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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2012年09月03日

いまなぜコミュニティ・デザインか?

先週の木曜日
コミュニティ・デザイン研究会の第2回。

いまなぜ、コミュニティデザインなのか、を考える。

マクロで言えば、
1 少子高齢化による行政依存システムの限界
2 課題は組み合わせれば資源になる
3 役割の復活による生き甲斐の創造、再生

この3つではないかと思う。

税収減によって、
まちの課題は、行政に言えばなんとかしてくれる、
という時代は終わりを告げた。

だから、まちの課題は住民ひとりひとりが
解決していかなくてはならない。

そのとき。
デザイン思考が必要だ。

栃尾のNPO法人UNEが取り組んでいる
高齢者と障がい者の農業分野での連携。

これは、双方が抱える課題を
組み合わせによって、解決しようという取り組み、
かつ、限界集落に限りなく近い中山間地の活性化を図っていくというものでもある。

このようにして、課題を組み合わせて、
資源に変えていくという取り組みは、
地域社会に「役割」を復活させる。

農業社会、農的生活の中で育まれてきた「役割」はすでに風前の灯となった。
工業社会からサービス業社会への産業構造の変化の中で、
いや、経済合理性を最大の価値とする社会によって、
人々は分断され、「役割」は失われた。

「役割」を失うことは、大げさに言えば、
生きる意味を失うことにつながっていく。

だから。
コミュニティデザインが必要なんだと思う。
コミュニティデザインが生んでいくのは
人と人のつながり、そしてひとりひとりの役割。

それこそが、いま、若者が欲しているもの
そのものなのではないだろうか。

「誰かの役に立ちたい」
「人のためになる仕事がしたい」

そんな純粋な思いが、発現する場所と仕組みを
つくっていくこと。

それがコミュニティデザインの本質なのではないだろうか。

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Posted by ニシダタクジ at 08:21│Comments(0)日記
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