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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年05月19日

「場」に差し出すことしかできない

茨城大学iopラボのための「場づくりラボ」
2019年の第1回に行ってきました。

意外だったのが、
「場」はもうあるんだって思っていること。

水戸市内には、ここ数年で、コワーキングスペースや
イベントスペースが何件もできている。

イベントやるとき、どこの会場を使おうか?
って選べるくらいの場がある。

「場」って書いたけど。

僕が「場づくり」とか「場」っていうときは
ハードではなくて、非常に短期的なものを指している
ということをあらためて感じた。
それは、クルミドコーヒーの影山さんと話しているときに。

場のチカラの構成要素を
誰と、いつ、どこで
と僕は表現するのに対し、

影山さんは、
関係性、記憶、空間
だという。
これ、それぞれが上の条件を時間軸的に伸ばしているんだなと思った。

そういえば、昨年シリーズでやっていた
「場づくりラボ」も基本的にはワークショップをやっていたなあと。

僕はエンターテイメントの本質を
「予測不可能性」だと思っていて、
だからこそ、目標決めて始めるっていうのが
あまり好きではなかったのだけど、




「THE TEAM 5つの法則」(麻野耕司 幻冬舎)
に書いてあった

「成果目標」「行動目標」「意義目標」の関係性
を見て、

ああ、ぼくが嫌だったのは、
「目標」ではなくて、「成果目標」だけを見てしまうこと
なのだなあと。

なんのためにその成果目標なんだっけ?
みたいな意義目標がないと、
つまんないんだなと。

意義目標があれば、
成果目標は仮説であり、行動目標はもっと仮説なんだと。

僕は「いまこの瞬間」がとても大切で、
それを存分に楽しみたいという動機が根源的にあって、
そこには「予測不可能性」が必要なんだっていう。

そういう「場」をつくりたいと思っているんだなと。

だから「場づくり」と言いながら、
チューニングとかファシリテーションとか
をやっていたのではないかなと。

そして昨日もうひとつ。
いわゆる「自信」について。

「自己効力感」とか
「自己肯定感」とか。

ちょっとこの2つのニュアンスは違うみたいですが。
https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoyamanobuhiro/20171105-00077783/

そもそも。
「自己」っていうのが違うんじゃないのかって思い始めました。

(短期的な)「場」を主語にしてみる。

学びの構図も、
教える側と教えられる側という1対1の関係として
見るのではなくて、

「場」として見る。

先生(だと思われている人)は
「場」に伝えたい何かを差し出す。

生徒(もしくは弟子)は、その「場」から何かを受け取る。
だからこそ、内田樹さんがいうように、
教育とは入力と出力が一致しない営みになるのだと。

たぶん、その感覚。

チームだって、1つ1つのミーティングだって、
僕から見れば「場」だ。

アウトプットを出すのは場のチカラであり、
個人は場に溶けてしまえばいい、
っていうのはきっとそういうことなのかもしれない。

自己効力感なんて不要だと思う。
あなたが「ひとりで」何かを成し遂げる必要なんてないのだから。

それよりは、「やればできるかもしれない」という
成長的知能観を持ちうるチームに出会うこと。
パートナーを見つけること。

そうすれば自信は不要なんだって。

スピノザが言うように、
意志なんて存在しない、としたら、自信なんて不要だよね。
自分が何かを成し遂げるわけではないのだから。
場の構成員として、自らを場に差し出す。

それしかできない。

桜新町の屋台は、それを肌感覚で感じられる場なのかもしれない。
  

Posted by ニシダタクジ at 09:13Comments(0)日記

2019年05月19日

「屋台」のある街

東急田園都市線
桜新町駅徒歩3分のところに、
小さな神社「桜神宮」がある。



あれ。
鳥居の横に何かありますね。


人だかりができている「屋台」です。


やっているのは吉池くんと近所の小学生。


アメ横直送のシシャモが七輪であぶられていました。

吉池さんとは、昨年の11月1日@大阪での
「ながしのこたつ」がご縁でお会いしました。

阪急百貨店の前での「ながしのこたつ」

その時に
「ぼく、東京で屋台やってるんです」
って自己紹介されて、

えっ。
屋台やってるって何?

みたいな感じで知り合ったのだけど、
僕が大好きな著者の人のところで働いていたり、
アメ横の魚屋さんにいたり、不思議な人なんですけど、
一度いってみたいなあと思って、行ってきました。

屋台には、次から次へと地元の集まってきます。
そこで近所の小学生の男の子。
お手伝いをしています。
これ、楽しいだろうなと。

そういえば、ツルハシブックスにも、屋台があったな、と。


「屋台」のある街に住んでいた、っていう記憶。
それはその子の人生にとってどんなに大きいだろう?

「地元のまちに屋台があってさあ。
変な兄ちゃんがやってたんだよね。
小学生のとき、そこ手伝ってたんだよ」
って。

あ、そういえば「タナカホンヤ」もそんな感じかもしれないですね。

僕にとってはそれが、
「スナックたこ焼き」(スナックを改装せずにたこ焼きを売っていたお店が地元の駅前にあった)
だったのかもしれないけどね。

11月に大阪で話していた時のテーマは
「リアルメディア」(身体性を伴ったメディア)
だったのだけど、まさに桜新町の屋台はそんな感じだったなと。

そして、テーマは「場」へと移っていきます。

つづく。  

Posted by ニシダタクジ at 08:19Comments(0)