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ニシダタクジ
ニシダタクジ
 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



新潟市西区内野町431-2
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2018年04月10日

他者評価の檻から自分を脱出させる方法

「他者評価の檻から自分を脱出させる方法」
を伝えること。

直近の僕のミッションであるように思う。

そしてそれは、
本屋で本を売ることによって、
あるいはインターンを含め地域での様々な活動を
することによって、脱出させることができる。

大切なのは、
「自分が脱出する」ではなくて、
「自分を脱出させる」ということ。

つまり

自分とか、周りの環境を俯瞰して見てみる、ということ。
そこからしか始まらない。
いま、見えている世界が唯一の世界ではないし、
その周りにはもっともっと広い世界が待っているし。

僕たちはなぜ、他者評価の檻の中で評価の奴隷となり、
あるいは模範囚となるように訓練を受けているのだろうか。

それにはちゃんと理由がある。
社会の要請だからだ。

工業社会の利益の源は、「効率化」であり、
そのためには、一元化された「評価指標」
を必要としていて、学校はそれを強いる。
工業社会というシステムに組み込まれるような
大人を育てる。

http://hero.niiblo.jp/e485809.html
「ふりかえり」と「自己評価」(17.9.12)

この日のブログに書いているように、

学校というのは、他者評価を前提とした生き方を強いる。
あなたはできないんだ。凡人なんだ。
だから、努力しなきゃいけない。
努力して、安定した仕事につかないといけない。

それを学校の先生からも、親からも強いられる。
そうやって、「労働者」を生み続けるシステム。
それが学校であり、学校化社会なのだろう。

大学生の「自信の無さ」がどこから来るのか。
それは、「他者評価への依存」からではないか。

他者からどう見えるか?
先生からどうしたら認めてもらえるか?
そればかりを気にして、「評価されるように」行動する。

そうやって、5教科7科目。
「苦手科目を無くしなさい」
と言われた通りに努力して、
言われたとおりにセンター試験を受け、

まずまずの成績を残し、
(自分としては少し不本意な)大学へと進学する。

それが偏差値55~59の
地方国立大学の半数程度の学生の実態ではないだろうか。

彼らは、自分の自信が無いのは、
能力が無い(足りない)からだと思っている。
あるいは、チャレンジが足りないからだと思っている。

もっとチャレンジして、能力を切り拓き、
人から認められて初めて自信がつくと思っている。
それこそが「他者評価の奴隷」だ。

そうじゃないんだ。
他者評価の檻から脱出しよう。

自分の評価は自分で決める。
そんな人生にシフトしよう。

他者からの評価は、
自分の評価のすべてではなく、ごくごく一部に過ぎない。

もちろん、会社に入れば、
「売上」という他者評価を得ることが
不可欠ではあるのだが。

そもそも、前提を疑ってみよう。

他者評価の基準はなんだろうか?
評価される「価値」とはいったいなんだろうか?

それは、「効率化」じゃないのか?
あるいは、「効率化」のために、ひとりひとりを
「奴隷化」することじゃないのか?

それは、いま、この時代に、
果たして価値があるのだろうか?

情報社会、AIの時代に、
モノが売れないと多くの人がぼやいている時代に、
「価値」はあるのだろうか?

それが「社会を知る」アプローチ。

もうひとつが「自分を知る」というアプローチだ。

そうは言いながら、人が
「他者評価の奴隷」になってしまうのは、
いったいなぜなのか?

キーワードは「承認欲求」。

認められたい。
この根源的欲求を満たしてくれるもの。
それが他者からの評価だ。

人はなぜ承認を求めるのか。
そしてそれはなぜ、満たされないのか。

http://hero.niiblo.jp/e485990.html
「承認欲求」と「他者評価」をイコールで結ばないこと(17.10.11)

http://hero.niiblo.jp/e470668.html
「評価」ではなく、「承認」を必要としている。(15.7.16)

いまの経済社会は人の「承認欲求」を、
巧みに「他者評価欲求」への
すり替えていくことで成り立ってきたのではないか。
それを可能にしたのが学校教育なんじゃないのか。
そんな問い。

気づかずに、
僕たちは他者評価の檻の中に入れられ(あるいは自ら入り)、
模範囚となるように訓練されている。

それでいいのか?
と問いかけるのが、本屋としての僕の今年のテーマになると思う。

18歳を他者評価の檻から脱出させる(17.10.10)
http://hero.niiblo.jp/e485980.html

昨年10月に僕が見つけたテーマ。
それをひとつひとつ、対話をしながら
探っていくような、そんなスタートをしたいと思います。
どうかよろしくお願いします。



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Posted by ニシダタクジ at 21:03│Comments(0)日記
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