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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年10月26日

海面下の絶景

海面下の絶景
「コミュニティ難民のススメ」(アサダワタル 木楽舎)

連日お送りしてるこの1冊。
やっぱり今日もシビれました。
よくぞ、このタイミングで、この本を、という感じ。
甲府・春光堂書店さん、本当にありがとうございます。

~~~ここから一部引用

コンサートに行く人の日常は、
一体いつの時点から非日常へと切り替わっているのか。

当人がこの非日常な感覚を日常の中で意識的にコントロールできるのであれば、
目の前の現実を直接変えずとも、より豊かな人生を獲得できるのではないか。

日常/非日常の「/」の存在は、
そもそも固定しているものではなく、相対的なものだ。

この「/」の位置が編集によって決まるのであれば、
「日常」とは、「無意識に編んだ刺激のない編集結果」であり
「非日常」とは、「意識的/無意識的問わず、
その編まれた日常の意味を違う文脈に再編集した結果であると
言えるのではないだろうか。

「日常を再編集する」という行為の先には、
実は既存の専門性や常識で覆い隠されていた
新たな価値観の発掘、異なるコミュニティ同士の接続、
公私の編み直しなどを伴う可能性を存分に秘めているのだ。

ほとんどの人びとが現われの空間(人びとが行為と言論によって
互いに関係し合うところに創出される空間)に生きていない。
ハンナ・アーレント「人間の条件」

ある人は「何」という位相に関するかぎり、
他の人びとと交換可能である。

「ほとんどの人びと現われの空間の中に生きていない」のは、
私たちがほとんどの場合、互いを「何」として処遇するような
空間のなかに生きているからである。

表象の眼差しで見られるかぎり、
私は、他者の前に「現われる」ことはできない。
表象が支配的であるその程度に応じて「現われ」の
可能性は封じられるのである。

現われの可能性を高めるために、私たちがやるべきこと。
それは〈島〉の上に現れている一見してわかりやすい専門性を
便宜的に盛り込みながらも、一方で〈海中〉から
掬い上げてきたコンセプトまでもしっかりと「現」していくことではなかろうか。

「現われの空間」は、「誰」へのアテンションが、
「何」についての表象によって、完全には廃棄されていない
という条件のもとで生じる。

それは予期せぬことへの期待が存在するという意味で、
ある種の劇場的な空間である。

そこには、個々のパフォーマンス(言葉や行為)に
おける他者の現われに注目を寄せる「観客たち」が居合わせている。

そしてある時、〈小舟〉(筏)から身を放つことによって、
〈海面下〉では、〈島〉と〈島〉が緩やかにつながり合っている
という景色を発見してしまう。

ただでさえ不安定な漂流生活を送っているにもかかわらず、
されに身を挺して〈素潜り〉までしないといけない。
しかも、〈海中に潜りながらの表現〉は一見わかりにくいため、
「弱い現われ」しか伴わない。

いったい何をやっているのか。認識されるまでに時間がかかるし、
なかなか理解を得られないだろう。
心が折れてしまうかもしれない。
でも、〈海面下〉の世界には、
これまで見たことのない素晴らしき絶景が広がっている事実を
確かに知ってしまった今、もう後戻りはできないのだ。

こうして獲得した地平とともに、
自分の存在価値を徐々に受け入れ始める。
〈海中の表現〉は、やがてじわじわと〈島〉の日常を
足下から変えてゆく。

そう、「難民」だからこそ伝えることができる、
〈島〉と〈島〉との新たな関係性を〈海面上〉にあぶり出すのだ。

こうしてようやく

「個人の生産活動において、
特定の分野のコミュニティに重点的に属さず、
同時に表現手段も拡散させることで、
新たな社会との実践的な関わりを生み出す人々」

となることができるのである。

~~~ここまで一部引用

そう。
そうそう。

「海面下の絶景」を知ってしまったんだ。
表象化・言語化できないほどの絶景を見てしまったのだ。

これだ!
と思える美しい瞬間に立ち会ってしまったんだ。
それを海面上にどう見せていくか。

それが、
「作品」と呼べるような仕事につながっていくのかもしれない。

ツルハシブックスはやっぱり、本屋ではなかったし、
本屋業界のコミュニティにいるときの、
何とも言えない居心地の悪さは、
「コミュニティ難民」への萌芽だったのだろうと思う。

読めば読むほど、素敵な本だなあ。

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Posted by ニシダタクジ at 08:02│Comments(0)
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