2015年02月27日
「理解しえぬもの」という未来
「Communication Shift」(「モノを売る」から「社会をよくする」コミュニケーションへ 並河進 羽鳥書店)
4回目の登場。
いやあ、もったいなくて、
ちょっとずつ読んでます。
おもしろすぎる。
今回はココ
哲学者エマニュエル・レヴィナスの話。
ハイデガーが
「正義とは10000人の国があったら、10000人すべてが正しいと信じること」
だというのに対し、
レヴィナスは、たとえば
ここに10000人の国があって、10000人の人が「理解しえぬもの」が
その国に現れたとき、それでも「理解しえぬままに」それを受け入れよう、と。
それこそが本当の正義なんだ、と。
なぜ「理解しえぬもの」を受け入れるのかというと、
それが平和をもたらすからではなく、
人は本来的に、自分の「理解しえぬもの」に、
未来や可能性を感じるようにできている、
「理解しえぬもの」への渇望がある、からなんだそうです。
いやあ、そうなんだ。
すごいな、これは。
やっぱり正解か不正解かっていう
教育をずっと受けてきちゃうと、
「理解できるかできないか?」
みたいな話になっちゃうんだよね。
よく大学生が
「親や周囲の友達に理解してもらえない。」
とか悩んでいるのだけど、
やっぱり人間の言語化能力には限界があるから、
それって当然なんだよね。
理解されなければならないって
いうのを超えていかないといけないのだろうと思う。
いや、そもそも
未来とか希望とか可能性とかって
「理解しえぬもの」の中にあるんだって。
それに人間は本質的にワクワクしちゃうってことですよね。
いやあ。
ホントに素敵な本だなあ。
キャリア教育に携わる人も必読です。
Posted by ニシダタクジ at 06:50│Comments(0)
│本
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