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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年04月17日

ソーシャルメディア上の流通貨幣は「共感」である

ソーシャルメディア上の流通貨幣は「共感」である
「明日のコミュニケーション」(佐藤尚之 アスキー新書)

ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアは
「共感メディア」であると言われる。

著者は、
電通でCMプランナーなどを経て
現在はコミュニケーションディレクターを名乗っている佐藤さん。

2011年10月に発行された本。

この本は主にソーシャルメディアでの
コミュニケーションを題材にした1冊。

第3章の解析はなるほど、と唸るものが多数ある。

ソーシャルメディアにおけるコミュニケーション視点でのキーワード
1 共感を纏わない情報は広まらない。

そして、その「共感」には、2種類存在すると著者は言う。

「情報そのものへの共感」と
「発信元への共感」である。

どんなときに、人は、
フェイスブックでいいね!を押し、
ツイッターでRTするのだろうか?

それは自分にとって重要な情報だということよりも、
共感できる自分の親友だったり、
尊敬している人物だったり、超有名人の発言だったりすると
人はいいね!やRTしたくなるのである。

このように
「誰が発言したか」「誰がRTしているか」「誰がいいね!やシェアをしているか」
がソーシャルメディアにおいては大切なのである。

これは企業にたいしても同じで、
スティーブジョブズを愛していた人たちが
アップルの新商品情報を
RTしたりシェアするのは容易に想像できる。

つまり、アップルという発信元の情報は
単なる情報ではなくてすでに共感を纏った情報なのである。

そしてそれどころか、
ネガティブな情報、つまり悪い噂がまわってきても、
それは自分の友人や知人には教えない。
それどころか、擁護し、その悪い噂を否定して回ったりもする。

そして、僕がもっともビビったのは次の項目だ。

~~~ここから一部引用

3 有益である可能性が高い情報に受動的に出会う

たとえば、
ツイッターで10人しかフォロワーがいない人が
「とても共感できるツイート」をし、
10人のうちの誰かがそれをRTしたとする。

そのRTを読んだ人が
「お!おもしろい!」と思ってまたRTする。

そして何人かのソーシャルグラフ(ネット上の人間関係図)にを介して、
発信元の発信力とまったく関係なくその情報の共感力のみで広まっていく。
そしてあなたの目の前に来る。

つまり
「あなたに有益である可能性が高い情報」が勝手にやってきたのだ。

「勝手に」というのは、
あなたが能動的にその情報を得ようとしたのではなく、
受動的にモニター前にいただけだ。

これはたとえばテレビと一緒である。
テレビも受動的に待っていると勝手に向こうから情報がやってくる「受動メディア」である。

これはネットが受動メディアに変わった瞬間だ。

ネットはずっと能動メディアと言われてきた。
自分から検索して情報を取りにいったり、
クリックしてリンクを辿らないと情報を受け取れなかったからである。
でも、ソーシャルメディアではそれが根本的に変化する。

~~~ここまで一部引用

なるほど。

これは
ネットが受動メディアになったというよりも、

能動メディアと受動メディアの双方を
手に入れたというほうがしっくりとくる。
そしてまさにこれが
ソーシャルメディア普及の要因なのだろうと思う。

能動的ではなく、受動的に
情報が入ってくる。

たとえば、
ブラウザを開いた初期のページは
僕は昔はYahoo!Japanを使っていたが、
だいぶ前からgoogleである。
検索やgmailが開きやすいからであると思っていたが、

実はYahooに出ているニュースをクリックしていて
時間が過ぎているのが嫌だったのが本当のところだ。

「ポータルサイト」はまさに
受動的に情報が入ってくる。
全国でどんなニュースがあったのか、
スポーツの結果はどうだったのか、
そんなことがリアルタイムに流れてくる。

それを受け取るのは非常に受動的だ。

受動的な状況は楽だ。
たとえば、ツイッターやフェイスブックの
タイムラインを見れば、
友人たちの日常がひたすら流れ続けている。
そこに「おもしろい」と思える情報もあるだろう。

ソーシャルメディアはそのような受動性と
自分が発信できる能動性を併せ持つから、
人がワクワクできるのだろうと思う。

だからこそ、
「共感」を集められる人、そして場所、さらには活動が
これからメディアパワーを持ってくる。
企業もまったく同じだ。

さて。
次からは第4章。
このあとも楽しみだなあ。

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Posted by ニシダタクジ at 07:44│Comments(0)
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