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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2012年10月26日

置き忘れてきた何か

「粟島には、あの日、置き忘れてきた何かがある。」
そう感じたのは今年の夏だった。

この何か、が大切なのではなく、
置き忘れてきた何かを考えることが大切なのかもしれない。

穂積製材所プロジェクト。

林業の盛衰は、
まさにその置き忘れてきた何か、と
時期を同じくしている。

昭和31年。
戦後復興が軌道に乗り、木材需要が急増。
日本全土にスギ、ヒノキを植林する。

こうして、日本の住宅地の周辺地は
みなスギ林となった。

しかしそれが間伐期を迎える20年後、
日本は高度経済成長を遂げ、
外国産材を買えるようになった。

人件費の高い国産材は競争力を失い、
林業は停滞を始める。

「需要がない」から間伐できない。
こうして、日本の山林は荒れ果てたスギ・ヒノキの林となった。

林業だけではない。
農業も、商店街も、地域のお祭りも。

みな経済合理性の名の下に、
砕け散るしかなかった。
自然と共に、地域とともに生きた時代は過去のものとなり、
人々はひとりひとりが自立した社会を目指した。

そして。
置き忘れてきた。

自然や地域とともにあるというつながりを。
手間をかける、という豊かさを。
そして何より、先祖に感謝する、という誇りを。

どんな学術論文でもなく、
感性がそうだと言っている。

あの日、置き忘れてきた何かを届けるプロジェクトが、
日本を、地域を、もういちど復活させる。

穂積製材所のように、
新潟でもつながりと豊かさと誇りを取り戻すプロジェクトを
始めようじゃないか。

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Posted by ニシダタクジ at 07:55│Comments(0)日記
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