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ニシダタクジ
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 ツルハシブックス劇団員。大学在学中、「20代サミットメーリングリスト」に出会い、東京王子「狐の木」に育てられました。豊かさとは、人生とは何か?を求め、農家めぐりの旅を続け、たどり着いたのは、「とにかく自分でやってみる。」ということでした。
 10代~20代に「問い」が生まれるコミュニケーションの場と機会を提供したいと考えています。



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2018年11月27日

みえない「歴史」


「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(内山節 講談社現代新書)

いいですね。
こういうの、読みたかった。
古本屋さんバンザイ。

日本人がキツネを含む山の動物に
だまされまくっていた1965年以前と以降では
何が違うのか、を解読した本。

めちゃ面白かった。
すぐには言語化できないのだけど、
これって今に通じてるなあと。

なぜ、若者は田舎を目指すのか?
そして、リアルメディアを欲するのか?
つまり、「場」が必要なのか?

結論だけになるが、本書で内山さんは、
いわゆる日本の「村」で起こってきたこと、続いてきたことをベースに、
このように述べる。

~~~ここから引用

すべてのものを自分の村のなかでつくり変えながら生きていく。

そういう生き方をしていた人々にとっては、知性の継続、身体性の継続、生命性の継続が必要であった。

村人たちは自分たちの歴史のなかに、知性によってとらえられた歴史があり、身体によって受け継がれた歴史があり、生命によって引き継がれた歴史があることを感じながら暮らしてきたのである。

日本の伝統社会においては、個人とはこの3つの歴史の中に生まれた個体のことであり、いま述べた三つの歴史と切り離すことのできない
「私」であった。

といっても、次のことは忘れてはならないだろう。それは身体性の歴史や生命性の歴史は疑うことができない歴史であるが、知性の歴史は誤りをも生み出しかねない歴史だということである。

キツネにだまされたという物語を生み出しながら人々が暮らしていた社会とは、このような社会であった。そしてそれが壊れていくのが1965年頃だったのであろう。

高度経済成長の展開、合理的な社会の形成、進学率や情報のあり方の変化、都市の隆盛と村の衰弱。さまざまなことがこの時代におこり、この過程で村でも身体性の歴史や生命性の歴史は消耗していった。

歴史は結びつきのなかに存在している。
現在との結びつきによって再生されたものが歴史である。
現在の知性と結びついて再生された歴史。
現在の身体性と結びついて再生された歴史。
現在の生命性と結びついて再生された歴史。

1965年頃を境にして、身体性や生命性と結びついてとらえられてきた歴史が衰弱した。その結果、知性によってとらえられた歴史だけが
肥大化した。広大な歴史がみえない歴史になってしまった。

~~~ここまで引用

なるほど
「知性」「身体性」「生命性」ね。
これが1965年を境に「知性」偏重の時代となる。

そして、その「知性」によって描かれた歴史は果たして正しいのか?
という問いかけ。
ここにこの本の神髄があるように思う。

上の章より少し戻るけど紹介したい。

~~~ここから引用

かつて私たちは、人間たちの時代経過のなかに、ひとつの歴史が貫かれていると教わった。しかしいま考えてみると、この歴史観は「中央」あるいは「中心」の成立によって誕生したのではないかと思われる。

たとえば「古事記」「日本書紀」は、古代王朝という「中央」が成立することによって書かれた歴史である。そしてこの「中央」にとっては、「古事記」「日本書紀」は「正史」として機能する。

「国民の歴史」は、国民国家の形成と一対のものであった。「中央」史が国民の歴史に転ずるためには、歴史を共有した国民という擬制の誕生が必要であり、その国民が「中央」と結ばれた存在になることによって、中央史が国史、あるいは国民の歴史といsて機能するようになったのである。

そのとき歴史学は、客観的事実の中身をめぐって争った。「本当の歴史」を、それぞれの視点から書こうとした。しかし、統合された歴史が誕生したという、そのことの意味を問おうとはしなかった。

国民国家、すなわち人間を国民として一元的に統合していく国家は、国民の言語、国民の歴史、国民の文化、国民のスポーツといったさまざまなものを必要とした。求められたのは国民としての共有された世界である。

そのひとつが国民の歴史であり、私たちにとっては日本史である。そして、だからこそその歴史は人間の歴史として書かれた。

かつてさまざまに展開していた「村の歴史」はそのような歴史ではなかった。それは自然の人間が交錯するなかに展開する歴史であり、生者と死者が相互性をもって展開していく歴史であった。

なぜなら「村」とは生きている人間の社会のことではなく、伝統的には、自然と人間の世界のことであり、生の空間と死の空間が重なり合うなかに展開する世界のことだからである。

ところで「中央の歴史」としての「国民の歴史」が書かれるようになると、その「歴史」には共通するひとつの性格が付与された。現在を過去の発展したかたちで描く、という性格である。

それは簡単な方法で達成される。現在の価値基準で過去を描けばよいのである。たとえば現在の社会には経済力、経済の発展という価値基準がある。この基準にしたがって過去を描けば、過去は経済的に低位な社会であり、停滞した社会としてとらえられる。

だがこの精神の展開は、現在の価値基準からはとらえられないものを、みえないものにしていく作用を伴う。

キツネにだまされながら形成されてきた歴史も、過去の人々の微笑ましい物語にしかならないだろう。

~~~ここまで引用

うーむ。
とうなるしかない。

かつての「村」は、いや、人間の暮らしは、
「身体性」と「生命性」を伴っていた。

それが1965年頃を境に、
「知性」のみに偏重した暮らしへとシフトしたんだ。

大学生がなぜ、田舎を、地方を目指すのか。
「農業」や「リアルメディア」に心を惹かれるのか。

それは、「身体性」や「生命性」と伴った何か。
そこに何かがあると直観しているからではないか。

ベルクソンは1907年に言った。

「直観は精神そのものだ、ある意味で生命そのものだ。
知性は物質を生みだした過程にまねた過程が
そこに切りだしたものにすぎないのだ。
・・・知性からは決して直観に移れないであろう」
(創造的進化 1907)

なるほどなあ。
みえないもの。

そこに何かあるんじゃないか。
そういった感覚そのものがなくなっていった。

言語化、見える化ではなくて、言葉にできないもの、見えないもの。
身体性や生命性。
そういう感覚を、大学生や20代は必要としているのではないか。

それを求めてくる大学生に何ができるか?
どんな「場」を共有できるか。

イナカレッジをはじめ、地域で活動する団体は
おそらくそんなことが求められているのだ。



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