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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2012年07月27日

無人島ルール

「ひとりでは生きられないのも芸のうち」
(内田樹 文春文庫)
無人島ルール

久しぶりに内田先生、読みました。
いやあ、「下流志向」以来の衝撃。

これはなかなか
切れ味が鋭いですね。

99ページ~107ページに
「無人島ルール」を知っていますか?
というところがあるので、
そこだけでも読んで欲しい。

~~~ここから一部引用

お題は「どうして若者はうまく働くことができないのか?」
でそれに対しての内田先生が答える。

第1に働く個人の側の問題。
労働者は自分の労働の成果に対して、
「等価」の報酬が、「遅滞なく」、「固有名詞」に
給付されることを望む。これが経済合理性だ。

大学生が今までにしてきた「work」とは
受験勉強と就活だけだ。
それはまさに努力に対する「等価の」報酬が
合格発表の日に「遅滞なく」「固有名詞」に
届けられるシステムである。

しかし、労働は
本質的に集団の営みであり、努力の成果が
正確に個人宛に報酬として戻されるということは起こらない。
報酬はつねに集団によって共有される。

だから、個人的努力は個人的報酬として、戻されない。
それが労働であり、それを理解できないと集団では働けないということになる。

ここで、内田さんは
「スイスのロビンソン」という
児童文学作品を紹介する。

スイス人の一家が無人島に漂着して、
ロビンソン・クルーソーのような暮らしをするという物語である。

その冒頭、
漂着した一家が、魚介類でブイヤベースをつくるシーンで、
食器がないから、小さなカキの殻を使いまわして飲んでいる。

すると、子どものひとりが
おおぶりの貝殻を取り出して、
それでスープをズルズル飲み始めた。

それを見た父親が子どもに問いかける。
「お前は大ぶりの貝殻を使うとスープが効率よく食べられるということに
気づいたのだね。?」

子どもは誇らしげに「そうです」と答える。
すると父親は厳しい顔をしてこう言う。
「では、なぜお前は貝殻を家族の人数分拾い集めようとせずに、
自分の分だけ拾ってきたのだ。お前にはスープを食べる資格がない。」

内田少年は9歳くらいのときにこれを読み、
「がーん」とショックを受けたそうだ。
集団で生きていくときは「そういうルール」に
従わないとご飯が食べられないんだと。

基本的に社会のルールは
「複数の人間が無人島でも暮らせる」ことを基準に作られている。
それ以外は、すべて特例だ。

そして、現代の若者たちは、
「特例」だけしかない、世の中を生きている。

「個人の努力の成果は個人が占有してよい」というのは、
生存競争がほとんどない時代、リソースの分配競争に
負けても死ぬことがない安全な時代にだけ適用できる。
いわば、これは「温室ルール」である。

ところが企業は、そのようになっていない。
リスクはみんなでヘッジしていく、
だから個人の努力の結果は集団で共有されるのである。

若者は「やりがいのある仕事」を求めて転職を繰り返す。
ここでいう「やりがいのある仕事」とは、
自分で選択した仕事における自分の努力の成果が
自分という固有名詞あてに、客観的評価を受けて、
決められた日時に開示されるような仕事のことである。

そうすると行き着くのは、
ミュージシャンかアーティストか作家という
個人営業のクリエイターしかなくなってくるが、
その仕事の世の中への存在割合はそんなに多くない。

「自分の仕事」と「他人の仕事」の
境界線はあいまいだ。

自分の仕事を追及し、
その成果を固有名詞あてにもらおうとすれば、
仕事を細分化し、その作業に集中することを強いる。
それは、非正規雇用に切り替えやすい仕事になる。
こうして逆に若者は仕事に「やりがい」を失っていくのだ。

~~~ここまで一部引用

この本を読んで、
やりがいの源泉を定義しなおさなければ、
若者の将来はないと感じた。

温室の時代は終わり、
無人島の時代がやってきている今、

無人島のルールでチームとして、
ひとつのゴールに向かっていくような、
そこに喜びを感じられるような、
環境と人を生んでいく必要がある。

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Posted by ニシダタクジ at 07:40│Comments(0)
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