2018年09月20日
地域の「個性」の構成員になる
大正大学「地域実習~越後バージョン」
6週間にわたって、新潟県を縦断するプログラムの2日目。
柏崎市(旧高柳町)の荻ノ島集落。
かやぶきの里として知られる荻ノ島ではたくさんの取り組みが行われている。
代表の春日さんに話を伺う。
キーワードは「個性」。
以下、春日さんのトークのメモ
~~~ここから
金太郎飴のようなまちでは個性が無くなる
個性がなくなると自主性・主体性がなくなる。
地域づくりがマニュアル化して個性がなくなった。
「理屈・スローガン」ではなく、「共感」でつながる。
「共感」:意識しなくてもつながる、伝わる。
ポスターづくり:「来てください・お待ちしています」と言わない。
⇒地域のありようを伝える
自治組織と活動組織
守りの自治と攻めの自治
田植え:苗が活着してないと風景にならない。根を張ってこそ美しさ。
風景:村の人が暮らしている気持ちが表れたもの。⇒「誇り」こそ風景
経済社会と戦っていく道ではない。
→戦わないポジショニング。共感してくれる人たちとつながりを持とう。
収穫した米:横浜の社会福祉法人に売っている。
福祉法人がお米屋さんを持っている。
コシヒカリ7/こしいぶき3
⇒作業分散のため。
10,500円/30kgで売っている。
※コシヒカリとこしいぶきの価格は同じ
モノをつくる前に買ってくれる人を浮かべる。
=ピンホールマーケティング
収穫後、全量横浜の低温倉庫に保管し、社会福祉法人が管理する。
力があれば競争できる。
競争できないところはどうするか?
雪が降るということ:情報が減るということ。
⇒自分・自分に近い人と向き合える時間ができる。
人が生きていくには、インプットとアウトプットの時間が必要
アウトプット一辺倒はありえない。
自分の今のありようを確かめながらアウトプットしていく
あたたかみ:手間をかけること
⇒言葉のひとつひとつが感性に訴えている:共感する。
スローガンではなく、一緒に活動する。
橋本さん:京都府立大公共政策⇒イナカレッジ長期インターン⇒移住1年目
「人口減少」という課題に対して、地域がリアルにどういう対応をしていくのか。
地域移住して不安になる要素:お金、地域とうまくやっていけるか?など
「会社ではたらく」⇒「米、野菜を自分でつくって百姓的に生きる」ほうが安定しているのではないか?5つ以上の仕事をしている
集落単体で越えていけない:連携する。
他地域、福祉法人と連携すること。
「個性」がないと発信できないんじゃないか。
「誇り」と「アイデンティティ」
効率化⇒単純化⇒類友
田舎:複雑系⇒多様である。時間軸がたくさんある。
地域の個性の構成員であるということ。
「個性」=「能力」?
「価値観が変わってきてる」のではなく「価値が流動している」
便利=考えない⇒幸せにならない
ストックする幸せ=つながらない
「仮説にすぎない。検証してもらいたい」
東京に住み続ける:地方とのつながりが必要
関係性をもたないと生きていけない。
ムラの葬式:念仏を唱えることで呼吸を合わせた仕組み。
~~~ここまでメモ
共感。
個性。
アイデンティティ。
誇りの空洞化。
連携。
僕の中ではタイムリーなキーワードだった。
ひとつ、違和感があったのは、「個性」の話。
「地域は単体で生きていかなくてもいい」
そっか。
連携が「個性」を生むんだ。
横浜の社会福祉法人とコメの販売で連携している新潟の集落、荻ノ島。
それは「個性」だよね。
その「個性」は荻ノ島単体で成り立っているのではなくて、
横浜の社会福祉法人があって初めて「個性」になるんだ。
個人も同じなんじゃないか。
関係性の中で、「個性」やアイデンティティが生まれるんじゃないか。
地域の個性の構成員になる。
そこから始まるアイデンティティがあるのかもしれない。
だから、若者よ、地域に出よう。
2018年09月20日
「正解がない」という普通
「口笛を吹きながら本を売る」(石橋毅史 晶文社)
神保町の「岩波ブックセンター」柴田信さんを書いた本。
サブタイトルは「柴田信、最終授業~本屋は「普通」であればいい」
元郵便局を使った素敵な建物、富山のひらすま書房で6月に購入。
(ココ、マジで素敵なので行ってください!)
3か月寝かせておいて、ようやく読めました。
まだ途中ですが、ビビっときたところを。
~~~以下引用
世の中の変化にどう合わせるか。そんな方法は、私にはなかった、ということです。というより、方法は定まらない。世の中がこう変化したから自分もこう変わろうなんて、決まったものはなかった。だからこそ、変化にどこまでも合わせていけるんだ、と思っているんだよね。その途中で、押したり引いたり、ずるかったり、妥協したり、いろいろしてるだろうけど、私はこう対応した、なんて話はない。
この歳になると、なにが正しいか、正解か、なんていうのは全然面白くないんだね。形の定まらないまま直感でいくというのが面白い。
そういう本屋は、その店なりの個別の条件を抱えながら、そこの店主にとっての普通を、身の丈でやってると思うんだよ。私のところも、そうです。
~~~ここまで引用
「普通」っていうのを考えさせられるし。
変わっていく自分と変わっていく社会、世の中
に対して、どうするか、という問いが詰まっている。
注目すべきは、
何が正しいか、正解か、なんていうのは「全然面白くない」
と書いてあるところ。
面白いとか、面白くないとか
そういう問題か?
と思うんだけど、そういう問題なんだよなって改めて思った。
昨日のつづきで言えば、
「変わっていく自分」を前提にすること。
変わりつつある自分の今を前提にして、価値を今この瞬間設定するということ。
「社会」や「世の中」は前提条件ではなく、要素(パラメータ)に過ぎない。
そういうことかなと思う。
それを積み重ねて、柴田さんのいう「普通」ができていく。
ああ、自然農に似ているな、と思った。
自然農と、宮澤賢治と、
長期インターンと、岡倉天心と、
本屋と、現代美術家と。
全部つながってんだな。
そんな気がした素敵な1冊です。