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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2017年05月10日

現代の聖職者


「情報の文明学」(梅棹忠夫 中公文庫)

まさかの。
おととい読んでいた本に引用されていたので、
ほしいなあと思っていたら、近所のブックオフにありました。
108円。読書運、まだまだあるね。

まだ読み始めだけど
面白かったので。

情報業の先駆者たち、と題された
「情報産業としての教育、宗教」の項

~~~以下引用

より組織的に、情報を売ることを
業務としてのは「教育」の仕事であった。

現実に、一定の情報を伝達することによって、
伝達者の生活がまかなわれ、
伝達組織が維持されるものである以上は、
基本的構造は同じである。

その意味では、
組織化された教育制度そのものが、
現代における情報産業の先駆型なのである。

その意味からも、
ラジオ、テレビの放送人たちを
「現代の聖職者」とよんでも、かならずしも
見当ちがいではないはずである。

宗教集団とは、
神を情報源とするところの、情報伝達者の組織である。
「神聖化」という特殊処理をうけた
一定のタイプの情報を大衆に伝達すれば、
その伝達行為によって生活をささえることが
できるということを発見したとき、情報業の先駆形態としての
宗教が発生し、職業的宗教家が誕生したのであった。

~~~以上引用

なるほど。
情報産業というのは、現代において生まれたものではなく、
昔から存在し、教育と宗教もそれによって、
職業として成り立つ(すなわち食べていける)としたら
それは情報産業に他ならないのだという。

うむうむ。

まだ読み進めていないので、
どう展開するかわからないのだけど、

そこに近代社会的な「効率化」が加わると、
何かが変化するのかなと思う。

効率化は記号化を生み、
システム化は、提供者と消費者の違いを生む。

これはおもしろそうです。

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Posted by ニシダタクジ at 08:23│Comments(0)
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