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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2014年12月29日

「自信がない」は後天的に獲得した資質である

大学で行うキャリア教育の壁。
それは、「自信がない」ということ。

現在の世の中的には、
「自信がない」のは「成功体験がない」からであり、
「成功体験を積む」ことが、自信をつけるための近道であるという。

しかし。
「成功体験」のためには、「挑戦体験」、
つまりチャレンジをしなければならない。

しかし。
この仮説の最大の矛盾がやってくる。
「自信がない」子はチャレンジする自信もないのである。

だから、チャレンジできない。
すると成功体験を積めない。
だから、自信がつかない。

つまり。
大学4年間のあいだ、その子に自信がつくことはない。

そもそも。
「自信がない」とはどういう状態だろうか?
いつから、その子は自信を失っていったのか。

幼稚園や小学校低学年の頃の文集に、
将来の夢としてなんと書いただろうか?

男の子ならJリーガー。(僕らの時代はプロ野球選手)
女の子ならお菓子屋さんとかお花屋さん。
と書いただろう。

そのとき。
「まあ、こんなこと書いたってどうせなれるわけじゃねーし。」
みたいな冷めた気持ちで書いた子どもってどのくらいいるのだろうか?

おそらくはほとんどいないはずだ。
みんな書いたものに本当になれると当時は思っている。
子どもは全能感(なんでもできる)のカタマリだ。

ほとんどの大学生は自転車に乗ることができる。
ということは、子どものころに自転車に乗る練習をしたということだ。

そして、覚えていないかもしれないけど、
最初はうまく乗ることができなかった。
何度か転んで、あるいは怖い思いをして、
乗れるようになったはずである。

その何度か転んだとき、
自分の能力を疑っただろうか?

「もしかして、僕は自転車に乗る才能がないのかもしれない。」
「自転車は難しそうだから、とりあえずあきらめて、自動車免許とれる18歳まで、歩きで過ごすか。」

などと考える子どもは、ほとんどいないはずだ。

そう。
「なんでもできる」(かもしれない)
という状態がデフォルト(パソコン用語でいう初期設定)
だったはずだ。

いつのまにか。
人は大きくなる。
自我が目覚める。
自分がほかの人と違う人間だと気づく。

小学校高学年、
中学校、そして高校

いつのまにか18歳で、
「自信のない自分」が完成している。
そして自分は自信のない子だと思っていて、
それを克服したいと思っている。

その自信を失っていくプロセスと
目標設定・達成型の「キャリアデザイン」型キャリア教育が
不幸にも同時期に起こることが、
僕は中学校高校の最大の闇(闇というくらい大袈裟な話)だと思う

自信を失えば、
目標を低く設定せざるを得ない。
他者との比較も起こる。

自分は本当は能力がないのではないか?
と勝手に思い込んでしまう。

しかし。
いわゆるお勉強で測られる能力は、
世の中で必要とされる能力のうち、
暗記力と情報処理力だけである。

それは実は社会に出てからは、
概ね、パソコンが代行してくれる。
だから、その評価が低いことは、
そんなに人生に影響を与えない。

そもそも。
「自信がない」という状態は、
後天的に獲得された資質であって、

本当は、みな、
「やればできる」(かもしれない)
のである。

さらに、現在学校などで主流である、
目標設定・達成型のキャリアデザイン型キャリア形成がマッチする職業は、
イチローや本田のようなプロスポーツや将棋の棋士のような専門的世界か、
学校の先生や医者といった資格系の仕事か、
旧財閥系や超がつく一流大企業に入社する場合に限られるのではないか。

わずか数年で激変する現代の世の中においては、
キャリアデザインだけではなく、
「偶然」や「弱いつながり」をつかんで、なんでもやってみる
キャリアドリフト型キャリア形成を並行してやっていかなければならない。

その「やってみる」のネックとなるのが、
「自信がない」という思い込みだ。

そうじゃない。脳科学者の研究によると、
人間はもっとも使っている人でも脳の3%しか使っていないという。
脳が全開したら原子力発電所が必要なくらいの
エネルギーを要するのだという。

だから。
まだあなたの能力は眠っているだけだ。
その開花のチャンスを、あなたは自分の体を使って、
試してみなければならない。

「やればできる」わけではないが、
「やればできる」かもしれない、のだ。

そしてもうひとつ。
「キャリアドリフト」ができるようになっても、
まだもやもやしている人がいる。

これは、アクティブな大学生によく見られるのだけど、
自分自身もそうだったのだが、
いろいろ活動しているけど、なんか不安。

「やりたいことやっていていいね。」と
周りの友達にも言われるけど、
本人はずっと不安を抱えている状態のこと。

「どこに自分の本当にやりたいことがあるのか?」
とずっと迷っている。
これは意外にツラい。

これは僕は
「キャリアデザインの呪縛」だと思っている。

どこかに自分のやりたいこと(目標や夢)が存在して、
それを見つけて、
そのゴールに対して、今自分はここにいるんだ、
と思いたいのだ。

そうではない。
「キャリアデザイン」と「キャリアドリフト」は
まったく別次元の理論である。

キャリアデザインという体系の中の方法論として、
キャリアドリフトがあるわけではない。
だから、それを見つける必要はない。

僕の仮説によると、(笑)
キャリアドリフトの目的は、「お客に出会う」ということ。
自分が仕事として、本当に幸せにしたい人に
出会えるということ。

この人たちのためだったら、
自分はちょっとくらい無理してもいいかな、と思える人に
出会うこと。

これは、数を打たなければ出会えない。
だから、ドリフトが必要なのだ。
「偶然」をつかみながら、いろんなことをやってみるのだ。

自分が幸せにしたいと思えるお客に出会ったとき、
(もちろんお客も経験を重ねることによって変化するかもしれない)

やるべき職業の種類は無限に広がっていく。
その人を幸せにする方法は、
100万通りあるからだ。

そんなキャリア教育を作っていけたらいいと思う。

昨日のツルハシブックスは
そんな思いを確認させてくれるいい対話がありました。
ありがとうございました。

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Posted by ニシダタクジ at 07:50│Comments(0)思い
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