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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年03月25日

本業じゃないほうが本質的なことができる

本業じゃないほうが本質的なことができる

本業じゃないほうが本質的なことができる
「ナリワイをつくる」(伊藤洋志 東京書籍)

ツルハシブックスのソファで、
「就職」や「転職」を悩む若者に、もっとも処方した本。

伊藤さんは、
「モンゴル武者修行ツアー」や「遊撃農家」、「全国床張り協会」
など、様々な仕事(=ナリワイ)を組み合わせて、
支出を下げながら楽しく生きることを提唱する。

農家の知り合いがいることや、
自分で床を張れるということは、
生きるチカラだと思った。

伊藤さんは
「専業」、すなわち、ひとりがひとつの仕事で
生計を立てていくということに疑問を投げかける。

その中でももっとも僕の心に刺さったフレーズが
「本業じゃないほうが本質的なことができる」
だった。

コメタクの3人を見ていて思うのだけど、
彼女たちの原動力は、(本人に聞いたわけではないけれど)
おそらく、「本質的なことがしたい」なのだろうと思う。

「何か仕事をして、収入を得て、食べていく」
ということよりも、「本質的な何か」をしたい。
それを表現したい。
おそらくはそういうことなのだろうと思う。

「本業じゃないほうが本質的なことができる」
は衝撃的だ。

ひとたびその仕事が「本業」になってしまうと、
「顧客優先」が顔を出す。

つまり、無理な注文や値切りにあったりしても、
「長い付き合いだから」「いつもお世話になっているから」
あるいは、「次の仕事が来なくなるかもしれない」などの
理由で、その仕事を受けざるを得なくなる。

そこにリスクが潜む。
本質的なところから外れていく危険が生まれる。
ひとたび外れたら、どんどん外れていく。

そういうことって「専業」の弊害なんじゃないの?
と伊藤さんは言う。

もちろん。
きっちりと自分を持って、
そのような注文を断れることのできる仕事人もいるだろう。

しかしながら、多くの場合、
本業であるが故に、それらの注文を受け入れてしまう。

僕たちが目指しているのは、
「本業で食べていく」ことなのか?
それとも、
「本質を追求していく」ことなのか?

コメタクの3人に聞いてみたいな、と思った朝でした。

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Posted by ニシダタクジ at 08:01│Comments(0)
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