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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年02月10日

その選択によって起こる結果を最終的に引き受けるのは誰か?

貨幣とは、鋳造された自由である
(ドストエフスキー)

と、ドキッとする一言がちりばめられている1冊。

その選択によって起こる結果を最終的に引き受けるのは誰か?
嫌われる勇気
(岸見一郎 古賀史健 ダイヤモンド社)

http://hero.niiblo.jp/e438912.html
(ブログ20代の宿題 2014.6.27)

をふたたび古本屋さんで買い、読み直す。
アドラー心理学。

これはいいなあ。
人生とは何か?
という成人式期間にぴったりの本。

「認められたいの正体」(山竹伸二 講談社現代新書)
http://hero.niiblo.jp/e291010.html
(ブログ20代の宿題 2013.10.22)

「私とは何か?」(平野啓一郎 講談社現代新書)
http://hero.niiblo.jp/e405926.html
(ブログ20代の宿題 2014.4.16)

と合わせて読みたい1冊です。

他者の承認を得ることを目的にしない。
そうすると他者の人生を生きることになる。

これ、優等生と言われる多くの大学生に
当てはまるのではないかな。

アドラーは、
課題を分離することだといいます。

~~~以下一部引用

自分の課題と他者の課題を分けること。

誰の課題かを見分ける方法はシンプルです。
「その選択によってもたらされる結末を、
最終的に引き受けるのはだれか?

子どもに勉強しなさいと言う親がいたとして、
子どもがもし「勉強しない」という選択をしたとき、
最終的に結末を引き受けるのは親ではなく子ども自身です。

つまり、他者の課題と自分の課題を切り離すことが大切なのです。
自らの生について、あなたにできるのは、
「自分の信じる最善の道を選ぶこと」それだけです。

その選択について他者がどのような評価を下すのか。
これは他者の課題であって、あなたにはどうにもできない話です。

~~~ここまで一部引用

なるほどなあ。
もしかしたら、ツルハシブックス、というか本屋は、
課題の分離ができやすい場なのかもしれないな、と。
本の処方箋が支持される理由がそこにあるのかも。

つづけて、
アドラーはこの章の本題である
「自由」と「承認欲求」について語ります。

「自由とは、他者から嫌われることである。」
と。

自由を行使するには、
同時に他者からの承認欲求を満たさないことを意味します。
「嫌われる勇気」を持てるかどうか?

こういう問い、大切だよなあと。
僕としては、上記の3冊を

1 「認められたい」の正体
で承認欲求の実態を知る。

次にこの
2 「嫌われる勇気」
を読んで、承認欲求を相対化する。

3 「私とは何か」
を読んで、分人として、演じながら生きる。

このプロセスで
だいぶ自由に生きられるようになる気がします。

「自由とは何か?」

これは大学時代に問うべき問いだと思います。
いや、一生ですけどね。

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Posted by ニシダタクジ at 06:17│Comments(0)
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