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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年04月26日

本当にすごい戯曲は、それを読んだ人が勝手に上演をしてしまう

本当にすごい戯曲は、それを読んだ人が勝手に上演をしてしまう
「戯曲は作品である」(岸井大輔)

いや、面白いね。
読み進めるほどに。

450ページからの
戯曲は作品なのか(黒瀬陽平×岸井大輔)

紙幣は紙に書いてあるだけなのに
人が動くから戯曲であるという
岸井さんの発言から始まる。

~~~以下メモ

戯曲は「アクションせよ」って言っているだけじゃないか。
再現するべき台詞などがありながら、
一回性をしてくれという矛盾を含むわけ。
演劇は、この一回性、つまり、今生成された
演技の良さと、あらかじめ計画された戯曲による演技の良さという
矛盾によって成立する。
で、その矛盾を成り立たせるために戯曲はある。

反復する演技の文化ってあからさまに反復不可能な
ほとんど奇跡のような事件を起源に設定していることが
多いですよね。

それによって自ら一回性と複数性、
再生産可能性と再生産不可能性を抱え込んでいるというか。
例えば、落語って同じ話を何回も何回も繰り返すないですか。
それを繰り返すことに意味がある。
稽古にしたって、基本的には、師匠が喋ったことを
何度も反復することによって技を修得する

でもあの伝説の圓朝の「三題噺」って即興で作られたことになってますよね。
反復の芸能の起源が、即興によって生まれている。

繰り返される上演の起源というのは、
一回しか起きなかった奇跡であるということですね。

紀元前6世紀の頃の孔子にしても、
釈迦にしても、ソクラテスにしても、
文字を書かなかった。
つまり、一回性のトークをしてただけです。

だけど、何も書かずに死んじゃったら、
その弟子の中で必ず書くやつが出てきた。
しかもその書いたやつの形式が全部戯曲形式である。

「あの人がこの人に向かってこう言った」という
残し方しかできなかった。

ギリシア悲劇って、プラトンと同時期だから、
この時期に人類は戯曲を手に入れたんだと思うんだよね。
アクションは記録ではなく、一回性の再生産によってしか残せない
ということだと思うんですよ。

読んだ人がもう一回考えて、
アクションをもう一回再生させないと、
釈迦は残せない。
理論化しても、釈迦のアクションは伝わらない。

だから戯曲は、ちょっと考えさせるようになっている。
すると、読んだ人がなんだろう?と思って、
「あ、こういうことかあ!」ってなったときにアクションが起きる。

優れたアレゴリーは、
それを見た人に上演(解釈)を無限にさせてしまう力を持っている。
人類はおそらく、
再解釈を強制的に駆動させるようなアレゴリーに力に、
紀元前5世紀くらいのときに気づいた。

そして同時に、人生の一回性とかについても考えた。

一回性を運命づけられた人類の中で、あまりにも
すごいやつが出てきてしまったために、
「こつが死んだらやばくね?」みたいな話になって、
なっとか反復する方法を一斉に考えた。

それが演劇の期限であり、アレゴリーの起源でもある、
っていう風にも言うことも可能ですね。

釈迦とかが、
相手や状況に合わせたアクションとして示した、
演技でしか伝えられない真実。
このときにアレゴリーを使っている。
だから最初の戯曲家たちも、アレゴリーを活用したんじゃないかと。

本当にすごい戯曲は、それを読んだ人が勝手に上演をしてしまう。
あるいは上演せざるを得なくなる。

もし優れた戯曲やアレゴリーの条件が、
他人に上演させてしまうことなのだとしたら、
その条件を構造的に持っていないとだめだと思うんですよ。

読者がそのフィクションをおもしろいと感じるかどうかとは別に、
それを読んでいる時点ですでにフィクションに巻き込まれてしまっているような構造。

~~~ここまでメモ

いやあ。
面白いね。
そうそう。

そういう空間を「ツルハシブックス」で
実現したいのだと。
一回性と複数性。

「気がついたら私も本屋という舞台の共演者になっていました。」
っていうのはまさにそういうことかと。

岸井さん、また話したいな。

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Posted by ニシダタクジ at 08:17│Comments(0)
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