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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年10月24日

土台となる親和的承認


「コンサル1年目が学ぶこと」(大石哲之 ディスカバー21)

いいですね。
就職が決まった4年生は読んでおいていい1冊だと思います。
お買い求めはツルハシブックスにて、お願いします。

1 コンサル流話す技術
01 結論から話す
02 端的に話す
03 数字というファクトで語る
04 数字ロジックで語る
05 感情より論理を優先させる
06 相手に理解してもらえるように話す
07 相手のフォーマットに合わせる 

などなど。
デキる社会人なるのに役立つ基本中の基本が満載。
うっかり僕も買ってしまいました(笑)

さあ。
これを読んで、(まだ目次しか読んでませんが)
いってみましょう、昨日の続き。

まずは結論から。

成長思考(成長的知能観)
の土台になるのは、「親和的承認」である。

マズローの欲求5段階説によれば、

1 生理的欲求(食べたい、寝たいなどの本能的欲求)
2 安全欲求(安全・安心な暮らしがしたい)
3 社会的欲求(集団に属したい)
4 尊厳欲求(他者から認められたい)
5 自己実現欲求(自分の能力を引き出し、創造的活動をしたい)

となっていくのだが。

山竹伸二の「認められたいの正体」(講談社現代新書)によれば、

承認欲求には3段階あり、

1 親和的承認・・・ありのままの自分を無条件に承認してもらう
2 集団的承認・・・集団の中で役割を果たすことで承認してもらう
3 社会的承認・・・社会的に意義・価値があることをして受け入れてもらう

これらをマズローに当てはめてみると、

1 親和的承認は、どちらかというと「安全欲求」に近いだろうことが分かる。
2 集団的承認は、「社会的欲求」と対応している
3 社会的承認は、「尊厳欲求」と「自己実現欲求」の双方に関係してくるだろう。

この「承認欲求」の謎を解き明かさないと、
チャレンジする若者は生まれてこないのではないか、
僕は思う。

さあ。
ここで僕は「語れる数字」を残念ながら持っていない。
なので、論理ではなく、感情と感覚(実感値)で語るしかない。

昨日、2004年の中越地震の日から10年を迎えた。
僕はたまたまのご縁で、川口町(現・長岡市)で活動することになった。

川口町には、東京からボランティアがたくさんやってきていた。
(立地的に東京からのアクセスが近かった)
1か月が経ち、ライフラインが復旧してきた。

僕がかかわっていた
子どもと遊ぶボランティアは
静岡県のホールアース自然学校の仕切りで、
ていねいな支援を行っていた。

ボランティアリーダーは、
3日間以上連続して活動できる人に限られていた。

そこで活動していて不思議だったのが、
20代後半から30代と見られる男性が多く活動していたが、
彼らが東京に帰る気配がないことであった。

そう。
彼らは会社勤めをしていない、
いわゆるフリーターやニートと呼ばれる人たちであった。
彼らをそんなにも行動させた動機づけとは、
いったいなんだったのだろう?
とずっと疑問に思っていた。

それが、この「親和的承認」の話で、仮説を立てることができる。

その仮説とは、
「地震のボランティアとは、彼らにとって承認の場であった。」ということである。

社会的に意義や価値があるとされていることを行うことで、
あるいは純粋に、目の前の人が「ありがとう」と言ってくれることで、
子どもたちが楽しそうに遊んでいるサポートができることで、
承認されたような気がする(表現が不適切かも)、のである。

しかしながら、その日々は長くは続かない。
いつかは終わりが来る。
そして彼らは地元に戻っていく。

いまの世の中で、
「働いていない」(=就職していない)
のは、大人として承認されにくい。
つまり、親和的承認の機会はほとんど皆無であると言っていい。

だからこそ、彼らは、
承認欲求を満たそうとして、(意図せずとも)
「社会的承認」が得られるボランティアをしたのではないか。

いま、地域社会でも家庭でも学校でも、
子どものころから、
親和的承認の機会はほとんどない。

「勉強ができたら、ほめられた」
「テストでいい点をとったら、ほめられた」
「絵を描いて賞をとったら、ほめられた」
「友達を助けたら、ほめられた」

すべて条件付き承認である。

かつて、
商店街や地域コミュニティが機能していたころは、
近所のおじさんや八百屋のおっちゃんが声をかけた。
「おい、暗い顔してるけど、なんかあったか?」

実は大人が声をかけるだけで、
「親和的承認」がある程度満たされる
と思っている。

マザーテレサの名言は
「優しさの反対は無関心である」だが、
無関心ではないことは、優しさであり、
愛であり、承認欲求を満たす行為なのではないだろうか。

そのような親和的承認の機会を失ったことが
若者たちの漠然とした不安の原因となっているのではないか。
マズローの2段階目の欲求が満たされていないからではないのか。

だからこそ若者は、「社会的承認」が得られるであろう
「ボランティア」に惹かれ、「国際協力」に惹かれ、
「地域活性化」に惹かれるのではないだろうか。

実はその根っこに
「親和的承認」の機会が得られていないこと
があるのではないか。

若者たちに自信を持って、チャレンジさせようとするなら、
まずは土台となる「親和的承認」の機会をつくることが必要なのだと思う。

そう思ってつくったわけではないが、
「ツルハシブックス」という空間は、
「親和的承認」の機会にあふれている。

お店に入れば、声をかけられる。
古本を買えば、年齢がバレ、学校のことやプライベートなことを聞かれる。
お店で偶然居合わせたおっちゃんおばちゃんたちは、適当なアドバイスをしてくれる。
きっとそこは、若者にとって、親和的承認の場所なのだと思う。

若者が田舎や商店街に惹かれる理由のひとつが
そこにあるのではないかと思う。

親和的承認の機会のあるコミュニティをつくる。
これが何よりも大切なことなのではないだろうか。

あなたも劇団員になって、そんな場をつくりませんか?

ツルハシブックスでは第1期劇団員100名を募集しています。
10月31日(金)に締め切ります。
入団申込み、お待ちしています。

http://tsuruhashi.skr.jp/boshu

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Posted by ニシダタクジ at 08:18│Comments(0)思い
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