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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2018年02月01日

「差異」こそが価値

人と違うこと。
人とというか、多数と違うこと。
差異こそが利益の源泉である。

均質なものの供給こそが価値だった
時代があった。

歴史を見ないと、いま起きている現状が、
当たり前のように思ってしまう。

「終身雇用、年功序列」
は日本が高度成長していた時に大いに機能した。

なぜ、機能したか。

求めるスペックが近かったし、
そして何より、転職というエネルギーは、
本人にとっても、社会にとっても、大きなコストだったから。

供給システムとして
機能したのが学校であるし、「学歴社会」だった。
均質な人を「輪切り」にして、管理者と非管理者に分ける。
それはもっとも効率的な生産システムだった。

学びの場の歴史的スタンダードは、
日本でも例外ではなく、
「寺子屋スタイル」であると言われる。

「場」に人が集まって、各自が学んでいる。
そこに分からないことが出てきたとき、
師匠の出番がやってくる。

いま、web上にも良質なコンテンツがあふれている。
そんなときに、「学校」という「場」が果たすべき役割とはなんだろうか?

各教科の勉強なのだろうか?
それとも集団生活なのだろうか?

それは何の役に立つのだろうか?
いや、そもそも、「それは何の役に立つのだろう?」
という問い自体が学びのお買い物化を体現しているのではないか。

「学び」というのが、一人前の「社会人」を育てるものだと仮定して、
学ぶべきものとはなんだろうか?


「公教育をイチから考えよう」(リヒテルズ直子×苫野一徳 日本評論社)

この中で、苫野さんは、
学びの「個別化」「協同化」「プロジェクト化」
を繰り返し説く。

学校という「場」は、
特にその協同化・プロジェクト化の拠点になる役割があると。

僕はこれは、
学校ではなくて、図書館や本屋、ブックカフェの
役割なのではないかと思う。

学校という均質集団では、プロジェクトに幅が出ない。
「地域」という不確定要素があることで、
おもしろいプロジェクトができていく。

そして、そこには、ビジネスというか、商売、
「小商い」と呼べるようなものがあると、
さらに面白いと思う。

商いには、ゴール(目標)があり、
それがそのプロジェクトに目的地を
与えてくれるから。

そして、その際にも、
「このプロジェクトは何が違うのか?」
という問いが必須となってくる。

差異こそが価値の源泉である。

そんなことを子どもたちに伝えられる
プロジェクト基地のような本屋や図書館をつくっていくこと。

それ、やってみたいわ。

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Posted by ニシダタクジ at 08:03│Comments(0)日記
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