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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年06月14日

「自由」と「承認」


「認められたいの正体~承認不安の時代」(山竹伸二 講談社現代新書)

あらためて読み直す。
「自由」と「承認」について、考える。

中世から近代になり、
人々は「自由」を手に入れた。
宗教的な縛りから解放され、
好きなように生きていけるようになった。

実はそれはいいことばかりではなかった。
それと同時に危機に瀕したものがあった。

それは、「承認」である。

特に、この本の定義である3種類の「承認」
1 親和的承認:ありのままの自分を承認される
2 集団的承認:集団の中で役割を果たすことで承認される
3 一般的承認:社会一般が認めるいいことをすることで承認される

「承認」とは、周りが求めるものに対して
応えてこそ得られるので、
キリスト教的価値観の中では、
ある意味、それはわかりやすかった。

ところが、産業革命が進行し、
個人の自由が拡大していくと同時に、
価値観は多様化していく。

しかし、まだそこまでは、
日本の高度経済成長のように、
国民全体が共有する「大きな物語」が存在した。

おそらくは、日本という集団の中での
集団的承認を果たしていく喜びがあったのだろうと思う。
会社(仕事)のために自分を犠牲にする行為は、
承認欲求を大いに満たしてくれたのだろうと思う。

いま。
平成の世の中になって、「大きな物語」は失われた。
「承認不安」の原因のひとつはそこにあると思う。

世間一般に通用する価値観がなくなったいま、
がんばってもがんばっても、承認されない世の中になってしまった。
「働かない若者」の原因の一端もそこにあるのかもしれない。

価値観の多様化、という自由は
同時に、どうすれば承認されるか?という不安を引き起こす。

おそらくは
それが「コミュニティ」へと向かわせているのかもしれない。

僕は大学生や20代たちの誕生日サプライズ合戦は
ある意味異常な姿だと思うのだけど、
あれは親和的承認を満たすための
自己防衛の方法なのかもしれない。

「承認」という観点から自分と世の中をとらえなおす。
それも大切なプロセスかもしれない。

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Posted by ニシダタクジ at 08:21│Comments(0)
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