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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2018年01月12日

学力という「単一の指標」は「唯一の指標」ではない


「公教育をイチから考えよう」(リヒテルズ直子×苫野一徳 日本評論社)

福岡・ブックスキューブリック箱崎店にて購入。
大好きな本屋さんで堅めの1冊。

翌日に伺った「こととば那珂川」の坂口さんとの
話にも刺激を受けて、
再び教育というか、小学校中学校高校の
ことを考えるようになっています。

この本、買ってよかった。
いいタイミングで、いい問いをくれる本屋は本当に貴重です。
僕もそういう本屋になりたいです。
ブックスキューブリック箱崎店さん、ありがとう。

坂口さんに話を聞いて、
いちばん感じたことは、
学校の勉強だって「リベラルアーツ」になり得るっていうこと。
(リベラルアーツ:自由への学問、教養)

数学はアートで、
英語はサイエンスだ、っていうこと。

そういうふうに、学びを楽しむこと、
好奇心をはぐくむこと。
きっとそれが子どもの時に必要なのだろうな。

ということで、この本。
まだ第1章ですが、リヒテルズ直子さんの
心をえぐるような、辛辣というか、真実というか、
感じていることを言葉にしてくれている感じに
胸が苦しくなります。

~~~以下、本文よりメモ

学習とは、本来楽しいもののはずです。
これからの社会がますます必要とする
人間のさまざまな創造力や批判的な思考力は、
学ぶことに喜びを感じられる環境の中で初めて
育つものです。

しかし、日本の子どもたちは、
まだ生まれてほんの数年の、幼稚園に通う年齢の時から、
「勉強とは一所懸命励むもの」
「勉強が他人より遅れたら人生に失敗してしまう」
という外からの強制と脅しの中で、

学ぶことの楽しさを奪われ、
生きがいを見出すうえで大切な好奇心を
磨滅させられているのです。

受験で成功することが人生を切り開く第一歩。
学校で落ちこぼれたり受験に失敗したりすることは、
幸福な人生への切符を取り損ねたも同じ。

18歳の若さで、みずからに「負け組」のレッテルを貼って、
自己肯定感とは正反対の精神状態に放り込まれる・・・。
そういう、必要のない無意味な敗北感を持ったまま
大人になっていく子どもが、日本にはあまりにも多すぎます。

そして、子どもたちから遊ぶ時間や家族と過ごす時間を奪い去って、
「いま苦しみに打ち勝てば、やがて幸福な人生を手に入れられる」
と無責任にささやいているのは、塾や家庭教師といった
大小の教育産業に携わる大人たちです。

大人たちが寄ってたかって、子どものためというよりも
自分たちの立場や利益のために、子どもたちの可能性を
損っているのではないでしょうか。

自分が営利の仕組みに組み込まれてそれをどうすることも
できないでいるのを内心では承知していながら、
「子どものためにやっているのだ」と、
自分だけはその仕組みがもたらす結果の責任から
免れているかのような態度をとります。

企業戦士の塾教師たちが大声でかける叱咤激励のもと、
子どもたちは「必勝」などと書いたハチマキを頭に巻きつけ、
個性などまったく無視されて、
大きなホールに何十人も一緒に並んで反復学習に励まされる・・

成績ランキングにさらされ、「負けることは恥」と心に刷り込まれ、
最後にはおおげさな打ち上げ花火までして、
合宿終了がお祭り騒ぎで祝われます。
こうした偽りの「達成感」に陶酔させられる子どもたちの中には、
涙すら流す子が何人もいるのです。

競争神話の刷り込み以外の何ものでもないこうした行為に
「教育」という看板をつけて親から金を巻き上げているこんな国が、世界のどこにあることでしょう。

問題は、
こうした「最小限の投資による効率化」ばかりを狙う国の施策によって、
すっかり「粗末」となり硬直してしまった日本の公教育が、
公的な縛りを受けない塾産業や、親や教材やサービスを購入する
教育産業を助長させ、結果として、
営利ベースの教育機会にアクセスできない貧困家庭の子どもたちが
最新のメソッドや機器に触れる機会から遠ざけられていることです。

長きにわたり続いた学歴社会と受験競争によって確立してしまった
学歴偏重の社会意識(子どもの人間性尊重の欠如)

それがもたらした塾・教育産業の無節操な蔓延(次世代教育の営利事業化)

それが逆に学校関係者に次世代教育の責任の放棄を促していること(公教育の荒廃)

教育委員会等の行政指導によって教員の自由裁量権が取り上げられている(教育の自由の剥奪)

貧困家庭の子どもたちが学力競争のスタートラインでハンディキャップを負っている(発達の権利の剥奪)

日本の公教育の課題の大もとは、
直接的には、学歴社会と受験戦争にあるでしょう。
そして、この競争的な学歴社会を生んだのは、
学校教育を「優れた人材の選抜システム」とみなす考え方に
あることもあきらかです。

~~~ここまでメモ

このあと、教科書の問題になっていくのだけど、
それはまた別の機会に。

一言で言って、「ヤバイね、これは」
っていう感じですね。
その通り過ぎるよって。

「効率的であること」
に最大の価値がおかれたシステム。
それが現代の日本の教育システムにいまだ生きているのだなと。

この文章を読んでると、
あまりにも異常だと思えてくるんだけど、
なぜ、それが今まで続いてきたのか?
って考えると、

2017年の僕のテーマのひとつだった
「近代」とは何か?に入っていく。

「明治維新以来、日本の近代化が急速に進んだ。」
と習ってきたけれど、

それはいったいなんだったのか?

一言でいえば、「効率化」であり、
「日本人」という「国民」をつくること。
「富国強兵」「殖産興業」というスローガンのもと、
我が国は近代化への突き進んだ。

やむをえない事情だったと思う。
アジア各国が植民地となる中、
戦争に負けないためには、
急速に「国民国家」を作る必要があった。

なぜなら、「国民国家」こそが
当時の戦争において最強のシステムだったからだ。

それを「効率的」につくるためにシステムのひとつ、
いや、要となるのが「学校」だった。

それが、今もつづいている。
日本は最終的に戦争に負けたが、
戦後ふたたび、「効率化」が価値を生んだ。
工業社会だったからだ。

「効率化」システムは、
ふたたび価値を生んだ。
そしてそれは、日本を「世界2位の経済大国」
と呼ばれるまでに押し上げた。

その要になったのは、やはり公教育を
出発点とする「学歴社会」システムであろう。
学力という単一の指標で輪切りにし、
システムの管理者と被管理者に分ける。

「管理者の命令だから」
と行動する人を増やしていくこと。
それが価値を、いや価値というか、
お金を生んだのだった。

ところが。
時代は変わった。

日本で「効率化」が価値を生むことは
難しくなっている。

工業社会が終わりを告げて、
付加価値をどうつくるのか?
他社とどのように差別化するのか?
が価値を生んでいる。

また、課題を解決したり、
今までにないものを生み出していくことが
求められている。

世の中はもう、「効率化」で価値は生むことはできない。

にも関わらず、
学校は、教育は、いまだに「効率化」されたシステムに
最適化する人材を育て、
また教育産業はそのようにして稼いでいる。
そんなシステム自身に問いを投げかける必要があるのではないか。

さて。
本屋にもできることがあるんじゃないか。
って思わせてくれるのに十分な第1章でした。

また、読み進めます。

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Posted by ニシダタクジ at 08:29│Comments(0)
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