プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 8人
オーナーへメッセージ

2015年11月15日

10代と共に不安を生きる

学校を創る人のもっとも大切な条件は、
「子どもから学びたい」と思っているかどうか、だと思う。

暗やみ本屋ハックツやツルハシブックスが
もし、学校のようなものだとしたら。

そこにかかわるスタッフの条件は、
「10代から学びたい」と思っている人ということになる。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

ドイツの名宰相、ビスマルクの言葉だと言われる。

自分の経験など、ちっぽけなものに過ぎない。
自分が生きてきた時代しか知らないのだから。

そんな大人たちが、自らの経験をもとに、
10代にアドバイスをするなんて、
やっぱりちょっと違うのかもしれないなと思う。

茨木のり子さんの「倚りかからず」という詩がある。

倚りかからず

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない 
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

ここに2行加えるとしたら。

もはや
できあいの経験には倚りかかりたくない
となるのだろう。
若者たちにとっては特にそうだ。

きっと自分の「経験」とは、単なるその程度に過ぎない。
自分の支えにはもちろんなるとは思うのだけど、
他者へアドバイスするほどではない。

もっと歴史を学ぼう。
もっと本を読もう。

自分自身もそうやって本を読み、
歴史に学ぼうとする人が、
本屋で10代とコミュニケーションすることができる。

ここ50年。
我が国の人たちは歴史上稀にみる、
(おそらくは二度と来ないであろう)
「予測可能な時代」を生きた。

「経験」に学ぶだけでは、
これからの予測不可能な時代は生きられない。

そういった意味では、
10代の若者たちと、40代の僕たちは、
まったく同じスタートラインに立っていると言えるだろう。

答えはない。
もちろん僕たちには「経験」がある。
しかしそれは、「経験」にすぎない。

そんな自覚を持って学び続けるということ。
思考し続けるということ、そして、試行し続けるということ。

そんな人たちだけが
10代の若者たちと未来を語る資格があるのかもしれない。

10代と共に不安を生きる自分であり続けたいと思う。

同じカテゴリー(思い)の記事画像
人生は経営であると伝えること
「ふるさと」を創出する方法
「勘違いする人」を増やすには?
ともに学ぼう
違和感から問いへ。問いから仮説へ。仮説と志のあいだ。
瓶の中に紙切れを入れ、封をして海に流すことだけ
同じカテゴリー(思い)の記事
 人生は経営であると伝えること (2019-08-18 07:58)
 「ふるさと」を創出する方法 (2018-05-18 08:21)
 「勘違いする人」を増やすには? (2018-05-10 12:12)
 ともに学ぼう (2018-04-01 07:49)
 違和感から問いへ。問いから仮説へ。仮説と志のあいだ。 (2018-02-23 08:21)
 「向き合わない」で「パラレル」につくる (2018-02-09 08:33)

Posted by ニシダタクジ at 07:47│Comments(0)思い
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。