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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2019年11月23日

「授業」や「場」というエコシステム(生態系)

高知県の嶺北地域、本山町に嶺北高校があり、
土佐町にNPO法人SOMAが運営する「あこ」がある。

嶺北高校の探究の授業と
フィールドの見学をさせていただきました。
大辻さん、本当にありがとうございました!

まずは四国の水がめ、早明浦ダム。


からの男子寮の見学


そして、高校で探究の授業を見学


事務所に戻って、説明を伺い、最後に公営塾の雰囲気を見て、帰ってきました。

NPO法人SOMAが展開する
地域の学びの場「あこ」が
本当に子どもから大人までが集っていて
すごい場所だった。

兵庫県の中学から入学した男子生徒は、
「最初に見たときに、ここだ、と思った。ひとめぼれに近いです」
と話してくれた。

その理由が、
大辻さんや瀬戸さんから話をきくたびに、
だんだんとわかってきた。

学びのエコシステム(=生態系)をつくる。

一言でいえば、そういうことなのだろうけど。

一番印象的だったこと。
嶺北探究の作られ方。
この日も直前のぎりぎりまで瀬戸さんは準備していた。

この日の授業は、
・「嶺北高校の魅力化は私の笑顔」→動画をつくる
・シネマトグラフィー。どのように時間を使うのか?
・中学3年生がどんな映像を見せられたら行きたくなるか?
・60秒で動画4シーンで表現する。1シーンずつにタイトル→どこで撮るか?
・絵コンテには忠実に撮る。現場で変えない。

前々回:絵コンテ
前回:動画撮る
今回:実際の動画を見てみる。

前回に撮った動画を見てみて、フィードバックをもらう、という授業。
動画のクオリティとしては、ぜんぜん完成されていない。
それを客観視する。

「観察する」→「デザインする」→「表現する」
このサイクルを回していくこと。

しかし、多くの場合、
「観察する」に重きを置いてしまう、
あるいは、「お手本」を見せてしまう。
最初からクオリティを重視してしまう。

モデルを示すと、その枠を超えていかない、と
瀬戸さんは言っていた。
いちど作ってみて、それを客観的に見ることで、自分たちに気づく。

そして、モチベーションも上がる。

今回、授業後に瀬戸さんのところに来て、
もっと動画編集の時間がほしい、と言ってきた生徒がいた。

これは、マニュアル通りにやって、
そこそこの動画ができていたら起こらないことなのではないか。
もしかしたら授業外にスマホもって、動画を撮りにいくのかもしれない。
自分で動画編集を研究するのかもしれない。

瀬戸さんも言っていた。
絵コンテに集中してた。前回と全然違う。
サブリーダーが生まれた。人数が多く感じた、と。

僕も授業を見ていて、
生徒たちがだんだんと身を乗り出していくのがわかった。

~~~以下メモ

「干渉」ではなく「保護」(見守り)

個人の興味関心を言葉(発言)から拾っていく。
マンガ、ラノベ、検索してあらすじだけを把握する

★そこしか拾えないならこちらが学ぶしかない
★「聞いてあげること」の大切さ

目線を合わせないコミュニケーション
「あなたはそこにいるよね」というメッセージ
「かかわりがある」⇔「促進する」とは違う
コンテンツじゃなくて「環境」(場)

★主語が出る
誰でもいい動画じゃない。自分が出ないと成り立たない。

「この授業の主役って誰?」→あなたですよね?
と毎回聞いている。だんだん浸透していく。

「主語を自分にしていく練習」としてのマンダラート。
できていないことのチェックとリマインドはやらない。
「変化した」⇔「変化させた」

週1時間でいい。主語を自分にしていく。そこから。
「あなたの人生の主役は誰ですか?」と問い続ける。

~~~ここまでメモ

いちばんビックリしたのはリフレクションシートのこと。
リフレクションシートは毎回違うものをつくっているのだという。

前とのつながりを確認したり、次へのつながりを確認したり、
その授業回によってリフレクションの機能が違うのだと。

ああ、この授業はライブなんだと。
いま、この瞬間瞬間に作られていくんだと。

瀬戸さんは
「次に会うときには別の人になっているという前提で授業をする」
それはおそらく瀬戸さんにとっても。

来週の授業に来ている生徒は、今週とはまったく別人なのだ。
その前提で、授業をつくる。ふりかえりをつくる。
ライブ。瞬間瞬間

この授業は、瀬戸さんにしか作れないと思った。
いや、本来はどの授業も、その人にしか作れないんだ。

瀬戸さんが言ってた。
「目の前で変化している人の変化を見逃さずに済む。」

それを見ているんだ。
ひとりひとりの「変化」そのものを。

「新しい学校をつくる」という言い方
→既存の学校を否定することになる。

スタッフとして二項対立で見る人はダメ。AもBもありだと。
環境とマインドセットで人は変わる。

あとは場づくりについてのこの一言。
(子どもたちの意欲を高めるために)
「そこでは、無能な大人を演じるしかなかった。」
これも深い。

「支援」だと思って、大人はつい教えてしまう。
それが子どもの意欲を摘んでいないだろうか。

月刊「社会教育」2019年8月号に、瀬戸さんが紹介されている。

~~~ここから引用

「なんでなんだろう」と誰かが思った時に、「なんでなんだろうね」ってみんなで考えられるかどうか、これが教育機会の確保だと思ってる。

教育の目的が人に置かれることに対する危機感。

ある活動を通してこういう人が育ってほしいというのは非常に危ないと思っていて。だから常に意識・作用点は環境に置く。人は環境から独立して生きていくことはできないし、常に環境依存だから。

エコシステム、すなわち個と環境との関わり合いに注目する仕組みづくりと言える。

ここで重要なことは、エコシステムのアプローチは、あくまで意識・作用の対象を環境に向けるが、そのため相手の存在をしっかりと認めることが必要とされる。

エコシステムのアプローチにおいては、個の存在を圧倒的に意識しながらも、学びのために一歩引くということがなされている。

「土佐町は貧困地域というよりも、本質的な学びができる地域だと思った。」

~~~ここまで引用

エコシステム(=生態系)とそこにいるひとり。

という視点。
個の存在を意識しながら、学びのために環境(場)にアプローチすること。
「承認欲求を満たす」というよりも「あなたを見ていますよ」というメッセージを言語外で伝えていくこと。
そういうかかわり。

授業も、場も、エコシステム(生態系)ではないのか?

そんな深く、重い問い。
再現性なんて、やってみないとわからないけど、誰がやっても同じ結果には絶対にならない。
そして、環境も、そこにいる人ひとりひとりも、常に変化し続けている。
それを感じながら、「学び」をつくっていくこと。「場」をつくっていくこと。

その「場」を見て、感じて。
中学校3年生が直感で「ここにしよう」って決められるような。
「ひとめぼれしました」って言ってもらえるような。

そんな「場」がつくれるか?
にかかっている。

地域外からの受け入れ初年度(H31年度)10名、二年目も10名(R2年度)
の申し込みがすでに来ている嶺北高校。

その魅力を一言では言えないのだけど、
そこにはたしかに「場」があった。

「変化」を見守る大人たちがたくさんいて、圧倒的にあったかくって、
日々、学びの機会があって、毎日、「変化」が楽しみになるような。

そんな「場」がたしかにあった。

さて、こんな場を作ることができるのか、まったく自信はないけれど、
エコシステムというサイクルを、僕らのまちでも、回しにかかろう。  

Posted by ニシダタクジ at 07:40Comments(0)学び