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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2016年11月21日

「生きがい」と「仕事」の逆転


「14歳からの社会学」(宮台真司 世界文化社)

第3章<理想>と<現実>

学校と仕事について書かれています。
これもいいですね。
ほんと、14歳に読んでほしい。

いきなり来ますよ
「近代学校教育のモデルは軍隊と監獄」ですから。
いいなあ。
これ読んで、学校の先生に質問してほしい。

エッセンスが詰まっていますので引用します。

~~~ここから一部引用

江戸時代の農村の人々は、
めいめい時間を決めて働いていたんだけれど、
明治の近代化で、その人たちを時間的に管理された
工場労働にかり出す必要が出てきた。

そのためにまず、それまでの村人としての意識と体に
染みついた生活習慣を変えてもらう必要があった。
そこで導入されたのが近代の学校教育だ。

体育の集団行動は、軍隊教練から、
教室の構成から内申書まで監獄の管理システムの応用だ。

軍隊と監獄をモデルにした学校教育は、
農村の人々を都市労働者として編成し直すのに役立った。
雨が降ろうがヤリが降ろうが時間通り出社し、
規律正しい集団行動で、安くていいものを大量生産する競争に加わる。
そんな都市労働者が誕生することになった。

~~~ここまで引用

こう読むと、いかに学校教育が「不自然」なものであるか、
実感させられる。

そして「近代過渡期」である
大量生産・大量消費を乗り越えた我が国は、
多品種・少量生産の「近代成熟期」を迎える。

「近代過渡期」では、
「いい人生」=「いい労働者であること」だから、
「いい労働者」になる訓練をすればよかった。

でも「近代成熟期」だと「いい人生=いい消費者であること」
だから、「いい消費者」になる訓練が新たに必要になる。

「近代成熟期」は、
みんながものの豊かさを求めていた時代と異なり、
価値観が多様化し、ひとりひとりが求めているものが異なる。

フォード主義と呼ばれる労務管理の方法は、
「構想と実行の分離」といって、
「頭を使う人と、体を使う人を分ける」やり方のことだ。

この方法では創意工夫を求められるのは、
構想する(頭をつかう)人だけで、実行する(体をつかう)人は、
一丸となって勤勉に働くことを求められた。

このやり方は、多品種少量生産、サービス産業時代になると
変わってくる。

この新しい労務管理のやり方をポスト・フォード主義という
具体的には「構想と実行の一致」といって、トップから末端まで
すべての人が創意工夫を、
体だけではなく頭をつかうことを求められるようになることをいう。

こうして、創意工夫が求められ、仕事には「生きがい」が生まれた。
やがて若い人がみんな仕事に生きがいを求め始めた。

なるほど。
ここで、仕事の中に「生きがい」を見出してきたはずなのに、
いつの間にか、「生きがい」と「仕事」の逆転現象が起きているんじゃないか。

ここからは、さらに引用してみる。

~~~ここからさらに引用

最初に確認しよう。
仕事をする人に「生きがい」をあたえるために、仕事があるんじゃない。
社会が必要とするから―仕事をしてもらわないと困る人々がいるから―
仕事がある。みんなが仕事に「生きがい」を求め始めれば、多くの人は
「生きがい」から見放されてしまう。

「近代成熟期」は低成長で賃金があまり上がらない。

そんな中、企業はまず「仕事での自己実現」で
若い人をあおって競争させ、本当に優秀なひとにぎりの
人間をすくい上げたあと、今度は残った人に
「仕事での自己実現」はそこそこに「消費での自己実現」を
目指してはどうかと提案し、消費サイドに回ってもらう。

すると世の中「仕事での自己実現」をする少数のエリートと
「消費での自己実現」をする大多数の大衆とがかみ合って、
経済がうまく回る。

結局「生きがい」や「自己実現」といったものは、
経済を回すためにエリートが考え出したキレイゴトじゃないのか、と。

当たり前の話だけど
仕事に生きがいを求めない生き方だって、
消費に生きがいを求めない生き方だって、
いくらでもある。

実際、労働者に「生きがい」をあたえるための会社なんてない。
会社はもうけるためにある。
もうけるために役に立つ限りで
「生きがい」を与えるだけだ。

~~~ここまで引用

ここから、さらに論は展開していくのだけど、
ここまでにしておく。

若者を取り巻く、
「もやもや」の原因のひとつがここにあると思った。

時代背景的には、
「近代過渡期」から「近代成熟期」に移り、
「構想と実行の一致」をひとりひとりが求められ、
「生きがい」が生まれた。

それは、「仕事」の中から「生きがい」を見つける方法でもあった。

トヨタが「カイゼン」方式をとりながら、
生産効率をどんどん上げていった。
技術はどんどん向上していった。

時代の流れなのか、エリートたちの戦略なのか、
多くの人が「生きがい」を考えるようになった。
仕事に生きがいを求める人たちが増えた。

だから、「就職活動」ビジネスが起こり、
自己啓発本やセミナーが流行り、
通信講座が売れ続けるのだろう。

しかしながら、それは、
「仕事における生きがいの実現」に向けて、
「消費による生きがい」を求めている姿に他ならないのかもしれない。

そしてそれは、
他者評価を前提をしている以上は、
決して終わることのない苦しい旅だ。

「自分に向いている仕事」は、
「自分に向いている異性」を探し求める姿に似ている
と宮台さんは言う。

「仕事」そのものが自分に向いているのではなく、
「仕事」をやっていく中から、小さな「生きがい」「やりがい」
を見つけ、「お客」に出会い、「天職」だと思える瞬間をつくっていくこと。

それが僕が
「ホスピタルクラウン」から学んだ仕事観だった。

「仕事」と「生きがい」「やりがい」
その関係性をもう一度見直してみる必要があると思う。

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Posted by ニシダタクジ at 08:18│Comments(0)
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