避システムにすぎない。
そんなことしているあいだに、ネタの鮮度はどんどん下がっていく。

~~~ここまで引用

いや。
そうなんだよね、ほんとに。

大きい組織のつらいところはそこだね。
「おもしろそう」っていうのでは行動はできない。

でも、おもしろい記事は、
「おもしろそう」って思った「誰も書いていないネタ」
に転がっているのだ。

まずやってみる。
「おもしろそう」だから。
それくらい感性を信じてもいいなと思う。  

Posted by ニシダタクジ at 07:59Comments(0)日記

2018年01月29日

「仕組まれていない」場

国分寺・胡桃堂喫茶店にて、
「カフェから時代は創られる」著者飯田美樹さんのトーク。


パリのカフェに天才が集まったのか、
それとも、パリのカフェが天才を生んだのか?
という興味深い問いを問いかける飯田さん。

こちらはウェブ
https://comptoir-miki.jimdo.com/

大学の時に
活動していたエコリーグから、カフェ研究へ。

「社会を変える」のは
イベントや行事ではなく、日々の何かではないのか?
そんな問いからカフェ研究が始まった。
「人が集まる場」の大切さをあらためて思った。
そしてカフェの魅力についても、あらためて。

昨日中心となっていたのは、
「インフォーマル・パブリック・ライフ」というもの。
京都のニュータウンで子育てをしていた
飯田さんには、その時間がなくて、とても苦しかったのだという。

公園をぶらぶらしたり、
何を買うわけでもないけど、町を歩いたり、
そういう時間というか暮らしが人には必要なんだ。

それを影山さんは
「仕組まれていない」場と呼んだ。
僕風に言えば、目的を外した場、かな。

目的なく、まちを歩くこと。
たまたま、誰かに出会うこと。
きっそそういう「予測不可能性」が
人にとっては大切なんだろうなと思う。

あらためて、
「目的・目標を持つ」というのはどういうことなのかなと。
「目標」というのは、「予測した未来」であるかもしれない。
たぶん、それだけだと面白くないのかもしれないね。

「計画と無計画のあいだ」
的な何かが人生には必要なのかもしれないね。

本屋もきっとそういう場所だ。  

Posted by ニシダタクジ at 08:24Comments(0)イベント

2018年01月17日

「自由」への学び(前編)


「公教育をイチから考えよう」(リヒテルズ直子×苫野一徳 日本評論社)

読み進めています。
オランダの公教育を題材に
深く教育について問い直す1冊。

第4章の苫野一徳さんのところが
学び多いので、メモします。

~~~以下メモ

現在において、「自由」に生きるための力とは何か。

現在とは、「知識基盤社会」と「グローバル化社会」である

「知識基盤社会」。
産業主義社会が終わり、ポスト産業主義社会を迎えた今、
すでに多くの商品が市場に行き渡っています。

単純な大量生産・大量消費はあまり成り立たず、
企業は、さまざまなサービスや付加価値を見出し続けなければなりません。

産業主義社会においては、
多くの企業が求める人材の大多数は、
一部の経営者層の支持に従い、
「言われたことを言われた通りに効率よくこなす」
ことができる労働者であったと言えるでしょう。

そのため、学校教育もまた、
子どもたちに、「決められたことを決められた通りに勉強させる」
ことが、ある意味では求められていたと言えるでしょう。

ポスト産業主義社会(知識基盤社会)では、
「言われたことを言われたとおりにこなす」
だけでなく、みずから考え、また多様な人たちと協同して
課題を解決していける、そんな力が求められるようになっているのです。

「学び続けることを余儀なくされる」現代社会においては、
「学ぶ力」「考える力」「考え合う力」を
すべての子どもたちに育み、保障しなければならないというべきなので。

この息苦しい時代・社会において、
どうすれば自分なりの幸せや喜びや自由を
得られるのだろうか?

そのための力能は
いったいどのようなもので、どうすれば学び取っていくことができるのか?
子どもたちは、こうした問いを、ただ教育から受け身に与えられるだけでなく、
みずから考え、学び、そして多様な人たちと協力し合って、答えを
見出していく必要があるのです。

「決められたことを決められた通りに」
「言われたことを言われた通りに」
勉強させることが中心の教育では、
そんな子どもたちを力強くはぐくみ支えていくことは困難でしょう。

以上のような学力観の転換は、一般に
「コンテンツ・ベースからコンピテンシー・ベースへ」
といわれています。

つまり、どれだけの知識・情報(コンテンツ)をため込んだかよりも、
それらを駆使して何ができるのかという能力(コンピテンシー)が
今日求められているというのです。

OECD-DeSeCo「キーコンピテンシー」
「相互作用的に道具(言語・知識・情報)を用いる能力」
「異質な集団で交流する能力」
「自律的に活動する能力」

国立教育政策研究所「21世紀型能力」
「思考力」を中核に、それを支える「基礎力」、
そしてこの両者を方向づける「実践力」の
三層構造から成るものです。

~~~ここまでメモ。

うんうん。
たしかに、世の中の変化からいって、
そういう方向で進んでいくのは間違いなあと。

次、「グローバル化社会」について書きます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:19Comments(0)

2018年01月15日

「ベクトル感」を感じる

福島・白河
コミュニティ・カフェ EMANON

NO NAME
「名もなき」
を逆にして、EMANON
エマノン。

素敵なセンスだなあ。

昨日は
オーナーの青砥和希さんと
青砥さんの妹でシェフの青砥侑紀さんに
ロングインタビューをしてきました。



青砥兄妹と。


青砥侑紀さん。

おもしろい。
11月に初めて会った時から、
この人、すごいなって直感して、
「インタビューに来ます」って言ったので
それを果たしに来ました。

侑紀さんは大学を休学中で
2年前のエマノンのオープンした直後から参画。

子どもの頃は絵を描いていて、
マンガ家やイラストレーターに
なりたかったのだという。

ところが、中2の時に
妹が同じように絵を描くようになって
そのほうが上手に見えたので、
やめようと。
で、料理の方向へ。

子どものころから、
母の仕事の帰りが遅いことが多かったので
家族の食事を小学校6年生の頃からつくっていたという。

そんな侑紀さんがお菓子作りをしようと思ったのは、
妹がつくるクッキーがあまりにも
おいしくなかったので、
「そんなわけねーだろ。ちょっと作らせろ。」
ってレシピを見ながら作ったのが最初だった。

人に食べてもらうなら
クオリティの高いものをつくる。

これはきっと侑紀さんの美学なのだろう。

バレンタインデーのいわゆる「友チョコ」として、
チョコを溶かして固めただけのお菓子を配っている
学校の友達の感覚が理解できなかったという。

そう言えば、和希さんも、似たようなところがある。

カフェをできるだけDIYでつくる、
ということにしたけど、
ベースになるようなところは、
プロにお願いした。

和希さんが言うには、
「みんなでやる」っていってよくないものが
出来上がるくらいなら、プロフェッショナルに頼んだほうがいい。

「みんなでやる」ことそのものに
重きを置きすぎない。

兄妹の美学が少し似ているなと思った。

高校に進学した侑紀さんが、
部活代わりにやっていたこと。

それは
「女子高生×白河ラーメン 制服食べ歩きスタンプラリー」
だった。(仮 笑)

バスと徒歩を駆使して、
ラーメンマップに掲載されている全ての
ラーメン店に行くという謎の行動。

もうひとつが「プリン研究家」
お菓子屋やコンビニで発売されている
プリンを全種類食べつくす、というもの。
毎週火曜日の新商品の発売時には、
すべてのコンビニをハシゴする日々だった。

すごい。
徹底的にやる人だったのだ。

そんな日々侑紀さんが手に入れたもの。
それはなんと「家」だった。

白河で住む場所を探していたとき、
行きつけの蕎麦屋(女子高生が行きつけってすごい)
のマスターが、ココの3F、使っていいよ
って言ってくれた。

いまもその場所に住みながら、
エマノンに通っている。

高校3年のとき、料理の道に進むことを決意し、
料理の専門学校へ進学。

ところが、思っていたのと違い、つまらなかったのだという。
4月にはもう、何しに来たんだろうって思っていたのだという。
そんな侑紀さんに天気が訪れる。

フラッと目に入った
世田谷の家の近くのフランス料理店。
店に掲げられた青いユリの紋章にも惹かれた。

料理も見た目も味も素晴らしくよかった。
思わず、会計の時に言ってしまった。

「あの、ここでバイトしたいんですけど」
コワモテのシェフが答えた。
「わかった。明日から来い」
そこから始まる血のにじむような日々。

10年以上、店をひとりで切り盛りするシェフは
厳しかった。毎日のように怒鳴られていた。
黙っていると怖いので、毎日、
話すことを考え、メモしていったのだという。

3月、侑紀さんは専門学校をやめ、
店に集中することになる。
学校よりも店での日々を選んだのだった。

朝7時に来て、併設のパン屋さんのパンをつくり、
昼の仕込みをして、ランチ、
夜の仕込みをして、夜の営業。
家に帰るのは深夜1時くらいだった。

でも、やめなかった。
ひたすら続けた。
何かがあると思ったからだった。

侑紀さんは言った
「1度も同じまかないを食べたことがない。」

すごいな。
それ。やめるまで、
600日くらいは食べてるはずなのに、
一度も同じものを食べていない。

意外にシェフはツンデレで、
「お前にしかこの肉は食べさせないんだから」
とか言ってくるんだって。不器用だなあ。笑。

やめてから、受験勉強をして、大学生になったが、
1年目でどうも暮らしが合わずに、もやもやしていたところに、
兄に声をかけられ、2年間エマノンのシェフをしている。

エマノンにいると
本当に面白い人たちに会えるのだという。

エマノンは、2015年11月に動き出した。
最初は単なる空き家があるだけだった。

白河駅前に高校生も立ち寄れるような拠点を
つくりたいと考えた青砥和希さんは、
1枚のチラシをつくった。
それを高校の正門前で手配りした。

「はじめまして。これからはじめます」
的なチラシ。

第1回目のミーティングは
予定地を見せたあとに、市役所でミーティング。
15名くらいの高校生が集まった。

「困っていることを教えてほしい」と
高校生に聞いた。

クリップボードを使って、こういう感じで、遊び心をくすぐる。


そのときは、内装について、ではなく、
運営方針について、この方向性でいいのか、
を確認するための調査的な意味合いが強かった。

「工事手伝ってくれる人募集」で
高校生がやってきた。
「なんか面白そう」が動機だった。

2015年12月26日のオープニングパーティーにはたくさんの人が来たけど、
まだ全然工事は終わってなかった。

2016年3月4日に正式オープン。

高校生は会員登録すると
「自習室」的に使うことができる。

これは、無料で来てほしいという和希さんの思いと、
ある程度の緊張感を保つためにした仕組みだった。

登録のときに、
名前、連絡先などを記載してもらうし、
カードにも名前が書いてあり、
カードを毎回確認することで、
お店側は名前がわかるし、迷惑行為の防止になる。

靴を脱いで上がるスタイルは、
オイルを塗ったら、靴で上がるのが
もったいなくなったのと、
2Fも使ってもらいたかったので、
その流れをよくするためだった。


高校生向けのライター講座を行い、
フリーペーパーを発行した。

その時にはもう、初期のメンバーは、
誰かしらイベントにいるようになっていたので、
人を集めるのが楽になっていたという。

そっか。
もはや部活みたいになっていたんだな。

とまあ、エマノン兄妹のストーリーはこんな感じ。

今回、僕が聞いていて、出てきたキーワードは、
「ベクトル感」だった。

みんなでテーブルをつくるときは、
若手だが本物の家具職人を呼んだ。

まだ20代なので、
会社の中で自分の好きなようにはやれないが、
こういう場所での経験が生きてくる。

侑紀さんだってそうだ
「自分の店」という意味では初めてのことだ。
「やったことがない」
それが始める理由なんだ。

そして、ここからは僕の仮説なのだけど、
高校生にとって大切なのは、

「ベクトル感を感じること」
なのではないかと思う。

「ベクトル感」とは、
この人は、この方向に向かっているんだな
と感じること。

家具職人の若手職人にも
侑紀さんにも、それがあった。
もちろん、和希さんにも。

エマノンとは、
そういう「名もなき」若者が、
それぞれの方向へのベクトルを持ちながら、
実験的に何かをやってみる、という場所なのだ。

そしてそれが高校生にとって心地よい学びがあるのではないか。

あらためて、
「目標」の意義について考えさせられた。

学校で行われているキャリア教育は、
「到達点」を見せようとしていないだろうか?
「目標」を持たせるために。

「目標」は本当に必要なのだろうか?
方向性、つまり「ベクトル感」だけがあればいいのではないか。

「ようこそ先輩」に出てくるような
超一流のプロフェッショナルは、
到達点としてのスキルと、
これから進んでいくベクトル感を
両方持っている人なんじゃないか。
だから子どもは惹きつけられるのではないか。

目標より、
到達点より、
方向性、
ベクトル感を共感し、場を共有すること。

そういう場が高校生に必要なんじゃないのか?

そんな熱い問いをもらったインタビューになりました。

ひとまず、現場からは以上です。

最後に、侑紀さんがつくった自然薯のティラミスを。




  

Posted by ニシダタクジ at 08:40Comments(0)

2018年01月14日

「主人公になる」本屋という場をつくる

山形市・郁文堂書店でイベント





本の処方箋もやりました。


そしてオーナーの原田さんの
手作りの漬物と煮卵。
日本酒飲みたくなった。(笑)







僕は昨年9月、東北ツアー中に郁文堂に立ち寄り、
原田さんに会うことができた。

そして今回、
郁文堂書店プロジェクトをすすめてきた
追沼さん、芳賀さんに会いにやってきたのだった。

郁文堂書店復活プロジェクト。
それはかつての「郁文堂サロン(本屋サロン)」の復活だった。
山形市七日町、山形市の中心部に位置するこの場所は、
役所も近くにあり、たくさんの人たちが交わる交差点だった。

そんな中にあった、郁文堂書店。
現オーナーの原田伸子さんに聞くと、
そこは昔、サロンのようだったという。
サロン、それは情報交換の場。
「生きた」情報が飛び交う場だった。

東北芸術工科大学の当時3年生だった追沼さんと芳賀さんは
この物件に出会った。
斉藤茂吉や司馬遼太郎、井上ひさしも訪れたこの場所は、
すでに閉じてから10年以上の月日が流れていた。

山形ビエンナーレに合わせて、
1日だけのイベントを開催。
100名以上の来場者が集まり、
そこから郁文堂は再生へと歩き始める。

クラウドファンディングで資金を調達し、
「知識の本棚」などを開設した。

僕が9月に行って、
一番びっくりしたのは、
原田さんがそこにいたことだった。

「商売はよ、ここ、ハートだがんな」(2017.9.25)
http://hero.niiblo.jp/e485890.html

原田さんは
その場にいた全員分のお茶を入れ、
おしぼりを出してくれた。
そして、漬物も。

「何十年も前から、そうやってやってきた」
って笑った。

衝撃だった。
それまでの僕は、
「リノベーション」って、古い建物の雰囲気を生かしつつ、
いまの時代に合わせて新しくつくりかえることだと思っていた。

そうじゃない。

リノベーションは、その土地や場所に息づく継ぎたい何か、を
どのように継いでいくかの方法論として改築や新しく何かをつくること
なんだって思った。

郁文堂書店プロジェクトが継ぎたいもの、残したいものは
「郁文堂サロン」と呼ばれていた文化だった。

昨日、原田さんが言っていた。

「ここにくれば、誰かに会える」
と言って人は来たのだという。

えっ。それって、2014年2月のソトコトで
ツルハシブックス店員だった野島萌子が言った言葉だ。

そっか。
本屋っていうのは、そういう空間なんだ。

偶然性というか、予測不可能性というか、
そういうのを求めて、人は本屋に足を運んだんだ。
本との出会い、だけではなく、
それと同じくらいの人との出会いが
郁文堂サロンにはあったのだ。

ツルハシブックスのキャッチコピーは、
「気がついたら私も、本屋という舞台の、共演者になっていました」だ。
(少し長い)

郁文堂サロンもきっとそんな機能だったのだと思うとうれしくなってきた。

そして、電車の中で読んできたこの本とリンクしてるなあって。

「コト消費の嘘」(川上徹也 角川新書)

おととい、水戸で川上さんのトークイベントがあり、購入。



この本がめちゃめちゃ問いに詰まっていて、
ドキドキしながら読み進めたら、
昨日の山形行きの電車の中で読み終わってしまった。

柴咲コウさん風に言えば、
「頷きながら、一気に読みました」となる。
(某映画化されたミリオンセラー小説のマネ)

モノではなく、コトを。
外国人観光客に、コト消費を。
それ、本当に継続した売り上げにつながってますか?
って。

コト消費ではなく、
コトとモノがつながったコトモノ消費へ
もっと言えば、人にフォーカスした「モノガタリ消費」へ

川上さんって、「ストーリーブランディング」を売っているというより、
「あなたの物語はなんですか?」っていう問いを売っているんだなって。
素敵な仕事だ。

川上さんによれば、ストーリーブランディングの手順は以下の通りだ。
1 ヒストリーを聞き出す。(会社・個人)
2 ビジョンとキャラクター設定を考える
3 川上コピー(旗印)を決める
4 三本の矢(志・独自化・エピソード)
5 川中・川下の言葉やアイデアを出す
6 川上コピーを発表する
7 社内浸透と社外アピール

ここでポイントは3の「川上コピー(旗印)」を決めるということころ。

川上さんは、
「過去」と「未来」を融合して旗印を掲げ物語の主人公になる。
と説明する。

過去のストーリーと未来のビジョン、そしてキャラ設定。

会社も、個人も、商品も、「主人公」化するということ。
ここが本書の大きなポイントだと思った。

このあと本書では、台湾の宮原眼科というお菓子屋さんの事例が
出てくるが、これが圧倒的にすごい。
建物、お客さん、従業員、商品、最後に企業を
主人公にしながら、お菓子を売っている。

これは、昨日の郁文堂書店にも当てはまる。
建物や、原田さんや、原田さんがつくってきた
郁文堂サロンの物語が人を惹きつけている。

そして、この文にシビれた。

「物語の主人公になって商売をする」と一度決めたら、ゴールはありません。
あなたのお店が主人公であり続けるには、
常に「未来のビジョン」に向かって進んでいく姿を、
観客(顧客・見込み客・消費者)に見せ続ける必要があるからです。

いいな、そうそう。
そんな商売をしていかないとね。
お客と高めあえるようなお店をつくること。
それが商売の醍醐味だよなあって思った。

そして、昨日もイベント前にやっていた、
本の処方箋でも、人生に悩む人たちが集まってきていた。

「ここに来れば誰かに会える」
それがサロンの役割だったのではないか。

そして、その「出会い」が起こったとき、
人生が動き始める。

それは、その人が人生の「主人公」へと
変わった瞬間なのではないのか。

本来、人は、人生の主人公だ。
日々を過ごしていると、それを忘れてしまう。

本屋での本との出会い、人との出会いが、
人生を少し動かす。

いや、気がつかないうちに、
人生が動いている。

たぶん、本屋が提供する「機会」は、
そういう機会なのだろう。

気がついたら、人生が動いていた。
気がついたら、共演者になっていた。
それは、その人が人生の主人公になる瞬間、

山形・郁文堂書店が売っているもの、
僕がツルハシブックスで売りたいものは、
そんな瞬間なのかもしれない。  

Posted by ニシダタクジ at 08:52Comments(0)イベント

2018年01月12日

学力という「単一の指標」は「唯一の指標」ではない


「公教育をイチから考えよう」(リヒテルズ直子×苫野一徳 日本評論社)

福岡・ブックスキューブリック箱崎店にて購入。
大好きな本屋さんで堅めの1冊。

翌日に伺った「こととば那珂川」の坂口さんとの
話にも刺激を受けて、
再び教育というか、小学校中学校高校の
ことを考えるようになっています。

この本、買ってよかった。
いいタイミングで、いい問いをくれる本屋は本当に貴重です。
僕もそういう本屋になりたいです。
ブックスキューブリック箱崎店さん、ありがとう。

坂口さんに話を聞いて、
いちばん感じたことは、
学校の勉強だって「リベラルアーツ」になり得るっていうこと。
(リベラルアーツ:自由への学問、教養)

数学はアートで、
英語はサイエンスだ、っていうこと。

そういうふうに、学びを楽しむこと、
好奇心をはぐくむこと。
きっとそれが子どもの時に必要なのだろうな。

ということで、この本。
まだ第1章ですが、リヒテルズ直子さんの
心をえぐるような、辛辣というか、真実というか、
感じていることを言葉にしてくれている感じに
胸が苦しくなります。

~~~以下、本文よりメモ

学習とは、本来楽しいもののはずです。
これからの社会がますます必要とする
人間のさまざまな創造力や批判的な思考力は、
学ぶことに喜びを感じられる環境の中で初めて
育つものです。

しかし、日本の子どもたちは、
まだ生まれてほんの数年の、幼稚園に通う年齢の時から、
「勉強とは一所懸命励むもの」
「勉強が他人より遅れたら人生に失敗してしまう」
という外からの強制と脅しの中で、

学ぶことの楽しさを奪われ、
生きがいを見出すうえで大切な好奇心を
磨滅させられているのです。

受験で成功することが人生を切り開く第一歩。
学校で落ちこぼれたり受験に失敗したりすることは、
幸福な人生への切符を取り損ねたも同じ。

18歳の若さで、みずからに「負け組」のレッテルを貼って、
自己肯定感とは正反対の精神状態に放り込まれる・・・。
そういう、必要のない無意味な敗北感を持ったまま
大人になっていく子どもが、日本にはあまりにも多すぎます。

そして、子どもたちから遊ぶ時間や家族と過ごす時間を奪い去って、
「いま苦しみに打ち勝てば、やがて幸福な人生を手に入れられる」
と無責任にささやいているのは、塾や家庭教師といった
大小の教育産業に携わる大人たちです。

大人たちが寄ってたかって、子どものためというよりも
自分たちの立場や利益のために、子どもたちの可能性を
損っているのではないでしょうか。

自分が営利の仕組みに組み込まれてそれをどうすることも
できないでいるのを内心では承知していながら、
「子どものためにやっているのだ」と、
自分だけはその仕組みがもたらす結果の責任から
免れているかのような態度をとります。

企業戦士の塾教師たちが大声でかける叱咤激励のもと、
子どもたちは「必勝」などと書いたハチマキを頭に巻きつけ、
個性などまったく無視されて、
大きなホールに何十人も一緒に並んで反復学習に励まされる・・

成績ランキングにさらされ、「負けることは恥」と心に刷り込まれ、
最後にはおおげさな打ち上げ花火までして、
合宿終了がお祭り騒ぎで祝われます。
こうした偽りの「達成感」に陶酔させられる子どもたちの中には、
涙すら流す子が何人もいるのです。

競争神話の刷り込み以外の何ものでもないこうした行為に
「教育」という看板をつけて親から金を巻き上げているこんな国が、世界のどこにあることでしょう。

問題は、
こうした「最小限の投資による効率化」ばかりを狙う国の施策によって、
すっかり「粗末」となり硬直してしまった日本の公教育が、
公的な縛りを受けない塾産業や、親や教材やサービスを購入する
教育産業を助長させ、結果として、
営利ベースの教育機会にアクセスできない貧困家庭の子どもたちが
最新のメソッドや機器に触れる機会から遠ざけられていることです。

長きにわたり続いた学歴社会と受験競争によって確立してしまった
学歴偏重の社会意識(子どもの人間性尊重の欠如)

それがもたらした塾・教育産業の無節操な蔓延(次世代教育の営利事業化)

それが逆に学校関係者に次世代教育の責任の放棄を促していること(公教育の荒廃)

教育委員会等の行政指導によって教員の自由裁量権が取り上げられている(教育の自由の剥奪)

貧困家庭の子どもたちが学力競争のスタートラインでハンディキャップを負っている(発達の権利の剥奪)

日本の公教育の課題の大もとは、
直接的には、学歴社会と受験戦争にあるでしょう。
そして、この競争的な学歴社会を生んだのは、
学校教育を「優れた人材の選抜システム」とみなす考え方に
あることもあきらかです。

~~~ここまでメモ

このあと、教科書の問題になっていくのだけど、
それはまた別の機会に。

一言で言って、「ヤバイね、これは」
っていう感じですね。
その通り過ぎるよって。

「効率的であること」
に最大の価値がおかれたシステム。
それが現代の日本の教育システムにいまだ生きているのだなと。

この文章を読んでると、
あまりにも異常だと思えてくるんだけど、
なぜ、それが今まで続いてきたのか?
って考えると、

2017年の僕のテーマのひとつだった
「近代」とは何か?に入っていく。

「明治維新以来、日本の近代化が急速に進んだ。」
と習ってきたけれど、

それはいったいなんだったのか?

一言でいえば、「効率化」であり、
「日本人」という「国民」をつくること。
「富国強兵」「殖産興業」というスローガンのもと、
我が国は近代化への突き進んだ。

やむをえない事情だったと思う。
アジア各国が植民地となる中、
戦争に負けないためには、
急速に「国民国家」を作る必要があった。

なぜなら、「国民国家」こそが
当時の戦争において最強のシステムだったからだ。

それを「効率的」につくるためにシステムのひとつ、
いや、要となるのが「学校」だった。

それが、今もつづいている。
日本は最終的に戦争に負けたが、
戦後ふたたび、「効率化」が価値を生んだ。
工業社会だったからだ。

「効率化」システムは、
ふたたび価値を生んだ。
そしてそれは、日本を「世界2位の経済大国」
と呼ばれるまでに押し上げた。

その要になったのは、やはり公教育を
出発点とする「学歴社会」システムであろう。
学力という単一の指標で輪切りにし、
システムの管理者と被管理者に分ける。

「管理者の命令だから」
と行動する人を増やしていくこと。
それが価値を、いや価値というか、
お金を生んだのだった。

ところが。
時代は変わった。

日本で「効率化」が価値を生むことは
難しくなっている。

工業社会が終わりを告げて、
付加価値をどうつくるのか?
他社とどのように差別化するのか?
が価値を生んでいる。

また、課題を解決したり、
今までにないものを生み出していくことが
求められている。

世の中はもう、「効率化」で価値は生むことはできない。

にも関わらず、
学校は、教育は、いまだに「効率化」されたシステムに
最適化する人材を育て、
また教育産業はそのようにして稼いでいる。
そんなシステム自身に問いを投げかける必要があるのではないか。

さて。
本屋にもできることがあるんじゃないか。
って思わせてくれるのに十分な第1章でした。

また、読み進めます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:29Comments(0)

2018年01月10日

「哲学」のある人、「哲学」のある場所

「哲学」のある人って
かっこいいなって思った。
そんな人にたくさん出会った。

津屋崎、暮らしの問屋の古橋さん。
暮らしに「問い」を投げかけること。
そんな場づくりがコメタクと似ているなと感じた。

西戸崎、ナツメ書店。
平日朝7時から9時と14時から21時オープン
っていうのが気になって、いってみた。
「朝7時から、文化的な何かを感じる暮らしっていいんじゃないかなと」

そして、その後、
那珂川町のこととば那珂川の坂口さん。
いちばんビックリした。
感覚似てるって。

坂口さんのやってる塾の取り組みについて。
コミュニケーション・デザインが詰まっているなって。

何より、
あふれ出る、「哲学」あるなと。

坂口さんにかかれば、
学校の勉強そのものも、
「哲学」にそして「リベラルアーツ」に化けてしまう。

「数学とは何か?」
っていう問いを考える塾、すてきだなと。

数学に限らず、サイエンスの始まりは、
「わからないこと」に向き合った結果だっていうこと。

「わからないことをわかるようになった」
宇宙の法則を見つけた。
これはロマンだよね。

一方でアートは、
「わからないことをわからないままで表現していくこと」
あるいは仮説を提示していくこと。

「わからないこと」が出発点になっているという意味では、
アートとサイエンスは同源なんだな、って思った。

そんな風に世の中を見れば、
勉強ってもっとワクワクしてくるんじゃないかな。

法則性の発見だし、歴史の発見の連続だし。

坂口さんは子どもたちにたずねる
「それって本当に苦手なの?」
って。
先生が嫌いなだけじゃないの?って。

思えば、苦手科目とかっていう言葉は、
先入観を植え付けるよね。

「数学が苦手だから、文系です」とか
みんなあたりまえに言ってるけどさ。

中学レベルまでは、
一定レベルの「教養」なんだよね。

すべてが、
自由のための学問「リベラルアーツ」
になり得るんだよね。

そんな風に思って勉強と対峙したほうが、
日々とっても楽しいんじゃないかな。

「わかる」も「わからない」も
向き合って、抱きしめて、愛していければいいなと思った。

なんか、とってもいい出会いをいただきました。
ありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:17Comments(0)

2018年01月06日

松下村塾は塾生募集広告なんか出さなかった


「ローカリズム宣言~「成長」から「定常」へ」(内田樹 deco)

移住雑誌「TURNS」の連載
「若者よ! 地方をめざせ」の大幅加筆修正バージョン。

買ってよかった。出会えてよかった。
新潟・新津の英進堂書店さん、ありがとう。

いつも内田さんの本は鋭いのだけど、
「で、どうすればいいの?」
(まあ、自分で考えろってことなんでしょうけど)
って思うのだけど、この本には提案も載っているので
より熱いです。鼓舞されます。

特に特にシビれたのは、
第9章 脱「市場経済」です。

~~~印象的だったところをメモ。まずは市場経済について

お金さえあれば、生きてゆくために必要なことが
何でも市場で買えるというのはある意味では素晴らしいことです。
お金を稼ぐことに集中して、それ以外のことは考えずに済みますから。

人間として生きる上で必要なものは全部マーケットで
値札がついて売っている。金さえあれば誰でも買える。
個人で暮らす立場からすれば、これほど生きやすいことはありません。

でも、それは逆に言えば、お金がないと生きていく上で
必須の支援さえ手に入らないということを意味しています。

格差の拡大は誰かの邪悪な意思によって起きているのではありません。
市場の合理的な選択の帰結なのです。

超富裕層に権力も財貨も文化資本もすべてを集中した方が
短期的には資本主義は快調に運転する。(先のことさえ考えなければ)

人間にとって必要な資源が少数者に排他的に蓄積された場合には、
集団全体の生命力は衰えます。イノベーションも起こらなくなる。

市場に委ねている限り、格差拡大は絶対に止まりません。
だから、どこかで強い意志をもって、市場の全能を停止させなければならない。

~~~ここまで本文よりメモ

なるほど。
市場は、「効率化」を求め、
会社は、「コストの外部化」によって儲けた。
そのスパイラルが限界に達したのだと。

さらなる効率化をするためには、
すべてを集中させることしかない。

しかし、それでは生き延びれないんじゃないの?
っていうのが内田さんの問いです。

そして、生き延びるためには、として以下のように説明します

~~~ここからメモ

これから社会的能力として最優先されるのは「いい人」であること。

「いい人」だと思われることが相互扶助・相互支援ネットワークに
登録されるときはかなり優先度の高い条件です。

能力があることより、リーダーシップがあることより、
資本があることより、「いい人」であることです。

能力とかリーダーシップというのは「ひとりでも生きていける」能力です。
集団を形成するために必要なのは、そういうタイプの強さではなく、
むしろ「仲間がいないと生きていけない」という弱さだからです。
自分の弱さを自覚している人だけが共生できる。

弱さをカミングアウトするためには「心の広さ」が必要です。
心の狭い人は、同じ意見の人と徒党を組むことはできても、
異なる意見の人と組むことはできないからです。
心の狭い人は均質な集団しかつくれない。

でも、生き延びるための集団は均質的であってはならない。
均質的な集団は、平時にルーティンワークをこなすときは効率的ですけど、
危機的な状況には対応できません。
だって、全員が同じ能力しか持っていないんですから。
危機というのは何が起きるかわからない状況のことです。

ですから、危機を生き延びることを優先させて
制度設計された集団は必ず多様な才能、多様な適性が共生するものになります。

危機を生き延びることを目指して設計された集団は、
「単独では何の役に立つのかさっぱりわからない人たち」を大量に抱え込んでいる。

集団はメンバーの資質や能力が多様であればあるほど危機的状況には強い。
そして、そういう集団の成員たちは、それぞれあまりに特異な才能の持ち主なので、
ひとりでは生きていけない。ひとりでは生きていけない人たちによって形成されている集団が最強である。

集団を強靭なものにしようと思ったら、強者連合を作るよりは、
「自分ひとりでは生きていけない」と信じている弱者たちを集めるほうがよい。

~~~ここまでメモ

なるほど。
これ、学校で習っていることとまるっきり逆ですね。

そして最後、私塾について語るココに、
シビれまくりました。

~~~さらにメモ

蘭学者の緒方洪庵が開いた適塾、大坂の商人たちがつくった懐徳堂、
吉田松陰の松下村塾、福澤諭吉の慶應義塾など、
どれも個人が身銭を切って立ち上げた教育機関です。
それらの私塾が日本教育史上もっとも成功した教育機関であった。

国家や自治体の支援がなくても、法律や要項に従わなくても、
教育はできるということを彼らの先例が教えています。

江戸時代にも藩校という、いまでいう国立大学に相当する教育機関がありました。
でも、そこからは残念ながら乱世を縦横に往来するような人材は生まれなかった。
既成のキャリアパスで出世しそうな秀才しか育てられなかった。だから、私塾ができた。

現代における私塾の登場は、時代が乱世に入りつつあることの証拠だと思います。

高等教育機関がもたらすのは、単に地域の経済効果だけではなく、
いわば一種の「空気」でもあるからです。
風通しのよい知性、権威や世俗におもねらない自尊心、活発な好奇心、
そういうものが流れ出る場所が存在する街と、
そういうものがない街の違いは暮らしていればはっきりわかります。

学校が若者たちの心身の成熟のための機関としてさっぱり機能しなくなってきた以上、
共同体にとって必須のその仕事を誰かが引き受けなければならない。
そう考えている人による私塾運動が、いま全国で同時多発的に始まっている。

塾でも道場でも、かたちはどうあれ、
教育共同体がこれからの地域共同体の再生の核になるだろうと僕は思っています。

広告なんかしなくても、知的で創造的な「空気」が漂っている場所なら、
意欲のある若い人たちは必ず惹きつけられて集まってきます。
松下村塾は広告なんて出さなかった。
でも、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋はじめ異才が門前列をなした。
そういう場所は鼻のきく若者にはわかるんです。

~~~ここまでメモ

うわ~。
それだよ、それ。
そういうのやりたいんだよ。
それが僕の考える「本屋」なんだよ。

やろうぜ、私塾をさ。
見た目は本屋かもしれないけど。

そんな感じ。

「高等教育機関」を「本屋」に置き換えてみる。

「本屋」がもたらすのは、単に地域の経済効果だけではなく、
いわば一種の「空気」でもあるからです。
風通しのよい知性、権威や世俗におもねらない自尊心、活発な好奇心、
そういうものが流れ出る場所が存在する街と、
そういうものがない街の違いは暮らしていればはっきりわかります。

そうそう。
そういう空気をつくるんだよ。

その「空気」を感じた人たちが集まってきて、
学びあい、高めあい、また助けあっている。

そんな「場」をつくるんだ、って。
そして、それは自分にしかできないんじゃないかって。

20年前。1998年2月。
大阪ボランティア協会の早瀬昇さんの講演を聞いた。

「ボランティアを始める人の条件は2つ。
これが世の中に絶対に必要だという思い込みと
これができるのは自分しかいないという思い上がりだ」

そうそう。
「思い込み」と「思い上がり」
つまり、「勘違い」が行動の源泉なんだ。
この本は僕が「勘違い」するのに十分なインスパイアがあった。

昨日のワークで出てきた
「本屋じゃない何か」、その未来像は見えた。
言語化はできていないけど、たしかに見えた。

あとはそれをストーリーへと組み込んでいく。

やろうぜ、私塾をさ。
本屋にしか見えないかもしれないけど。  

Posted by ニシダタクジ at 08:44Comments(0)

2018年01月05日

「生きてる感」がどこから来るのか?





新幹線が見えるスタバ@東京駅。
好きなんですよね。

https://medium.com/be%E3%81%AE%E8%82%A9%E6%9B%B8%E3%81%8D-%E6%8E%A2%E7%A9%B6%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89

1月4日になってしまいましたが、
兼松さんのBEの肩書ワークをやってみました。

ホントは1年じゃなくて、3年を振り返りたかったのだけど、
1年仕様になっていたので、1年でやってみました。

これ、面白い。
Do(やったこと)の下から、
Be(どうあったか、ありたいこと)が見えてくる。

わたしのユーダイモニアのタイトルは
ある「衝撃好き」の1年。(笑)

1年間を振り返ると、
「シビれた」とか「衝撃を受けた」とかいう
言葉が多く出てくるもんだなと。

そして、それこそが自分自身が
「生きてる」感があるんだなとあらためて思った。

2017年を4つに分けてみる(強引に)

1~3月 「近代」への疑問

1月、未来食堂小林せかいさんに出会い、
お店はもっと「コミュニケーション・デザイン」できると感動し、
2月、西村佳哲さんと山口覚さんに出会い、
これからのキャリアのつくり方としての「キャリア・オリエント」を構想した。
3月、「日本人というウソ」と「日本人は何を考えてきたのか」
っていう2冊の本から、「近代」という時代への疑問が湧いた。

4~6月 ミーティングをエンターテイメントに

4月、新城劇場がスタートし、ミーティングのファシリテートをすることになり、
「チューニング」という概念を見つけ、実感した。
5月、法政大学長岡ゼミ「カフェゼミ」でつながるカレーの加藤さんの話を聞いて、
「予測不可能性」というエンターテイメントの神髄に気付いた。
5月、碇さんからインタビューを受け、心を開くデザインが得意なことを引き出され、
「余白おじさん」というネーミングをもらった。

7~9月 「問い」を生みたい

7月、アルプスブックキャンプで藤本智史さんのトークを聞き、
「その日、その瞬間、自分でしか書けない記事」の魅力に気づき、
大学生の価値について新たな発見をした。
8月、藤原印刷・藤原章次さんに出会い、
「それって作品って言えるのかな?」に衝撃。
9月、郁文堂書店(山形市)に出会う。
原田さんにお茶を入れてもらって感動。
リノベーションって、魂・想いを継ぎながら時代に合わせていく手法のこと
9月、まがりブックスをスタート。
「まがり=間借り」というコンセプトはコミュニティや就職にも使えそうだ。

10~12月 「本屋」じゃない何か

10月、9月につづいて、20代へインタビュー。
「他者評価の檻を脱出させる」という使命に気づく。
12月、まちライブラリー礒井さんに、
「本屋とか図書館とか言ってるやつは、、、」と言われる。
12月、立て続けに「本屋やりたいんだ」と言われる。
12月、ポーランド芸術祭にエントリーして落選するが、
プロフィールを「現代美術家」風に書き直して、自覚が出る。

っとまあこんな感じ。
これにBEの質問に答えていく。
(リンク参照)

そして出てきたBEの肩書。
DOの肩書→BEの肩書

現在美術家→「場」や「仕組み」を通じて、問いを投げかける人
衝撃を受け、構想し、行動する人。
「自分で考える人」がフラットな関係性の中で生み出す未来を実現する人

ワークショップ・ファシリテーター→場をデザインする余白おじさん
「場」をつくることで、言葉じゃなく伝える余白おじさん。

本屋→「本屋じゃない何か」屋
「場」で楽しそうにしている人を見ていると幸せな人

キャリアのつくり方研究家→鎖はずし人
10代・20代を他者評価の呪縛から解き放ちたい人

と、こんな感じで、
4つのDOの肩書から
4つのBEの肩書が見えてくる。

あれ、これって関連してるかも。
ってすこし思った。

場をつくりながら、
ゆるいファシリテートしながら、
問いを投げかけること。

一番のお客は、
「他者評価の呪縛」に気づかないうちに縛られている人たち。

なんかなんか、見えてきました。

つづく、ですね。

ワークをやってみて、
一番大切なのは、
自分は「生きてる感」をいつ感じているのか?

っていうこと。
それがBEの肩書に近づいていく
自分の「ありかた」なのだろうなとすごく感じた。

兼松さん、素敵なワークをありがとうございます。  

Posted by ニシダタクジ at 08:18Comments(0)日記

2018年01月03日

「どうぐや」になる

「夢はのりもの」

2016年、
「ゆめのはいたつにん」(教来石小織 センジュ出版)
を読んで思ったこと。

2017年末、
PCシステム屋さん、
料理道具屋さん、
そして出版社(これはセンジュ出版さんですが)

に話を聞いて、
キーワードは「どうぐ」かもしれないと思った。

そんなとき、
1月1日朝、毎日新聞のAI特集で
yoshikiがAIと音楽について語っていた。

~~~以下、一部引用

AIでヒット曲は作ることができる。
ただ同時に「曲が売れる(ヒットする)」ということに、
そんなに意味があるのかな、と僕は思ってしまうんですね。

「売れたい」つまり「お金を稼ぎたい」ということであれば、
もっといい職業ってありますよね。
わざわざ芸術家である必要はないわけです。

メロディーってなんか突然降ってくるというか、説明不可能なもの。

どうしようもない悲しみや怒りを音楽を通して表現した。
そこに没頭するだけでも自分は救われていたと思います。

音楽という芸術表現があったからこそ、
僕は今まで生きてこられたと思うんですね。

作曲は、目の前に広がる芸術という海に飛び込んでいくイメージ。

理論じゃ語れない「何か」が芸術の中にあると、そう思いたいですよね。
すべてAIにできてしまったら、自分たちの存在価値がなくなってしまうので。

AIはライバルではなくて、友。

「何のために音楽をやるか」ということに尽きると思うんです。
「音楽で売れたい」って思ったらAIが脅威になる可能性があります。
でも見方を変えれば、そういう風には思えないんじゃないかな。

これまでもデジタル技術の発達によって、
作曲の選択肢はどんどん広がっています。
デジタル化のいいところはいっぱいあって、使わない手はない。
同じようにAIも、「心の友」だと思って、共存していけばいいと思います。

~~~以上、一部引用

そうそう。
AIって道具なんですよね。
ただ、それだけ。
本と同じ。
どの乗り物に乗るのか?っていう話。

そのくらい自分を相対化というか、俯瞰化して
見れたらいいなと思う。

本も、PCも、AIも、職業も、夢も、
ぜんぶ乗り物にすぎない。
目的地ではないんだ。

夢や目標に乗って、
その先の地平を見に行くんだ。

yoshikiも言ってる。

「何のために音楽をやるか」ということに尽きると思うんです。

それだ。
WHY?
なぜ、その乗り物に乗るんだ?
っていう問い。

そんな問いから2018年を始めてみようと思う。

そして、僕の今年のテーマは
「どうぐや」なのかもしれません。

武器も、防具も、薬草も、乗り物も
売っているような、そんな「どうぐや」
になりたいなと思います。
誰かもそんなこと言っていたような気がする。  

Posted by ニシダタクジ at 06:21Comments(0)言葉