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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年10月02日

「人」は最大の資源ではあるのだけれど

東京の魅力は「人」なんだと思う。
もちろん文化があり、商売があり、創造があるのだけれど、
東京というまちの最大の魅力は「人」に尽きると思う。

もちろんそれは、組織や地域でも同じで、
最大の資源は「人」である。
だからこそ。
教育は国の要であるし、人材育成は企業や地域の要である。

加えて、ここ数十年の大きな雇用環境の変化によって、
組織が一生涯にわたって個人を守ってくれない状況となっている上に、
「キャリア教育」という名の下で、
自分は何者なのか?
自分はどこを目指しているのか?
とひたすら問い続けられる。

「人」つまり「自分」にフォーカスしすぎなのではないか、って思う。
そしてそれこそが生きづらさの根源なのではないかと。

参考:
何者かにならなくてもいい(19.1.30)
http://hero.niiblo.jp/e488809.html

こうして、極端に言えば、
「プロフェッショナルになれ、さもなくば奴隷になるぞ」と脅されて、
中学高校大学と不安の真っただ中にいる人を何人も見てきた。

自分に向き合う。
目標に向き合う。
他者と向き合う。

それって本当に必要なのだろうか?って思う。

つい最近。
イベントの企画を考えていて、ふと思ったこと。
「いま、高校生に伝えたいこと」ってなんだろう?って。
なかなか出てこなくて、ちょっと真剣に悩んだ。

高校生を目の前にしているのに、
「いちばん伝えたいこと」が出てこないなんて。
そもそも「伝えたいことは?」っていう問い自体が、
高校生と向き合っているから、違和感なのかも。

向き合わないこと、なのかもしれないと思った。

向き合わずに、一緒に同じ方向を見つめることなのかもしれないと。
僕がやってきたコミュニケーションのデザインってそういうことなのかも、と。

本屋さんで本をすすめるとき。
意識は本に向かっている。

そして本を読んだ先にある何か、
それは決してその時点でお互いに見えているわけではないけど、
何かがあるような気がするから、本をすすめる。

畑で草をとっているとき。
朝ごはんを一緒に食べているとき。
みんなで輪になってはいるけど、向き合ってはいない。
僕はたぶん、そういう場が心地いいのだ。

「人」から「場」へ。
「チームの力」から、「場のチカラ」へ。
「手段としての学び」から「機会としての学び」へ。

そんなことを発信していけたら、と思う。
だからこそ、僕は阿賀町で、黎明学舎で、
高校魅力化プロジェクトをやっているのだと。
ここには「人」もあるけど、「人」以外の資源もたくさんあるから。
「機会」にあふれているから。「ブリコラージュ」し放題だから。

「人」は最大の資源ではあるのだけれど、
人生は経営ではあるのだけれど、
それは決して個人戦ではない。


「読みたいことを、書けばいい」(田中泰延 ダイヤモンド社)

最近読んだ本の中でいちばんドキドキした1冊。
「痛快」という言葉がしっくりくる。

この中に書いてある一言。
「就活は、受かる落ちるの選別の場ではなく、単に企業の業務と人材の能力のマッチングの場にすぎない。」

そうなんだよ。
受かるか落ちるか、っていう視点で見てちゃダメなのよ。

ヘリコプターに乗ってみたら、
まさに上に書いてあるように見える。

企業というプレイヤーと就活生っていうプレイヤーがいて、
企業の業務内容と人材の能力のマッチングを行っているだけなの。
しかもその能力は、その人のすべてではなくて、
その「企業の業務」単位で必要な1部の能力なのよ。

自分とも企業とも上司とも向き合わないことだと思う。
その企業の業務限定で開花する能力を、一緒に同じ方向を見れる企業と、上司と、やればいい。  

Posted by ニシダタクジ at 07:22Comments(0)学び