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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
TEL 025-261-3188

平日12:00~19:00
土曜 7:00~21:00
日祝10:00~19:00
*火・水曜定休





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2018年03月30日

「問いを共有する」というチームづくり

鳥取から萩を目指す。

移動中に、ブログを更新し、facebookへ
シェアしていると、

僕にとって、学びの場づくりの同志、
濱ちゃんが島根県益田市へ
転居したとの情報をキャッチ。

えっ。
いま、益田に向かっているし。
ということで、運命的な再会。
大阪にいるときには会えなかったので、
3年近くぶりかなあ。

http://hero.niiblo.jp/e463632.html
「正しさ」より「対話」を(15.2.22)

http://hero.niiblo.jp/e466292.html
宣言すれば学校はできる(15.4.5)

http://hero.niiblo.jp/e466522.html
自立してはいけない(15.4.10)

ブログ検索で「濱ちゃん」って打つと
たくさんのブログがヒットする。
3年前、大きな衝撃を受けたことがわかる。

久しぶりの再会。
益田で食べるのは、
もちろん「ローメン」だ。(笑)


益田駅に程近い「豊味軒」


ローメン発見


これがローメンだ!


そして濱ちゃん

オランダ3か月修行の話をしてくれたし、
僕は水戸留学3年間の話をしていた。

そう。
子どもにとって「価値」は何か?
問い続けること。
それが学校の先生にずっと課せられ続ける課題である。

そしてその問いを共有すること。
それが学校がチームになるということであると思う。

「問いを共有すること」
それが出発点になる。

そんなランチを終えて、
いざ、萩・松陰神社へ。








いい感じの桜が咲いていた。

そして、吉田松陰先生の墓参り。


管理者のおじさんの掃除のタイミングにぶつかる。
門下生がこの墓を建てたのだと
自分たちはそれを伝えるためその17名の説明書きを
つけたのだと熱く説明してくれた。
そして、街中まで車に乗せてくれた。
いまでも、街の人の誇りになっているなあと。

伝説のゲストハウスrucoでひと休みした後、野山獄へ。
(ウチノ食堂の野呂くんが来たって言ってた。津屋崎に続きここにも!笑)









やっぱりここが僕にとっての聖地だ。
2004年春。

「小説・吉田松陰」(童門冬二 集英社文庫)
の野山獄エピソードに驚愕した。

「学びあいの仕組み作りによって、
たとえ獄中であっても希望を生むことができる」

「これだ!」と思った僕は、新潟から萩を目指した。

4月の頭。
朝、墓参りの帰り道、松陰神社の脇の道で、
ランドセルを背負った小学生の集団登校に出くわした。

その小学生たちに誓ったのだった。
「安心して大きくなっていい。
君たちが中学生高校生になるころには、
学びあいの場をつくり、希望は次々に生まれているだろう。

あれから14年が過ぎた。
萩にはまた桜が咲いていた。

松陰神社内、「至誠館」には、
留魂録が展示されている。

その中の四季の部分に胸が熱くなる
(深谷さんに借りた「松下村塾」を読みながら来ました)

~~~
以下引用
http://www.yoshida-shoin.com/torajirou/ryukonroku.html
より

一、今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、
春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。
つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。
秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、
村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、
その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。

私は三十歳で生を終わろうとしている。

未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、
これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、
実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。

だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。
なぜなら、人の寿命には定まりがない。
農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。

人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。
十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。
二十歳には自ずから二十歳の四季が、
三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。

十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。
百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。

私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。
それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。

もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、
それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、
穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。

同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。
(参考文献:古川薫著「吉田松陰 留魂録」)

~~~ここまで引用

四季のように人生を生き、そして死ぬ。
吉田松陰先生の死生観があらわされた一節だ。
死を覚悟した松陰先生が
門下生たちに伝えたかったメッセージ。

そういえば、
「至誠館」っていうのは、「死生観」と同じ音だ。

生きるっていうのは本来は、
誠を尽くすということなのだろうな。

あらためて、
松下村塾の基本スタイル「共に学ぼう」について考えた。

それは、
「問いを共有する」ということなのではないか。

それはもしかしたら「いかに生きるか」かという問いなのかもしれないし、
「価値は何か?」ということなのかもしれない。

それは決して
「幕府を倒し、外国に対抗しうる日本をつくる」
という目標だけではななかったのだろう。

松下村塾というチームには、
問いが共有されていた。

問いの共有、
それこそがパートナーシップの
出発点だと思った。
まさに「共に学ぼう」だ。

目標の共有では、
役割分担を生むだけだ。

問いの共有こそが、
互いにリスペクトし、パートナーシップを組み、
それぞれの力を発揮して、前に進んでいく力になるのではないか。

チームづくり、学びの場づくりにもっとも必要なのは、
それなのではないか。

松陰先生は問いかけた。
そして行動した。
いかに生きるか。
日本にとって何が価値か。

その「問いの共有」
こそが松下村塾を最強の学びの場にしたのではないか。

現代社会において、それをどう再現するのか。
ひとつの仮説は、それは本屋というプラットフォームによって
可能になるのかもしれないということだ。

「問いを共有」するための本、そして人。
地域資源を活用したプロジェクト。
地域企業と行うプロジェクト型のインターンシップ。

その入口に、本屋はなり得るのではないか。
僕がやりたいのは、そんな本屋だ。

14年も経ってしまいましたが、
またそんな場づくりにチャレンジします。

松陰先生、熱い風をありがとうございました。

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Posted by ニシダタクジ at 07:16│Comments(0)学び
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