プロフィール
ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年01月05日

Community Supported Bookstore


「だから、僕は農家をスターにする。」(高橋博之 CCCメディアハウス)

東北食べる通信
http://taberu.me/tohoku/
を運営するNPO法人東北開墾の高橋さんの本。
めちゃめちゃ面白かった。

自身を振り返る機会になった。
農学部で稲作を学び、
サークルでサツマイモを育てて感動し、
畑をみんなやったほうがいいと思い、まきどき村をスタート。

その直前に小説「種をまく人」(ポールフライシュマン あすなろ書房)を読んで
「畑は人が集まる拠点になりうるのではないか?」
と畑の新たな可能性に気づいた。

畑を借りたところの近くには
朝市があり、地元のばあちゃんたちが野菜や漬物を売っていた。

試食の漬物を目当てに(笑 もちろん買うこともあったが)
そこにおにぎりを持参し、朝ごはんを食べるようになる。
そこに、マサヤが炊飯ジャーを持ち込んだことでイノベーション。
「人生最高の朝ごはん」の原型が生まれた。

いまはかやぶきの家「旧庄屋佐藤家」をお借りして、
朝収穫した野菜料理をおかずや味噌汁にして、
囲炉裏を囲んで釜炊きごはんを食べている。

そして今はツルハシブックスやハックツで
「本」を通じて人と人をつないでいる。

そう考えると、僕は、コミュニケーション・ツールとしての「農作業」と
コミュニケーションツールとしての「食べること」と
さらには「本」や「本屋」あるいは「本を読む」ということを
提供してきた、と言えるのかもしれない。

そこで、「コメタク」が始まったということは、
もしかしたら、ふたたび、その道を帰っていくのかもしれない。
つまり、「本」から「食べること」、そして「農作業」へと帰っていくのかもしれない、と。
そんなことを感じさせてくれた本になった。

もっとも心が震えたのは、
秋田の米農家、菊池さんの2014年秋のエピソードだ。

~~~ここから一部引用

「不耕起栽培」で人間と自然に優しいお米をつくり、
1年前に「東北食べる通信」で特集された菊地さんが
途方に暮れていた。

思ったようにお米の収穫ができない。
長雨続きに加え、田んぼから水を抜くタイミングを誤ってしまったのという。
稲刈り時期になっても、田んぼがぬかるんだ状態で、
コンバイン(稲刈り機)が進まない。

そのときに菊地さんは、最後の頼みとして、
当時約900人が登録していた食べる通信の読者限定のフェイスブックページに
書き込み、1ヘクタールの手刈りをお願いした。

「明日からでも助けてもらいたいです。
来てくれたらお米4・5㎏差し上げます。
宿と食事も提供しますが交通費は出すことができません。
一生のお願いです。助けてください。」

すると、
読者をはじめとする人たちが都会から続々と
有給をとって自費で現地に駆け付け、裸足で田んぼに入り、
稲刈りを始めた。その数、延べ200名。

読者ばかりではなかった。
それまでに「東北食べる通信」で特集した
生産者7~8人も、炊き出し用にと、
野菜、帆立、海苔、牛肉など、自らがつくった食材を
次々に菊池さんのところに送ったのだ。

それを菊池さんの奥さんや駆けつけた読者たちが調理し、
みんなで輪になって食べた。
豪勢な食材が並び、実はかなり特別な
「東北食べる通信」フルコース状態だったという。

終了後、菊池さんが書き込んだ文章に胸がキュンとなる。

『僕はこの秋、大いなる収穫物を得たと思っています。
ひとことで言えば、それはみなさんとの「共鳴する心」です。
これまで無心に無農薬、無肥料、不耕起の稲づくりに勤しみ、
自然界のいきものたちとその心を共有してきました。

それはある意味孤独の世界でもありました。
でも、今回、その田んぼにみんなが集い、笑い、奏で合えたこと、
僕にとって偉大なる事実です。

(略)

「食べる」ということは自然であり、学びであり、つながりです。
僕は、孤独にされてしまった「食べる」という行為を
友とともに喜び合う「食べる」に
次元を上昇させたいと思っています。

それは、ただ食べるものを買うという行為では得ることが
できないだろうと思います。

僕たちつくる側にも孤独があります。
いや、僕たちがつくっているのではなく、
つくるのは天であり、水であり、土です。
僕はただそこに居るのみです。

そうした自然との関わりの中で、
自らの食べ物がどのように生まれてくるのか、
そこをともに考え、創造し、奏で合う。
そうした共に奏でる世界を一緒に考えていくことができたらな~と思っています。』

変化したのは、田んぼや生産者の心だけではなかった。
参加していた秋田県にある国際教養大学の学生たちは、
「東北食べる通信」を共同購読する部活を学内で立ち上げていたが、
この稲刈りを機会に毎週のように菊池家に通うようになり、
部活動は大きく広がった。

高橋さんは次のように言う。

『私が、1年ちょっとの「東北食べる通信」の運営を通じて、
彼らに教わったのは、彼らは
これまでの「食べ物とお金の交換という貧しい関係」
から抜け出し、交換不可能な「食べる人とつくる人という豊かな関係」
をつくり始めていたことだ。

私たちはお金で食べ物を買うようになって、
「食べる」ということの本来の意味を
忘れかけていないだろうか。

「食べる」ということは、
「食べものをつくる」ということを表裏をなしているのだ。
交換可能な「お金」と「食べもの」という貧しい関係性から抜け出し、
交換不可能な「つくる人」と「食べる人」という
豊かな関係性に戻すことで、生産者と消費者は
共に元気を交換できる仲間になれるということを、
菊池さんは今回、みんなと一緒に証明した。』

~~~ここまで一部引用

カッコいい。
食べる人とつくる人が共演できる舞台がここにはある。

この後の第4章で
農家と消費者をつなぐ「CSA」のことが書かれている。

CSAとは
「Community Supported Agriculture」のことで、
直訳すればコミュニティに支えられる農業のことだ。

コミュニティマネージャーを配置し、
生産者と消費者、あるいは消費者同士のコミュニティを育む。
そんな取り組みが始まっている。

米屋+本屋。
いやコメタク×ツルハシブックス
が目指しているのは、
もしかしたらこういう地域社会なのかもしれない。

「本」や「食べる」を入り口にして、
人と出会い、「農」にも触れていく。

中学生高校生のために何かしたい、と
大切な本にメッセージを付けて寄贈する。
朝ごはん会に出てきた食材が
つくられている現場に行ってみる。

そういった可能性が広がるのではないか。

この本を読んで、
「コメタク」の次のイメージが湧いてきた。

CSAをもじって、
CSB(Community Supported Bookstore)
ができないだろうか。

「本」「食べる」「農作業」をベースに
人がつながり、学びの機会を得ることができないだろうか。

米屋×本屋のその先が、
少し見えてきた1冊になりました。

高橋さん、CCCメディアハウスさん、
素敵な本をありがとうございました。

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Posted by ニシダタクジ at 07:07│Comments(0)
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