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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2015年06月23日

「富国強兵」「殖産興業」という一神教

江戸時代、士農工商それぞれの身分で
教育制度があった。

武士は儒教、躾。
農民は農事暦、内発的動機付け
職人は「覚える」「盗む」
商人は家訓に基づいた教育

それぞれが違うことを教えた。
特に職人の「覚える」というのは、
非常に個人的体験的学びに依存していた。
つまり、均一化された人材が生まれてこなかった。

明治時代になり、
国の方針が「富国強兵」「殖産興業」
となった。

そこでひとつの教育制度が生まれた。
それが学校(近代学校)である。

学校の思想は「平準化」である。
「土佐人」や「長州人」ではなく、
「日本人」を作らなければならなかった。

産業労働者であり、かつ戦争を担う人を
育てる必要があった。
そこで日本人の「能力」の基準を一元化し、
かつ、日本人としての「意識」を統一する必要があった。

学校と軍隊は双子の兄弟であると言われることがある。

学校教育の本当の狙いは、
学力をつけることではなく、
挨拶ができるようになるであったり、
先生の言うことをきちんときくことであったり、
一定時間の授業をおとなしく聞いていることだったりするのだという。

つまり、
軍隊に入った時に、組織を乱さずに行動できる人を
育てたかったのだという。

おそらく。
この試みは成功した。
日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦という結果。

しかしながら、この150年。
常に統一された「学力」という考え方は
それ以外の力も大事だ、という考え方と
せめぎ合ってきた。

大正デモクラシー。
民主主義教育のはしりがここで生まれた。

しかし。
ふたたび1931年。
日本は15年戦争に突入していく。

そして1945年、終戦。
ふたたび日本が混乱した中で、
アメリカの民主主義社会をモデルを
つくろうと、各地域で取組が始まる。
これがコアカリキュラム運動に代表されるものだ。

しかし、1950年の朝鮮戦争を境に
高度経済成長にひたすらに突き進むなかで
ふたたび「学力」重視の方向に向かう。

学校は荒れた。
それを管理教育で押さえつけようとして
さらに学校は荒れた。
「スクール・ウォーズ」の時代だ。

その後2000年。
当時文部省の寺脇研さんが提唱した「生きる力」
総合学習が始まる。

しかしながら2007年。
ふたたび「学力」重視の教育へと転換される。

こうして、「学力」とそれ以外の力はせめぎあいを続けてきた。

そして、もちろん、スクールウォーズのモデル、山口先生をはじめ、
何人もの優れた教師たちが輩出され、子どもたちを救ってきた。

しかしながら、構造的に、システム的に、
「学校」というのは「学力」をつけるところであり、

その「学力」の根本は
軍隊、あるいは企業社会で戦力になる、
悪い言い方をすれば文句を言わずに働けるようになること、である。

それでもまだ、
30年前まで、日本には「地域」が存在した。
「家庭」も存在した。
お祭りがあり、家族団らんの機会があった。

それを失ってまでも
日本は産業(企業)優先社会へとシフトしていった。

しかし。
突如、というか必然というか、
時代や社会のほうが変わってしまった。

学校で真面目に学んでいても就職できなくなった。
「言われたことをやっているだけの人材は要らない」
「自分で考えて高付加価値を生める人材がほしい」
と言い出した。

「富国強兵」「殖産興業」という一神教を
システム化した「学校」は、
就職できる人を生むシステムではなくなってしまった。

宙に浮いた若者たち
(いや、これは我々世代にも当てはまる)
が頼るべき地域や家庭はもはやない。

いまの若者たち(や我々世代)の漠然とした不安は、
一神教を失ったことに起因しているのではないか。

信じていた宗教と社会システムが
自分にとって機能しなくなったという不安。
これはすごく大きいのだろう。

しかし、それでも、私たちは生きていかなければならない。
希望を生んでいかなくてはならない。

だから、自ら希望を生み出す仕組みを構築する必要がある。
「本」、そして「人」、さらに「地域」

小さな入り口から始まる希望を生み出す仕組みを
創っていきたいと思う。

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Posted by ニシダタクジ at 06:28│Comments(0)日記
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