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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2013年12月19日

親和的承認という出発点

大学生のキャリア形成を応援するとか、
生きづらい若者を支援するとか、
いろいろあるけど。

その根本には
「親和的承認」というキーワード
が必要だろうと思う。

「ありのままの自分」を受け入れられているのかどうか。

これが大切だ。
「居場所」とは、「親和的承認」を
得られる場所だと定義することができる。

引きこもりやニートといった若者たちが「居場所」に集う。
そこには、多くの同じような悩みを抱えた
人たちが集まっている。

小さな「親和的承認」を得る。

それをきっかけに
自分の存在そのものを自分自身で認められるようになる。

そこから。
そこからしか始まらない。

かつて、まきどき村に毎週のように通ってきた
不登校の女の子がいた。

彼女は小学校1年生の入学式から、
15歳になるまで、1度も学校に行ったことがなかった。

そんな子が朝4時半に起きて、
始発の電車に乗り、1時間以上かけてたどり着く畑には、
何があったのだろうか。
彼女を毎週通わせたのはなんだったのか?

それは、親和的承認という出発点ではなかったか。

「自立」というスローガンのもと、
条件付きの承認しか与えてくれない世の中。

でも。
畑は、まきどき村は、ただ、畑に行って、ご飯をつくって食べる。
ご飯をつくってもつくらなくてもいい。
一緒に食べるところだけは一緒にやる。

やったからといって、褒められるわけではない。
つくりたい人がご飯をつくり、それをありがたくいただくこと。
まきどき村には、
いい意味での「いいかげん」な空気感が溢れている。

そういう場所だからこそ、
「存在を許されている」と感じられるのではないか。

それは一緒にいるメンバーに許されているのではない。
自然というか、大地というか、神というか、歴史というか、
そういった「大いなる何か」に許されているような気がするのではないか。

それこそが「親和的承認」であり、
人生はそこからしか始まらないのではないかと思う。

「親和的承認」を満たした後に、
「集団的承認」、つまり、集団の中で役割を果たしたいと思う。

幼い子どもが、母親のお手伝いをしたくなるように、
誰かの役に立ちたいと思う。

まずは親和的承認から。
それには、空間のチカラも大切だ、と改めて思った。

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Posted by ニシダタクジ at 07:10│Comments(0)思い
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