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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2013年10月27日

「ほめる」ことで承認欲求を満たせるか?

「承認欲求」という言葉から
対人関係の行為を見直してみる。

そうすると、
子どもに対して、「ほめる」という行為は、
有能感を高めているというよりも、
「承認欲求」を満たしている行為だと言えるだろう。

一方で
引きこもりやニートと呼ばれる人たちの多くは、
「自立」という言葉のプレッシャーから、
「承認されている」という感じを受けることが少ない。

だから、居場所が必要なのだろう。

ありのままの自分でいられる場所、
すなわち「親和的承認」が得られる場としての居場所だ。

居場所を出発点に、
徐々に集団的承認を得られるように
グループ内での役割を果たしていく、
そんな感じのステップになるのだろうか。

だとすると、
「ほめる」という行為は
どういう意味を持つのか。

よく「自信をつけさせるためにほめる」と言われるが、
それは本当だろうか?

ほめられて自信がつくのだろうか?

たしかに、第三者からの一言で
人生が変わると言うことはよくある。

「将来君は大物になる」
と言われて、本当にその一言が拠り所になって、
チャレンジをし続ける人もいるだろう。

しかし、いま、
仮に自分が働いていなくて、
負い目を感じているときに、
小さなことでほめられても、
それが自信につながるとは到底思えない。

それは、
「承認欲求」を満たしていないと考えられる。

ほめるのではなく、共感する。
「共感する」のほうがより
承認欲求を満たせるのではないか。

こういうことを、
「寄り添う」と言うのかもしれない。

違うかな。

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Posted by ニシダタクジ at 07:36│Comments(0)学び
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