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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

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2017年05月08日

「お買いもの」化しないインターン


「みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?」(西村佳哲 弘文堂)

まだまだ続く西村さん読み直しキャンペーン。
手持ちもものがあったはずなのだけど、
井上有紀さんから借りました。

今回も名言だらけだったのだけど、
一番響いたのは江弘毅さんのところ。

岸和田に生まれ、だんじり祭りで育った
江さんのひとことひとことが沁みる。

大人になる、ってどういうことだろう。
と西村さんから問うところから始まる。

~~~以下メモ

「何で食べてんの?」っていう問いの立て方が
一般的ですよね。
でも、そうとも言えるし、そうでないとも言えるなっていう。

経済軸で判断しすぎなん違うかと。
少なくとも、僕が育ったような街でいうところの「大人」は、
こんだけ出来るとか、稼げるとか、
世の中動かせるとか、そういうことではない。

よき先輩に成り得るか。
大人になるということは、誰かを大人にしたということでしか、なれへんのです。
誰かの先輩なり師匠になって、
その後輩や弟子が「あの人に大人にしてもろた」っていう。

大人になるっていうのは、別の言い方をすると、
責任の取りようとかなんですね。
責任っていうのは、取るもんじゃなくて全うするもんです。

今の社会はわかりやすいことばっかり通りが良くて、
仕事というものも経済軸を前面にして測られますよね。
さっきの自立や生計の話もそうだし、
お金儲けや経済活動にスコーンとアクセスするような見方が
たたき込まれていて。

消費者というのは横着やと思う。
いつも「何してくれんねん」「俺を満足させろ」って。
でもそんな人間関係って、消費以外の世界ではありえへんやないですか。

経済軸というのはとにかくわかりやすさを求めます。
そして誰もが三ツ星の店に行って
一万円払えば、一万円のものを享受できると思っている。

そもそも価値というのは、わかる人間にしかわからへん。
しかもほんまは、お好み焼きとうどんと洋食と寿司は、
近所のが一番うまいって思ってんねんから(笑)

ところで、フランス料理の記事って実は書きやすいんですよ。
シェフがリヨンのポール・ボキューズで4年修行して、
そこから帰ってきてどこどこに入って。
料理はバルバリー種の鴨をつかっていて、
チーズはどこ産のなんとかでワインの葡萄の品種は何って。
記号やデータを並べていけば書ける。

でも大阪のお好み焼き屋に行くとね、
「おっちゃん、むちゃくちゃうまいですね。これ何入ってるんですか?」
って聞いても、「小麦粉と塩と味の素や」って。
「豚肉も最高ですね。どこのですか?」って言うたら、
「近所の肉屋で買うとる。」って。
「キャベツはどこ産で?」と聞こうものなら、
「おまえ何しにきたんや」っていう話です(笑)。

容易に情報化できない。けど事実性がある。
そうしたら、どういうふうにして私は馴染んでいったかとか、
その店の言葉をつかうようになったかとか。
要するに消費される記号やなくて、
経験やコミュニケーションの有りよう、関係性でしか書けない。

「ミーツ」は自分が編集長になった真ん中あたりからは、
もうそういう記事づくりをしていました。

でもそういうのを情報化して、
誰もかもを消費者にしようとする価値軸は、
会社の中でも前面に出てきやすくて。

高度情報化社会っていうのは、情報にする技術が発達した社会のことじゃない。
容易に記号化したり、数値化できるものばかりを集めた社会のことだと思う。
「もうそんなん止めたれ」と思って。

でも本来、学ぶということは、
自分が何をわかっていないかもわかっていないわけです。
その初めの時点で「こういう勉強して何になんねん?」
なんて問いを立てていたら、何にもならへんだろうし、
誰にも学ぶ必要ないやないですか。

~~~ここまでメモ

このまえ、有紀ちゃんと話していたのは、
「商品化」と「消費財化」のリスクについて。

企業インターンに対して、田舎インターンを「価値づける」
ことはとても大切なことだと思うけど。
それを「プログラム化」することだと
安易に考えないほうがいいのではないか、ということ。

「プログラム化」し、「得られる経験」を言葉化すると、
そのインターンプログラムは商品になり、消費財化してしまう。
この文章で言えば、「記号」化するということ。

つまり、インターンが「お買いもの」になってしまう
ことを意味する。
大学生の時に身につけるべきは、
「お買いもの」ではなく、「投資」ではないだろうか。

今すぐに役立つのではないけど、
長期的に見たら、効いてくるのではないか。
そんなことを、感性で判断して、行動することではないか。

冒頭の江さんの「大人になる」っていうことは、
誰かに「大人にしてもろた」って言ってもらうことだという。

それは決して、「誰かを大人にする」という
行為ではなく、向こうが勝手に自分を見て、学び、
大人にしてもらう、のだ。

うっかり私たちは、「記号」のような経験を集めて、
大人になったような気になってしまう。

よくわからないから、やる。
価値とは何かを問い続けながらやる。
そこでやってみたことを振り返ることで、
自分の学びに変えていく。

それを時間が経ってから、経験と呼ぶような、
そんなインターンを作れないだろうか。

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Posted by ニシダタクジ at 08:01│Comments(0)
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