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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2018年02月15日

百姓=農民ではなかった


「日本」とは何か 網野善彦 講談社

某古本屋さんで購入。
なかなか面白い。

「日本」が誕生したのは、7世紀末。
壬申の乱に勝利した天武天皇が
「倭国」から「日本」へと国号を変えた。

対外的に初めて用いられたのは、
702年、中国大陸に到着した
ヤマトの使者が、唐の国号を
周と改めていた則天武后に対してであった。

にもかかわらず、
明治以降の国家的教育によって、
記紀神話の描く日本の「建国」が
そのまま史実として、徹底的に
国民に刷り込まれた。

なるほど。

「建国記念日」っていうのは
神話に基づいているんだな。

それはそれで面白い。
「物語の力」ってすごいなと。

そして、この本の目玉としては、
第四章の「瑞穂国日本」の虚像

江戸時代まで我が国の農村部は
稲作を中心とした自給自足が基本であった、というもの。
年貢だって米で納めていたし。みたいな。

しかしそれは、
為政者たちが描いた「こうなったらいいな」
というストーリーに過ぎなかったのだ。

しかもそれは701年の大宝律令までさかのぼる。
「班田収授法」だ。(なつかしい)

簡単に言えば、
田んぼから全国一律に税を徴収するという制度。
政治をするほうとすれば画期的だ。

ところが、これは、
理想先行で、うまく機能しなくなってのだという。

そこで政治は、

「三世一身法」を723年に、
「墾田永年私財法」を743年に制定。
田んぼつくっていいから、税を納めろよっていうやつだ。
ここから「荘園」時代が始まっていく。

しかしながら、
実際のところ、海や山の幸が豊かだった地域では、
海産物を獲ったり、絹織物を生産したりして、
貨幣経済、市場経済で生きてきたのではないかという。

たしかにそう考えるほうが自然な気がする。
著者は、能登輪島の海産物の豪商が、
明治時代の壬申戸籍によると、
いわゆる土地を持っていない水呑(=小作農)にカウント
されているのだという。

つまり、教科書に記載されている
士農工商の「農」は、
漁民や、養蚕⇒織物、地方での商業などを
全部、「農」にくくったのだ。

つまり、データ上は、
自作農が少なく、小作農が多い「貧しい農村」は、
「農業以外の仕事で食べていた」という可能性があるというのだ。

なるほど。

百姓っていうのは農民とはイコールではなくて、
田んぼもやってたかもしれないけど、
さまざまな仕事を並行してやっている人たちと
考えたほうがよさそうだということ。

それを明治政府は
「四民平等」という名のもとに、
「農民」に一元化したのだ。

つまり、あとづけで「農民」という
カテゴリーがつくられているのだ。

なるほどね~。
そうやって、「専業思想」が生まれていったのかも

終身雇用、年功序列による「専業」システムに
国家を、国民を無理やり適用させていったのだろう。

壮大なストーリーだなと思う。
歴史はこういうふうに見ると、めっちゃ楽しいかも。
いろいろ問いがある。  

Posted by ニシダタクジ at 08:12Comments(0)